ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十話 桃子覚醒 ~怨念の呪縛~ 」

3章

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 化粧直しに席を立ったイマドキの女子高生を、ひとり赤髪の少女は待っていた。
 ボリュームあるディナーのコースもようやく食べ終わり、舌とお腹に満足感が広がっている。
 外食など滅多にしない夕子だが、たまには落ち着いた場所で、優雅な時間を楽しむのもいい。
 ここに藤木七菜江が入ってくると、たちまちムードもくそもない大騒ぎに発展してしまうのだが、桃子とふたりだけでゆったりとした時間の流れを満喫できたのが、なによりの今日の収穫であった。

 「さて」

 ひとり呟くサイボーグ少女の瞳が細まる。ふたりきりの大切な時間は十分に楽しんだ。これからはやるべきことをやらねばならない。
 席を立った赤髪少女がツカツカと後方に位置するテーブルに向かって歩いていく。七時を迎える時間帯、仕事帰りのOLやカップルなど、数組の客が店内を埋めている。飲食店が忙しくなるのは、これからが本番だ。

 「あんた、いい加減にしなさいよ」

 俯き加減でナイフとフォークを扱っていた男の胸倉を、華奢に見える少女はムンズと掴んでいた。突然の出来事に驚いた男が闇雲に暴れるが、シャツを掴んだ細い右腕はビクとも離れない。呆気にとられる周囲の目を気にすることなく、小柄な眼鏡男の身体をツインテールの少女は強引に立ち上がらせる。
 小刻みに震えるニキビ面の男の正体は、「たけのこ園」の前で出会った、あの少年であった。

 「コソコソするなって、言ったでしょ」

 右腕一本で掴まれているというのに、少年の身体は浮きあがりそうになる。華奢で、しかも包帯をあちこちに巻いているこの少女のどこにこんな力があるのだろうか。衆目に晒される羞恥と少女の視線の鋭さに、少年の青白い顔はみるみるうちに赤く染まっていく。

 「こッ・・・ここに来たのは偶然で・・・」

 「じゃあ右手に持っているものは何?」

 ドキリとした少年の右手から、小型のデジタルカメラがこぼれ落ちる。液晶画面に映っているのは、屈託なく笑う非の打ち所のない美少女。
 突き放された少年の身体がドサリと床に落ちる。ゲホゲホと咳き込むニキビ顔を、周囲の好奇の視線が遠慮なく貫く。奇異な視線で見詰められるのは、なにも少年に限ったことではないが、赤髪の少女は威風堂々たる様子で平然と佇んでいる。

 「な、なぜ・・・ことごとくボクの居場所がわかるんですか・・・?!」

 「あんたは知らなくていいことが、世の中にはいろいろあるのよ」

 さりげなく夕子は首に輝く銀の首輪にそっと触れる。今マザーコンピューターの情報は、目の前の少年が緊張と脅えと恥ずかしさで、激しく興奮して体温を上昇させている事実を教えてくれている。

 「み、見逃して・・・ボクが誰を好きになろうと、あなたには関係ないじゃないですかッ」

 「それはそうだけど、盗撮なんて卑怯なマネするのは許せないわ」

 「こ、これはそのッ・・・美しい桜宮さんをいつでも見ていたいと思っただけで・・・別に彼女に迷惑かけたわけじゃないでしょう?! むしろ常にボクからの愛情を捧げられるわけで、彼女にとっても悪い話ではないはずです」

 「なッ・・・?!」

 「ボクは本気で桜宮さんのことが好きなんだ。愛されて嬉しくない女性がいるわけがない。だからボクは精一杯ボクなりの形で愛すんですよ! いけませんか? それともあなたは、ボクが桜宮さんを愛するのを邪魔するつもりなんですか?!」

 普通、高校生ともなれば好きだ嫌いだの話はさんざん友達と繰り返すものだが、恋愛についてはまるで疎いこの理系少女は、高等数学の方程式を解くようにはいかず、少年の言葉にパニックに陥っていた。感情は眼鏡少年の勝手な言い分にムカムカしているものの、「恋愛ってそういうものなのかしら?」と思う気持ちが、この手の話題が苦手な夕子を戸惑わせる。

 「ボクは桜宮さんを世界で一番愛しているんだ。ああ、なんて美しいその姿。彼女はボクになんか振り向いてくれないかもしれない。でもボクは彼女を愛し続けるんだ。愛して愛して、振り向く日まで愛し続けるんだ。桜宮さんはボクのものだ。桜宮さんはボクのものになるべきなんだ。だってボクは、こんなにもあなたのことを愛しているんだから」

