186 / 289
「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」
15章
しおりを挟む「トッ・・・トランスフォームッ!!」
耳の中で転がるような甘い声が、南海の星空に響き渡る。
突然巻き起こった眩い光の氾濫に、巨大な獣は動揺した。流星のごとき光の帯が渦を描いてひとつの地点に集結していく。夜を昼に変える聖なる光。巨獣の咆哮のなか、人型を形成した光の粒子は、やがて銀とピンク色の模様を彩った女神へとその姿を変えた。
真ん中付近から分けられたセパレートのストレートヘアーも、シンプルながら可憐さを際立たせる身体の模様も、女のコらしさを存分に発揮した華々しいピンク。
魅惑的ななかに芯の強さを秘めた大きな瞳、すっと高く伸びた鼻梁、芳醇な色香を漂わせるやや厚めの唇。パーフェクトな部品が完璧なる調和で並べられた究極のキュートマスク。小柄で丸みを帯びた身体は少女の面影を残すものの、シルクに勝る銀の肌ツヤや発散される潤いが、誘うような艶やかさを周囲に散りばめている。
美しく、可憐で、可愛らしく、綺麗な、それでいてどこか艶のある、桃色の美闘士。
エスパー戦士ファントムガール・サクラの輝く銀色の肢体が今、暴走する巨大ガメの目前に降臨する。
「"レインボー"!!」
柔らかなボディラインを持ったピンクの女神は、登場と同時に両掌を重ねて前に突き出す。
好色の魔物クトルを打ち倒したサクラ最強の光線技。文字通り七色の聖なる光が、一直線に猛るウミヌシの顔面に照射される。
「ギシャアアアアッッ――ッッ!!!」
爆発。轟音。
カメの顔に火花が弾け、白煙が立ち昇る。真っ赤な口腔を全開にし、怒りと苦痛の混濁した咆哮を響かせる魔獣。生きながら焼かれる灼熱地獄がやみ、黒ずんだ火傷跡も痛々しい銀と紫の女神がズルリと甲羅から滑り落ちる。巨大な守護天使の落下が白い砂浜に地震を起こす。
上を向いたバストも引き締まった腹部も、爛れた火傷の跡を残してブスブスと煙をあげている。美麗なサトミの無惨な傷跡。地に落ちた紫の令嬢戦士はピクピクと砂地を這いながら、細長い腕を新しく現れたピンクの仲間に向けて差し伸ばす。
"逃げな・・・さい・・・・・・"
紫のグローブに包まれたしなやかな指は、助けを求めるというよりそう言っているようにサクラには見えた。
ガクンと伸びた腕が落ちると同時に、ファントムガール・サトミの麗しき肢体は霞みのごとく夜の海岸に溶け込んでいった。
五十嵐里美のスレンダーな身体がうつ伏せに砂浜に倒れているのが、高い位置からエスパー戦士の瞳に映る。ダメージは深いが死に直結するレベルにないのは、サクラこと桜宮桃子にもわかった。だが、ホッとしているだけの余裕は愛らしい少女にはない。
「グオオオオオオッッ―――ッッッ!!!」
猛々しい海神の雄叫びがビリビリと海岸全体を震わせる。肌のざわつく感覚に、思わずピンクの小さな天使は咽喉を鳴らした。
ありったけのサイコエネルギーを凝縮し、攻撃力と変えて放出するサクラ最強の光線技"レインボー"。ファントムガールらが放つ光の技は、基本的には思念をエネルギーに変えることであり(いわゆる"気を込める"という所作に近い)、それは超能力を発揮するのに非常によく似た構造といえた。よって物心ついたときから念動力を操れるようになっていた桃子にとっては、当然思念をエネルギー化する作業は他のメンバーよりも慣れているため、実はサクラの光線技は質にしても量にしても平均的に高いのだ。そのエスパー戦士が全力で放つ"レインボー"の威力が、ファントムガールズの必殺技のなかでも低いわけがない。
それでも。それでも、だ。
レンガ色の甲羅を背負ったこの怪物には、まるで通用していなかった。
当のサクラ自身、ちゃんと現実をわかっている。いや、わかっていたからこそ、最強の光線を躊躇なく放てたのだろう。
「うッ・・・ううゥ・・・ど、どうしよ・・・どうすれば・・・・・・」
黄色く濁った眼でたじろぐ桃色の女神を睨みながら、本懐を邪魔立てする少女戦士に憎悪を膨らませていく伝説の巨獣。
