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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

3章

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「ア・ナ・タとあったしさくらんぼォ~~♪♪」

 元気ハツラツという表現がこれほどハマる声もまずないだろう。
 青春という実体のないものがスパークしている。突き抜けるような明るい大音声と、鋭さ極まりない動き。広さ8畳ほどのカラオケルームに、若さと輝きが爆発している。多少の音程のズレなど気にも留めない勢いある歌声は、歌い手の上々の気分に乗って、限られた空間の隅々にまで氾濫して埋め尽くす。
 曲譜のページをめくっていた指先を思わず止めて、桜宮桃子は露骨に端整な顔を歪めて耳を塞ぐ。学校帰りのミス藤村女学園は、白ブラウスに胸元を飾る赤いリボン。クリーム色のチェックのミニスカに、同色のブレザーという制服姿である。可憐という言葉を滝のように浴びせても足りないと思われる愛らしさは、女子高生そのものの姿になって更に増したようにも思われた。整った柳眉を寄せたしかめ面も、この美少女にかかればキュートさこのうえない表情となる。

 壇上でマイクを握り締めたまま絶叫を繰り出すのは、夏が過ぎてもひまわりのごとき笑顔を振り撒く、ショートカットの少女であった。
 白のシャツに青で統一されたカラー、スカーフ、そして短めのプリーツスカート。この地方界隈では有名な聖愛学院のセーラー服は、爽やかさと愛くるしさを発散する元気少女が着ることでよりその魅力を増している。今や、桃子の無二の親友といっていい藤木七菜江。男子が好みそうな猫顔系列のアイドルフェースは、桃子というモデル顔負けの現代美少女の隣りとあって造形の完璧さでは一歩譲るが、こと愛らしさについて言えば微塵も劣ってはいない。ふたりでカラオケに興じる姿は、テレビの音楽番組を見るより余程贅沢な絵面に思われる。

 もともと仲の良い七菜江と桃子であるが、共に五十嵐里美の屋敷に居候になっていること、カラオケが好きなことから、学校帰りふたりだけでカラオケルームに入るのは一度や二度ではなかった。
 正義の守護天使といえど、やはり年頃の女の子。遊びの誘惑を断ち切れないのも、仕方のないところと言えよう。

「んもォ~、ナナったらハシャぎすぎだよォ! 鼓膜ジンジンしてるじゃん」

 絶好調の元気少女にイマドキ美少女はブーイングを放つ。美貌をしかめる桃子とは対照的に、七菜江はとびっきりの笑顔だ。抜群の運動神経を誇る少女は、ムチャクチャな、それでいて凄まじくキレのある動きで踊っているので紅潮した顔に汗を浮かべている。カラオケであっても精根尽きるまで全力を出し切ってしまうのが、七菜江らしいところではあった。

「エヘヘ、だって、来週から修学旅行なんだよ! まさか行けるって思わなかったんだもん。イエイ♪」

「もう、相変わらず単純なんだから」

「イエイ♪ イエイ、イエイ、イエイッ!!」

「うるさい、うるさい、うるさーい!」

 耳元までやってきて絶叫を繰り返す七菜江に、さすがの桃子もたまらず悲鳴をあげる。
 曲が終わるころには、ヘトヘトの猫顔少女と、ぐったりとしたミス藤村が、互いに肩で息をしてソファーの上に倒れていた。

「はい、モモ。ジュースきたよ」

 店員が運んできたアップルジュースのグラスを桃子の方に運びながら、七菜江は氷が浮かんだウーロン茶のストローに口をつける。すでにカラオケ開始から2時間近く。カロリー消費は断然にアスリート少女の方が多いはずなのに、復活が早いのはさすがと言えた。

