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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

12章

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 下卑た笑い声が、どこか霞がかった世界の向こうから響いてくる。
 可憐と愛らしさを誇る少女武道家の意識の全ては、燃えるような右足の激痛に集中してしまっていた。そうでもしなければ、とても正気を保っていられそうにない壮絶な痛み。いくらエリが人形のごときスレンダーボディの持ち主とはいえ、太腿の筋肉は他箇所と比べてかなり大きい。その大量の肉と神経を抉り抜かれたのだ。一度、堰を切ったように溢れた悲鳴は途切れることなく、右足を両手で抑えた道着姿の美少女は、フラフラと後方へよろめき下がる。
 疵面の凶獣は、獲物を逃がしはしなかった。
 身体ごとぶつかっていくような突進。重厚な肉体が一気に突っ込んでいく。
 凄まじい激痛とショックで混乱するエリに、容赦ない追撃を避けられるわけがなかった。
 無防備状態の少女闘士の全身に、肉食恐竜のごとき肉体が衝撃となって叩きつけられる。

「はァぐッッ?!!」

 その瞬間、童顔少女の胡桃の瞳は、一際大きく見開かれた。
 重なり合う、細身の道着姿と疵面のヤクザ。小刻みに震える美少女と、歪んだ唇をさらに歪ませて笑う凶獣。信じられないものを見るように、エリはゆっくりと視線を下方に落としていく。
 ジョーの手にした15cmほどのナイフが、根元まで白い道着の左脇腹に埋まっていた。
 ゴブッッ・・・桜色の唇を割って、ドロリとした血塊がこぼれ出る。

「ヒャッハアアッッ!! 柔らかい肉だなァ、おい! ファントムガールを抉るのは格別な気持ち良さだぜェェッ!!」

 ズボリと音をたてて、ナイフがエリの腹部から引き抜かれる。噴き出す血が少女と凶器とに深紅の糸を繋ぐ。
 殺人に悦びを得る凶悪な恐竜は、抜いた刃物をすかさず少女闘士に突き出していた。
 まるで躊躇いのない速度。必死で反応したエリが右手でナイフを防ごうとする。
 日本最凶の暗殺者と謳われる男の攻撃は、柔術少女の捨て身の防御など、まるで意に介さなかった。
 掌の中央を易々と貫き通した凶刃は、白い少女の鳩尾を右手ごと抉り刺していた。

「ぐうッッ?!! んんんううううッッッ―――ッッッ!!!」

 百合のごとき少女の肢体の真ん中で、深紅のバラが咲き誇る。
 ブッと噴き出した鮮血の飛沫。
 白の道着が、黒袴が、見る間に真っ赤に濡れていく。ヒクヒクと痙攣する美少女の瞳は、もはや眼前の刺客を捉えてはおらず、宙空をさ迷っている。

「西条ユリ、お前が第一の犠牲者だァッ! ゲハハ、簡単には殺さねえッ、この柔らかな肉でたっぷりと楽しませてもらうぜェェ~~」

 渾身の前蹴り、ヤクザ独特の正面からのキックが、エリの薄い胸を潰す。
 軽々と5mを吹き飛ぶモデル体型の少女。反動で刺さったナイフが一息に引き抜かれる。後方に弾き飛ばされながら、フラつくカモシカのような脚は、かろうじて転倒するのを防いだ。
 華奢でしなやかな肢体が、前後左右にグラつく。汗で濡れ光る真っ青なロリータフェイス、首から下は鮮やかなまでの深紅。着実に死への階段を昇っていく武道少女に、疵面の恐竜はエサに飛びつく勢いで襲い掛かる。

 振りかぶったナイフが、愛くるしいまでの丸い顔面に迫る。
 ドスに貫かれたままの右足で、逃げることは不能。悲鳴を洩らし、ただ左腕をあげたエリの防御は、武道と呼ぶにはほど遠いものだった。