五十嵐里美を助けたかったから、無我夢中で攻撃できた。だが優しきアイドル少女の本心はいまだに、卵を産みにきた母親カメを傷つけたくはないのだ。そして一方で、傷つけようにもできない己の無力も悟ってしまっていた。
闘う気力も、能力もない少女戦士に、勝ち目などあるわけがなかった。
ウミヌシの口から放たれた灼熱光は、動揺する桃色天使の下腹部、青い水晶体がある場所に勢いよく撃ち込まれる。
「きゃあああッッ?!! あああッッ!!! 熱ッ・・・熱いィィッッ!!!」
第二の水晶体、子宮に蠢くエデンと繋がったそこは、ファントムガールにとって剥き出しにされた生殖器であり肉体全体を司る統率器官。ある程度強化はされているというものの、強い刺激を受けると脳天を貫く快感が疾走する敏感な箇所を焼かれるのは、16歳の少女にはあまりに酷い仕打ちであった。それだけではない、エデン自体がダメージを受けるため、巨大化している身体全体にも苦痛は巻き起こる。細胞組織が沸騰するような全身の苦しみに、愛くるしい声を悶絶に変えてサクラは泣き叫ぶ。
「熱いィィッッ~~ッッ!!! 熱いよォォッッ!!! あッ、あつッ・・・!!」
下腹部を両手で押さえ、ごろごろと砂地を転げ回る桃色の天使。砂埃をあげ、狂ったようにのたうつ小柄な美闘士に、追撃の熱光線が二発、三発と放たれる。
小さな丸い肩を。反り返った銀色の背中を。小ぶりながらしっかり主張した柔らかな乳房を。
赤い光線が焼くたびにアイドル顔負けの美貌を誇る少女戦士が絶叫し、苦悶に震えて転がり回る。おおよそ闘いとは言えぬ、一方的な嗜虐。水晶体に食らった一撃目のダメージはあまりに深く、溶岩を腹腔に注がれたような熱さがサクラをいまだに責め続けている。無理もない、つい数ヶ月前までは、桜宮桃子は普通の女子高生だったのだ。エデンを寄生していなければショック死してもおかしくない痛苦を受けて、美少女戦士にはただ悶えることしかできはしない。
砂にまみれ、のたうち回るしかないピンクの巨大少女を、すでに敵ではないと見限ったのか。
煙を昇らせぐったりと横たわる桃色天使を無視し、甲羅の巨獣は再び行進を始める。産卵ができる安全な場所を確保したいのだろう。陸へ陸へと歩むウミヌシの進行方向には、桃子たちが泊まっているあの民宿が建っている。
"ダ、ダメ・・・・・・そっちは・・・いっちゃダメ・・・"
「ま、待って・・・お、お願い・・・そっちは・・・行かないで・・・」
ズキズキと疼く身体に鞭打って、可憐な少女は必死の思いで立ち上がる。もしウミヌシが向かった方向が違っていたら、そのまま痛みに負けて寝転がっていたであろう。しかし守るべき人間がいるのを知り、その人間を守りたいがために傷つき倒れた友がいるのを知って、なにもしないほど桃子は弱くはなかった。ウミヌシを倒したくはない。でも、止めなければいけない。呼びかけるように手を伸ばし、よろめく足を引きずりながら振り返った海の魔獣に近付いていく。
動物の本能に従う怪物に、少女の必死の願いなど届くわけがなかった。
再度放たれた灼熱光線が、丸く盛り上がった胸の中央、エナジー・クリスタルを打つ。
「きゃうううッッ!!!」
蹴り飛ばされた子犬のような悲鳴は、サクラの艶ある厚めの唇から洩れて出た。
硬直した桃色天使の小柄な身体が、そのままゆっくりと仰向けに倒れていく。
地響きをたてながら、ファントムガール・サクラの愛らしい肉体は、大の字になって満月が見詰める砂浜に沈んでいった。
先に現れたふたりの銀色の女神もすでに消え去り、相対するモノのいなくなった海岸に、夜の潮騒だけが静かに繰り返されている。
邪魔者を排除し、高らかな勝ち鬨を轟かせたウミヌシが、四つの足で陸地への行進を再開する。誘われるように進む先には、木造建築の落ち着いた民宿。人間界では最強に位置する格闘獣が眠る場所に、海からの巨獣は一歩一歩と進んでいく。
決して聡明とは言えぬカメの脳が、異変に勘付いたのはこのときであった。
進めども進めども、風景が一向に変わらない。徐々に迫ってきていたはずの民宿が、まるで近付いてこないなんて。いや、それよりもなによりも、この奇妙な浮遊感は一体――?
