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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」
8章
しおりを挟む海岸から1kmほど離れた沖に、青い浮き輪とピンクの浮き輪が浮かんでいる。
周囲を取り巻く青い海原は、穏やかで静かだった。太平洋の波は低く、浮き輪にもたれてプ
カプカと漂っているのは、ゆりかごにいるような心地よさだ。偶然にも巨大な女神となったとき
のイメージカラーと同じ色の浮き輪にそれぞれ?まった少女たちは、時折ピチャピチャと海水を
掻きながらここまで来ていた。
「ねぇ、あのふたりって、実際どうなってるの?」
Tシャツのまま海に入っている桜宮桃子が、デリケートな疑問をサラリと投げつけてみせる。
紺碧に囲まれた波音だけの静寂の世界は、秘密の話をするにはもってこいの場所なのかも
しれない。同じ屋敷の屋根の下に暮らす七菜江と桃子といえど、普段は話しにくい会話もあ
る。そして5人のファントムガールのうちで、もっとも乙女の要素が濃い桃子にとっては、一番
気になる内容はやはり恋愛の話ということになった。
無邪気にはしゃいでいた藤木七菜江が、生徒会長と最強の男とのツーショットを見て以来静
かになったのを間近で見れば、この三角関係とは無縁の桃子でも関心を寄せずにはいられな
い。華やかな容姿とは対照的な、聖母のごとき優しさを持つエスパー少女ではあるが、タブー
に触れぬよう気を遣うタイプではなかった。
「え?・・・そんなの・・・あたしが知るわけないじゃん」
俯き加減のショートカットの少女は、パシャパシャと海を悪戯に叩く。
「里美さんと吼介ってホントは姉弟なんでしょォ?」
「・・・そうだよ」
「でも、なんかそんな感じじゃないよネ。どっちかっていうと、恋人っていうほうがしっくりくるも
んねェ」
「・・・そだね」
視線を落としたまま、南国に似合わぬ口調で七菜江は答えた。相変わらず感情の起伏が、
すぐに表にでてくる少女である。
「ナナは吼介とはどこまでいったの?」
「ん?・・・うん・・・」
「あれ? まさかキスもしてないのォ?!」
「うるさいなあ。なんであたしが先輩とキスしてなきゃいけないのよ」
耳たぶまで真っ赤にして、照れたような怒ったような困ったような表情を元気少女は浮かべ
る。
「だって、吼介のこと、好きなんでしょ?」
拍子抜けするほど平然と、タレント顔負けの美少女はズバリと核心を突いてくる。
絵の具で塗ったように深紅に染まったスポーツ少女は、コクリと頷いたあと、花びらのような
唇を尖らせて反論する。
「でもさ、あたしが好きでも先輩がなんとも思ってなかったら、どうしようもないじゃん」
「えええッッ?!! ナナ、それ、本気で言ってるのォ?!」
静かな海原に、桃子の甘ったるい驚愕の叫びが響き渡る。
「そんなわけないじゃんッ! 吼介はゼッッッタイにナナのこと好きだってばァ!」
「じゃあ、里美さんのことは?」
「え?」
「モモは学校の友達からもよく恋愛相談されるんでしょ? だったらこういうこと詳しいと思うけ
ど、モモから見て、先輩は里美さんのことどう思ってると思う?」
拗ねたような瞳で見詰めてくる親友に、嘘の苦手なエスパー少女は正直な感想を洩らす。
「・・・好き、なんじゃないかな・・・やっぱり」
「ほらね」
浮き輪の上に両腕を重ねた七菜江は、唇を突き出したままの顔をため息とともにその上に
乗せる。
いくら恋に鈍感なアスリート少女といえど、これまでの反応を見ていれば最強の格闘獣が自
分に好意を抱いてくれてるくらいはわかる。