 ズバアアアアアアッッッ!!!
 白く細長い腕の手首から肘にかけてが、鋭い刃によって一気に切りつけられる。

「うぇああああああああッッッ―――ッッッ!!!」

 皮膚と筋肉とを30cmほど切り裂かれる鋭痛に、血染めの少女闘士が絶叫する。
 パクリと開いた傷口から迸る血潮。たまらず左腕を押さえたセミロングの少女がビクンビクンと痙攣する。
 もはやエリの全身は灼熱と化した痛撃と失血による虚脱感で、苦痛以外の感覚は喪失してしまっていた。ドロドロに溶けた高温の鉄を、あらゆる肉の間に流し込まれたかのような地獄。

 棒立ち状態で痛みに震えるしかない柔術少女に、宇宙生物から新たな力を得た最凶の暗殺者が猛ダッシュで殺到する。
 スレンダーなボディの中央、ナイフで抉られた鳩尾に追撃の膝がめり込む。柔術の達人である少女は、わずかに身を捻ることすら叶わずに、凶獣の重爆をもろに食らうしかなかった。グシャリとくの字に折れたエリの肢体が、50cmは宙に浮く。

「おぼおお゛え゛え゛え゛え゛え゛ッッ~~ッッ!!!」

 突き出された少女の唇から逆流した黄色の液体が噴射される。胃液混じりの吐瀉物がバチャバチャと畳を叩く。
 丸い瞳からこぼれた雫の結晶が、神聖な道場を汚した己の反吐のなかに落ちていく。
 埋まった膝から伝わってくる、生温かな柔肉の感触。少女闘士の内臓がいくつか破裂したのを確信して、手にしたナイフを、ジョーは少女の背中に突き立てた。
 丸まっていた肢体が、一気に反り上がる。
 鳩尾に埋まった膝を抜くと同時に、支えを失った柔術少女の肉体は、そのまま硬直した姿勢でドサリと地面に落ちていった。

「フンッ・・・なにがファントムガールだ。弱え、弱え」

 蛇皮の靴が、うつ伏せに倒れた少女のセミロングを踏み躙る。ゴツという乾いた音色が、夕闇に沈む道場に響いた。

"・・・・・・ユリ・・・ユ・・・・・・リ・・・・・・"

 これまで、『エデン』という飛躍的に身体能力をあげる宇宙生物の力を借りずとも、エリは凶悪な敵と何度か闘ってきた。勝利を収めたこともあれば、再起不能と思われるほどの重傷を負ってしまったこともある。
 だが、刃物という凶器で、身体中を容赦なく切り刻まれるという激しい痛み、そして恐怖は、惨敗を喫した過去においても経験はなかった。それは紛れもない、「死」を予感させるダメージ。
 ファントムガール・ユリアの名前を城誠の口から聞いたときから、妹の代わりにこの敵と闘う決心は瞬時についた。しかし、その意味するところを、エリは理解していなかった。今までとは次元の違う敵。血祭りにあげられ、穴だらけにされて、今ようやく少女は悟った。己では勝てぬ相手であることを。そして闘いの最期に待つものは・・・己の死であることを。

"・・・ごめ・・・ん・・・・・・私は・・・・・・も・・・う・・・・・・"

 スッと一筋の涙が、倒れ伏す少女の頬を流れる。
 生命の残り火をわずかな痙攣でしか示せなくなった西条エリの胸に、背後から両手を回したジョーは、横臥する道着姿を無理矢理に立ち上がらせていた。

「ガキの青臭いカラダも・・・ちったあ楽しめるってもんだぜ」

 道着の襟をグイと下げる。下着代わりに着ていたTシャツと純白のブラとを、疵面は紙のように破り捨てていた。
 仄かに盛り上がった少女のバスト。
 丸みを帯びた青い果実が道着から白日の下に晒される。
 ヤクザの両手が未発達な乳房を千切れんばかりの勢いで乱暴に揉みしだく。人差し指と中指とで挟んだ桃色の小豆をこねながら、屹立を促すように摘みしごく。

