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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」

6章

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 「貴様・・・何者だッ?!」

 鋭い叫びが無意識のうちに、女闘士の口を割って出る。

 「ぷ」

 黄金の眼光が、何事かの音を発する。

 「ククク・・・あーっはっはっはっはっはっ! アハハハハハハハハハハ♪」

 けたたましい笑い声が、廃墟のような路地裏の壁にぶつかって散乱する。闇の奥で金色の
眼が放ったのは、思わず吹き出した音だったのだ。捩れんばかりに腹を抱えながら、ズイと進
み出た悪意の放出者が、月光の下にその姿を明らかにする。

 鮮やかな豹柄のミニスカートが魅紀の瞳に痛いほど焼きつく。

 黒のチューブトップに銀色のアクセサリー。ほとんどの指につけられた色とりどりの宝石が
毒々しいまでにキラキラと輝き、ウェーブの掛かった金髪と同色のルージュが妖気のエッセン
スを全身に振りまいている。派手という単語に収まらぬ、特異な容姿と雰囲気。コギャル然とし
て見えなくもないが、闇を纏ったようなオーラが、常人の尺度で捉えることを強烈に否定してく
る。

 特殊国家保安部隊員であり、常識外れな存在と接してきた魅紀だからこそ、わかる。

 この少女は・・・危険だと。

 「なにが・・・おかしい?!」

 ニンマリと金色のルージュが吊りあがる。獲物に食らいつかんとする、肉食獣の唇。マスカラ
の濃い丸い瞳が、まるで笑わずに冷たく射抜いてくる。

 「あんたさァ~、足が震えてるよォ~♪ それにィ、すっごい汗ぇ~。ビビッてんならとっとと帰
ればぁ~?」

 手裏剣を握る右手がネトリと汗で滑るのを、魅紀はようやく自覚した。濡れたタンクトップがピ
ッタリと胸にまで吸い付き、尖った乳首に纏わりついている。指摘されるまで気付かなかった事
実が、闇から生まれてきた豹柄の少女に気圧されている己を教える。

 「どうやら貴様が、『闇豹』のようだな」

 「あら~、ちりのこと、知ってんだぁ~? ちりも有名になったもんねぇ~」

 「神崎ちゆり、通称『闇豹』・・・貴様の極悪非道ぶりは、里美様からお聞きしている」

 血走った眼光がクワッと見開かれる。

 魅紀のみならず、その場にいた不良どもを含めた全員が戦慄する、狂気の眼差し――

 「てんめぇぇぇ~~ッッッ・・・あのクソ女の知り合いかァァァッ~~~ッッッ・・・」

 グ・・・グググ・・・・・・

 そのときショートヘアの女闘士は見た。ブルブルと肩を揺らす豹柄の悪女の青い爪が、50c
mほどの長さにまで伸びていくのを・・・

 つい先程まで溢れていた余裕が、露ほどにも派手なコギャルからは失せている。魅紀の台詞
のどこかに含まれていたNGワードが、一気に魔豹の本性を暴いたのだ。憎悪から、殺意へ―
――闘士としての本能が、魅紀に己に向けられた意志の変移を喚き教える。

 気をつけろ―――

 この女は、本気でオレを殺すつもりだ―――

 「死にやがれええぇぇぇぇッッッ――――ッッッ!!!」

 ナイフと化した青い爪が5本、ひけらかして狂った「闇豹」が殺到する。

 ショウゴの首に刃が当てられていることなど、お構いない狂気の突進。ちゆりにしてみれば元
より取り巻きの連中は、利用できる持ち駒に過ぎない。人質にまるで頓着しない、躊躇ゼロの
襲撃が、百戦錬磨の魅紀をして反応を鈍らせる。

 "ま、マズイッ!"

 骨ごと断裂しそうな爪が、ショートヘアの頭上で煌く。

 ガキンッッッ!!!

 金属の摩擦する音がこだまして、悪魔の刃は女闘士に触れる寸前で止められていた。

 「霧澤夕子ッ!」

 「こいつはあんたの手に負える相手じゃないわ!」

 すんでのところで飛び入り、神崎ちゆりの魔爪を右腕で受け止めた赤髪の少女が、鋭い声を
放つ。

 「てんんめええええええええええええッッッッ――――――ッッッッッ!!!!!」

 「闇豹」が絶叫する。咆哮する。

 突如眼前に現れた邪魔者、その正体が臓腑から沸騰してくるような憎悪の対象者と知って、
二重、三重の怒りに激昂は頂点を迎えた。

 カパリと金のルージュに彩られた唇が開く。

 超音波。拳を交えた経験のある夕子は知っている。『谷宿の歌姫』が奏でるメロディーは、文
字通りの死の旋律。

 ガツンッッ!

