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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」
13章
しおりを挟む「わあ!」
感嘆の声が、マシュマロのような唇を割ってでた。里美が、やや遅れて桃子が、同じように岩の頂上に駆け上がる。
青い波と白い砂が交錯する波打ち際。
満月の光の下で、こんもりと盛り上がった岩のような生物が蠢いている。一匹や二匹ではなかった。波際を占領するように、ずらりと連なった小山が青黒い山脈のように一直線に続いている。
それは直径1m近くにもなろうかという、巨大なウミガメの群れであった。
この天海島はウミガメたちの産卵場所としても有名なのだ。
「すご・・・い・・・・・・」
神秘的な光景を目の当たりにし、陶然とした呟きを桃子は洩らす。
ニュースなどでウミガメの産卵は見たことがある。涙を流して新しい命を生み出す彼女たちの姿は感動的ですらあった。だが、実際に見る光景の、なんと壮大で神々しいことか。
青い月の光を反射して、ウミガメたちの目元はキラキラと輝いていた。痛みゆえか、仔を産む大作業が全てを解放させているのか、彼女たちが涙を流すのは事実であったのだ。遠巻きに見ているため、生まれてくる卵の形は確認できないが、新たな命の営みが行われていることは間違いない。それが何匹も、何匹も・・・ずっと連なっているのだ。
過去から現在に連綿と受け継がれている自然の奇跡が、見る者の本能に訴えかけてくる。見た目はイマドキでも優しい心を持つ少女の小さな胸に、激しい感動が巻き起こっていた。
「・・・カメさんたち、子供産んでるんだね・・・」
呆けた口調で七菜江が誰にともなく囁く。『エデン』を子宮に巣食わせた守護天使たちは、人間の女性としての機能を失い、子孫を残せない身体になっていた。産卵の現場に立会い、ショートカットの少女はなにをその光景にダブらせているのだろう。
茶髪の少女の足が、一歩自然に踏み出す。
瞬きすらせず、じっと神秘の光景を眺める桃子の瞳から、すっと一粒の涙が頬を伝い落ちた。
ただひとり秀麗なる美貌の令嬢のみが、自然に魅入られたふたりの後輩を厳しい視線で見詰めている。
グオオオオオオオオオッッッ―――ッッッ・・・!!
南海の星空を響かせる咆哮が、3人の少女戦士たちの耳朶を叩いたのはそのときだった。
「!! こッ・・・これはッ?!!」
「お昼の・・・あのときの叫び声ッ?!」
海面が盛り上がり、水柱が高々と舞い上がる。
割れる海。砂浜からわずか100mほどの位置で、波間に亀裂が入り裂けていく。その間から浮上する赤黒い島。いや、それは島ではなかった。
光る眼がある。獣の牙がある。轟く咆哮。荒れ狂う波飛沫。紛れも無い巨大な生物がそこにはいた。疑う余地もない、この島にも似た巨獣こそが伝説の怪物「ウミヌシ」の正体。
「やはり・・・!! 『ウミヌシ』の正体とは、『エデン』と融合したウミガメ・・・」
レンガ色の分厚い甲羅に、深緑の肉体。
鋭く尖った牙と黄色く濁った眼が凶暴な獣性を感じさせるものの、その姿は誰が見ても明らかな、巨大なウミガメであった。
偶然にも『エデン』に寄生されたウミガメが、産卵期のこの時期に天海島の海浜に上陸する・・・それが伝説のタネだったのだ。仔を産むという生涯を賭けた大作業に全力を捧げるため、普段は普通のウミガメとして暮らしていても、このときばかりは変身を遂げてしまうのだろう。産卵場所である天海島に常に『ウミヌシ』が現れるのも、タネを知れば当たり前のことであった。
伝説がある以上、五百年前、あるいはそれよりもっと以前から、『エデン』はこの地のウミガメに何度か寄生していた、と考えるのが自然だ。確かな物証はなにもないが、遥か昔より『エデン』が地球上に存在していた、という考えは里美のなかでますます大きなものになっていた。
