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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」

28章

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 「あんたは・・・笑うんじゃ、ない」

 垂れ気味の整った瞳が冷たく光ったのは、そのとき。

 ドゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 アリスの連打。めちゃくちゃで、力強い無数の打撃が、鋼鉄マシンの細身を砕く。

 「ギビュゴバアアアアアアエエエッッッ!!!!」

 「あんたは、泣き喚いてればいい!」

 機械の肉体を、少女の純潔を、弄ばれ蹂躙され尽くした守護天使の魂の叫び。
 殴りかかるキリューをアリスの打撃が圧倒していた。暴風雨となって襲いかかる左右の拳。顔面を、ボディを、鋼鉄機械を殴り打つ。バチバチと火花を飛ばす機械兵士。舞い落ちる、鋼鉄の破片。
 単純な殴り合いならば、研究一筋の狂博士より、修羅場を潜り抜けてきた女子高生の勝ち。たとえ少女が心身ともに地獄の底まで落とされていようとも。小柄でボロボロの守護天使相手ならデータなしでも勝てると踏んだ、機械人間の思い上がりを現実が打ち砕く。

 「バッ、バカナッ・・・ナッ、ナゼェェッッ・・・?!!」

 「私とあんたじゃ、地獄を味わった経験が違う!」

 「コッ、小娘ガッッ・・・図ニ乗ルナッッ!!」

 ズブリ
 ドリル化し、回転する4本の右手の指が、アリスの脇腹に突き刺さる。

 「ぐうッッ?!!」

 「ソノ程度ノ攻撃デ、コノキリューヲ倒セルト思ッタカ?!!」

 全出力を解放した鋼鉄兵士の電撃が、ドリルを通してアリスの脇腹から直接体内に流し込まれる。加減も容赦もない、作り得る最大の高圧電流を全力で注ぎ込むキリュー。追い詰められた悪魔が、なりふり構わず装甲天使を破壊にかかる。

 バリバリバリバリッッ!!! バチンッ!! バシュンッッ!! ズババババッッ!!!

 「くああアアッッ・・・!!! きゃああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」

 「武器ノナイ貴様ナド、所詮敵デハナイ! コノママ爆死スルガイイ、ファントムガール・アリ
ス!」

 全身のあらゆる組織全てを焼かれる地獄の悶痛に、アリスの口から甲高い絶叫が迸る。
 単純な打撃の応酬ならば、確かにアリス、霧澤夕子の方が上。しかし、電磁波光線も電磁ソードもキリューに通用しない以上、アリスには打撃しかないのだ。一方、キリューには一撃で守護天使を葬れる電撃技がいくつも残っている。打撃の嵐を耐え、ほんのわずかな隙を突いた反撃で、アリス優位であった戦況は瞬く間に形勢を逆転した。

 「があああッッ!!!・・・ぐうゥゥッッ・・・ク・ア・ア・アアッッ・・・」

 「ナニガ地獄ノ経験ダ! 貴様ノ父親ニ殺サレカケタ、我ガ恨ミト苦シミ・・・ソノ身体デ存分ニ味ワエ!」

 「ギイヤアアアアアアアアアッッッ――――ッッッッ!!!!」

 MAXで注がれる高圧電流に、アリスの肉体がビカビカと光る。黄金のプロテクターに亀裂が入る。
 バシュンッッ!! バシュンッッ!! アリスの体内で機械部分が破壊されていく。立ち昇る白煙。生体部分は焼け焦げ、耐え切れなくなった内線コードが千切れる。壊れる。壊される、サイボーグ少女、ファントムガール・アリスが。銀の皮膚が黒ずみ、関節の継ぎ目から煙が昇る。火花が飛び散り、美しい皮膚が弾け飛ぶ。ビクビクと痙攣する肢体。美貌の仮面が剥がれ、悶絶して歪む素顔が露わになる。破れた皮膚から流れる血。小さな身体の許容量をオーバーした電流が、装甲天使の体表で放電を始める。

 "アアッッ・・・ガアッッ・・・も、もう・・・私・・・ダメ・・・・・・これ・・・以上・・・バラ・・・バ・・・ラ・・・・・・に・・・・・・"

 「死ネッッッ、ファントムガール・アリスッッッ!!!」

 ドオオオオンンンンンンンッッッ!!!!

