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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」
20章
しおりを挟む2vs1。単純に考えれば、ファントムガール・ナナの不利は否めない戦況。
だが、当の超少女自身は、この二人との決戦にある一定の勝算を感じ取っていた。
もちろんメフェレスにしろマヴェルにしろ、一筋縄でいかない敵であることは熟知している。無傷では済むまい。あるいは敗れて死を迎えることになる可能性も十分ある。
しかし、ナナひとりでこの最終ボス二体を倒すことも・・・決して有り得なくは無いというのが、少女戦士自身の実感であった。
“修学旅行に来る前から、もしかしてこいつらが襲ってくるかもって覚悟はしてた・・・いつでも闘えるように、準備はとっくにしてきたもん! あとはあたし自身を信じて闘うだけだよ!”
ナナとメフェレス、そしてマヴェルとはそれぞれ以前に拳を交えた過去がある。
メフェレスとの激突は初めて藤木七菜江がファントムガールに変身したとき。青銅の刀に貫かれはしたが、類稀な運動能力を発揮したナナは、メフェレスを撃退することに成功している。ダメージはナナの方が深かったが、動き自体は寧ろ少女戦士の方が上回っていたような印象すらある初戦。その後青銅の魔人が敗北を繰り返したのに対し、青き天使は戦闘能力を格段にアップさせている。
マヴェルとの闘いにおいても、ボロボロになったのはナナだが、内容的には魔豹を圧倒していたと言える。タコの怪獣クトル、黒魔術の使い手マリーを従えても劣勢に陥ったマヴェルは、五十嵐里美の人質という虚言を用いて、なんとかナナを血の海に沈めたのだ。1vs1ならどうか? 人質がなければどうか? 純粋な戦闘力ではナナに敵わぬことを、「闇豹」自らもよく理解していることだろう。
青き守護天使にとっては、メフェレスとマヴェルは決して敵わない相手ではない。むしろ、どちらかといえば相性のいい敵かもしれぬ。
「メフェレス・・・初めて闘ったときから、いつか絶対にお前は倒さなきゃいけないと思ってた」
青いグローブをつけた指が、そっと下腹部に光るクリスタルのやや上に触れる。脳裏に蘇る、青銅の刀に貫かれた、かつての痛み。全ての元凶はこの男だと、全身の細胞が囁いてくる。数多くの人々が亡くなり、傷ついた。この男の戯れで。身勝手なプライドのせいで。メフェレスが、久慈仁紀が『エデン』を己の野心に利用さえしなければ、街が壊れることも犠牲者が生まれることもなかった。
里美も、ユリも、夕子も、桃子も・・・誰もあんなにも、辛く苦しい目に遭うことはなかった。
「今日で全てを終わらせるわ。あたしの・・・新しい必殺技で」
若者たちが逃げ惑う原宿の街をバックに、青と銀の天使は静かに、しかし力強く宣言した。
対峙する二体。サファイアの瞳の下で、噛み締められた魔豹の牙がギリギリと音をあげる。一方の青銅の魔人は・・・
ドクンッッ!!
異常なまでの心臓の音は、不穏な影が迫るのを聖天使の細胞が察した故か。
「うッ?! な、なんの・・・つもりよッ?!!」
「クズが・・・いつまでも、調子づきおってェェェ~~~ッッ!!」
魔人メフェレスの黄金のマスク。
三日月に歪んだ笑顔は、般若のごとき怒りの形相に変わっていた。
「死ねえええッッーーーッッ!!! ファントムガール・ナナッッ!! 最初のエモノは貴様だァァァーーッッ!!!」
その瞬間、内部で抑えつけていた魔人の暗黒のエネルギーは、一気に暴発した。
ボボボボボンンンッッッ!!!
周囲の森林が一瞬にして枯れる。青銅鎧から洩れ出た瘴気が、あらゆる生命を死滅させる。
「こッ・・・こんなァッ?!! な、なんてエネルギーなのッッ!!」
幾多の死闘を通じてナナは強くなった。光の女神としての闘い方を覚えた。新しい技も身につけた。戦士と称されるのに相応しいだけの成長を遂げることができた。
だが、それ以上にメフェレスが、闇のエナジーをこれほどまで大幅に増幅させていたなんて!