それでも工藤吼介が今一歩踏み込んでこないのは、そして結局以前の七菜江の告白を無視
したままにしているのは、ある女性の影がいまだに色濃く残っていることを薄々感じさせた。
美しく、気高く、優しく、理性のある、最高の女性・・・七菜江自ら憧れてしまう、長い髪をなび
かせた流麗な生徒会長を・・・
「うーん、ナナもとんでもない強敵をライバルにしちゃったね・・・」
プカプカと漂いながら、茶髪の女子高生は同情の台詞を寄せる。
「ま、でもさ、がんばりなよ。あたしはナナの味方だからね」
「それ、ゼッタイ里美さんにも言ってるでしょ・・・」
「あはは」
屈託なく笑う桃子の白い歯が、光る波のなかで輝く。里美の美しさはどこか幻想じみている
が、このミス藤村の端整な造型も神がかっていた。透き通るような白い肌、優しくも芯の強さを
残す魅惑的な瞳、高い鼻梁と瑞々しい色気ある唇・・・男の好みは十人十色というものの、桃
子の前ではまるで通用しそうにない。完璧な美貌に何人の男がこれまで虜になったことだろ
う・・・親友のちょっとオトナびた雰囲気もある可憐さが、七菜江には眩しかった。
「いいよね」
「うん?」
「モモは凄くカワイイから羨ましいよ。あたしがモモみたいだったらな・・・」
「あのねェ~・・・」
ふう、と深くため息をついたエスパー少女が、チョイチョイとショートカットの少女を手招きす
る。誘われるがままにピチャピチャと泳いで、七菜江は桃子の目の前に移動した。
小さな両手をポンとアスリート少女の両肩に乗せた美少女は、魅惑の瞳で真っ直ぐ吊り気味
の眼を見詰めながら、耳のなかで転がるような甘い声で囁いた。
「ナナはとっっってもカワイイよ。だから、もっと自信を持って・・・」
いうなり桃子はバラ色の唇を、魅入られたように硬直した七菜江のピンクの唇に重ねた。
「ッッ~~~ッッッ?!!」
プチュッという空気の吸着する音がして、ゆっくりと桃子は唇を離す。
卵型の輪郭のなかで、ほんのり咲いた桜色が柔らかそうな頬を染めている。
「・・・モ・・・モ・・・・・・」
蕩けるような己の声を、七菜江はどこか遠くで聞いた。
顔全体が真っ赤に紅潮し、半開きになった瞳が潤んでいるのが自分でもよくわかる。突然の
出来事に、直感的な思考を好む頭はなにをどうしてよいやらわからず、パニック状態に陥って
いた。ただわかっているのは、マシュマロのような桃子の唇の柔らかさと、甘い蜜のような吐
息・・・・・・
「あたしはナナはすごォ~~くチャーミングだと思うよ・・・もっと自分を信じてあげなよ・・・ね」
上目遣いで眺めてくる茶髪の美少女の瞳もまた、蕩けるように潤んでいることに七菜江は気
付いた。囁きかけてくる声が、くすぐるように全身を包んで転がっていく。この感覚は一体・・・戸
惑いながらも、ジュンとした熱い疼きが下腹部に走るのを、スポーツ少女は確かに自覚した。
名前通り、桜色に染まったキレイな少女がかすかに首を傾ける。
ス・・・と柔らかな唇は、陶然とした七菜江の唇に、再度音もなく近付いていく。
甘いふたつの唇が、今にも触れ合おうとした瞬間―――
グオオオオオオオッッッ―――ッッッ・・・・・・
沖から響いてくる奇怪な咆哮が、ふたりの少女の動きを止める。
「な、なに・・・この音・・・・・・」
「もしかして・・・これが・・・『ウミヌシ』・・・・・・・・・」
紺碧の海を渡っていく甲高い怪音―――
南国の海域全体を震わせる大音響がした沖の方向には、ただ真っ直ぐの水平線が広がる
ばかりであった。透明な空に余韻が溶けるまで、ふたりの少女はじっと波の間に漂っていた。
暗い、部屋であった。
外気には容赦ない日光が、アスファルトを溶かす勢いで猛烈に地表を熱しているというのに、
