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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」
26章
しおりを挟む闘うというの、桃子?!
生来の優しさが傷つけるという行為を躊躇わせる少女、桜宮桃子。花と平和に囲まれて暮らすのがもっとも似つかわしいエスパー少女は、今度こそ血生臭い決闘の領域に踏み込むことができるのだろうか。
目前30mほどの距離に出現した新しい銀色の女神に、ウミヌシは攻撃を仕掛けない。ナナとの死闘で受けたダメージが深いのだろう。それとももしかすると、この桃色の愛らしい天使は敵ではないと本能が語りかけてくるのかもしれない。
「ウミヌシさん、ゴメンね」
神々しい銀に鮮やかなショッキング・ピンク。華々しい美天使が、耳に転がるような甘い声で言う。フェティッシュな可愛らしい声色は、紛れもないミス藤村学園・桃子のもの。これから命のやり取りをするとは思えぬ台詞を、桃色の女神は発した。
「でも、ウミヌシさんを倒さないとダメなんだァ。困っちゃうひとたちがいるから・・・ゴメンね。あたしのこと、憎んでいいからね」
おおよそ戦士らしからぬ台詞。しかし、サクラの言葉はこれで終わりではなかった。
「だけど、あたし、やるよ」
瞬間、空気が性質を変化させる。死を賭した修羅場を潜り抜けたモノにはわかる、闘気の昂ぶり。エスパー戦士の能力、発動の兆し。
「"ブラスター"!!」
短い炸裂音を連続させて、ウミヌシの身体が無数の火花で包まれる。
里美との特訓で体得した技のひとつ、ブラスター。桃子の超能力は現象そのものを起こそうとするのではなく、何か見えないものがそこにあると仮定して発動するのが基本であった。例えばウミヌシを運ぶ折に、巨大な風船を思い浮かべたように。
念動力で石を割ろうとするならば、石自体が割れた想像をするのではなく、見えないハンマーで叩くことを想像するのだ。そのほうが経験上、高い効果が発揮できることをエスパー少女は知っていた。当然サクラの超能力技も、同じように見えないなにかを想像するのが基本となる。その基本から外れた技が、レインボーとこのブラスターであった。
サイコエネルギーそのものを具現化し光線と化すのがレインボーならば、爆発の現象自体を思い浮かべ対象に引き起こすのがブラスター。狙った場所を直接爆発させるのだから、絶対不可避の恐るべき技。しかし、その分威力は格段に低く、いわばジャブ的な役割を果たすのがこのブラスターであった。
"違うわ、桃子! この場面はブラスターを使うべきじゃない。全力の一撃を放つべきなのに・・・これではただ相手を挑発するようなもの"
戦闘のセオリーとして、敵の動向を探るため軽い技から使うように教えたことを、里美は後悔する。明らかにダメージを負っている今のウミヌシ相手に、それはベストの選択ではない。だが、闘いに関して全くの素人である桃子に、気付けというのは無理な注文であった。
「グオッッ・・・グオオオオッッ・・・」
雄雄しかった巨獣の叫びには、痛々しい苦悶の響きが混ざっている。それでも子孫を残すため、命賭けで上陸した巨大なウミガメの闘争心は萎えてはいない。最強の鎧を誇るウミヌシにとって、ブラスターは線香花火のようなもの。なんらのダメージも加わることはなく、ただ燃え盛る怒りに油を注ぐだけ。
鮮血で深紅に染まった口腔を開けるや、新たな邪魔者に向かって灼熱光を発射する。
「"プリズン"!」
待っていたかのように、サクラの反応は素早かった。
エスパー戦士が思い描いたのは、巨大なダイヤモンド。ピンク色の光の壁が瞬時にしてウミヌシを包囲する。聖なる防御壁にぶち当たった熱線は、空しく飛び散り霧散する。
桃色の巨大水晶のなかに、巨獣は完全に閉じ込められていた。光の防御壁フォース・シールドの応用系、サクラオリジナルの「プリズン」は光の結晶体のなかに敵を封じ込める、守備寄りの技。サクラのサイコパワーを上回らねば、この光の結界を破ることはできない。
「サ、サクラ?! あなたは一体・・・?」
奇妙な事態が起こっていることに、五十嵐里美は数秒の後気が付いた。
いつまで経っても光の結晶が消えない。いや、消さない。灼熱光はとっくに防いでいるというのに、聖なる壁で封鎖したまま、サクラは念動力を使い続けている。
もしやこのまま、ウミヌシを閉じ込めて終わろうとしている?