 握ったサイボーグ少女の左拳が、大きく開かれた豹の口へと真っ直ぐ叩き込まれる。ショート
レンジからの、速く重く直線的な打撃。

 「ぷぎょオッッ!」

 虫が踏み潰されたような奇妙な叫びをあげて、顔面を殴られた「闇豹」が数歩ヨロヨロと後退
する。フォロースルーの小さい、槍を突くようなパンチは破壊力こそ大きくはないが、真正面か
ら顔面を殴られて、残酷な女豹の脳には軽い地震が起きていた。灼熱に燃える憎悪とは裏腹
に、顔を押さえた弱々しい姿でフラつく派手なコギャルに、夕子の追撃が襲い掛かる。

 マシンのパワーが宿った右足での、痛烈なミドルキック。

 打ち方自体は素人同然の、しかしショベルカー並みの馬力を秘めた超キックが、か細い「闇
豹」の脇腹に向かって飛んでいく。

 咄嗟に両腕をクロスさせて、サイボーグ少女の蹴りを受け止める残虐の女帝。

 ガス爆発でも起こったように、神崎ちゆりの肉体は5mほどの宙を駆け飛んだ。

 「ぎいいいッッッ・・・!!! ぐぎいいいいッッッ・・・!!!」

 「久しぶりね、神崎ちゆり」

 怒りの視線と憎悪の視線―――交錯するふたつの視線。火花飛び散る壮絶な視殺戦のな
か、ツインテールの少女は冷静を装った口調で話す。暗い路地の間に着地した「闇豹」は、痺
れる腕で灰色の壁をつたいながらジリジリと立ち上がっていく。

 「ビチグソ女がああァァァッッ~~~ッッッ!!!! よくもその醜い機械の身体をちりの前に
現せたなああァァァッッ―――ッッッ!!!!」

 「醜いのはあんたのケバい格好も同じよ」

 剥き出した歯を噛み締める悪女と、整った容貌を凍らせた聖少女。対照的な外観ではある
が、その胸に焼け付く炎は、いずれ劣らぬ業火となって渦巻いている。

 ちゆりの爪によって機械の顔を曝け出された夕子と、ファントムガール・アリスの前で跪かさ
れたマヴェル。両者にとってもっとも屈辱的な仕打ちを受けた相手が、今、互いの目の前にい
るのだ。

 「グチャグチャだァァァッッ~~~ッッッ!!! てめえだけは八つ裂きにしなきゃ気がすまね
ええェェェッッッ~~ッッ・・・」

 「随分恨んでくれてるみたいだけど、それはあんただけじゃないわ」

 「ボケがあああッッッ!!!! 調子に乗るなアアッッ、クズ鉄女ッッッ!!! お前らッッ、こ
の女をメチャメチャにしてやりなッッ!!」

 切り裂くような魔豹の叫びが、悪意の余波を受けて硬直していた不良少年たちを動かす。

 ショートヘアの女闘士に赤髪の少女。"強者"の雰囲気を醸し出す者が次々と現れようと、彼
らの心に巣食った恐怖は根強い。勝てるかどうか考える間もなく、「闇豹」への畏怖に動かされ
て、Tシャツ姿の美少女に一斉に襲いかかっていく。

 重い打撃音が響くや、真っ先に殴りかかった少年が、特急列車に撥ねられたように地面に平
行に吹き飛んだ。

 右のボディーブロー、一閃。

 加圧式のチューブが埋め込まれた右腕は、そのか細さに似合わぬ剛力を発揮していた。遥
か10m近くの距離を飛んだ緑髪の少年は、そのままアスファルトに崩れ落ちて眠りにつく。

 「ちゆり、あんたが直接闘ったらどう?」

 クイックイッと右手の人差し指を折り曲げて誘う夕子。

 明らかな挑発は、我侭放題の悪女の激昂に油を注がないはずはなかったが、尖った牙を剥
き出した魔豹は飛びかかろうとはしなかった。

 ギギ・・・ギギギッッ・・・・・・ギギギ・・・ギギッッ・・・・・・・

 青い魔爪がコンクリートの壁を掻き毟る。

 チョコのように抉られた壁に5本の縦線が刻まれていく。黒板を爪で引っ掻くような不快な音
は、不良少年のうちのふたりにたまらず耳を塞がせた。

 "来ないの?!"

 「闇豹」の襲撃を確実に予測していた夕子にとって、闘争の欲望を抑えるように留まった金髪
魔女の行動は意外であった。

 咽喉元に輝く銀色の首輪。夕子の体調を送信すると同時に、人工衛星からの情報をマザー
コンピューターを通じて受信できる装置により、ちゆりの体温すら赤髪の少女は把握していた。
異常に上昇した体温は、豹柄を愛する悪女が間違いなく興奮していることを教える。私を殺し
たくて殺したくて仕方ないはず・・・そんな「闇豹」が、敢えて戦闘を我慢しているような姿は、天
才少女の胸に疑問を投げかける。

 もしや、いまだ以前の傷が癒えていないの?

