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「第十話 桃子覚醒 ~怨念の呪縛~ 」
9章
しおりを挟むあれは、中学に入った年の今くらいの季節・・・ううん、もうちょっと後、秋口くらいのことだったかなァ。
あの日もおばあちゃんの車椅子を押して、日課になってたお散歩にふたりで行ってたっけ。昔から運動が苦手だったあたしは部活には入らず、学校が終わると同時にいつも施設に遊びにいってた。制服姿のあたしを、おばあちゃんはホントのお孫さんみたいに迎えてくれた。
あたしが超能力者だと知っても、おばあちゃんはずっと優しくしてくれたよね。「川の流れのように」が得意で、ゲートボールがうまくて、みんなからおタカさんって呼ばれてた施設の人気者。
あの頃は膝の調子が悪くなって、ひとりでは歩けなくなってたけど、それでも明るさは出会った頃のままだった。ふたりでお散歩しながら、よく演歌を教えてもらってたよね。
今思うと、おばあちゃんも寂しかったのかなァ。二人の息子さんと、一人の娘さん。結局施設には一度も来なかったみたいだった。自慢話で聞かせてくれた、優しくて勉強がよくできるっていうお孫さん。一度くらい、会ってみたかったよ。
でも、ふたりでいるときはいつも楽しかったよね。
寂しい者同士がくっついたなんて、他のひとからは思われちゃうのかな。けど、あたしはホントに楽しかったんだよ。おばあちゃんの前だと、自分を隠さなくていいのが嬉しかった。時々してくれる若いときの話、好きだったなァ。今だから言うとね、ホントはおばあちゃんに憧れてたんだよ。プロポーズのときにダンナさまがくれたっていうベッコウの櫛、あたしのなかでは今でもキラキラと輝いてるよ。
いつだったか、あれは一生キレイでいて欲しいっていう、ダンナさまの願いだって教えてくれたよね? あたしも素敵な恋愛をしたいって、あのときは本気で思ってたのに。
あの日、夕暮れのなか、彼はお散歩から戻ってきたあたしたちを待ってた。
サッカー部のキャプテンだった彼の名前と顔は、1つ年下のあたしでも知ってた。校内でも1、2を争うほどモテてたから。そんな憧れの先輩が、わざわざあたしに会いに来てくれたってだけでも驚きだったのに、いきなり告白されたときは、なにが起きたかわかんなくてパニックになっちゃったよ。
次の日から毎日毎日夕暮れのなか、先輩は部活の帰りに施設に来てくれて、ふたりで一緒に帰るようになった。
「桃ちゃん、彼とはうまくやってるのかい?」
おばあちゃんに聞かれるたびに、あたしは顔を真っ赤にして、はぐらかしてたよね。
「う・・・ん・・・よくわかんないよ」
「わかんないって、お付き合いしてるんだろ?」
「でもォ、男のひととどう接すればいいか、よくわかんないんだもん」
そんなこと言いながら、内心あたしはおばあちゃんとそんな話ができるのが楽しかったんだよ。
「桃子、オレたちは付き合ってるんだろ? だったら隠し事はなしにしようよ」
一ヶ月くらい経ったころから、彼はしきりにあたしの秘密を知りたがるようになった。
別に深い意味はなかったと思う。ただ、恋人同士だからお互いのことを知りたいっていう純粋な気持ち。
「それは・・・できないよ・・・あたしの正体を知ったら・・・先輩はきっと、あたしのこと嫌いになっちゃうよ」
「そんなわけあるかよ」
「ホントに? ゼッタイに嫌いにならない? 信じてもいいの?」
「もちろんだ。なにがあっても、オレは桃子のことを愛し続けるよ」
まだ中学生だったあたしたちは、やっぱりまだまだ子供だった。
あたしが超能力者であることを告げると、彼はゲラゲラと笑った。次にあたしがいくつかの空き缶を浮かせてみせると、彼は白くなって沈黙した。
別に驚いてない、桃子が超能力者でもオレは構わないよ・・・そう言い残して、彼はひとり帰っていった。
次の日も、またその次の日も彼の姿は夕暮れのなかに現れることはなかった。
一週間が経って、あたしはずっと続いていた施設の訪問をサボり、練習が終わるのを待ってからサッカー部の部室を訪れた。
部室の扉に手を掛けようとした瞬間、内側から洩れ聞こえてきたのは、彼と友人の話す声だった。
「お前、桜宮と別れたの? マジで? カワイイカワイイって自慢してたじゃん」
「バカ、カワイイのは外見だけだよ。あいつの正体は、とんでもないバケモノだぜ」
「あれだけカワイけりゃ、バケモノでもいいけどな」