「殲滅魔弾ッッ!!」
漆黒の球体が魔人の手から放たれる。暗黒エネルギーの凝縮体。聖なる守護天使と対極に位置する破滅の魔球。ナナは知っている、このメフェレス最大の技を。ファントムガール・サクラを一撃にして戦闘不能に貶めた恐るべき技。サクラが己の全てのサイコエネルギーを駆使して放った光線“レインボー”ですら、メフェレスの悪意と憎悪を詰め込んだ暗黒弾には打ち破られてしまったのだ。
逃げることはできない。背後には、いまだ避難できていない無実の人々。
「スラム・ショットッッ!!」
わずかな時間でナナが放ったのは、威力では最強ランクに位置付けされる光の白球。
ハンドボールで活躍する藤木七菜江の汗と涙と情熱がこもった聖なる砲弾。最大の闇を滅ぼすには、最高の光しかない。唸りをあげる光球が、迫る魔弾を撃墜すべく青い右腕から放たれる。
光と闇、白と黒の弾丸が、正面から激突する。
爆風。轟音と衝撃波が、「神宮の森」を震撼させる。ビリビリと大地が揺れ、余波を受けたビルのガラスが木っ端微塵に粉砕される。
次の瞬間、ナナの青い瞳に映ったものは、砕け散るスラム・ショットの光弾と、己の胸に飛んでくる暗黒渦巻く凝縮球体―ー
「うああああああああッッッーーーッッッ!!!!」
その瞬間、黒い炎と化した暗黒の衝撃波が、ナナの全身を包んだ。
破滅の闇に灼かれ、銀色の皮膚を爛れ溶かした聖少女の痛切な絶叫が、明治神宮の森に響き渡った。
「死ねッッ!! 散れッッ!! 燃え尽きるがいいッ、ファントムガール・ナナッッ!! 暗黒の炎に臓腑まで焼かれて消滅するがいいわッ!!」
S字ラインを描く青き天使の魅惑の肢体が、黒い炎に包まれる。
全身を突っ張らせたナナの悲鳴が闇夜を覆う雲に轟く。天に向かって叫ばれる、切なる苦悶。立ち昇る明確な殺意の火柱は、光の女神の肉体すら昇華してしまいそうだった。
グッと少女戦士のふたつの拳が固く握られたのは、そのとき。
「ソリッド・ヴェール!!」
拳を作った二本の腕が胸前で旋回して交差する。
拳が肩の高さまで、いうなれば両腕のガッツポーズにも似た体勢=三戦立ちの型を完成させた瞬間、ナナの全身が眩い銀色の光を内側から発する。
爆風が炎を吹き飛ばすがごとく。
ナナを覆った聖なる銀光は、魔弾の衝撃波を一瞬にして消し飛ばしていた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・!!」
「それが貴様の新たな技か。相変わらずしぶといムシケラめッ!! これまでの屈辱の数々、五体切り刻んで晴らしてくれるッッ!!」
ズブズブとメフェレスの右掌から青銅の剣が生えてくる。
光の鎧で暗黒瘴気を吹き消したナナは確かに見事だった。もしソリッド・ヴェールが完成を迎えていなければ、魔炎に焼け溶かされるダメージは今よりずっと深刻なものになっていたのは間違いない。
だが、柳生殺人剣の遣い手である久慈=メフェレスの恐ろしさは、これからが本番であるのも事実。
そしてなにより、以前より遥かに増大した闇のエネルギーが、銀と青の天使に少なからぬ衝撃を与えていた。
“な、なんで?・・・暗黒エネルギーがこんなに大きくなってるなんて・・・あたしだって、ずっと強くなってるはずなのに!”
咄嗟に出したスラム・ショットがナナの全力を込めたものでないのは確かだ。メフェレスの暗黒弾に正面から敗れたからといって、それが即ちナナの敗北を意味するとは思わない。
しかし、メフェレスもまた、殲滅魔弾を全力で放ったわけではないこともわかっている。
仮にナナが己の持てる力全てを賭けてスラム・ショットを放ったとしても、果たして今のメフェレスに勝てるのか、どうか?
