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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」
16章
しおりを挟む沈みかけた夕陽が、廃墟と化した無人の埋立地を照らし出す。
バブルが生んだ負の財産「希望の島」。いまや訪れる者もなく、無駄遣いの象徴としてそびえる建設途中の高層ビル群を、漆黒とオレンジが塗りつぶす。巨大な無機物たちの夢の跡。栄枯盛衰を示す鋼鉄の墓場に、闇が静かに迫ってきていた。
どれほど多くの者たちが、この臨海の埋立地に希望を託したことだろう。数千人単位を飲み込む高層マンション、自然と人工が一体化した保養公園、歓声飛び交う一大レジャー施設・・・実験的要素を含んだ未来都市が、世界に先駆けてこの地に完成するはずだったのに。国全体から資金が尽きた今は、企業から見捨てられ、人々から忘れ去られた残骸が、港湾の片隅でひっそりと巨大な廃棄物と化して佇んでいる。
ビルの墓標の狭間に横たわる、新たな廃棄の塊がひとつ。
煤汚れた銀色の肌にオレンジ色の模様が走っている。寝転がっても崩れない丸いバストを包むのは、夕陽を反射した黄金のプロテクター。下腹部にも装着された装甲は、ビキニの水着を連想させる。鮮やかな赤髪のツインテールは水分を失ってほつれ、ギリシャ彫刻を思わせる端整な仮面は瞳の光を消してピクリとも動くことはない。ただ、マスクと素顔の間の継ぎ目から、とめどなくゴボゴボと溢れる白い泡が、大の字で横臥した巨大美少女の頬を流れ落ちていく。
サイボーグ化された肉体を持つ悲運の少女戦士ファントムガール・アリス。
父・有栖川邦彦への憎悪を抱く機械人間、キリューに戦法を分析され、手も足も出ないまま敗れ去った装甲天使が、廃墟の街に沈んでいる。
クズ鉄たちとの同化を強要されるかのように・・・赤いレンズで見下ろす鋼鉄の悪魔の前で、電撃による執拗な責めで昇天したアリスは醜態を晒し続けていた。見捨てられた廃墟の埋立地に転がる、ボロボロのサイボーグ少女。罠に誘ったキリューと魔豹のコギャルの思惑通り、この無機物の墓場がアリスに相応しい死に場所になってしまうのか。
「あッ・・・ぐうッ・・・」
表情を変えないマスクの下から、かすかな苦鳴が洩れてくる。
クールな視線で敵を射抜き、いかなる困難にも勝気を失わないアリスが、無意識のうちに放つ苦しみの吐息。高圧電流で体内を串刺しにされた処刑から10分。明晰なる霧澤夕子の脳といえど、いまだに混濁から脱し切れてはいなかった。強気な自分を演じられず、苦痛に溺れる様を曝け出してしまう少女戦士を、鋼鉄兵士の赤いレンズが冷たく見下ろす。
ドウッ、という重い響き。
仰向けに転がる装甲天使のどてっ腹に、機械人間の痩身が馬乗りに飛び乗る。突然の圧迫にアリスは反り返り、銀色の咽喉元が艶かしく露わにされる。
「ぐううッッ!!」
「マダマダ。本当ノ地獄ハコレカラダ」
金属製の両手が、プロテクターに包まれたアリスのふたつの双房を鷲掴む。
装甲の上から流し込まれる破壊の電撃。
サイボーグ少女に確実にダメージを与える量の電流が、豊かな柔肉を焼いていく。馬乗りにされ、身動きすらままならぬオレンジの女神。地に組み伏せられたまま悶絶のダンスを踊る装甲天使を、機械のレンズが愉快げに映す。股間の下で跳ね上がる悶えの震動を、機械人間は喜悦に咽びながら嘗め取っていく。憎き怨敵の娘の苦悶は、キリューにとっては極上のご馳走であった。
「苦シイカ、ファントムガール・アリス? 有栖川邦彦ノ娘ヨ」
「ハアッ! ハアッ! ハアッ! お、おのれ・・・」
「憎ムナラ、弱イ貴様ヲ造ッタ父ヲ憎ムコトダナ」
電撃、中断、そしてまた電撃。
戯れるように、いや、本来の目的が父親の抹殺にあるキリューにとっては本当に戯れるだけが目的で、Cカップはあるふたつの胸を電流が貫く。そのたびにアリスは甲高い悲鳴をあげ続けた。流し続けず、途中で休息をいれることで、電撃の痛みと恐怖が夕子の脳内で増幅していく。効果的な責め方、しかしそれでも逆境に生きてきた少女の心を挫くことはできない。むしろそれ以上に、いいように弄られる屈辱が、プライドの高い天才少女の闘争心に炎を盛らせていた。
"一瞬・・・一瞬の隙さえあれば・・・"
アリスの全ての攻撃を凌ぎきったキリューは、逆転の方策が守護天使に残されているなど思いもしていないだろう。