ジタバタと空を切る手足に、ようやくウミヌシは気付いた。
70mを越える小島のような巨体が、20mほどの高さで空中に浮かんでいる。
魔術を見るような驚愕の光景。奇跡を起こした張本人は、不動の姿勢で仁王立ちしている。
サクラ。
ファントムガール・サクラの念動力。
何万トンもあろうウミヌシの巨体が、スーッと音もなく海に向かって空中を飛んでいく。巨大な風船が伝説の怪物を運んでいく図を桃子はイメージしていた。理解不能な事態に大人しくなった巨獣を、美少女戦士の超能力が沖に向かって運んでいく。
超能力者といっても桃子ができるのは少しの透視とテレポーテーションくらいで、そのほとんどの能力はこのサイコキネシスに限られている。桃子がもっとも得意とする能力。とはいえ山のような巨体を動かすのは、激しい消耗を強要される大作業に違いない。ウミヌシを傷つけることなく、この場を切り抜ける方法・・・窮地に追い込まれたサクラが土壇場で思いついた作戦がこれだったのだ。
だが、その作戦のいかに無謀なことか。
超能力を駆使したときの疲労は、実際にその現象を起こした折の疲れとほぼ変わらない。例えば100mを瞬間移動すれば100mを走っただけの疲れが精神と肉体を襲うし、5kgの重りを浮かせれば実際に手で持ち上げたときと同じ負担がかかる。現実には不可能な・・・例をあげれば、100kgの重りを浮かせた場合はどうなるか。実際に持ち上げたと仮定したときのダメージが身体を襲うので、最悪の場合筋肉が断裂してしまったり、立っていられないほどの精神疲労に飲み込まれてしまうのだ。
エデンの能力により身体能力を向上させ、巨大化している今のサクラが相当な念動力を使えるようになっているとしても、超重量のウミヌシを沖まで運んでいくのは無謀すぎる挑戦であった。なにしろ、再度島に戻ってこられないほど遠くまで運ばなければならないのだから。
"遠くへ・・・もっと遠くへやらないと・・・"
白波たてる青い海の上を、レンガ色の小山が音もなく飛んでいく。浜辺からはすでに1kg近く離れた沖。豆粒ほどの大きさになったウミヌシを、さらに遠くへ念動力が運ぶ。
本能で天海島に引き寄せられている巨獣が、二度と戻ってこない距離まで。70mを越す巨体が泳いできても、戻りきれないほど遠くまで運ばなければならない。なにしろ、もはやウミヌシの上陸を食い止める戦士はいないのだから。
ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
サクラの胸の中央に輝くクリスタルが点滅を開始する。エスパー戦士の膝が地響きをたてて砂浜に落ちていく。喘ぎにも似た、激しい息遣い。体力を急激に削り取られながら、それでも美少女エスパーは念動力の発動をやめない。
"もっと・・・もっと遠く・・・へ・・・もっとォ!"
「はあッ! はあッ! はあッ! あああッ! はああッ――ッ!!」
丸い肩が上下する。水晶体の点滅が激しさを増す。銀とピンクの肌にびっしょりと浮かんだ汗が、砂地に濃い沁みを描いていく。霞む視界のなかで、点ほどになったウミヌシの姿はもはや確認できない。それでも己の生命を全てサイコエネルギーに捧げる勢いで、サクラは全能力を放出する。
ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・・ヴィ・・・
「くああああッッ――――ッッ!!! うううゥゥッッ――ンンンッッ!!!」
命の炎を燃やし出し尽くす、サイコの力。
一瞬ビカビカと桃色の身体が光ったあと、青い瞳と胸のクリスタルは、光を失い消えていく。
汗にまみれた天使はゆっくりと砂浜に傾き、地面に激突する寸前で光の粒子と化して溶けていった。
遥か太平洋の沖に伝説の巨獣が消え去ったあとの海岸に、心地よい波のささやきと、満月に照らされた青い景色が訪れる。先程までの巨大生物の死闘は夢のように幻と消え、南海のリゾート地に、平穏な夜が取り戻された。
なにも知らない世界のなかで、砂浜に眠る3人の美少女を優しく包み込むのは、天空に浮かぶ白い満月のみであった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる