ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」

5章

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 電車をふたつ乗り継ぎ、フェリーに揺られること、一時間。
 3人の美少女とひとりの男は、太陽が水平線に近づくころに目的の島へと辿り着いた。
 南海の諸島に浮かぶ小島のひとつ、「天海島」。
 緯度でいえば九州は種子島あたりに相当するというこの島は、スキューバダイビングの隠れ
スポット的名所であった。里美たちがいる地方とは温度自体はさほど変わらないが、乾いた風
と潮の香が、訪れた人々を一気に亜熱帯のムードへと誘う。カラッとした日光が肌を射すの
は、心が解き放たれるような開放感があり、島全体に敷き詰められた白い砂は、さらさらと足
の裏をくすぐって心地よい。
 リゾート気分を満喫できる南の島は、遠距離にあるのと、あまり名が知られていないために、
環境の割りには訪問客が少なかった。ダイバーや海水浴客が適度にいるだけなのも、この島
の長所のひとつといえるかもしれない。

 「わぁ~~! すっごォ~~いッッ!!」

 海岸に着くなりショートカットの元気少女と、茶髪のイマドキ美少女とは波打ち際目掛けて駆
け出していた。弾ける笑顔とはこのことを言うのだろう。キュートな美少女とチャーミングな美少
女が海水をかけあってキャイキャイ喜んでいるのは、夏の絵としてはあまりにサマになりすぎ
る。少し離れた場所で見守る、ひとつ学年が上の少女と男も、自然微笑が広がった。

 「よく見つけたな、こんな場所」

 工藤吼介の問い掛けに、五十嵐里美は無言で、潮風に乱された長い髪を撫でる。
 こういったイベントの仕切りを一番得意とするのは本来桃子なのだが、今回の海旅行の場所
を決めたのは里美であった。行く先と宿泊先は里美が予め決めており、あとは電車などの移
動手段を桃子が手配したのだ。遊び慣れた藤村女学園の友達と一緒にいるうちに、桃子も交
通手段や予約の方法に精通するようになっていた。

 「どうした? なんだか浮かない顔じゃねえか」

 「・・・別に。さあ、そろそろ宿にいきましょう」

 木造の古風漂う旅館に一行が着いたのは、それから30分ほど後のことだった。
 この辺りでは一番歴史がありそうな宿は、里美の趣味らしいと言えば言えた。3階建ての建
物は一階が大浴場と宴会の間になっている、昔ながらの作り。広い敷地を誇る宿のなかで、一
行は一番見晴らしのいい部屋へと案内された。

 「お~い、オレもなかへ入れてくれよォ」

 「ダ~メです。ここは女のコの部屋だから、先輩は立ち入り禁止です♪」

 「んなこと言うなよ~。ひとりじゃあまりに寂しいじゃねえか」

 入り口のドアを挟んで、先程から遊び始めた七菜江と吼介を尻目に、案内をしてくれた宿の
女将がコポコポとお茶を淹れ始める。和風の部屋には畳の匂いがプンと薫った。6畳間がふ
たつと、テーブルと椅子が備えられた窓際の空間。全面ガラス張りの窓には、夕陽を反射しは
じめたセルリアンブルーの海が、地球の奥まで広がっている。高校生の身には十分すぎるほ
どの部屋だ。

 「お部屋からの眺めは気に入っていただけましたか?」

 50代と思しき女将が優しげな声を掛ける。質問の相手は、部屋に来て以来、ガラス窓の前
でずっと景色に魅了されている桃子であった。

 「うん・・・すごくキレイ・・・」

 両手をガラスにピタリとつけ、ショウウインドゥのなかのオモチャを欲しがる子供のように立ち
尽くした美少女は、ため息にも似た声を発した。モデルのような美貌を持つ桃子の、少女らし
い一面が里美には可愛らしい。ピンと背筋を伸ばし、一輪の花のごとく凛とした正座姿の令嬢
は、淹れ立ての緑茶を口に運びながら優しい瞳を桃子に向ける。

 「里美さん」

 「なに、桃子?」

 「こっちって、島の裏側ですよねェ? なんでわざわざこっちにしたんですかァ?」

 黙ったまま、長い髪の少女はコクリと熱いお茶を飲む。普通の緑茶も、里美にかかれば茶道
にでてくるような上品さに溢れた。
 くるりと振り返ったイマドキの美少女は続けざまに質問を繰り出す。思いついた疑問を、その
まま口にしているようだった。

 「こんなにキレイな海なのに、なんで誰もいないのかなァ? これじゃあたしたちの貸切みた
い。この旅館もあたしたちしかお客さん、いないみたいだし」

 女将を前にして、桃子はいいにくいことも平然と言った。残念ながら、そういうところに気が回
る少女ではない。
 案の定というべきか、桃子の台詞を受けて、みるみるうちに女将の顔が曇る。しかしそれは
不機嫌が理由ではなかった。困ったように眉をひそめて、傍らの里美に救いを求めた視線を
向ける。