 先程まで気弱そうでしかなかった眼鏡少年が見せる、狂気じみた執念に、思わず夕子は圧倒される。
 違う。恋愛のことは確かによくわからないけれど、こいつの言っていることはなにかが違う。間違っている。だって、この男の行動は全て自分のためで、決して桃子のためではないんだもの。
 再び少年の胸倉を右手で掴んだ夕子は、床に座る男を立ち上がらせた。この男を、桃子の側に近づけるべきではない。少し痛い目を見せてやらないと。左手を振り上げたのは、ケガをさせてはならないという、夕子なりの優しさゆえか。桃子を愛すると口では言いつつも、その実本当に愛しているのは己自身である眼鏡少年に、サイボーグ少女はお仕置きの一発をお見舞いしようとする。

 「なッ、なんですか、その手は?! まさかボクを殴るつもりですか?!」

 「くッ! このッ・・・」

 「あなたは暴力でボクの愛を邪魔するつもりなんですかッ?! 桜宮さんを愛しているだけで、なぜボクが殴られなきゃいけないんです? ボクは桜宮さんが好きなんです。一体なんの権利があって、あなたはボクの愛を邪魔できるっていうんですかッ?!」

 「待って夕子!」

 澄み渡る鈴のような声が、緊迫した二人の間に割って入る。胸倉を掴み平手を振り上げた赤髪の少女と、じっと真正面から少女を睨む少年。激突寸前の状況は、場に戻ってきたばかりの桃子にも瞬間に理解できる。漆黒の瞳を丸くしたまま、桃子は親友の傍らにまで駆けつけた。

 「ダメだよ夕子ッ、手をだしちゃ!」

 「・・・大丈夫」

 右手を離すと同時に、ヨロヨロと眼鏡少年は数歩下がる。その顔は破裂しそうに真っ赤だ。
 涎も垂らしそうにだらしなく開いた口からは、ハッハッと呼吸が慌しく繰り返される。
 桃子が近付くだけで、鼓動が早くなってしまうって? 明らかに挙動不審な動きを見せる少年よりも、夕子には隣に立つ超絶の美少女の方がそら恐ろしい。透き通るような白肌に、心を鷲掴みにする魅惑的な瞳と唇。横から眺めた美の最高傑作は、菩薩のごとき光を仄かに放っているようにさえ見える。

 「あの・・・藤本くん、だよね?」

 「桃子、こいつのこと知ってるの?!」

 眼鏡少年に呼びかけた桃子に、さすがのクール少女も驚く。

 「ん・・・・・・この前・・・告白してくれたから」

 更なる意外な言葉が、美神の娘ともいうべき少女の口から吐き出される。この藤本という男、隠れて桃子を追いかけてるだけかと思ったら、とっくに告白まで済ましていたとは。ということは、フラれて尚、桃子に纏わりついていることになる。

 「じゃあ、ホントにストーカーってわけ。ここまで開き直られると、逆に感心するわ」

 「好きなんです、桜宮さんのことが!」

 呆気にとられる夕子と、困惑する桃子の前で、藤本は床に額がつく勢いで土下座をする。ざわつく周囲など、もはや彼の目には入っていない。

 「ボクにはあなたしかいない。あなた以外、誰も愛せない! 好きで好きで好きで、たまらなく好きなんです。付き合ってなんて言いません。ボクなんかでは、あなたの相手にふさわしくないから。ただずっと、あなたのことを愛させてください! あなたを愛することを許してください! 桜宮さんからなにかしてもらおうなんて思っていません。ただ、あなたを愛してるだけで、それで十分なんです!」

 これほど傲慢な土下座を、夕子は見たことがなかった。謝意も敬意もない土下座。一見惨めにすら映る藤本のこの土下座には、ストーカー男の醜い心情が滲み出ている。ここまで頭を下げているのだから、言うことに従え、と。桃子の立場も迷惑もまるで考えていない、ただ自分のためだけの土下座であることが手に取るようにわかる。
 口では桃子に全てを捧げるかのようなことを言っているが、この男が本当に大切にしているのは、己。ただ己の思い通りに物事を運びたいだけなのだ。そこには桃子の居場所はない。桃子のことを思っての思想も行動も、まるでないのだ。
 やはりこの男、少々痛い目に遭わせてやった方がいい。
 グッと拳を握り締める夕子の前で、花弁のごとき唇を開いた美少女は、意外な台詞を口にした。

 「ありがとう、藤本くん。そんなにも、あたしのことを愛してくれて」

 床に平伏していた眼鏡少年が顔をあげる。その目前で美神に愛された少女は、しゃがみこんで視線の高さを少年に合わせる。

 「ちょッ・・・桃子、こういうタイプには、甘い顔見せない方がいいわ」

 「そんなこと言わないで。好きって言ってくれるのは、やっぱり嬉しいよ」

 舌打ちしたい気分に天才少女は駆られる。
 また・・・桃子の致命的な欠点が顔を出した。優しさとも言い換えられるかもしれない超能力少女の甘さは、女子高生としてはともかく戦士としては不合格の要素である。それが近い将来、桃子自身に悲劇的な結末をもたらすであろうことを、夕子は常々憂慮していたのだ。これまでも、片倉響子との闘いしかり、ウミヌシとの闘いしかり。本気で闘えないエスパー少女は何度も危機に瀕している。
 もちろん今が戦闘の場でないことは百も承知だ。だが、こういった日常生活においても甘すぎる性分は、今後を思えばなんとしても克服してもらいたい桃子の課題であった。