部活に捧げた青春、藤木七菜江の人生の一部と言っても過言でないスラム・ショットが完全なる敗北を遂げたとき・・・壮大なショックに打ちのめされた少女が嬲り殺しの運命を辿るのは、ナナ自身が一番よく悟っている。
「くッ・・・こ、来いッメフェレス!! お前がどれだけ強くなろうと、あたしがゼッタイ倒してみせる!!」
己を鼓舞するように守護天使が叫ぶ。纏った銀色のヴェールが、その発光を強める。
猛る少女戦士とは対照的に、黄金の般若面は無言で構えた青銅の刀を引いた。
なんのつもりよ?! クエスチョンマークをショートカットの上に浮かべた瞬間、魔人は動いた。
横薙ぎの、一閃。
ブオンッッッ!!という空気を切り裂く音にわずかに遅れて、剣の軌道に合わせた黒光のカッターが飛燕の速度で防御姿勢を固めた天使に発射される。
「うぅッ?!!」
迫るカッターは己のくびれた胴へ。だが、ナナは逃げられない。
背後には、逃げ惑う原宿の若者たちが。
自分と同世代の少女の姿も発見していた純粋な青き天使は、被害者が出るとわかっていてその場を逃げることなどできない――
ザキンッッッ!!
黒い半円のカッターが、構えて棒立ちになったナナの腹部を切りつける。
硬質な音色は錯覚などではなかった。光のヴェールと闇のカッターが衝突した結果。
生身で受けていれば腹筋が裂かれたのは確実であることを、痛撃の強さでナナは悟る。
「ブザマなクズ女がァッッ!! 生きる価値などないムシどもを庇って、刻まれるがよいわッッ!!」
縦に。横に。斜めに。魔人が青銅の剣を矢継ぎ早に振るう。演舞のような、美しくさえあるフォームで。
その都度生まれる、三日月のような、暗黒のカッター。
凶刃の軌道が作り出した斬撃の闇光線。実際の青銅剣にも遜色ない威力の斬撃の嵐が、踏みとどまるしかない聖天使の輝く肢体に襲い掛かる。
ザキンッッ!! ザキンッッ!! ザキンッッ!! ザキンッッ!!
締まった太腿に。細い首筋に。柔らかな乳房に。肩口から脇腹へと袈裟切りに。
「あッ!! くゥッ!! あァッ・・・!!」
何十発と叩き込まれる半円の斬撃。銀色の少女の口から、たまらず洩れ出る呻き。
ソリッド・ヴェールがあるからこそ耐えられているナナ。本来ならば耐えながら反撃できることがソリッド・ヴェール最大の魅力であった。しかし、人々の盾代わりとなることを選んだ少女に、反撃に移ることは許されない。耐えられることが今は単にリンチを長引かせ、苦痛を増やす結果をもたらしていた。
「どうしたァッ、なにもできまい?! 無価値な者どもを守って反撃もできず、ただ耐えるだけとはなんたる愚鈍ッ!! マヌケな貴様には相応しい死に様よ」
「ひッ・・・卑怯者ォ~~・・・」
三戦立ちの構えのまま、一方的に切りつけられるナナの猫顔がヒクヒクと引き攣る。
高い防御力を誇るソリッド・ヴェールだが、ダメージをゼロにはできない。光の盾であるフォース・シールドと比べた折の短所のひとつがそこにあった。積み重なる斬撃のダメージは着実にナナを蝕んでいる。
さらに持続して光のエネルギーを放射し続けることは、わずかづつではあるが体力の低下にも繋がっていた。元々体力の使い方に弱点のひとつがあるナナが、限られた瞬間にしかソリッド・ヴェールを発動しないのもそこに原因がある。
狂ったようなメフェレスの斬撃嵐を耐え切っているようでいて、その実ファントムガール・ナナは着実に消耗させられているのだ。今のナナは、ランニングさせられながらカッターナイフで全身を切り刻まれ続けているのと同じ。
少年たちの切迫した絶叫や、少女たちの泣き叫ぶ金切り声はいまだ途切れることなく背後の街並みから響いてくる。自分たちが狙われていることを知り、パニックの度合いを増した原宿の街ではより一層混迷が深まっていた。初めての巨大生物襲来に、慣れていない人々の脱出は遅々として進んでいない。青い守護天使が盾代わりとなってくれていることに気付き、声援を送る者や涙を流して座り込んでしまった者すらいる。
背後に守る人々がいる以上、ナナはこの苦境をただひたすら耐え続けるしかない。
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