サクラらしい、甘い考えであった。傷つけずに闘いを終えられたら、というのが超能力少女の理想であることは言うまでもない。しかし光の障壁を作り続けるのは、いくらエスパーの桃子といえど大変な疲労を伴うのは避けられない。これではいたずらに体力を消耗するだけだ。
結晶に閉じ込められたウミヌシの身体が、再び火花に包まれる。
二度目のブラスター。サクラの追撃は、しかしこれまたウミヌシを傷つけられない軽い技。見ている里美にはまるで必要性の感じられない無駄な追撃。逆に敵の反撃を呼ぶだけだ。ダメージこそないが表皮を弾かれる煩わしさに、ウミヌシが狂ったように灼熱光を四方八方に撃ちまくる。激突する、深紅の光線とピンク色の聖壁。ウミヌシの体力とサクラの念動力、互いに削りあう根比べの激突が続く。
バチンッッッ!!!
長時間に渡り結界を作り続ける無茶は、当然のようにサクラの限界を早めていた。防御壁が破れ、ピンクの結晶に大きな穴が開く。続けざまに放たれた灼熱光は、立ち尽くしたサクラの腹部に突き刺さり、柔らかな少女の肉を焼き焦がす。
「きゃあああッッッ!!! あああッッ・・・!!」
闘い方を知らぬことがこれほどまでにマイナスであるとは。ナナが作ってくれた千載一遇のチャンスも、決して褒められないサクラのマズイ闘い方によって、水泡に帰そうとしている。もしサクラがデスを使えば・・・あるいはせめてレインボーを使ってくれたら、無敵の不沈艦を沈めることができるのに。だがいまや、戦況は大きくウミヌシに傾き、熱線の嵐に桃色少女は絶叫するしかない。初戦のVTRを見るように、顔を、胸を、腹部を、全身を休むことなく照射され、美貌の超能力戦士は熱さに苦鳴を叫び続けている。
"やはり私が、やるしかないわ!"
もはや躊躇する時間はなかった。倒れた七菜江を捨て、吼介との"約束"に背くのは辛いが、これ以上我慢はできなかった。ウミヌシを倒せるのは今しかない。そしてナナに続いてサクラまで傷つき倒れるのを、もう黙って見てはいられない。
決意の里美に光のエネルギーが満ちていく。ありがとう、ナナちゃん、桃子。本当は私がやるべき闘い。身体を張ってくれたふたりに、今こそ応えてみせる―――
「えッ?!!」
ようやくこのとき、里美は気付いた。
巨獣の集中砲火を浴びる桃色天使の瞳に灯る、不屈の光を。前回は灼熱光の熱さに転がり回った美少女戦士が、今度は大の字のままで立ち尽くしている。まるでもっと打ってこいと言わんばかりに。艶やかな肌を焼かれるのは、少女には耐えようのない苦痛であるはずなのに、根性という言葉で済ませるには不釣合いな気力で、ウミヌシの攻撃をひたすら受け続けている。
もしや。
全てはサクラの作戦通りなのか。
吼える巨獣の口から、意志に反して深紅の光線が途絶えたとき、里美は不自然なエスパー少女の闘い方に隠された意図を理解した。
「よう・・・やく・・・エネルギー切れ・・・みたいだね・・・・・・」
フラフラと崩れかける肢体をなんとか両膝で支えながら、桃色の美闘士は甘い口調で呟く。
黒く煤焦げた銀色の皮膚と、立ち昇る黒煙。痛々しい姿に変わり果てた可憐な少女戦士、だがその潤いある口元に含まれるのは、優しくさえある微笑み。
「みんなが幸せになるには」
弱々しい呻きがウミヌシの咽喉から溢れ出る。遠く沖から泳ぎ着くまでの体力、ナナとの闘いで消耗した体力、サクラを仕留めるために費やされた体力・・・絶対な耐久力を誇るウミヌシであっても、体力までが特別なわけではない。既にその残存量は、とっくにレッドゾーンを振り切っている。
