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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」
22章
しおりを挟む「ま、負けた、のか?」
「青いファントムガール・・・死んじゃったのッ?!!」
壮絶な光景を目の当たりにし、避難すべき人々の足は立ち止まっていた。
きらびやかな街の狭間に流れる、絶望の呟き。正と邪、巨大なる聖戦を初めて直接見守ることになった原宿の住人たちの前で、残酷な情景が展開されている。
うつ伏せに倒れた銀と青の愛らしい聖天使。土と己の流した血とで薄黒く汚れた張り詰めたボディは、指一本動きはしない。
頭部付近からじっとりと流れ、明治神宮の敷地に吸い込まれていく深紅の血潮。窪みの位置もハッキリとわかる股間からは、ドピュドピュといまだ勢い衰えることなく愛潮が垂れ流れている。
力尽きた無惨な姿を、青銅の魔人と銀毛の魔豹が囲んで睥睨する。人類の守護天使と悪の枢軸二体。予想されたなかでもっとも残酷な光景が、今現実として突きつけられている。無力な人々にできることは、逃げることと祈ることだけというのに・・・願いを託した青き女神は、巨悪に歯向かった者の運命を象徴するかのように魔人の足元に平伏している。
「どうした? 先程までの生意気な口を開いてみろ!」
見るからに重々しい甲冑の足が、ショートカットの後頭部を潰れんばかりに踏みつける。揺れる大地。衝撃で跳ねる乙女の肢体。半ばまで明治神宮の地に埋まったナナの顔面からドクドクと鮮血が溢れ、鮮やかな紺青の髪を濁った色彩に汚していく。
ゲラゲラと笑う魔豹がグラマラスな守護天使の肉体を蹴り転がす。
仰向けになったナナのチャーミングな造形のマスクはほとんど隙間のないほど黒く塗り潰されていた。踏みつけのショックで覚醒した聖少女の瞳が弱々しく光を灯す。苦しみと哀しみの刻まれた表情は、敗北者のそれであった。
「・・・あ・・・アァ・・・・・・ぐぶッ・・・」
「あはははは! 新しい技を簡単に破られて負けた気分はどうでちゅかァ~~!」
「フン、あの錐揉み突きを食らってまだ壊れないとはな。さていかにして殺してくれようか」
回転する青銅剣の直撃を受けても、ファントムガール生命の源エナジー・クリスタルは破壊を免れていた。
同じ『エデン』を宿す者の変身体であってもミュータントにはなく、光の女神のみが有する青い水晶体。生命ネネルギー、ひいてはファントムガールの命そのものといっていいクリスタルは、破壊されれば死を意味するが、その分その強度は計り知れないものがあった。
ただでさえ殺傷力の高い刀を、回転して突くという荒技。ナナが絶命せずに済んだのは寸前に発動したソリッド・ヴェールの功績もあろうが、やはりエナジー・クリスタル自体の強固さが大きい。もし藤木七菜江の生身で久慈仁紀の回転突きを食らっていれば、当然のように乙女の命は途絶えていたろう。
しかし、生命の象徴を攻撃される苦痛は、魂自体を削り取られるのも同然。通常なら有り得ない悶絶地獄が少女の身を襲うことになる。
戦慄のドリル突きをエナジー・クリスタルに撃ち込まれたナナ。その心身に刻まれた苦痛は、肛門から咽喉元までドリルに貫かれ、体内でギュルギュルと回転されるようなもの。
不屈の闘志と強い肉体の持ち主であるアスリート少女が、この一撃で戦闘不能に陥るのも無理はなかった。
「マヴェル、起こせ」
下品な笑みをこびりつかせた魔豹が、羽交い絞めにした青き女神を無理矢理に引き摺りあげる。ハツラツとした健康美と白桃のごとき瑞々しさ、オトナの階段を昇りかけた色香を併せ持った豊満な肢体が、上半身だけを起こされる。投げ出された下半身と、力なく垂れ下がった腕。激痛に意識を食い破られたナナが、これから下されようとする処刑劇を甘受するしかないのは明らかだ。
「クズが・・・ふざけた口を利いた罪、償う覚悟はできていような」
「・・・・・・殺すなら・・・早く・・・・・・殺せ・・・・・・」
「貴様が死んでもムシケラどもを逃がせば勝ちだと言ったな? ではこの人間どもを殺せば、オレ様の勝ちと言うわけだ」
空気の凍りつく音が、ファッションの最先端をいく街並みを支配する。
そうだ、女神の敗北を嘆いている余裕などない。わかっていたではないか。
次に殺されるのは、ここにいる我々人間だと。
解き放たれたように、一斉に悲鳴と絶叫が夜の原宿に湧き上がる。
「動くな。動いた者から殺す」
静かな、それでいて凄みに満ちた魔人の一言。
多種多様な意識を持っているはずのひとの群れが、一生物のごとく全ての活動をピタリと止める。
男も女も、若者も老輩も、本能が教える。恫喝などではない、悪鬼の言葉は本物だと。
メフェレスが口にする「ムシ」という単語、比喩でもなんでもなく、心底から魔人が人間のことをムシ同然と見ているのは、この場にいれば簡単に理解できる。なんの感情もなく青銅の悪魔はひとを殺す。あっさりと。蚊を潰すごとく。
逃げることはできない。ただ、運命を受け入れるしかない。
嗚咽。慟哭。膝折れる者が地に倒れこむ音。