暗く閉ざされたこの部屋には、まるで光が届いてこない。
陰鬱な室内には瘴気が澱のようによどみ、カビ臭い匂いが部屋中に染み付いているようだった。
谷宿という、昼夜問わず活発な人だかりで賑わう繁華街にあって、隔離されたようなその場
所は、若者の街の裏側に潜む腐汁を全て掻き集めたように、陰惨な雰囲気のなかに沈んでいた。
太陽の代わりにこの部屋を青白く照りだしているもの―――
それは、2台のプラズマテレビが、それぞれ別の記録映像を流している明かりであった。
「それにしても・・・い~い拾い物をしたわぁ~♪」
ケラケラと愉快げに笑う魔女の声が、陰鬱な部屋に響く。
黒のインナーに豹柄のTシャツ。スパンコールのミニスカから生えた足は黒のストッキングを
履いており、いつもより落ち着いた感じもしなくはない。谷宿を牛耳る若き女独裁者は、昨夜サ
イボーグ少女と対峙した折に見せていた憤怒の表情とは打って変わった、心底からの歓喜に
満ちた笑顔を露わにしていた。
「目には目を・・・歯には歯を・・・機械女をぶっ壊すには、や~~っぱり機械人間よねェ~♪」
2台のテレビの、ちょうど真ん中。2つの画面を同時に見られる場所。
革張りの椅子に座った、眼鏡を掛けた細身の男に、「闇豹」神崎ちゆりは後ろから抱きつい
ていく。
有栖川邦彦博士の研究を盗むのに失敗し、三星重工の研究室から脱出した産業スパイ・桐生。
始末されかけたはずの男は、やはりこの谷宿に逃げ伸び、生き永らえていたのだ。
ボロボロに破れた白衣から覗く色白の地肌、そしてさらに皮膚すら破れた箇所から覗く、銀
色の金属光沢。赤や黒の無数のコードが身体中から出入りしており、そのうちの何本かが2台
のテレビとも繋がっている。ピピ・・・ピ・・・という電子音。剥き出しになった右眼には赤いレンズ
が不気味に光り、爆発で失った左肘から先には、桐生自身が造り直した新たな機械の腕が取
り付けられている。
機械人間の本性を曝け出した、桐生本来の姿。
その赤い義眼のレンズに映る映像を、死の淵から舞い戻ったサイボーグは、じっと脳内のコ
ンピューターに記憶する作業を続けている。
「有栖川邦彦・・・アノ男ダケハ、地獄ニ落トサネバ気ガ済マナイ・・・」
無機質な声が、神経質そうな外観を持った男の口から流れる。
機械工学に熱中するあまり、己の肉体をも実験材料に使ってしまった男。邦彦への敵愾心
が、完全なる敵意にいつの間にか変化していた男は、その敵視する相手に殺されかけた屈辱
と恐怖とを思い返しながら、呪詛の言葉を迸らせる。
「タダ殺シハシナイ・・・発狂スルホドノ苦シミノナカデ、息ノ根ヲ止メテクレル・・・」
「あはははは♪ 期待してるわよォ~~! 命と引き換えに、最高の力を与えてあげたんだ
からぁ!」
ピ・・・ピピ・・・・・・カチャカチャ・・・カチャカチャカチャ・・・・・・
赤く光る右眼が画像を記録する音と、悪魔のコンピューターが解析する音。
2つのテレビ画面に映された映像・・・それはファントムガール・アリスが魔豹マヴェルと黒魔
術師のマリーと激突したあの闘いと、昨夜裏通りで繰り広げられた、霧澤夕子と不良少年たち
との格闘の場面であった。
「マズハ霧澤夕子・・・イヤ、ファントムガール・アリス・・・・・・貴様カラ地獄ヲ見セテヤル・・・今夜ガ貴様ノ最期ノ日ダ」
眼鏡の奥の左目で、桐生は暗く翳った己の足元を見下ろす。
皮膚という皮膚を切り刻まれ、穴という穴から白濁液を垂れ流した相楽魅紀が、己の血と生
臭い汚液にまみれた無惨な姿で、桐生の足に踏みつけられたままそこに転がっていた―――
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