 「あんたなら、腐るほど男から好きって言われてるでしょうに」

 『たけのこ園』であった、木原とかいう気弱そうな青年のことを夕子は思い返す。

 「それは違うよ、夕子」

 「違わないでしょ。私といるときでも、何度ナンパされたことか」

 「そういう意味じゃなくてサ。誰から、何人から好きって言ってもらえても、いつもそれは『特別』だってこと。だから、こうやって藤本くんに好きって言ってもらえるのは、ものすごく嬉しいよ。ありがとう」

 完璧なる美貌の少女の言葉に、藤本の表情に喜悦が走る。最愛の天使に微笑んでもらえることが、ストーカー男にとってどれほどの至福であることか。

 「じゃ、じゃあ桜宮さん、ボ、ボクは・・・」

 「でもね」

 トーンとともに美少女の眉がやや下がる。

 「もう、あたしのことは、やめといた方がいいと思う」

 静かな、しかしその内に強い意志を秘めた桃子の言葉。
 土下座までして訴えた己の願いを簡単に棄却され、ニキビ少年は一気に沸点に達した。

 「なッ、なんでッ?! なんでだァッッ!! ボ、ボクのッ・・・ボクの愛が君にはわからないのかッ?!! こんなにも君を愛している、ボクの気持ちがァッッ!!」

 「藤本くんは、あたしのことを好きなんじゃないと思う」

 泡を飛ばし喚きたてる少年を前に、臆することなく桃子は言った。

 「藤本くんが好きなのは、あたしの姿なんだと思う。だって、あたしがどんな人間か、藤本くん知らないよね? "桜宮桃子"のことは、好きじゃないと思うよ」

 最後の台詞に潜んだ哀しみを、夕子は聞き逃さなかった。
 エスパー少女・桜宮桃子。己の秘密を守り、誰にも真の自分を見せられなかった少女。
 桃子は知っている。自分の全てを曝け出すわけにはいかないことを。超能力者であることを知られた瞬間、人類は己の敵と化すことを。
 その美貌ゆえ、幾多の男に愛された超絶の美少女。しかし同時に、本当の自分を誰にも愛されなかった、孤独な16歳。
 愛されるたびに失意と空虚を刻んだ少女。多くの者が彼女の美貌をうらやむだろうが、その端麗な容姿ゆえに桃子がより多くの傷を受けてきたことに誰が気付こう。ただ似たような境遇にある夕子だけが、美少女の悲哀を今悟る。

 だが、桃子の容姿に一目惚れしたストーカー男に、超能力少女の言葉の重みが理解できるはずもなかった。

 「な、なな、なにをッッ?!! わ、わけのわからないこといいやがって・・・結局最初からボクのことなんかバカにしてるんだろッ!! ちょっとカワイイからって、ちょッ、調子に乗りやがって・・・」

 唾を飛ばして罵る眼鏡少年。真っ赤だった顔が急速に青白くなっていく。明らかな錯乱を見せる藤本の周りから、ディナーの客が慌てて席を離れる。気弱なストーカー男の気配が一転して変化したのを、場にいる誰もが勘付き始めていた。

「バカになんか、してないよ。ただ、好きと言ってくれるのは嬉しいけど、それはホントに愛してくれてるのとは違う気がするの」

「桃子、まともに話しても無駄よ!」

「こ、ここッ、このッ!・・・ボ、ボクのッ・・・ボクの愛がわからないのかァッ!! ボクのこれほどの愛がッッ!!」

 藤本の瞳に宿る狂気の光。激昂する眼鏡少年の目前で一切動じない茶髪の美少女と、危機を感じるツインテールの少女。ヤバい雰囲気が修羅場を知る夕子の脳裏にビンビンと伝わってくる。

「ごめんね、あたしは藤本くんに愛されるような人間じゃ、ないんだよ」

「そんな言葉で騙されるかァァッ――ッッ!!!」

 小柄な男の右手が懐に入るのを、赤髪の少女の瞳は捉えた。

 ――こいつ、ナイフを持っている?!――

 明滅する銀の首輪。非常時に備えていた夕子の動きは素早かった。盾にならんとサイボーグ少女の肢体が、佇む桃子と藤本との間に割って入る。

 ゾクリ

 巨大な嫌悪感が、サイボーグ少女の背中を走り抜ける。
 今にも襲いかからんとする目の前の眼鏡少年が、本気であることは十分に承知している。イってしまっている目。精神の未熟な者が見せる、追い詰められたときに何をしでかすかわからない、危険な目を藤本はしていた。だが、違う。幾度も死地に立たされた夕子を襲う、氷のような戦慄。脅威すら感じる悪寒は、今、少女たちの背中から発信されている。
 このストーカー男よりも、もっと危険な人物が今背後に―――
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