「お前はあいつのこと知らないから言えるんだ。あいつは人間じゃねえ、本物のバケモノだ。呪われてもいいなら、付き合ってみるんだな」
そこから先のことは、よく覚えていない。
気がつけばあたしは部室のなかに飛び込み、狂ったように叫んでいた。巨大な鎖を想像し、彼の身体に巻きつけギリギリと締め付ける。空中に浮かんだ彼の顔は見る間に青白くなり、首や手足に蛇が這ったような絞め跡が浮かび上がる。悶絶の悲鳴をあげてパクパクと開閉する彼の口が、今でも鮮明に焼きついている。
あのまま超能力を発動し続けていたら、あたしは人殺しになっていたかもしれない。
後頭部にガツンという衝撃を受けたあたしは、その場にうつ伏せに倒れ込んだ。ハアハアという彼の友人の荒い息遣いが、背中越しに降り注いでくる。束縛から逃れて自由になった彼が、呻きながら憎悪の視線をあたしに向けているのがわかる。
多分、彼らは怖かったんだと思う。超能力なんてもの、目の当たりにすればそれは当然かもしれない。その恐怖が、必要以上の暴力を彼らに振るわせることになった。
立ち上がろうとするあたしの顔を、頭を、腕を、背中を、お腹を・・・ありとあらゆるところを彼らは蹴り上げた。
意識が朦朧とするあたしの小さな身体を、彼らは無理矢理に引き摺り起こす。
そのあとふたりがかりで、あたしは気を失うまで殴られ続けた。
意識を取り戻したとき、あたしはひとりボロボロのセーラー服を纏って、夜の校庭の真ん中に捨てられていた。
倍に腫れあがった顔も、痣だらけの身体も燃えるように熱い。もしかしたら何箇所かの骨が折れてしまったのかもしれない・・・そんな錯覚に囚われながら、ズキズキと疼く身体を引き摺って、あたしはよろめき歩いていった。
「桃ちゃんッ、どうしたの、そのひどい格好は?!」
とっくに訪問時間が過ぎ、締め切られていた施設に忍び込んだあたしは、おばあちゃんの部屋に入るなり、冷たい床にバタリと倒れ込んだ。
「すぐお医者さま呼んであげるから! こっち来て横になりなさい」
「・・・いい・・・お医者さんなんて・・・いらない・・・・・・」
「何言ってるのっ?! ひどいケガじゃないの」
「・・・このまま・・・死にたい・・・・・・」
瞳から落ちた雫が、ボトボトと床を叩く音が、今でも耳から離れない。
「・・・あたしは・・・バケモノ・・・死にたい・・・おばあちゃん、もう・・・・・・あたし、死にたい・・・死にたいよォォ・・・・・・」
最後は言葉にならなかった叫びが、嗚咽と一緒に溢れてきた。
「あだじ・・・バケモノォォ・・・幸せにな゛ん゛が・・・なれないよ゛ォォ・・・」
とめどなく、顔から水がびちゃびちゃと床に落ちていった。涙か涎か鼻水か、もうわけわかんなかった。わけわかんないままあたしは泣き続けた。泣き疲れて、このまま死んじゃえたらいいのに、なんて思いながら。
グシャグシャに濡れたあたしの顔を、いつのまにか隣に来ていたおばあちゃんはそっと胸のなかに抱きしめた。ちょっとお香の匂いがする着物に、水がどんどん吸い込まれていく。
「チカラを、見せちゃったのね」
ひっくひっくとしゃくりあげながら、あたしはおばあちゃんの胸のなかでコクリと頷く。
「大丈夫よ、桃ちゃん。今は辛くても、いつか必ず幸せになれるから。ね」
あたしはもう駄々っ子だった。着物のなかで、ブンブンと首を横に振る。
「ムリだよォォ・・・あだし、バケモノだもん゛~~・・・もう死んじゃった方が、いいんだよ゛ォォ~~」
「そんな、死ぬなんて言わないの」
あたしの両肩をギュっと掴んだおばあちゃんは、真正面からじっと瞳を覗き込んできた。おばあちゃんの小さな瞳のなかに、くしゃくしゃになったあたしの顔が映ってる。多分、あたしの黒い瞳のなかにも、おばあちゃんの姿が映ってるんだろう。いつも優しいおばあちゃんの、ちょっと厳しい言い方に、内心あたしはビックリしていた。
「どんなに苦しいことがあってもね、人間はがんばって生きていかなくちゃいけないのよ」
「で、でもォォ・・・」
「じゃあね、どうしても死にたくなったら、こう考えなさい」
静かな、でも力強い声でおばあちゃんは言った。
「誰かを幸せにするために、桃ちゃんは生きなくちゃいけないの。桃ちゃんはそれができる子。だから、神様はあなたに特別なチカラを授けてくださったのよ」
おばあちゃんが亡くなったのは、それから二週間後のことだった。
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