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「第八話 ユリ武伝 ~海棲の刺客~」
12章
しおりを挟む“燃え・・・ちゃう・・・・・・わ、私・・・・・・も、もう・・・・・・”
じりじりと業火で銀の肌を焼かれながら、絶望がユリアの心にのしかかってくる。
挟み込まれ、空中に固定されたまま、熱線を浴びせ続けられる・・・痛みと熱さで、ただ悶えることしか考えられなくなっていた少女戦士の耳に、その時奇跡は届いた。
“わ・・・私・・・・・・呼ばれ・・・・・・て・・・る・・・・・・?・・・”
「こっちに・・・気付いた!」
ビクビクと痙攣する頭がかすかに動き、ふたつに縛ったおさげがわずかに横を向く。灼熱地獄に苦しむ青い瞳が己を映すのを、エリは確かに感じた。
「え・・・そうか?!」
「カネコさん、あの怪物のように・・・私を襲ってください」
「はあッ?!」
「早く!」
慌てて金髪少年が、背後からセミロングの少女の左腕と右脇腹を鷲掴む。
その瞬間、絶望に飲み込まれ掛けていた銀の妖精は、姉がしようとしている意図を悟った。
“ユリ・・・私と同じように・・・動いて!”
エリの右足が飛燕の速度で撥ねあがり、背後の兼子の股間に吸いこまれる。
十分遠慮しながらも、的確に急所を打つ痛みに、呻いた金髪少年の手から力が逃げていく。
朦朧とした意識のなか、もはや戦意を喪失したと思われていたファントムガール・ユリアの肢体が、屋上の少女に合わせるように急に動く。
後方に撥ねあがった右足は、ユリアを高く掲げていたヤドカリ巨獣の顎にピンポイントで炸裂する。油断しきっていたシェルの巨体が、不意を突かれてグラリと揺れる。
急所を打たれ、兼子の意識は完全にエリを拘束することから離れた。形だけとなった右脇腹を掴む手に、エリの自由な右手が添えられる。
親指の付け根、盛り上がった部分にあるツボ、合谷。
圧迫することで強い痛みを生み出すこのツボを、柔術少女は容赦なく押さえる。
ビクンと震えた兼子の右手は、エリの脇腹からきれいに離れていた。
そのままエリは男の右手を巻き込むように捻る。激痛の波が、兼子の手から手首、肘、肩と一瞬の間に渡っていく。
悲鳴をあげながら、金髪少年の長身は、鮮やかに空中を一回転した。
その光景を最後まで見ることなく、巨大な天使は動いていた。
思わぬ反撃にシェルの熱線が一瞬途絶える。再びオレンジの光線がユリアを焼くより早く、黄色のグローブに包まれた右手は、姉と同じようにヤドカリの鋏に添えられていた。
激痛を生むツボは・・・あった。
怪物と化した肉体に潜むツボを、武道の天才は瞬時に見つけ出していた。鋏の付け根を強く圧迫すると、電流の走る痛みに、思わずパカリと脇腹を押さえていた爪が開く。
赤茶色の凶悪な腕が、一気に聖少女に捻られる。
関節を極められる激痛に絶叫をあげながら、シェルの巨体は自ら前転するような格好で真っ逆さまに落ちていく。
超重量が大地を揺らす轟音が響き渡る。
「やった!」
360度、完全に一回転させて足から着地させた兼子を気遣いながら、エリの丸い瞳が歓喜に輝く。徐々に敗北に向っていた妹戦士は、姉の決死のサポートによって、見事に窮地を脱したのだ。
そんなエリを見詰めながら、コクリと可憐なマスクを縦に振るユリア。
リンチによる打撃の痛みと、灼熱による火傷の痛み。積み重なった苦痛は、華奢な少女に重く圧し掛かっている。本当なら膝から崩れて座り込んでしまいところだが、それが許されないのを誰よりも知っているのはユリア自身だ。
もう、不覚は取らない。
抉られた左足からはドクドクと鮮血が垂れ続け、輝く銀の肌はすっかり色褪せ、爛れと焦げがあちこちに浮んでいる。可憐な妖精は哀れな姿に変貌していた。儚くさえある細身の少女戦士。だがその頼りなさげな肢体は決して屈することなく、静かな闘志をたたえた視線で巨大なヤドカリに正対する。
「くッ・・・このッ・・・しぶとい小娘め・・・素直に炭になればいいものを・・・」
呪詛の言葉を吐きながら、脳天を激しく打った巨獣が立ちあがる。
再び対峙する、黄色の聖少女とヤドカリの怪物。
ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・・
ユリアの苦境を知らせるエナジー・クリスタルの点滅音が、夜の観光地に静かに鳴り渡る。
必殺の嚆矢すら通じなかった貝のシェルター。凶悪な三本爪の鋏。総合格闘家の筋力が生む超速度。そして防御不能の高速タックル。
文字通りの怪物に、傷だらけの妖精はどう闘おうというのか。
「大丈夫でしたか?」
右腕を押さえたままの兼子に、エリは心配そうな瞳を向ける。ファントムガール・ユリアを救うためとはいえ、身体を利用させてもらった罪悪感が、柔術少女の表情をより不安げにさせていた。
「ああ、平気だ・・・それよりファントムガールはまだ闘う気なのか?! もうボロボロじゃねえか。ただでさえ、オトナと子供くらい体格差があるのに・・・」