事実、これまでの闘いでアリスが使った攻撃はまるで通じないことは明白であった。夕子を殺すための存在、キリューはまさしくサイボーグ少女にとって天敵ともいえる相手。闘い方を丸裸にされ、完璧ともいえる対処法を身につけた悪魔の機械兵士を倒す方法など有り得ない。ただひとつの例外を除いては。
キリューも、アリス本人すらわかっていない、新兵器。
昨日天才科学者である父が右腕につけた新たな武器。データにはないその攻撃は、さすがの暗殺機械も対応できないはずであった。
実際にどんな機能が右腕に取り付けられたのか、手術台に寝ていた夕子本人にもわからない。
だが、「エデン」の力によって全ての能力を極限にまで高めた今の状態ならば、武器の殺傷力も当然大幅にアップしているのは確実だった。人間体ならば少々の電流を流すくらいなのが、アリスに変身したときは電磁ソードにまで発展しているのだ。精神の思い込みや光のエネルギーの大小によって攻撃力は変わるとはいうものの、例えば拳銃でも取り付けられていたら、相当な火力の迫撃砲くらいにはなっているであろう。その威力たるや、元々が気絶させる程度の電流でしかない電磁ソードなどとは、まるで比べ物にならない凄まじいものになるはずだ。
まして有栖川邦彦が取り付けたのは、サイボーグの秘密を狙う輩を撃退するためのものなのだ。軍事研究に携わる邦彦の新兵器が、拳銃程度のありふれたものとは到底思えない。マシンガンの弾丸を傷ひとつなく跳ね返した機械兵士といえ、一撃にして崩壊せしむる可能性は十分に高い。ただ、軍事目的で使う兵器を実の父親に取り付けられ、尚且つそれを使わなければならないことに、夕子の苛立ちとためらいはあった。
"く・・・軍事に利用されるかもしれない武器を使わなければならないなんて・・・これを使えば・・・私はあいつの実験に協力するようなもの・・・・・・"
「フン。ソノ生意気ナ目、二度トデキナイヨウニシテヤル」
バストを握っていた両手が、マスクを被った小顔をガッシリと挟み持つ。危機を瞬時に理解したアリスが暴れるより早く、高圧電流が整った美形を覆いつくす。
「きゃあああああああああッッッ――――ッッッ!!!」
「コノママ頭ゴト爆発シテシマエ、ファントムガール・アリス」
馬乗りで組み敷かれた肢体がビクビクと跳ね上がる。サイボーグの身体にはあまりにこたえる電撃刑を全身に刻み込まれた装甲の天使。トドメともいうべき頭部への電気ショックを食らい、発狂しそうな苦痛のなかで、勝気な少女戦士はただ悶えることしか許されない。
小刻みに震えていた、全身の痙攣が止まる。
ゆっくりと立ち上がった鋼鉄のマシンの下で、四肢を投げ出したアリスが壊れたオモチャのように横たわっていた。破れた皮膚や関節の間からシュウシュウと白い煙が立ち昇る。絶叫も途絶え静かになった巨大少女から、バチバチという火花の爆ぜる音だけが聞こえてくる。
黄金の鎧を纏った女神が、動くことなく転がっている。
一瞥したキリューの身体が反転する。振り返った暗殺機械は、女神の残骸をあとにして夕陽に向かって歩いていく。廃墟と化した埋立地が、一歩ごとに小さな地震に襲われる。
ウィーン、ウィーン・・・機械の足音が数歩進んだところで、なにかに肩を叩かれたように細身のマシンは不意に立ち止まった。
「ホウ。マサカCパターントハナ」
再度180度方向を転換した、キリューの赤いレンズには。
立っていた。赤いツインテールをなびかせた、銀とオレンジの女神が。
度重なる電撃ショックで、もはやスクラップと化したと思われたサイボーグ少女が、右腕を突き出して立ち上がっていた。肘から先を取り外した右腕は、肘の部分の灰色の断面を曝け出している。本来そこに生えているはずの電磁ソードは、電気を吸い取られて消失したままだ。
「考エウル3ツノ予測ノ中デ、モットモ可能性ガ低イト思ワレタ"再度立チ上ガル"ダトハ。予想
以上ニシブトイラシイ。ダガ、ソレデモ貴様ニ勝機ハ皆無ダ」
右腕を構えたアリスに恐れることなく機械人間が間合いを詰める。キリューは知っている。もはや必殺技である電磁ソードは作り出せないことを。装甲天使のいかなる技も己には通用しないことを。
そして、キリューは知らない。同じ右腕に、データにはない新兵器が取り付けられていることを。
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