「正体がハッキリした以上、あとは退治するのみ・・・」
里美のスレンダーな肢体が身構える。ウミヌシの目的が産卵にある以上、この砂浜に巨大獣が上陸しようとするのは確実だ。
ぐっと力を込めるくノ一少女が巨大化せんとした瞬間、その右手に軽い拘束がかかる。
振り返る里美の視線の先に、彼女の右腕をしっかりと握った超能力少女の美貌があった。
「た、闘うんですか?」
魅惑的な瞳が明らかな困惑に揺れている。
「そのために、この島に来たのよ」
「で、でも・・・ウミヌシは卵を産むために、ここに来たんですよねェ? 特に悪いことしてない
のに、やっつけるんですか? 島のひとたちも避難してるし・・・」
「ウミヌシは実際には卵を産めないわ。私たちと同じ、『エデン』を寄生させてるんだから。本
能が産卵したいと思わせているだけよ」
五十嵐里美の淡々とした台詞に、ふたりの少女の表情が凍る。
「産卵できないウミヌシは焦りと怒りで暴れ出し、この島を破滅に追いやるでしょうね。五百年
前の伝説ではそうなっているわ。それと、避難していない人間もひとりいるのを忘れないで」
あ! と小さく叫んだのは藤木七菜江であった。
宿舎でいまごろ大イビキを掻いているであろう、逆三角形の男。筋肉の鎧に包まれた最強の高校生といえ、巨大生物に踏み潰されればひとたまりもないのは言うまでもない。
「人間に被害を与える可能性がある以上、巨大生物は倒さなければならないわ。それが私たちの使命よ」
「わかんないじゃないですかァ、ホントに暴れるかどうかなんて!」
桃子の声に苛立ちが混ざる。
普段は滅多に感情を荒立てることのないアイドル美少女の真剣な怒り。朗らかで優しい性格を知るだけに、親友である七菜江は冷たくさえ映る美貌に傍目からでも気圧される。圧倒的な存在感を誇る高貴な令嬢戦士を、大きな瞳は逸らすことなく真正面から見据えている。
「暴れてから闘えばいいじゃないですか。吼介は安全な場所に移動させて・・・他にひとはいないんだし」
「島の自然や島民たちの家が壊れるのは構わないっていうの? ウミヌシが上陸して産卵活動をしようとするだけで、被害は出てしまうのよ」
熱くなる桃子とは対照的に、里美の口調はあくまで冷静であった。人類を守る戦士としての差を、わざと見せつけるように。美しいふたりの瞳が絡み合う。風のごとき里美の視線に、華のような少女は真っ向から渡り合う。
「情けないわね、桃子」
「なッ!!」
超能力少女の白桃の頬が、さっと赤く燃え上がる。非情なまでの里美の台詞に、聞いている七菜江までがドキリとする。
「ウミガメの産卵を見て、心揺り動かされるなんて。その程度で闘えなくなるひとが、とても使命を果たせるとは思えないわ」
「さ、里美さん! その言い方はちょっと・・・」
「使命なんて知らないよ!」
七菜江の仲介も空しく、美貌のアイドル少女は叫んでいた。
「なにも悪くないウミガメを殺すなんて、あたしにはできない! したくない!」
「・・・そう。じゃあ桃子は、そこで私たちが闘うのを黙ってみていればいいわ」
「そんなこと、させない」
両手で掴んだくノ一少女の右腕を、桃子は強く握り締める。切れ上がった眉毛の下で、長い睫毛がピクピクと震えている。心優しき少女はそれがゆえに、本来の仲間に対して真っ直ぐな怒りをぶつけ始めていた。
「変身なんか、させない。あたしがウミヌシを守ってやるんだから」
「・・・なら、ウミヌシの前に、まずはあなたから倒さなければいけないようね」
正義の守護天使としてあるまじき台詞をはく桃子と、そんな仲間を倒す宣言を躊躇なくしてしまう里美。