 「危ないッ、霧澤ッ!」

 切迫した相楽魅紀の声に、風切る速度で振り返る夕子。

 頭部を狙った鉄パイプの一撃を、かろうじて鋼鉄を潜ませた右腕で受け止める。

 「ぐはあッ?!」

 ふたりめの少年が繰り出した前蹴りが、無防備になった美少女の腹部にめり込む。サイボー
グなどとはとても思えぬ、柔らかな肉の感触が少年のつま先に伝わる。

 思考に走ってしまった天才少女の隙を、暴力に慣れた魔豹の配下たちは見逃しはしなかっ
た。前屈みになった整った顔に、喧嘩自慢のヤンキーの拳が発射される。

 「うあッ?!」

 呻いたのは、今度はチンピラ少年の方。

 高い鼻を拳が潰すと思われた瞬間、夕子の垂れがちな瞳が眩い閃光を爆発させたのだ。

 「エデン」を宿らせた聖なる戦士といえど、霧澤夕子は戦闘に関しては特別な訓練を積んでき
たわけではない。ファントムガール・アリスとなったいまでさえ、五十嵐里美との特訓をさぼって
自らの実験を優先させてしまうことも多々あった。ドサクサに紛れて魅紀と闘い始めたショウゴ
と失神した緑髪以外の3人の襲撃を受け、いくつかの攻撃をもらってしまうのは、基本的には
女子高生である夕子にとっては致し方ない面がある。それでも機械の宿った馬力と仕掛けられ
た装置によって、腕っ節の強い不良3人程度なら、ものの数分で大地に転がすことは難しいこ
とではなかった。

 気がつけば肩で息をする小柄な少女の周りには、谷宿界隈では名の知れた喧嘩自慢4人が
気を失って倒れていた。

 悪意に燃える眼光を光らせていた豹柄の悪魔の姿は、闇に溶けたようになくなっている。

 「怪我はなかったか?」

 乱れたショートヘアを手で掻き撫でながら、相楽魅紀がひとり立ち尽くす夕子の元へと駆け寄
る。奥の闇にはショウゴの長身が静かに横たわっていた。恐らく一番の強敵であったショウゴ
ではあるが、1対1ならば魅紀とはレベルに差がある。その点では3人を相手にした夕子の方
が苦戦を強いられたようだった。

 「あんた・・・相楽魅紀って言ったっけ? 魅紀は里美の知り合いなのね」

 唇の端を伝う鮮血をグイと拭き取り、クールな少女は質問を無視して応える。先程まで燃え
上がっていた内なる炎は、嘘のように沈静したのが女特殊部隊員にもわかった。

 「防衛庁の特殊国家保安部隊はほとんどが元御庭番で構成されてるからな。もっとも里美さ
まと直接お会いできたのは、ごく最近になってからだが」

 現代忍者の次期総帥・里美は、表向きは五十嵐家の令嬢である。政府と深く関与していると
はいえ、裏でこの国を守っている御庭番の末裔たちとの面識は直接的にはあまりなかった。

 「里美に命令されて、あの男を守っているの?」

 「いや、もともと有栖川邦彦をガードするのはオレの仕事のひとつだった。それを知った里美
さまが、わざわざ会いに来てくれたのだ」

 「・・・で、なんて言ったの?」

 「よろしくお願いします、と。敬語でな。それだけだ」

 沈黙が、訪れる。

 満月に照らされた路地裏で、女子高生と自衛隊員は青い闇のなかで押し黙っていた。ややう
なだれたように佇むツインテールの少女は、やけに小さく女闘士の眼には映った。過酷な運命
を背負った少女のことは、最低限の範囲で里美から教えられている。勝気で強気で冷静な天
才少女に、時に16という年齢に相応しい儚さを感じるのは、果たして魅紀の思い過ごしであっ
ただろうか。

 「・・・そう。里美らしいわね」

 「それが聞きたくて、オレのあとを追ってきたのか?」

 再び夕子は、魅紀の質問を聞き流した。

 グリーンのTシャツについた汚れをはたき、スタスタと表通りへ通じる路地へと足を向ける。谷
宿という街は、神崎ちゆりの存在に関わらずもとからあまり馴染まない。煩雑な雰囲気を好ま
ない理系少女は、暑さと闘いで浮かんだ汗を、一刻も早くシャワーで洗い流したい気分に駆ら
れ始めていた。

 「お・・・おい」

 「ひとつだけ言わせて。現代くノ一の実力がどれほどのものかは知らないけど、『エデン』寄生
者との闘いには顔を突っ込まない方がいいわ。長生きしたければね」

 「お前こそ、もっと自分を大切にしたらどうなんだ?」

 去り行く赤髪のツインテールがピタリと止まる。父・邦彦とのやりとりから先の闘い方まで・・・
どこか自棄になったような仕草が垣間見えるのを、くノ一ならではの観察力で魅紀は見破って
いた。

 美しいとも可愛いともいえる綺麗なマスクを振り返し、真夏の熱気を切り裂くように、冷淡な口
調で夕子は言った。

 「長生きなんて・・・しようと思っていないわ」

 ネオン輝く喧騒のなかに溶け込んでいく天才少女は、二度と振り返ることはなかった。
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