百合のごとく立ち構えるユリアと、山のような巨体を揺らすシェル。
巨大な正邪の聖戦を肉眼で見るのは初めての兼子でも、正義の女神があまりに不利な状況にあるのはすぐにわかった。
ファントムガールが多くの巨大生物たちを滅ぼしてきたのは、ニュースで聞いて知っている。だが、外見だけでも凶悪さが伝わってくる巨獣相手に、モデルのようにスレンダーな少女戦士が勝てるとは到底思えない。
兼子の不安は当たり前と言えた。恐らく誰もがそう思うだろう。だが、黄色のファントムガールをもっともよく理解するエリは、彼女には珍しい自信に満ちた声で言った。
「ファントムガールは・・・勝ちます」
「??・・・嘘だろ?」
「あの黄色のファントムガールなら・・・勝ちます、必ず」
決着をつけんとするシェルの咆哮が、妹を信じる姉の言葉を掻き消した。
「キュオオオオオオオッッッ――――ッッッ!!!」
怒声が天を衝き、殺意のこもった眼を光らせたシェルが、一直線に銀の妖精に突進する。
少女戦士のまさかの反撃は、確かに破壊の皇帝を焦らせた。頭から何度も大地に落とされ、軽い脳震盪が襲ってきているのも事実。だが、貝殻を回転させながらの低空タックルがある限り、ユリアは負ける相手ではないのだ。
強固な貝のシェルターは、聖少女のあらゆる攻撃を跳ね返す。得意の柔術も、肉体がドリルとなった貝の内部にあればどうすることもできまい。
ユリアを血祭りにあげるのは、もはや時間の問題―――
確信に満ちたドリルタックルが、猛スピードで佇む武道天使に迫る。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
ギュルギュルと回転する巻貝。触れるだけで皮膚をビリビリに破る凶悪なドリル。総合格闘家の速度に乗って、絶対不可避の無敵コンボがユリアを襲う。
もし、シェルの相手がエリだったならば、柔術少女は大方の予想通り、惨殺されていただろう。
現実は違った。兵頭英悟の変身体が襲ったのは、想気流柔術の歴史に残る天才、ユリ。
静かな構えから、そっと両手を前に突き出すユリア。
そのまま受け止めようとでもいうのか? 一瞬、自殺行為とも取れる愚行。だがもちろん、武道少女はやけになったわけでも、イチかバチかのギャンブルにでたわけでもなかった。絶対の自信を持って放つ、想気流柔術最高奥義――
「気砲ッッッ!!!」
想気流400年の歴史が生んだ芸術。
回転する貝が長い銀の足に触れる瞬間、気の流れを利用した神業は炸裂した。
ドオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!
「ぐべええええッッッ?!!」
大砲の発射される音。
己の勢いをそのまま返された巨大ヤドカリが遥か後方に吹き飛んでいく。
何が起きたか、わからない。不可思議な柔術の究極技を食らい、気の爆破を浴びた巻貝が、グルグルと回りながら天高く舞う。
「スペシウム光線!」
咄嗟に放たれた正義の白光は、貝殻の底、巻貝の内部に直撃する。
DOGOWWWWWNNNNッッッ!!!
火花と爆発音が、飛び散る。
炎に包まれ大地に落ちたヤドカリ巨獣は、ビクビクと二度ほど痙攣するや、掻き消すように夜の観光地に溶けていった。
「うおおおおおッッ?!! ファントムガールが・・・勝ちやがった!」
本能からの歓喜に、兼子賢児の雄叫びが轟く。
それはファントムガール・ユリア、鮮やかな逆転勝利を称える、高らかな勝ち鬨であった。
「まあ、こんなところでしょうかね」
呆れた調子の声が、総合格闘ジム“アタック”が入った雑居ビル前の路地から洩れる。
ユリアとシェル、ふたりの実力を知る男にとって、この結末は意外なものではなかったようだ。ユリアの戦闘力を削っておくという、当初の目論みを果たせた男は、薄い唇を吊り上がらせて下卑た笑いを浮かべる。
「君にとっても、私にとっても・・・リハビリ相手として、ユリア君は最適です。念には念を入れて兵頭くんに襲わせる作戦、どうやら見事に決まったようですね」
「・・・ユリア、か・・・」
「彼女が他のファントムガールたちと離れてくれたのはラッキーでした。なにしろ我々は、いまだ万全ではない。もっとも組しやすいユリアくんが孤立し、尚且つあれだけのダメージを負ってくれたこの好機、逃すわけにはいかないでしょう」
高揚した気持ちを隠せない一方の男に対し、もうひとりの男はじっと一箇所を見詰めたまま、冷静な姿勢を崩さない。どこか遠くに思いを馳せたような表情は、見る者をゾッとさせる迫力を伴っていた。
「どうします? いまなら邪魔なエリくんを容易に捕獲できますが・・・手始めに彼女から地獄に落ちてもらいましょうか?」
「・・・いや・・・それでは、つまらん・・・」
「では、計画通りに」
「そうだ・・・姉妹互いの目の前で・・・絶望の底に突き落とす・・・」
不穏な台詞を吐き捨てて、ふたつの影はさらなる闇に消えていった。
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