とても正気の沙汰とは思えない両者だが、どちらも互いの素直な感情に身を委ねた結果であった。無実の生物を傷つけるなんて桃子にはできないし、使命を守るために生まれた里美には人類の不利益になることを看過できない。
冷静な令嬢戦士の口調に、表面上の迷いは欠片もない。対する超能力少女の瞳の炎も、いまだ衰えを知らぬ。
「ふたりとも! なにバカなことやってんのッ!」
切迫したアスリート少女の叫びが、睨みあうふたりの美少女を現実に連れ戻す。赤茶色の甲羅を背負った巨大カメは、波打ち際まで押し寄せ、もう数歩で上陸するところまで来ていた。体長約70m。銀色の女神よりもひと回り大きな体躯が歩を進めるたびに高波がうねり、産卵途中のウミガメたちが海に飲み込まれていく。同類の惨状などまるで頓着せず、純粋な動物のミュータントは、本能に従って前進する。
「桃子、悪いけど、あたしは吼介先輩を守りたい!」
眩い光のなかで、変身コードを叫ぶ七菜江の声は響いた。
真夜中の海浜に白い光の粒子が集まっていく。突然の出来事に動揺するウミヌシの目前に、銀と青色のボディを持った、巨大な女神は参上した。
「ナナ! そんな、あなたはまだ闘える身体じゃないじゃん!」
予想外の事態に、イマドキの美少女が悲鳴にも似た声をあげる。光り輝く銀の肌に醒めるようなブルー。球に近いバストとヒップが描く芸術を越えたボディライン。健康的な色香を発散させた少女戦士の肢体が、桃子の声を振り切るようにダッシュする。巨大なウミガメへと。
連打。連打。連打。
打撃の嵐がレンガ色の甲羅に叩き込まれていく。ガンガンという重い音。手足、首を引っ込めた巨獣に、飛燕の速度で青い天使の攻撃が襲う。
「里美さん! もしかして、ナナを闘わせるために、吼介を眠らせたんじゃ・・・」
押し黙ってしまった里美の細い肩を、桃子は両手で掴んでいた。問い詰める、くるみのような瞳が切れ上がる。真っ直ぐに見詰めてくる桃子の視線を、美麗なくノ一は思わず逸らしてしまっていた。
「やっぱり・・・最初から計画通りだったんだね! この島に来るのも・・・吼介を連れてきたの
も・・・卑怯だよ、里美さん!」
使命を守ることには一歩も引かなかった里美が、ことナナを闘わせていることにはなんの反論もしない。無表情を装っているものの、漆黒の瞳に浮かんだ翳りは色濃く滲んでいる。
「キャアアアアッッッ―――ッッッ!!!」
甲高い絶叫が響き、小競り合いを続ける美少女ふたりは、思わず巨大な闘いへと視線を移す。
優勢であったはずのファントムガール・ナナの肢体が大地に横臥している。
引き締まった銀の腹部が、赤黒く焼け爛れている。ウミヌシの口腔から放たれた、深紅の光線。攻撃に夢中になり、無防備に晒したナナの腹に直撃した光線は、高熱による重度の火傷を少女戦士にもたらしていた。
「私ひとりじゃ・・・勝てないからよ」
すっと桃子の手を払いのけた里美の声が、暗く、響く。
美しき令嬢の瞳の底に、常に渦巻く憂い。その哀しげな光にも似た口調に、御庭番頭領としての重荷を背負った少女の深さを見誤っていた桃子は、雷に打たれたように固まる。
「お願いだから、私を闘いにいかせて」
そう、この秀麗な女神たちのリーダーは、常に誰よりも己が傷つこうとしていた。
その里美が万全でないと知っている七菜江を頼ることが、いかなる意味を持っているのか・・・使命のために闘いを選ばねばならぬくノ一少女が、満足に動けるような体調にないことは十分わかっていたはずなのに。
"里美さんは・・・あたしが闘おうとしないことを、はじめからわかってたんだ・・・"
「トランスフォーム!」
凛とした美麗少女の掛け声がこだまする。
ついに砂浜に上陸したウミヌシに対峙して、紫の模様も鮮やかな銀の女神が、南海の孤島に降臨した。
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