「なんだかいつもより疲れたよ・・・もォ、ナナのせいだからね!」

「だってエ、嬉しくて仕方ないんだもん」

「そんなに旅行行けるのが嬉しいの?」

「それもそうだけどサ、高校の修学旅行は人生で1回しかないじゃん。亜紀子やみんなとちゃんとした思い出作れるの、こういうときしかないから・・・」

 白い歯をこぼして、同性の桃子がキュンとくるほどの笑顔で七菜江は言う。
 亜紀子というのがバスケ部の同級生で、七菜江の学校での親友であることは桃子も以前から聞かされている。七菜江の話にはやたら友達が登場してくるが、そのなかでも一番多く聞く名だ。多くの友人に恵まれ、愛されていることがわかる七菜江の話を聞いていると、桃子は時折、うらやましく思っている自分に気付く。桃子の周囲にも友達は多いが、校内に心から信頼している朋友はいないのを、桃子自身が自覚してしまっていた。それは友人たちのせいではない。超能力という秘密を持つが故の、桃子の宿命ともいうべき事態であった。

「あ、あれ? どうしたのモモ? あたし、なんか悲しませるようなこと、言っちゃったかな?」

「ん。んーん、なんでもないよ。それよりナナ、修学旅行、どこいくんだっけェ?」

 友のオロオロとした気遣いの視線を受けて、すぐに超能力少女は笑顔を作る。桃子が本当は闘いの宿命を背負った仲間たち以外には心を開けない、なんて知ったら、きっと七菜江は我が事以上に哀しみに暮れる。このどこまでも真っ直ぐでお人好しな友は、自分の人生のことなんてすっかり忘れてずっと側にいると誓いかねない。友達の哀しみを取り去るためには、己の犠牲など厭わない少女。七菜江の性格を知り抜いているがため、似た境遇の夕子には話せても純粋少女には桃子の真実は隠したかった。

「えへへ、二泊三日、東京の旅です!」

「え? 東京ォ?」

「そうだよ。あたし、行ったことないから楽しみなんだァ!」

「せ、聖愛って修学旅行、東京なんだァ・・・へえ~・・・」

 17歳にもなって未だ東京に行ったことがないというのも意外であったが、イマドキの高校で修学旅行が東京というのも桃子には驚きであった。というのも、彼女たちが住む地方は新幹線を使えば一、二時間ほどで東京には着いてしまう。他の学校、特に私立の高校では、北海道だ、沖縄だ、と謳っているなかで、この身近さは異様ともいうほどのものだった。
 事実、聖愛の生徒のなかには、他校と比べあまりに見劣りする旅行先にブーイングを飛ばすものも多いのだが、歴史と伝統を重んじる校風にあっては、かつて一度も東京以外のコースを選んだことはない。むしろ敢えて首都を選んでいるところに、名門校としての矜持を示しているような印象さえあった。

「ね、ね、藤村は修学旅行、いつ行くの?」

「あたしたちのガッコは春先だから、もうとっくに行っちゃったよ」

「え、もう? 早いんだねー。モモたちはどこ行ったの?」

「え?・・・・・・グアムだよ」

「へ?」

 猫顔少女の吊り気味の瞳が、パチクリと二度まばたきする。

「グアムって・・・あのグアム?」

「んと・・・そのグアムかなァ」

「だってだって! グアムって海外だよ! 飛行機乗らないといけないじゃん!」

「もちろん飛行機乗って行ったんだけどね・・・」

「なんで修学旅行でグアム行くの?! 夢の島だよ?! 常夏の島だよ! 新婚旅行で一生に一度、いけるかどうかってところじゃないの?!」

「ナナは何時代のひとなのよォ?!」

 今でこそ日本でも十指に入ろうかという地方の中枢都市に住んでいる七菜江であるが、元々は山林に囲まれた田舎出身の少女だ。聖愛学院の何割かは遠地より来た寮生で占められているが、七菜江も五十嵐家に居候する前はそのうちのひとりであった。彼女のなかでは未だ、「海外」や「飛行機」は遠い世界の存在らしい。初訪問の首都に想いを馳せるのも、致し方ないところかもしれなかった。