 「良いですよ。どうせ話すつもりでいましたから」

 不思議な光を湛えた切れ長の瞳が見詰める。自分よりずっと年下の少女に、なぜか圧倒さ
れる想いがする女将は、促されるがままに事の真相を話し始めた。

 「実は・・・今この島の裏側は、自主的にお客様を迎え入れないようにしておりまして・・・皆様
におかれましても最初はお断り申し上げたのですが、こちらのお客様が是非にと仰られるもの
ですから・・・」

 桃子の瞳が里美を映す。当の張本人は、しれっとした表情で再びお茶を口に運んでいる。

 「でもなんで断ってるの? 今が一番、お客さんが多いときなんじゃないですかァ?」

 しばしの沈黙の後、葛藤の末に女将は女子高生の当然の疑問に答えた。

 「ウミヌシさまが、現れたからです」

 「『ウミヌシ』?」

 「この島に伝わる古きいい伝え・・・五百年に一度現れるというウミヌシさまが、沖で発見され
たというのです。ウミヌシさまは必ずこの土地を訪れると言われています。少しでも犠牲者を減
らすため、またウミヌシさまの存在を島民以外の者に知らせぬため、お客様をお断りしていた
のですが・・・こちらの方はウミヌシさまのことをご存知だったものですから・・・それにウミヌシさ
まを眠らせる方法を知っていると仰られるので、今回宿を無料で提供する代わりにお願いする
ことになったのです・・・」



 ヴオオオオオオオオオ・・・

 低い唸りが闇の奥から湧いてくる。

 高層ビルの黒い影が、倒れ掛かってくるかのような迫力で空を覆い尽くしている。隙間から洩
れる月明かりが、灰色の壁面と路地裏の雑多な風景を薄墨に溶かしたように浮き出す。充満
する、ムワッとした空気。程なくして低い唸りの正体は、冷房器の屋外モーターが生温かい風
を吐き出している音だと知れた。

 夜とはいえまだ暑さの残るなか、狭い空間に熱風が堆積していくのは気分のいいものではな
い。うんざりする暑さのなかで、自分が暑いぶん、建築物の内部にいる人々が涼しい想いをし
ていることに、やっかみに似た感情を抑えられない相楽魅紀は、ひとり小さく舌打ちをする。

 栄が丘の一角にある三星重工の研究ビルから、彼女は今、同じ北区内にある谷宿の裏通り
へと移動していた。

 着慣れない白衣を脱ぎ捨てた彼女は、迷彩模様のパンツにゼブラ模様のTシャツ、インナー
として黒のタンクトップを重ねたラフな格好に着替えていた。鎖骨まで大きく襟首の開いたTシャ
ツから下着を思わすタンクトップが覗くのは、25歳の年齢に相応しい色気があり、見る者を少
しドキリとさせる。弾丸をあしらったチョーカーと癖のあるウェーブがかかったショートヘアとが、
女戦士と呼ぶのにピッタリな容姿を形作っており、ネコ型の野生動物を思わせる顔は、キツイ
印象を与える一方で可愛らしくもあった。身長160cmは決して大柄な部類ではないが、丸く膨
らんだボリュームのある胸が、全体のイメージを大きく見せている。 

 洗練されている、とは言えないが、己の雰囲気にマッチしたファッションを選択している魅紀
の姿は、谷宿の街においても違和感はない。だが今彼女がいる場所は、華やかな表舞台では
なく、その裏に存在する汚れた世界であった。

50mも歩けば高校生から二十歳台半ばまでのファッションリーダーたちが闊歩する表通りに
出られるというのに、人気の途絶えた暗い路地には隔絶された静けさが訪れている。華やかな
ネオンとは対照的な、モノクロの世界。谷宿という繁華街が持つもうひとつの顔を、並べられた
ビール瓶のケースや生ゴミの袋が象徴している。

 遠く聞こえるざわめきと、反吐とションベンの臭気。ビルの谷間から照らす満月の光を浴びな
がら、魅紀は己が"裏"の世界に足を踏み入れていることを悟っていた。

 そして、その世界に安らぎに似た居心地の良さを感じている自分も―――

 ジャリ

 革の靴がアスファルトを踏みしめる音を、魅紀は聞き逃しはしなかった。

 背後に湧いた気配を存分に察知しながらも、ショートヘアの女は振り返りなどしない。右斜め
後方5時の方向。距離約7m。"気配"が攻撃を仕掛けてこないのは、わざわざ見るまでもなく
わかる。

 「ひい、ふう、みい・・・合計5人か」

 呟きにしては、やや大きめなひとりごと。

 数秒の沈黙の後、ゾワリと路地裏の闇が動く。月明かりの下で、闇は次々と人影を吐き出
す。
 魅紀を取り囲むように現れた人影は、最初に出現した背後のひとつを合わせて、全部で5つ
に膨らんだ。

