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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」
19章
しおりを挟む月さえも見えぬ厚い雲に覆われた闇夜に、眩い聖光が閃く。
清閑とした森林の海。漆黒の「神宮の森」の波間にその姿を現した銀と青色の女神に、生まれて初めて「本物」を見る首都の人々は、言葉を失って立ち尽くした。
輝く銀色のボディ。シンメトリーを描いた青の模様。同じ色のショートカットの髪。
人間とは到底思えぬ巨大なその存在は、しかし確かに人そのものと言ってよい容姿で東京の地に降臨していた。
通称青いファントムガールと呼ばれる、謎の守護天使。
5人の存在が確認されているファントムガールであるが、これまでに首都・東京に出現したことはただの一度もなかった。伊豆に黄色のファントムガールが現れたのが関東地方での唯一の目撃情報だったのだが、ついに東京に、それも明治神宮の敷地に現れるとは。巨大生物襲撃のニュースを畏れながら聞きつつも、どこか他人事のように感じていた首都の住人にとって、50mほどの巨大な銀色の女神を直視する衝撃は、あまりに深いものであった。
さらに驚くべきは、間近で見る、「本物」のファントムガールの美しさ。
直立した姿勢から漂う凛とした気配が手伝ってか、闇にも輝く銀の肢体は神々しくすらあった。新聞や雑誌に踊る「女神」「天使」といった飾りの言葉が、決して大袈裟ではないことを思い知る。森の樹々より身体半分ほど飛び抜けている巨大さだというのに、見ている者にまるで恐怖を抱かせない。むしろ流れてくるのは、純粋で、気高くて、どこまでも澄み切った心の波長。静かな闘志と人々を守るんだという強い意志が、無言のままに、しかしハッキリと伝わってくる。
サラサラと流れるようなショートカットの下には、少女と呼んで差し支えない愛らしい顔。吊り気味の瞳は可憐さに溢れ、キュッと締まった小さめの唇と鼻とが天使の名に恥じないチャーミングさを強調している。ややふっくらとした頬は人懐っこさを滲ませ、アイドルとしても十分やっていけそうなほど魅力的だ。とても宇宙生物や侵略者と死闘を繰り広げてきたとは思えない、紛れもない美少女であった。
しかも童顔の部類に入るマスクとは対照的に、銀と青のボディラインは成熟し切っていた。
張り出したバストとヒップはボリュームと瑞々しさに溢れ、異性同性問わず視線を釘付けにするほど存在を主張している。豊満な量もさることながら、特筆すべきはその形の良さ。極甘の果汁に満ちた取れたての高級メロンが、胸とお尻に付いている幻想すら呼び起こすと言おうか。引き締まった腰のくびれと相まって、真正面から見ても、真横から見ても、Sの英文字が浮かび上がってくるプロポーションは、もはや芸術の域に入っているといっても過言ではない。ボディラインの見事さは、それだけでもう女神の称号に相応しいものであった。
惹きつけられる可愛らしいマスクと、抜群にして完璧なスタイル。
光を操る聖なる女神が、これほどまでに魅力的なことを知り、人々はしばし逃げることも忘れて見惚れていた。
だが、ファントムガールの出現=危機が迫っていること、を原宿駅周辺の若者たちが思い出すのに、時間は長く必要なかった。
厚い暗雲から吐き出された漆黒の稲妻が二条、間を置かずに「神宮の森」に直撃する。
「メッ・・・メフェレスだァッ!!」
「マ、マヴェルッ・・・」
これまた初めて東京の地に降り立った巨大生物=ミュータントは、ニュースでしか事態を把握していない市井の人々にも諸悪の根源と捉えられている、最大の脅威の対象二体であった。
魔人メフェレスと魔豹マヴェル。
紛れもない。テレビの画像や雑誌の写真で見た人類破滅の使者・巨大な悪魔二匹が東京の、明治神宮の地に立っている。
この世界に、これほど禍々しい存在があっただろうか?
