ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

24章

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「どうしたァ~~ナナちゃ~~ん♪ この程度で終わっちゃったァ~~? 気持ち良すぎてアタマおかしくなっちゃったァ~~?」

「さんざん好き勝手ほざいた挙句がそのザマかッ! まるで相手にならんわ。王であるこのメフェレスには所詮敵わぬことが身に沁みて理解できただろう?!」

 頭上からここぞとばかりに浴びせられる嘲り。挑発的な言葉の数々にも一切反応しないでいることが、少女戦士がいかに深く打ちのめされているかを如実に示していた。助けるべき人類の前で雌獣のごとき喘ぎ、異常なまでの昂ぶりを露わにして潮を吹き、怨敵のザーメンで汚辱された。17歳の少女の心は死にも勝る敗北感で押し潰されている。悔しさを遥かに凌駕する惨めさに、ナナはもはや歯向かう気力すら吹き消されていた。
 
“・・・もう・・・いい・・・・・・あたしが死ねば・・・全ては終わる・・・・・・みんなは・・・助かる・・・あたしが・・・死ねばいい・・・・・・あたしさえ・・・メチャメチャになれば・・・・・・”

 背後から羽交い絞めに捕らえたマヴェルが強引に青き天使の肢体を起こす。ナナの張り詰めたボディにはもう一片の力も残っていないようだった。ガクリとうなだれたチャーミングなマスクから、吐血と精液の混ざった粘液がドロドロと流れて豊満な胸へ落ちていく。
 
「フンッ・・・どうやらようやく立場が理解できたようだな」

 死を懇願する台詞すらナナは言えなかった。拷問でも、処刑でも、好きにすればいい。あたしはお前たちに、負けたのだから・・・卑劣なやり方の前に、手も足もだせずに屈服したのだから・・・
 
「さて、どう殺して欲しい? 銀色の肌を剥いてくれようか・・・四肢を一本づつ切り落としてくれるか・・・」

 魔豹の手がショートカットを掴んで引き起こす。弱々しく灯る青い瞳に、妖気漂う青銅の刀身が映る。充満していく、暗黒の力。若さ弾ける瑞々しいボディの、どこに魔剣を突き刺すつもりなのか。胸か、腹部か、股間のクレヴァスか。ひと思いに心臓を貫くのか、首を刎ねるのか。迫る壮絶な苦痛を覚悟し、ナナはただ、地獄に堕ちる瞬間を悲壮な想いで待ち受ける。
 
 三日月に笑う黄金のマスクが、ゆっくりと黒靄に包まれた青銅剣を頭上に掲げる。
 
「貴様に勝つには、人間どもを殺さねばならなかったっけなァ~?」

 笑いを含んだ声、そこに潜んだ確かな悪意――
 駆け抜ける途轍もない悪寒に、脱力し切った守護天使の瞳がカッと見開く。
 
 空を切り裂く、暗黒のカッター。
 ナナの手前で振り返ったメフェレスは、飛来する闇の斬撃を硬直した人々が佇む原宿の街へと放っていた。
 
 唸り飛ぶ漆黒の三日月。息を飲む、人の群れ。引き攣る悲鳴は一瞬―――
 ズバンッッッ!!! と、鋭い切断音がファッションの代名詞である街に響く。
 
「なッッ!!」

 青き守護天使の瞳に映る、宙を舞う人間の首と胴体。
 10・・・20・・・100・・・表参道へ向かう通りを一直線に進む暗黒カッターが、次々と血飛沫と肉片を原宿の夜空に吹き上げる。断末魔の悲鳴を斬撃の音が覆っていく。
 街路樹が倒れ、亀裂の入った建造物が崩れる。煌びやかな光に包まれたテナントが潰れる。最先端のファッションが血に染まる。倒れるコンクリートの山が粉塵を巻き上げる。
 原宿の一区画が、暗黒のカッターによって切り取られたようだった。
 
 絶叫が。死に逝く人々の無念の絶叫が、悪夢の夜に轟き渡る。
 
 その範囲に飲み込まれたあらゆる生物は切断され、無機物は破壊された。
 じっとりと血の海が、広がっていく。文字通り海のような大量の血が。賑やかだった街の歩道にも車道にも、深紅の液体が沁み渡る。瓦礫の間を毒々しいまでの赤が占領していく。
 悲鳴も泣き声も、全ての音が途絶えていた。
 正邪の聖戦を見守る数百のギャラリーは、一瞬のうちにこの世界から影もなく消滅していた。ナナに向けられた無数の救いを乞う視線はどこにもない。
 ただ、逃げ遅れた少女のスニーカーだけが、血塗れの歩道に落ちている。
 