 遊んでいるのだ。私の、カラダで。
 エリにはわかっていた。疵面の凶獣が、身も心も守護少女を破壊し尽くすつもりであることを。弱者を蹂躙することが、この男の悦び。ましてそれが歯向かってきた相手ならば・・・十二分に切り裂いた肉体に続き、エリの精神も嬲り尽くした後にトドメを刺すつもりなのだ。
 肉体がほとんど瀕死状態であるに関わらず、そこだけは別部分と言わんばかりに胸の頂点が尖ってくる。凶刃に抉られ、裂かれ、貫かれ・・・己の血に染まった美少女が、死寸前であるにも関わらず乱暴な愛撫に反応してしまっている。自分が性欲に囚われた動物であることを示すように見せ付けられ、ウブな少女の心は、肉体同様惨めに切り刻まれていく。

 ポロ・・・
 ポロポロ・・・

 苦しげに寄った眉根の下、くっきりとした二重瞼の瞳。
 純真な少女の瞳に透明な雫が溢れ、珠となって血に汚れた頬を伝っていく。

"・・・ユ・・・リ・・・・・・ごめん・・・ね・・・・・・"

 脆く、儚くさえ映るその肢体のどこに、そんな力が残されていたのだろう。
 穴の開いた右手が、若い乳房の柔らかさを堪能していたヤクザの手を握る。その瞬間、一本背負いのような要領で、ジョーの身体は前方に投げ飛ばされていた。
 頭から床に叩きつけられる凶獣。肉厚の身体はすぐに立ち上がる。
 ダメージはほとんど感じていなかった。だが、死に体のはずの少女に投げ捨てられた屈辱が、ずれ下がった三白眼に不快の色を挿している。

"・・・私では・・・・・・この男に・・・勝てない・・・・・・なら・・・せめて・・・"

 この身を犠牲にして、刺し違えてみせる。

 ジョーの恐ろしさは骨身に沁みている。深刻なダメージを受けたこの身体で、逆転の可能性はゼロ。そしてこの敵は、必ず私を生かしておきはしない。
 ならば、エリにできるのは、己の死と引き換えに道連れにすること。
 もしかすると、命を捧げた特攻でも、この敵は倒せないかもしれない。ならば、腕一本、足一本でもいい。恐るべき刺客の脅威から、妹を守ることができれば・・・助けることができれば・・・

 ごめんね、ユリ。
 お姉ちゃんは・・・先に、逝きます。

「どうやら、とっとと死にてえようだなアアッ、ああッ~~ッ?!!」

 いくつ凶器を隠しているのか。
 新たに取り出したドスを構え、必殺の意志を固めたジョーが弾丸となって殺到する。
 立っているのもやっとの様子で足元の定まらぬ血塗れの少女武道家。一直線に地を踏み鳴らして猛突する疵面の恐竜。
 ジョーの突進は単調といえば単調すぎた。だが、無秩序な暴虐ぶりの裏に確たる思考を働かせている暗殺者は、常に戦況を冷静に見詰める能力を併せ持っていた。

 もはやこの少女に、満足な反撃ができるわけがない。
 切り裂かれた左腕は使えない。残る右手も、掌の穴が開いた状態でどれほど動けるというのか。
 そしてなにより、ドスが貫通したままの右足。踏ん張りの利かぬ状態から繰り出された武術の技に、どれだけの威力が期待できるというのだ。

 格闘技の経験などないジョーだが、実戦のケンカと殺しの現場で、肉体そのものが効果的な戦闘術を学んでいた。
 だから、わかる。右足一本を失うことが、闘う者にとっていかに致命的な事態であるかを。武術の多くの技が、地の反動を利用し、身体全体の筋力を使い、足の踏ん張りから大きな威力を生み出していることを。

 その知識の過ちが、最凶の暗殺者に大きな隙を作るきっかけとなった。

 刃渡り30cmのヤクザ必携の短刀が、ボロボロの柔術少女の顔面に迫る。
 切っ先が、頬肉を、セミロングの髪をかすめて過ぎる。mm単位の見切りで、エリは凶刃を避けていた。
 ドスを握る手に少女の右手が絡まる。走る激痛。丸く開いた掌の穴から血が飛び散る。構わない。顔を歪めても、技を緩めることなどない。死を覚悟したエリに、ささいな苦痛は障害にならない。