西洋の鎧を彷彿とさせる青銅色の肉体。関節部にはパーツを繋ぐ黄色のチューブが走り、肩と膝、そして頭頂には鋭利な角が尖っている。顔面に光るは黄金のマスク。それぞれが三日月のように曲がったふたつの眼と口が、不気味な笑顔を形成している。悪魔。その呼び名が比喩とは思えぬほど、魔人メフェレスの姿はおぞましい。
一方のマヴェルも、まさに豹女そのもの。銀髪と同じ色の繊細な毛が四肢の先と胸、腰を覆い、さながら豹柄ボディスーツの女体が、銀毛のビキニを着たようであった。一見昆虫の複眼にも似た巨大な青い瞳は、色といい形といいカットされたサファイアを思わせ、顔全体の半分ほどまで占めている。鋭利な青い爪はすでに長く伸びており、女神の肉を裂く瞬間を待ちわびているかのようだ。
都会に憩いを授ける森林を踏み躙り、青と銀色に輝く女神と対峙する青銅の魔人と銀毛の魔豹。人であってヒトではないその姿に、原宿の街そのものが息を潜めたかのようだった。初めて目の当たりにする人々の肌が総毛立つ。ヘビを前にしたカエルのように、ファッショナブルな街全体が破壊を司る悪魔の前に硬直した。
数瞬。
恐怖のために止まった時は、再び恐怖によって動き始めた。
誰かが胃の中身を全て吐き出す。それが突破口。堰を切ったようにあちこちの通りから嘔吐する声があがり、錯乱した絶叫が夜の空気を切り裂く。つい先程まで同じように巨大なファントムガール・ナナの姿に見惚れていた若者たちが、動物のごとく咆哮し、我先にと逃亡を図る。表参道方面へ。巨大生物とは、逆の方向へ―ー
首都・東京が迎える、初めての巨大生物襲来。
日本という国単位で見ても重大な意味を持つその危機は、悪の総首領と目される魔人メフェレスとその参謀格とされる魔豹マヴェルとによってもたらされた。
「あはははは♪ 逃げてる、逃げてる~~! オシャレなおニイサン、おネエサンが慌てて逃げるのってェ~~、ブザマでカッコ悪くてチョー笑えるゥゥ~~!!」
パニックに陥る街に、ケタケタと笑い転げる銀豹の声が降り注ぐ。初めてミュータントに襲撃される東京の地は、免疫がない分、その取り乱し方もより激しい。まして人口密度の高さに街の整備が追いついていないため、多くの若者で溢れた狭い通りは、より混迷を深めている。マヴェルがなにも手を出さなくても、逃げ惑う人波からは転倒する女性の悲鳴や踏み潰された者の呻きがこだまし、半狂乱となった阿鼻叫喚の光景が展開されている。
勝手に自滅し、自分たちの手で死んでいく人間たちが、マヴェルにはあまりに惨めに見えた。
そして、そんな惨めで愚かな人間たちが、「闇豹」には可笑しくってたまらない。
「んじゃあァ~~、トーキョー人に挨拶でもしよっかなァ~~♪」
パカリと豹女は真っ赤な口腔を開いて見せた。
血のごとき鮮やかな深紅。そこから発射される、マヴェル必殺の超音波を未だ首都の地は体験したことがない。
「カッッ―ーーッッ!!!」
夜の空間が、ブレる。
全てを、空気中の成分すらを分子レベルから破壊する超音波が、魔豹の口から一直線に発射される。
歪曲する大気が、超音波のミサイルの軌道を知らせる。真っ直ぐに原宿の街へ。泣き叫ぶ人々の群れへ。透明な龍が、生贄を求めて突き進む。
大地が破裂したかのような衝撃音が、首都の一画を揺るがした。
直撃―――
街のひとつ、ふたつは一撃で消滅可能な超音波弾は、猛速度で割って入ったファントムガール・ナナが盾となって、銀の肢体で受け止めていた。
「あーっはっはっはっ!! おバカな女ァァッ~~ッ!! 手間が省けてチョーラッキーィィ~~♪」