「ッッ!!・・・・・・なッ・・・・・・なッ・・・・・・!!」

「これでどうやらこのメフェレスの勝ちのようだなァ、ファントムガール・ナナ?」

 羽交い絞めにされた銀と青の肢体がガクガクと震える。わななく唇がガチガチと歯を鳴らす。
 目前で何が起こったのか理解できず、疑うことを知らぬ純粋天使の肉体は壊れたように震え続けた。
 
「クズどもを守るため、貴様もよく頑張ったがちょっと努力不足だったなァ。惜しかった」

「アッハッハッハッハッ! 相変わらずおマヌケな女ァ~~♪ なんでマヴェルたちがあんたとの約束なんて守らなきゃなんないのよォ~~! お口で奉仕までしちゃってバッカじゃないのォ~~? このバァ~カ! キャハハハハハ!」

「どうした? なんだ、その顔は? 弱者が強者に全てを奪われるのは当然のこと。弱い貴様の願いなど叶うわけがなかろうッ、このクズが!! 他人のために闘うだと? 貴様は何もできんではないかッ! 己の無力さを思い知れッ、ムシケラめがッ!!」

 ナナの瞳に映るのは、少女のスニーカーだけだった。
 持ち主の少女の姿を、ナナは闘いのさなかに見ていた。明らかな未成年。恐らくは、七菜江と同じ女子高生。大きめのリュックを背負った少女は、原宿の街並みから少し浮いていた。田舎臭さが残る、とでもいうか。初めての、原宿だったのかもしれない。七菜江は勝手に思う。あたしと同じ、初めての東京。本当はどうか、確かめることはもうできないけど・・・
 
「なにやってるんだアアアアアッッッ――――ッッッ、お前はアアアアッッッ――ッッッ!!!!」

 身も心もボロボロにされたはずの巨大少女が、爆発するような光に包まれる。
 その瞬間、明治神宮の敷地は真昼の明るさに覆われた。力が。死を覚悟したはずの守護天使に、マグマのような力が入道雲のごとく湧き上がる。
 魔豹に拘束されていることも忘れ、不敵に笑う黄金のマスクに殴りかかるナナ。羽交い絞めする両腕に、マヴェルが力を込める。突き上げる怒りに猛進するアスリート少女のパワーの前では、悪女の戒めなどまるで無意味であった。躍動する戦乙女の腕力に、ズルズルと身体ごと引き摺られていく豹女。
 
「てめえェッッ!! ふざけんじゃねえぞォォッッ!!」

 マヴェルの超音波弾がショートカットの後頭部を叩く。
 ブシュッッ!! 短く吐き出された超音波砲は量こそ少なかったものの、至近距離から後頭部に浴びればたまったものではない。目、耳、鼻から鮮血を噴き出した守護天使の肢体が、木の葉のように宙を吹き飛び、森林を薙ぎ倒して滑っていく。ブロックで後頭部を打ち砕かれたような衝撃に、ナナの意識は朦朧としているはずだった。しかしすぐさま銀色の肉体は起き上がり、ファイティングポーズを取って二匹の悪魔に対峙する。
 
「なぜだアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!!」

 咆哮する。青い天使が。
 切ないまでの絶叫に、ビリビリと神社の森が鳴動する。
 
「殺すならッ、あたしを殺せェェェッッ――ッッ!!! なんで罪のない人たちを殺すのッ?!! 憎いならあたしだけ殺せばいいじゃないッッ!! 力を持たない人たちを殺して、何が楽しいんだァァァッッ――ッッ?!!」

「楽しいさ。貴様が苦しむのを見られればな。貴様がもっとも望まぬことだから、カスどもを皆殺しにした。それだけのことだ」

「ッッ!!! そんなッ・・・そんなッくっだらない理由でェェェッッ――ッッ!!!」

 ファントムガールは涙を流せないことが、藤木七菜江は辛かった。
 こんなに悔しいのに、こんなに哀しいのに。
 涙ひとつ、流すことができないなんて―――
 
「うわああああああッッッ―――ッッッ!!!」

 白砂利の大地を青いブーツが蹴る。銀の稲妻と化して、柔らかさと弾力性を伴った肉体が悪魔二体に突撃する。 一直線に飛び掛るアスリート天使のダッシュ。閃光。瞬く間すらない、光速の動き。つい先程まで死に体であったとは思えぬ、常識外の超スピード。
 