 爆破の轟音が、闇に包まれた無人の埋立地を揺らす。
 爆発の風と音とが円心状に廃墟に広がる。唸る空間。巻き上がる砂塵。バラバラと、粉々になった鋼鉄の破片が、アスファルトに落ちていく。
 薄れゆく砂煙のなかで、鋼鉄の悪魔とオレンジの装甲天使とは立っていた。

 「コ・・・レ・・・ハ・・・??」

 人体模型に似た鋼鉄製のキリューの身体。
 その胸の中央から右半分、首筋から脇腹にかけて、アリスに電流を流し続けた右腕ともども、消えてなくなっている。

 「バ・・・カ・・・ナ・・・・・・」

 バチバチと点滅する赤いレンズで、キリューは見た。
 真っ直ぐに右腕を構えたファントムガール・アリスを。90度に折れ曲がった肘の部分には、白煙をあげる砲口が覗いている。

 「あんたの・・・恨みや・・・苦しみなんて・・・」

 ゴボリ・・・
 喋るたびに、聖少女の銀色の唇から血塊がこぼれる。ヴィーン・・・ヴィーン・・・という弱々しいクリスタルの点滅音を、遥か遠くでキリューは聞いた。

 「たかが・・・知れてる・・・私は・・・・・・3度・・・殺された女・・・・・・」

 キュウウウウウウンンンンン・・・・・・

 構えた右腕の砲口の内側で、深紅の球体が震えている。
 やがてそれは拳大の大きさに膨れ上がった。可聴域ギリギリの高音のパルス。小刻みに震える灼熱の球体が、砲口の内部で踊る。

 「・・・ヒート・・・キャノン・・・・・・」

 爆音が再び轟いた。
 発射された炎の球体は、みるみるうちに巨大化し、立ちすくむ機械兵士の上半身を包み込む。
 アリスの弾丸を傷ひとつなく弾き返した鋼鉄のボディは、灼熱の高温に触れて瞬時のうちに蒸発し、煙ひとつ残さないまま消滅していた。
 下半身のみになった機械兵士の残骸は、鎧の女神が光に包まれて消えると同時に、自滅するように爆発して炎のなかに消えていった。
 正と邪、ふたりのサイボーグ戦士による死闘は、炎のなかで終焉を迎えたのだった――。



 「あいつの・・・取り付けた・・・右腕に・・・・・・頼っちゃうなんて・・・ね・・・」

 ひゅうひゅうと荒い息をつきながら、霧澤夕子は混濁した意識のなかでかろうじて言葉を搾り出す。温かく柔らかい感触が頭と腰の下にあった。どうやら西条ユリが、ボロボロの服に包まれた身体を抱いてくれているらしい。

 「夕子さん・・・もう・・・喋らないで・・・ください・・・・・・」

 冷たい雫がポトポトと額や頬を濡らす。「私のためなんかに泣くな」言ってやりたいが、あいにく言葉を出すのも辛い。

 「ユリ・・・ありが・・・とう・・・・・・」

 「え?!」

 「手を・・・出さないで・・・くれて・・・・・・」

 途中、あれほど無様な姿を晒してしまったのに。

 「あの敵を・・・倒すのは、夕子さんしかいませんから・・・」

 ありがとう。
 もう一回言いたいが、限界はすぐそこまで来ていた。

 「ごめ・・・も・・・う・・・寝る・・・わ・・・」

 ギュッと強い抱擁が夕子の疲れ切った肢体を包む。こんな状態でありながら、ひとり夕子は仄かに照れた。

 「こ・・・の・・・右・・・腕・・・は・・・・・・」

 わかっている。父・有栖川邦彦が取り付けた新必殺技が、軍事用の兵器ではないことは。ヒート・キャノン、それは電子レンジの応用。電子をぶつけて高温を生み、灼熱の塊を砲弾として放つ技。戦場で使うにはあまりに時間がかかり、効率的でもないこの兵器が軍事用であるわけはない。いわば即席に作った、夕子専用の兵器。

 夕子を利用するための兵器ではなく、夕子のための兵器。
 その違いの大きさを理解しつつ、それでも、いや、だからこそ天才少女は父からのプレゼントを喜ぶわけにはいかなかった。

 「いつ・・・か・・・必ず・・・返し・・・て・・・みせ・・・る・・・・・・」

 もうあなたを、悲しませないように―――
 
 深い虚無が訪れて、運命と闘う少女は意識を闇に沈めさせていった。
 サイボーグの肉体が父と娘、ふたりを傷つける悲運のなかで、霧澤夕子の闘いはまだ終わりを告げようとはしない。瞳を開ければ再び始まる闘いの日々に備え、孤高の少女はしばしの休息につくのであった。



 「え?!! 偶然なのッ?!」

 普段滅多に慌てることのない五十嵐里美が、思わず大きな声をあげる。
 帰路につくまで残り3時間。戦闘の重圧からようやく解放された少女たちは、爽快な空の下、最後の瞬間まで夏を楽しむことを選択していた。とはいえ、疲労困憊、Tシャツの下は擦り傷と火傷だらけのふたりの少女は、ずっと巨大なパラソルの下で寝ているだけ。半ば里美に強引に連れてこられた藤木七菜江と桜宮桃子は、ぐったりとした様子も隠さず、楽しげな先輩ふたりを見つめているだけだ。
 工藤吼介が沖に泳ぎにいったのをきっかけに、里美は昨夜の戦闘について話を聞きに、パラソルの下までやってきたのだった。