「なんかちょっと不安になってきたよ・・・あんまり東京でハシャぎすぎないでね? 田舎者ってバレちゃうから・・・」

「ム。別にいいもん、田舎モンだから。そういうモモはどうなのよ? 東京に行ったことはあるの?」

「あたしは昔、住んでたから・・・」

 初めて聞く話に、再び吊り気味の瞳が丸くなる。

「な、ななッ?! なんでそういうこと教えてくんないのよ!」

「だってェ、わざわざ言うほどのことじゃないでしょォ」

「花の都、大東京に住んでたなら、ちょっとばかり言いふらしても良さげなもんじゃん」

「だから何時代のひとなんだってばァ!」

 思わず白い頬を緩める桃子の胸には、表情とは裏腹の苦い思いが蘇っていた。己の秘密を隠すため、エスパー少女は幼少より家族とともに引っ越しを繰り返してきた。東京もそれらの土地のひとつ。七菜江にとっては憧れの地も、桃子には感慨深いものはない。
 そんな実情を知る由もない元気少女は、瞳に宿る光をさらに強めて言った。

「じゃあさ、じゃあさ、やっぱり渋谷で遊んだりするわけ?」

「まあ、そうだね」

「お台場行ったりとか? 有名人にも会ったりして? ね、ね?」

「そんなタレントさんとか、滅多に会えないってばァ・・・」

「あ、そうだ!!」

 素っ頓狂な声をあげるや否や、満面に笑みを咲かしたひまわり少女は、戸惑う桃子の手を握り締めていた。

「モモも東京行こうよ!」

「え? ええッ~~?! なに言い出すのよォ!」

「自由時間がすっごく多くてどうしようか困ってたの! モモが一緒なら心強いし、なによりゼッタイ楽しいよ。旅行は週末だから、学校も問題ないし。向こうで待ち合わせて夕子と3人で遊んだら、一生忘れられない思い出になるって!」

 突拍子もない七菜江の提案に驚く桃子。深く考えない単純少女の誘いに困惑するのは、至極当然のことであった。
 だが実のところ、東京の空の下、親友3人で集う姿を想像した途端、桃子はこの案に魅力を感じてしまっていた。闘う宿命を背負った守護少女たちのなかでも、同学年の3人組で遊ぶのはままあることであったが、場所が東京でとなれば特別と思わずにはおれない。キュートさこの上ないショートカットの元気少女と、理性に溢れた赤髪ツインテールのクール少女、そして華やかな現代美少女の3人で、首都の名所を巡る図はあまりに豪華絢爛たる。七菜江の言う通り、生涯の記憶に刻まれるのは間違いないであろう。

「で、でもォ、あたしが東京行っちゃったら里美さん、困らないかなァ? ただでさえこっちの守備が甘くなるっていうのに・・・」

「だったら最初からあたしたちの東京行きも止められてるよ。モモひとりいなくなってもあんまり変わんないって」

「うーん、ヒドイこと言うけど、当たってるかもォ・・・でも夕子はァ? 夕子にも相談してみないと・・・」

「あはは、大丈夫だよ。夕子はあたしたち以外、友達いないもん。ブツブツ言いながらもゼッタイ合流してくるよ」

「ま、またヒドイことを・・・でも、当たってる気が・・・」

 オブラートに包むということを知らぬ七菜江の言葉に、眉根を寄せながら桃子は苦笑する。その心の内は、久しぶりに訪ねるであろう東京の景色に、ほとんど染め抜かれつつあった。

「よっし、じゃあキマリ! 旅行プランは全部モモに任せるから、オススメの場所とかお店とか期待してるね♪」

「もうッ、しょうがないなァ・・・あたしのお気に入りのとこ巡りになっちゃうけど、それでもいいのォ?」

「もちろんだよ! やっぱり渋谷? 原宿? それとも代官山とか? モモお気に入りなんてなんだか緊張しちゃうなあ、すごくファッショナブルなお店そう・・・」

「んっとね、巣鴨だよ」

「スガモ?」

「あと浅草もいいなァ。ちょっと足伸ばして柴又もいいかもね。映画で有名な帝釈天とか、もうサイコーだよォ♪」

「へ、へえ~?」

 よくわからないながらも、眩しいばかりのミス藤村の笑顔を見て、七菜江も楽しみがますます湧いてくる。

「モモのおかげで最高の修学旅行になりそうだよ! ああ、早く来週になんないかなー」

「あっとそうだァ、ナナに言っておきたいことがあったんだった」

 それまで天使そのものという可憐な笑顔を咲き誇っていた桃子の美貌が、急に引き締まったものへと変わる。

「あのさァ、吼介とのこと、どうするつもり?」
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