「愚者がッ!」

 魔豹には捉えられぬ超少女の神速を、殺人剣の達人は見極めていた。
 大上段に振り上げる魔剣。真っ直ぐ飛び込んでくる青い天使に、脳天から両断する青銅の刃が完璧なタイミングで落とされる。
 
 ガキーンンンン・・・
 
 澄んだ音色は、魔人の凶刃を受け切った聖少女の左腕から奏でられた。
 切り口から鮮血がこぼれる。しかし、抜群の切れ味を誇る魔剣は、細い少女の腕一本、落すことはできなかった。
 
「なッ、なんッ?!!」

 グシャリッッ!!
 
 驚愕の叫びが三日月の口から洩れるより速く、青い拳が黄金のマスクに吸い込まれる。
 小さな身体のどこにこれほどのパワーが隠されているのか。重々しい西洋鎧の悪魔がただのストレートパンチ一発で、宙に浮き後方へと昏倒する。
 右拳に伝わる感触の余韻を確かめるより先に、ナナの左足は背後に向かって跳ね上がっていた。
 空手でいうところの後ろ蹴り。十本の毒爪を広げて踊りかかってきた魔豹のどてっ腹に、女神の青いヒールが足首まで一気に埋まる。
 くの字に折れ曲がった悪女は、吐瀉物を撒き散らしながら森の上空を大地と並行に吹っ飛んでいた。
 
「許せないッッ!! 許せないッッ!! お前たちだけはゼッタイに許せないッッ!!」

 そして、誰も助けることができなかった、無力な自分が許せない。
 憎き敵が目の前にいなければ、七菜江はその場で泣き崩れてしまっていただろう。ひとりでは立てなくなるまで泣き続け、涙が枯れるまで嗚咽し続けたに違いない。
 守護天使としての運命を受け入れてから約4ヶ月、衆人の前で陵辱されたことも、凄惨な拷問を受けたことも、悪に屈して許しを請うたこともある。人類を守る者として、忘れ去りたい屈辱的な記憶の数々。しかし今日ほど己の無力さを恥じ、惨めで仕方ない日はなかった。
 メフェレスの言う通り、あたしはバカだ。カスだ。どうしようもないクズだ。
 勝敗をつけるなら、間違いなく人々を助けられなかったあたしの負けだ。完全な敗北だ。
 今更何をしても意味がないことはわかってる。でも、でも!
 この抑えられない怒りは、こいつらを葬らなきゃ納まりそうにない。
 
「調子に乗るなァァァッ~~ッ、死に掛けの小娘がァァッッ!!!」

 立ち上がった青銅の魔人の右手に、濃厚な闇が凝縮されていく。
 三日月の笑顔を浮かべていた黄金のマスクは、再び般若のそれへと変貌していた。青銅の鎧に溢れる、暗黒の闘気。腐敗した瘴気が、魔人の足元の樹林をシュウシュウと枯れさせていく。数百mの距離を置いても伝わる、圧倒的な闇のパワー。だが今のナナは、巨大な暗黒エネルギーを前にしてまるでひるむことはなかった。
 
「殲滅魔弾ッッ!!」

「スラム・ショットッッ!!」

 凝縮した闇の塊を投げつけてくる瞬間、守護天使の右手にもありったけの光のパワーを掻き集めた白球が渦を巻いて現れる。全身全霊を込めて放たれる、魂の一撃。
 真正面から再びぶつかり合う、暗黒の魔弾と聖なる光球。
 メフェレスの闇のエネルギーとナナの光のエネルギー、真っ向から比べあう激突は、しかし今回は互角に終わる。
 
「ぬうッッ?!!」

「メフェレスッッ!! もうお前には負けないッッ!! 前からあんたは卑怯だったけど、あたしを苦しめるためだけにみんなを殺すなんてことはしなかった! 今のお前はもう人間じゃないッ、本当の悪魔よ! あたしの命と引き換えても、お前だけはゼッタイに倒すッ!!」

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