 「うん・・・ナナが先に闘ってるからビックリしたよ・・・」

 「あたしだって、モモが闘うなんて思ってもなかった・・・言ってくれたら無茶しなかったのに・・・」

 「ふたりで協力して、ウミヌシの体力を削ったんじゃなかったのね」

 ウミヌシを倒す唯一の方法、体力切れを起こす作戦がふたりの計画によるものではなかったと知り、内心拍子抜けする里美。しかもどうやら、七菜江に限っては体力切れをさせるという発想すらなく、普通に闘っていたらしい。呆れると同時に、どこかでほっとしている自分がいることに里美は気付いていた。闘い慣れした七菜江や桃子はなんとなく見たくない、甘いリーダーがそこにはいた。

 「とにかくもう、あたしはぐったりです・・・里美さん、早く帰りましょうよ」

 「なに言ってんの、ナナちゃん。せっかく海に来たんだから、少しは楽しまないと」

 ニコリとわざとらしいほどに美しき令嬢が微笑む。

 「・・・な~んかァ・・・やたら楽しんでませんかァ、里美さん」

 鋭い感性を持つエスパー少女が、不満そうに唇を尖らす。桃子には、不自然なまでにはしゃぐ里美の意図がようやく見えてきたようだった。

 「罰よ」

 爽やかな夏の風すら足元に及ばぬ、爽快感いっぱいの輝く笑顔を美少女は振り撒く。

 「私を騙して勝手に闘ったふたりへの罰。そこで私が楽しむ様子を存分に眺めててね」

 「なッ! 最初にあたしたちを騙して勝手に闘おうとしてたの、里美さんじゃ~ん!」

 抗議するふたりの少女の声を掻き消すように、遠く沖から筋肉獣の叫びが届く。

 「お~~い、お前らも、こっちに来いよォ!」

 「・・・だって。じゃあね」

 無地のTシャツを脱ぎ捨てると、その下から芸術的な曲線を描いた美しいプロポーションが現れる。
 黒一色で統一された里美の水着は、際どいカットのビキニであった。
 七菜江ほどのボリュームはないが、バランスのよいスタイルは黄金比率を思わせた。形のいい胸の丘陵を三角の布が隠している。引き締まった腰からなだらかなヒップラインが続き、曲線の見事さに思わず溜め息がでる。白い肌は真珠のような煌き。ルックスだけではない、スタイルにおいても美神に愛された女神がそこにはいた。

 黒というシックな色調に関わらず、胸の中央や腰のサイドに飾られたリボンが可愛らしさを強調している。落ち着いた美しさと少女の可憐さ。元から神秘的ですらあるこの美少女に、ふたつの要素をまとめて演出されたら、世界中の女が束になっても勝てそうにない。

 ゴクリ・・・
 美少女という意味では相当のランクにあるふたりの少女が、思わず同時に息を飲む。
 圧倒的な美の化身は、さらに悪戯っぽく笑ってみせた。

 「ナナちゃん、あそこまで、私と勝負してみる?」

 あそこと指差した先には、逆三角形の筋肉の塊が波に揺られている。
 立ち上がりかけた七菜江を抑えたのは隣に座る桃子であった。看護婦にされたら堪らないとびきりの笑顔を残し、とことんまでお仕置きした聖少女たちのリーダーは海へと入っていく。

 「なんか・・・ズッルイ、里美さん・・・」

 「もう! ホントにナナは単純だなァ~! わざと挑発してるに決まってるじゃん。里美さんに奪い合うつもりなんてないよ」

 「・・・そう?」

 「そうだよ。ま、意外と本気で勝負したがってたかもしれないけど・・・あ、ゴメ・・・」

 泣きそうとも不愉快そうとも取れる表情をされ、桃子は慌てて親友に謝る。
 完全にふくれっつらになったショートカットの少女は、そっぽを向いたまま振り返ろうとしなかった。こうなった七菜江の機嫌を取り戻すのは、ちょっとした一苦労である。帰り際、夕子やユリへのお土産と一緒に、チョコのひとつでも買って与えねばならない。面倒がひとつ増えて、内心桃子は溜め息をつく。

 「それにしても・・・つくづく・・・ホントに・・・大変なライバル持っちゃったねェ~・・・」

 まるで他人事のようなエスパー少女の声は、南の風にさらわれて光のなかに消えていった。



                  《~ファントムガール第九話 了~》

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