この場に居合わせた不運を恨みながら、逃げ遅れた数百、数千の魂が絶望に沈む。
「ま・・・待って・・・お前が殺したいのはあたし・・・あたしでしょ・・・このひとたちは関係ない、あたしを殺して!」
死に体のはずの守護天使が必死に叫ぶ。殺人に躊躇をしないメフェレスではあるが、それ自体に快楽を得ているわけでもないのも確かだ。無実の人々を殺す、その目的とするのが、ナナを精神的に嬲ることにあるのは明白だった。
「くだらぬことを言い始めたのは貴様ではないか。このオレを『弱い』と断じた貴様の言葉が真実かどうか、確かめようというだけのことだ」
「・・・・・・や、やめて・・・お願い・・・やめて・・・・・・ください・・・」
「随分と勝手なことをほざくわ! 支配者たるオレを愚弄しながら、その程度で許しを請うつもりかァッ?! こいつらゴミを助けたくばどうすればいいか、その少ない脳みそで考えるがいいッ!」
ギリギリと歯噛みの音が森林の上空に響く。
守護天使としての純粋な少女の想いを、逆用する卑劣な魔人。侮辱を受けたメフェレスは、圧倒的優位な立場を利用してその腹いせをしようというのだ。
一般人を人質として取られた折の対応は、七菜江もすでに五十嵐里美からレクチャー済みであった。しかし、己の命に代えても人々を守ろうとした現況は、事情が異なる。ファントムガールに使命が与えられているというのならば、今のナナが最優先すべき使命はこの場の人々を守ることであった。少なくとも純粋少女にはそれ以外の答えは見つからない。たとえ死んでも原宿の人々を助けたいというナナの言葉は真実だった。
そして、陵辱と痛撃で消耗し切った今の青き天使が、人々を守るためにできることはひとつだった。
「お、お願い・・・します・・・・・・あたしはどうなっても・・・いいです・・・・・・このひとたちを・・・助けて・・・ください・・・・・・」
「・・・ククク・・・クハハハハ! いい台詞だァ! よーし、そのまま指一本動かすんじゃないぞッ!」
魔人の黄金マスクは般若から三日月の笑いへと戻っていた。弱者を嘲笑い、虐げる悦びに歪んだ不快な表情へと。
なんという、痛快。
憎んでも憎んでも憎み足りぬ正義の女神。舐めきった態度を取った小娘を、懇願させ、踏み躙ることのなんと心地いいことか。
ひとの上位に存在する己のプライドを傷つけたファントムガールども。切り刻み、煉獄の苦痛のなかで死を与えることは決定事項だ。しかし、その前にこうして屈服させ、心を引き裂いてやることもまた、筆舌に尽くし難い快感がある。
同年代の少年少女、昔からの住人、店舗で働く従業員たち・・・原宿に集った人々を守るため、自らを犠牲にすることを決めたファントムガール・ナナ。
抵抗を放棄した健気な守護天使に、容赦ない悪魔の暴虐が加えられる。
腹部を踏み抜く。果実のようなバストを蹴り潰す。可憐さ溢れるマスクを蹴り飛ばす。
地に坐したままの聖少女は格好のターゲットになった。ゴミでも始末するように、幾ダースものキックが座り込んだ銀色の肢体に抉り込まれる。生身の人間なら、撲殺は免れない強さと勢いで。
「グブッ!! あぐうッッ!! がはァッ!!・・・おぼええッッ?!!」
「い~い! いいねェ~、その苦しそうな顔と血反吐ォ~~♪ じゃあ~、マヴェルからも歌のプレゼントよォ~」
「いぎいいィィッッ?!! うあああッッ―ーーッッ、頭ッッ・・・頭が割れちゃうぅゥゥッッーーーッッ!!!」
耳元で囁かれる、マヴェル破壊の超音波。
ミサイルとなって吐き出される一直線の音波砲ほどの破壊力はないが、聞く者の血流を遮断し、脳と頭蓋骨に震動を与える歌姫のラブソングは、悶痛の渦にナナを叩き込んだ。万力で頭部を締め付けられる激痛。それもひとつやふたつではない、二桁はあろうかという無数の万力に締められるような。いっそ首でも刎ねてくれれば、どれだけ楽に死ねることか。
大きく横に広げたメフェレスの両手が、漆黒の靄に包まれる。今更語るまでもない、光の女神を滅ぼす暗黒のエナジー。危機が迫っていようとも、魔豹の拷問歌に息も絶え絶えのナナは気付くことすらできない。
バチイイイッッッ!!!
青いショートカットを挟み込むように、魔滅の破壊光がナナの頭部に叩き込まれる。
「うぎゃああああああッッッーーーーッッッ!!!! ゴボオオオッッ!!! ゲボオオッッ!!!」
小さな唇を割って出たドス黒いゲル状物質は、血塊か、注ぎ込まれた瘴気の塊か。
脳を握り潰されたのか、鼓膜から溶岩を流し込まれたのか。壮絶な苦痛に己が何者であるかも忘れかけた聖なる少女は、痛切な叫びを枯らすと同時に愛らしい顔をガクリと垂らす。
“ア・・・アアァ・・・死、死ぬ・・・死んじゃ・・・う・・・・・・け、けど・・・・・・みんなが・・・助かるなら・・・・・・あ、あたしは・・・・・・”
魔豹の拘束が外れると同時に、張りと柔らかさを併せ持った銀色の上半身が前のめりに傾く。「神宮の森」で座り込んだまま、異形の怪物を前にして頭を垂れる女神。ガクガクと震えるしかない人々が目にする光景は、まさに人の世の神が悪魔に敗北したことを想起させた。
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