 発動、想気流柔術奥義「旋風落し」――

「ぎィッッ?!!」

 手首から伝わる激痛に思わず口走った己の悲鳴を、ジョーは何が起きたか理解できぬまま聞いていた。
 エリに捕らえられた右手首から肘、そして肩にかけて、雑巾を絞るようにグニャリと捻れ曲がってしまっている。
 本格的な激痛は一瞬後、駆け登るように疵面ヤクザの延髄を直撃し、麻痺となって全身に響き渡った。

 右足の損傷が技の威力を大きく下げる・・・ジョーの考えは間違いではない。
 ただ、想気流柔術に関しては、それだけで括れぬ懐の深さがあることを凶獣はわかっていなかった。

"想気流は・・・戦国の合戦を想定して作られた武術・・・・・・腕や足の負傷くらいは・・・初めから想定済みです・・・!"

 矢や刀が飛び交う戦場において、五体満足で常に闘える保証などない。
 怪我をした状態、腕の一本、足の一本もげたところで通用しないのでは、本当の実戦を考慮した術とはいえない、それが想気流の主張。負傷しても闘えるからこそ、「術」として成り立つのだ。

 通常以上に関節に捻りを加え、宙を舞った敵を旋風のごとく錐揉みさせながら地面に叩きつける奥義「旋風落し」。この技に全てを賭け、エリは残る力を放出して襲撃者の関節を捻る。

「―――えッッ?!!」

 舞わない。
 関節は確かに極まっている。神経が捻じ切られるような激痛がジョーを捉えているのも間違いない。だが・・・条件反射的に自ら地を蹴って飛ぶはずの肉体が、爪先立ちのまま、それ以上飛び上がろうとしない。

 耐えているのか?!
 意志とは無関係に飛び上がらずにはいられない激痛、この凶獣は耐えるというのか!

 背筋を這い上がる戦慄と、確実に迫る死神の斧を感じながら、武道少女はどこか脳裏の奥深くで、己の敗因を悟っていた。
 エリは確かに死を覚悟することはできた。
 しかし、この敵は・・・スカーフェイスのジョーは、「殺す」覚悟ができている。
 「倒そう」とするエリと、「殺そう」とするジョーとの違い。
 その致命的な差が、哀れな少女闘士の末路を決定した。

 蒼白となった愛くるしいマスク、ロリータフェイスの中央に、ジョー渾身の頭突きが炸裂する。
 グシャリッッ!! 顔の下半分が潰れる音とともに、エリの形のいい鼻から下が血飛沫を散らして内部に陥没する。
 ぐにゃりと折れ曲がった鼻、欠けた二本の白い歯、一撃にして意識の吹き飛んだ美少女の瞳がぐるりと白目を剥き、ドボドボと粘っこい血糊が口腔内に溢れていく。

 柔術家の拘束から逃れた右手を一気に引き抜くや、ジョーの両手は意識のないエリの丸い両肩をガシリと鷲掴んだ。

「ちと効いたぜェェェ、今のはよオッ!!」

 憤怒を散らした疵面が朱色に染まる。
 道着から剥き出された小ぶりな乳房の右側に、歯を立てた凶獣がガブリと噛み付いた。

 ブチイッ!! ブチブチッ・・・ミチィッ!!

「きゃふうッッ?!! えぎィやあああああああッッッ―――ッッ!!!!」

 気を失っていた少女は、凄惨な仕打ちによって地獄の現実へと引き戻されていた。
 柔らかな青い果実が、恐竜の牙によって噛み千切られていく。
 清廉な少女の乳房が、疵面のヤクザに噛み切られ、引き千切られる。
 涙の結晶を振り飛ばし、狂ったように絶叫するエリの口に、ジョーは食い千切った少女自身の乳房の肉を、無造作に突っ込んだ。

 ゴブ・・・ゴブゴブ・・・ゴブ・・・

 ガクリと愛らしい童顔が垂れ、セミロングの髪がさらさらと流れる。
 薄紅の唇の間、小さなエリの口の中は、粘っこい血と涎混じりの白泡、そして己自身の乳房の肉片でいっぱいになっている。
 奇跡的に妹への想いだけで最後の闘いを挑んだ武道少女を待ち受けていた、残酷な結末。
 胡桃の瞳を見開いたまま、もはや断末魔に震えるだけの西条エリを、しかし疵面の凶獣は解放しようとはしなかった。

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