 「どうやら全員未成年のようだな」

 月の光しか頼れない青い世界で、魅紀はたるんだTシャツに身を包んだ少年たちの、肌つや
に現れた活力を見抜いていた。

 「オレらのシマに足踏み入れるとは、いい度胸してんな、ねーさん」

 正面に立った少年が、魅紀の台詞に答えることなく低い声を出す。

 180cmを越える長身に、金色の短髪。特に鍛えている様子はないが、バネのあるいい筋肉
をしている。ナチュラルなパワーに溢れた筋力を持つこの少年が、この5人のリーダー格であ
り、もっとも腕っ節に自信を持っていることは、そっち方面に詳しい魅紀にはすぐにわかった。

 「谷宿にはヤクザ気取りの小僧どもが巣食っていると聞くが・・・お前たちのことか?」

 「おほー! 怖えー、怖えー! そうイキリたつんじゃねーよ。あんま、反抗的な態度取られる
と、ついマワしたくなっちまうじゃねーか」

 唇を尖らせて笑う少年の顔からは、邪悪な薫りが漂ってくる。他人を泣かせることに、慣れた
人間がする笑いであった。高校生くらいと思しき少年は、この地に迷い込んだ女性たちを、こ
れまでに何人もその毒牙にかけてきたのであろう。

 「たまには痛い目を見るのもよし、か」

 「あ? なにブツブツ言ってんだ? いっとくが叫んだところでだ~れも助けになんか来ない
ぜ。この街はオレらの街なんだからよ」

 クチャクチャとガムを噛み鳴らす男が、取り囲んだ輪から一歩近づき、無造作に魅紀の肩に
手をかける。

 ザクン!

 少年が魅紀の肌のぬくもりを感じるより早く、その手の甲には、漆黒の手裏剣が突き刺さっ
ていた。

 神経が集中する掌のど真ん中に、鋼鉄の刃が貫通している。一瞬なにが起きたか理解でき
ていなかった不良の脳天に、衝撃と激痛とは、一足遅れでやってきた。

 「ギッ・・・ギャアアアアアアアッッ―――ッッッ!!!!」

 「こッ、このアマッ!」

 悲鳴とガムとを吐き出す仲間の姿に、リーダー格の少年が明らかな動揺を見せる。どんな生
物か勘繰りたくなるような甲高い叫びと、勢いよく宙に舞う血潮。瞬時に舞い降りた非日常の光
景が、暴力の世界に馴染んでいるはずの不良少年の心に隙を作る。

 アスファルトを踏みしめる音だけが、聞こえた。

 5mはあった距離を、女闘士は一直線に突き進んでいた。金髪の少年がカウンターのパンチ
を狙おうとした時、勝気そうに映る魅紀の顔は、すでに長身の彼の真下にあった。ピタリと首筋
に張り付く金属の冷たさ。手裏剣の鋭利な刃が、少年の首の皮をいまにも剥ぎそうにあてられ
ている。

 「貴様、名前は?」

 表情に宿る冷酷さ同様、夏であることを忘れさせる冷たい声が問う。

 「シ・・・ショウゴ・・・」

 「この街に半死の機械人間が隠れているはずだ。知っているな?」

 「・・・さ、さあ? オレはなにも知らねェぜ」

 冷たい汗が金色の短髪から流れ落ちる。潜り抜けた修羅場の経験の数々が、首に当てられ
た刃の本気度をショウゴに教えてくる。

 「とぼけるな。桐生という、半分機械の体を持った男が、この谷宿に逃げ込んだのはわかって
いるんだ。街を仕切る貴様らが知らぬわけがない。それとも桐生は、貴様らの仲間なのか?」

 「ま、まさか・・・知らないものは、知らねェぜ・・・」

 「どうしてもしらばっくれるつもりなら、首と体が永遠に別れることになるが・・・」

 脅しを含んだ魅紀の声が、そこで途切れる。

 猛烈な、悪意。

 隠そうともせずに放たれる黒い敵意が、路地裏の奥、闇の向こうから濁流となって放射され
てくる。リーダーの首を取られて凍りついた不良少年たちとはまるでレベルの違う、濃密な悪の
情念。特別な訓練を幼少より受け、並外れて感性の鋭くなった魅紀が真正面から受けるには、
あまりに激しい負のオーラが、弓矢となって漆黒の闇奥から突き刺してくる。

 "な、なんて激しい憎悪・・・"

 死と隣り合わせの世界に生きている魅紀が、生死の観念すら越えたような悪の放射に、思わ
ず注意を惹きつけられる。

 ビルの谷間、闇が幾重にも重なったような絶対の暗黒空間。

 爛々と黄色に輝くふたつの眼光が、肉食獣の獰猛さを血走らせて、暗闇の中で宙空に浮い
ている。
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