「こうするしかないって、思ってたんだ」
ブラスターでの挑発も、プリズンでの捕獲も、身を捧げるように熱線を浴び続けたのも。全てはウミヌシの体力を使わせることが目的だったのだ。
そう、最初から最後まで、罪のない母親ガメを傷つけることなど、サクラにはできはしなかった。
できるのは、自滅。ウミヌシが自滅するのを待つのが、彼女にできる精一杯の抵抗。
細く柔らかな右腕を、すっとピンクの美闘士は天に差し伸ばす。
もはやただ蠢くしかなくなったレンガ色の甲羅の頭上に、巨大な漆黒の球体が渦を巻いて実体化していく。サクラの超能力が作り出す、サイコの攻撃。このとき超能力少女の脳裏に描かれているのは、ウミヌシを遥かに凌駕する超巨大なボーリングの玉。
「ゴメンね、ウミヌシさん。でもこれで・・・あなたの運命も変えてみせるよ」
ブンッッッッッ!!!
超重量のサイコの球体が、鉄壁の甲羅ごとウミヌシを押し潰す。
「"メテオ"!!!」
ドゴオオオオオオオオオオッッッウウウウウンンンンン・・・!!
島全体を揺るがす大地震とともに、伝説の巨獣は甲羅の先まで全てを砂浜に埋没させて、その姿を消していた。
光の女神もカメの怪物も消え去った海岸に、ただアリジゴクの巣のごとき巨大なクレーターだけが砂浜に激闘の跡を刻んで残る。
そして美しい南の島に、再び静寂が訪れた。
潮風に長い髪を揺らめかせ、五十嵐里美は隕石が落ちたようなクレーターの中央部に立っていた。
すっと無駄のない動きでしゃがむ。
眼を閉じたままピクリとも動かない、一匹のウミガメが美しき少女の傍らにいた。
「私たちの力では、強固な甲羅を持つウミヌシは倒すことはできなかった。けれど、『エデン』の変身が終われば、伝説の怪物も普通のウミガメと変わりはない」
なびく髪に飾られた白いリボンをほどくや、里美はカメの右足にきつく結びつける。
拘束を感じたとき、「エデン」は寄生したものの巨大化変身を抑制する。このリボンがほどけぬ限り、二度とウミヌシは人々の目の前に現れることはないだろう。そしてくノ一が特殊な方法で結んだリボンは、偶然がいくつ重なろうともほどけることはない。
「人間体が変身できるのは60分だけど、動物の制限時間はそれ以上。あのコたちがそれに気付いていたのかはわからないけれど」
ウミヌシを倒す唯一の方法、それはその変身を終わらせること。
だが変身時間の差が、人間のミュータントを相手にするとき以上の困難を生む。変身時間が長い動物のミュータントと同時に闘えば、先に自滅するのはこちらの方だ。その差を埋めるためには、頑丈な甲羅を持つ怪物の体力を減らすしかない。誰かが身を犠牲にしてウミヌシを疲弊させるしか、その攻略方法はなかったのだ。
その誰かの役割を、美しき生徒会長は後輩ふたりに奪われたのだった。
「あのコたちに、こんな作戦が思いつくなんてね」
嬉しいとも、悲しいとも、複雑な表情を醒めるような美少女は見せた。
戦士らしくないふたりの少女の成長が、里美には喜んでいいのか、よくわからなかった。
天空にはなにも知らない満月が輝き続ける。頬を撫でる南の風に、少女は切れ長の瞳を細めてみせた。
リゾート地での滞在も、明日が最後の日―――
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