あるいは、という想いは「闇豹」にもあった。しかし、まさか本当に人間を守るために犠牲になるとは。
嬉しい誤算に牙の生え揃った唇を歪めるマヴェル。視線の先で、白い煙を立ち昇らせるナナがぐらぐらと揺れる。
倒れなかった。
前のめりに崩れるかと思われた瞬間、力強く脚を踏み出した青い戦士は、ふたつの拳をあげて誰の目にも明らかなファイティングポーズを取る。
「なッ・・・なんだとォ~~ッ?!!」
「・・・相変わらずの・・・卑怯モンね、マヴェル・・・あんたの敵はあたし、このファントムガール・ナナよッ! 2vs1でも構わない、正々堂々かかってこいッッ!!」
「てッ、てめえェェ~~ッッ!! マヴェルの『歌』がなぜ効かねえッッ?!! いくらてめえが頑丈でも、無傷で済むわけがッッ・・・」
「無傷ってわけじゃない、でも・・・『ソリッド・ヴェール』が有効だってことはよくわかったよ!」
本来なら致命傷たり得るマヴェルの音波砲。破壊のミサイルがナナに直撃したのは間違いなかった。東京初の巨大な聖戦は、悪側の瞬殺で幕を閉じていたとしてもなんら不思議ではなかったのだ。
だが、現実には、ナナは生きていた。輝く白銀の皮膚に残る摩擦跡がダメージを教えるものの、生死への影響はほとんど皆無の状態で。
有り得ないはずの奇跡を起こしたキーワード、それがソリッド・ヴェール。そして、一方で残酷な悪女は、青き守護天使の体表が、いつも以上に眩く光り輝いていることに気付いていた。
ソリッド・ヴェール・・・来るべき闘いに備え、ナナが開発した新たな技のひとつ。決して複雑ではないが、その防御技の習得は、アスリート少女・藤木七菜江の血の滲む努力あってこそ成し得たものだ。
ファントムガールの誰もが操る防御技、フォース・シールド。光の盾は物理攻撃からも、負のエナジーに満ちた闇の攻撃からも戦天使たちの身体を守ってくれる。守護天使たちのリーダーである五十嵐里美が、まず初めに全員にこの技の習得からコーチするのは、それだけ戦闘において防御が重要であるからだ。だが、幾多の死闘を潜り抜けてきた七菜江は、過去の経験からフォース・シールドに代わる新たな防御技の必要性をずっと感じ続けていた。
ぶっちゃけて言ってしまえば、ファントムガール・ナナはフォース・シールドの扱いが苦手であった。
不器用という面に関しては、飛び抜けたナンバー1の自負がある七菜江は、盾という道具の使い方もやっぱり上手とは言い難かった。飛んでくるつぶてを避けるのにも、盾を使うより素手で払った方がラクなくらいだ。また、接近戦を得意とする肉体派のファイターであることも自認しているナナにとって、シールドの存在はむしろ邪魔になることも多い。フォース・シールドはそれを張っている間、動きを制限されてしまうからだ。
敵の懐に飛び込んで闘うナナからすれば、肉体の防御力自体を飛躍的に高める、そんな技が望ましい。
これまでもナナは超人的な耐久力で、己の身を犠牲にしながら闘ってきた。肉を切らせて骨を断つ闘い。タフな身体をより頑強にすることこそ、ファントムガール・ナナの闘いに最もマッチした防御技と言える。
全身を聖なる銀の光で包んだ防御技、ソリッド・ヴェール。衝撃を吸収し、暗黒エネルギーを無効化する特殊スーツを着込んだようなナナだからこそ、マヴェル必殺の超音波砲を耐え切ったのだ。
名前こそ「膜」だが、実際には内側から溢れ出した聖なるエナジーを体表に纏わせたソリッド・ヴェールは、一定時間持続しての発現が可能だ。よって耐久力を飛躍的にあげたまま攻撃もできるし、全身を包むので死角も一切ない。フォース・シールドと比べればその優位性は明らかであるが、桁外れの格闘センスを持つナナならではのオリジナル技であった。
琉球唐手より伝わる三戦(サンチン)立ち。
工藤吼介より習った空手の基本。初歩の初歩。わずか数ヶ月の稽古で、何十年修行しても容易に辿り着けぬ立ち姿勢の深遠の一端を、この恐るべきアスリート少女は掴み取ってしまったのだ。
多くの空手道場で基礎としてまず習う立ち方、それが三戦立ちである。肩幅ほど開いた足はハの字に内向け、片方を半歩前に出す。軽く握った両拳は、下から上へ、胸の前で内側から回して肩の高さで固定。その時支点にする肘は脇を締め、最後は拳と肘とがほぼ真っ直ぐになるように。ちょうど「=」を縦にしたような形を、二本の腕で象るようにして立つ。背筋は真っ直ぐ。膝は軽く曲げる。言葉で表していくなら、そんな調子になろうか。
形だけを模倣するなら、さして難しいとは思えない立ち方。事実、パッと見の形だけなら小学生にでも可能な立ち方だろう。しかし、その真髄を得るのは、あまりに深く、あまりに険しい。
完成された三戦立ちは、究極のバランスを成している。よってあらゆる揺さぶりに動じない。崩れない。倒れない。
完成された三戦立ちは、肉体の芯から搾り出した力を発散する。よって我が肉を鋼鉄と化す。全ての攻撃を弾き返す。
完成された三戦立ちは、内なる気功と呼応する。よって痛みを無効とする。疲労を消去し、無限の力をその身に授ける。
柔軟にして剛堅。巌のごとく頑強で、柳のごとく粘り強い。あらゆる攻撃を受け切り、受け流してしまう究極の防御姿勢。それが三戦立ちなのだ。極意を得たものは、一日中鈍器で殴られ、刃物で刺されようと致命傷を負うことはないとすら言われている。
七菜江の三戦立ちは完成を迎えたわけではない。いかに超人的運動センスの持ち主といえど、達人が数十年を費やしても辿り着けぬ境地に至るのは、さすがに困難であった。
しかし、天性のアスリート少女は「内側から力を搾り出す感覚」と「体内の気功を導き出す感覚」をおぼろげながら掴んでしまったのだ。
感覚を掴めば・・・思念の力で光の能力を発動させるファントムガールなら、聖なる光の技として具現化することは十分可能なはずだった。
ぶっつけ本番の賭け。一般市民に向けられたマヴェルの超音波砲を阻止すべく立ち塞がった青き守護天使の肉体は、差し迫る危機に自衛本能が働きでもしたのか、見事初めて実行する新技を成功に導いていた。
“イケる! ソリッド・ヴェールがこんなにうまくいくんだったら・・・メフェレスとマヴェル、ふたり相手でも十分勝てる! 命を賭けたこんな闘いを終わらせることが、きっとできる!”
森林の波間に立つ3体の巨大生物。銀色に発光する青き美少女と対峙するのは、青銅の魔人と銀毛の魔豹。
明治神宮を舞台に開戦するファントムガール・ナナvsメフェレス&マヴェルの闘い。
逃げ走る人々も、この闘いが持つ意味の大きさは自然に理解できていた。首都では初めての闘いも、正邪ふたつの陣営からすれば、最終決戦に近い闘い。もしナナが一気に二匹を倒すことができれば、即ちそれは人類の勝利を意味していた。逆に悪の首領自ら登場しているだけに、守護天使にとっては窮地とも考えられる。逃げるしか、そして見守るしかない人類にとっては、なんとかしてナナの勝利を願わずにはいられない。
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