ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」

24章

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 「フフフ・・・よし、やめな」
 
 意外な女王蜂の台詞。ナナの懇願を、クインビーはすんなりと受け入れる。
 
 「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ!」
 
 涎を垂れ流しながら、血まみれの戦士が荒い息をつく。残酷な仕打ちに耐えるだけで、超少女の体力はかなり消耗させられていた。ここまでの虐待を耐えきっただけでも、七菜江には超戦士と呼ばれる資格があるだろう。
 
 「苦しかったかい、七菜江?」
 
 同じ質問を、嫉妬に狂った処刑者は耳元で囁く。
 コクリと頷く銀色のマスク。もはや、反抗する気力さえ奪われたのか、素直な少女はあっさりと認めてしまっている。
 
 「もう一回、焼いてやろうか?」
 
 ゆっくりと首が横に振られる。少女戦士の可愛らしい顔は、泣きそうに歪んでいた。
 ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・・
 聖戦士の危機を知らせるクリスタルの音色が、ナナの泣き声となって哀しく響き渡る。
 
 “あたしじゃ・・・勝てない・・・・・・・こいつらには・・・勝てない・・・”
 
 「こ・・・殺・・・せ・・・・・・はや・・・く・・・殺せ・・・・・・」
 
 「アッハッハッ! 早く楽になりたいようだね! そうだねぇ、『香さま、お願いですから助けてください。私は卑怯で醜い虫けらです』と言うんだ。そうすればすぐに殺してやるよ」
 
 前回の闘いで事実上、七菜江に敗北を認めさせた香にとって、残る望みは、七菜江自らの口で敗北宣言させることと、本当に処刑することのみだった。そのふたつを一度に叶え、怨念に満ちた抹殺計画を完成させるつもりなのだ。
 右腕の毒針を、恐怖か、痛みか、悔しさか、プルプルと震える柔らかな頬にピタリとつける。己の血で下顎付近まで真っ赤に染まった聖少女は、消え逝く生命の灯火ゆえか、妖艶ですらあった。
 
 「アナフィラキシーショックって知ってるかい? スズメバチに刺された人間は、体内に抗体ができたあとに再びスズメバチに刺されると、ショック死してしまうのさ。この前毒をたっぷり注入してやったあんたは、今度私の毒を打たれれば、確実に死ぬってことだよ。この場で負けを認めれば、いますぐ首筋に、毒針を打ってやろうじゃないか」
 
 掴んでいたショートカットを離した途端に、ぐったりと猫系のアイドル顔はうなだれる。
 巨大で醜悪な怪物3体に囲まれ、穴だらけにされ血祭りにあげられた少女戦士。体内から焼かれて、シュウシュウと白煙をあげながら、尚責められている姿は、あまりに無惨な光景だった。
 
 「さあ、言うんだ。言わなければ、また溶岩と電流を流し込むよ? どうするんだい?!」
 
 ショートカットに隠れた顔が、絶望に曇るのを知りつつ、クインビーは最後まで七菜江を虐め続ける。
 
 “うう・・・ダメ・・・あんなの・・・とても耐え切れない・・・・・・こんな・・・穴だらけにされて・・・・・・焼き焦がされて・・・・・・もう・・・あたしには・・・”
 
 「・・・・・・か・・・・・・かお・・・」
 
 「はぁ? なんだって? もっと大きな声でいいな!」
 
 「・・・か・・・・・・かお・・・り・・・・・・さ・・・・・・」
 
 被虐の天使がボソボソと言葉を紡ぎ出し、己の死と敗北を受け入れようとする。理不尽な仕打ちに懸命に耐えてきた正義が、悪に屈する不条理の瞬間。
 その時だった。
 天啓のごとく、ある言葉が七菜江の脳裏に浮かぶ。
 魔法の言葉。
 工藤吼介が教えてくれた、魔法の言葉。
 容赦ない呵責に飲み込まれかけていた聖少女を、格闘獣がかけた魔法が、すんでのところで敗死から救う。
 
 “あたし・・・また自分に・・・・・・負けるところだった・・・・・・”
 
 銀色の唇をぎゅっと噛む。
 服従の約束を交わしかけていたナナの口から、違う内容の台詞が搾り出される。
 
 「・・・負け・・・・・・るもん・・・か・・・・・・お前は・・・ゼッタイ・・・・・・倒す・・・んだ・・・・・・」
 
 「・・・貴様・・・やれッッ! サリエル、ビキエル、こいつを地獄に連れていってやれッ!!」
 
 狂気の絶叫に呼応した巨獣姉妹が、ありったけの灼熱と電撃を、身をよじらせることすら封じられた超少女に注ぎ込む。
 
 ジュウウウウ・・・・ジュシュウウッッ・・・ジュジュジュッッ・・・・
 バリバリバリッッ!! バシュンッ! バチバチバチバチッッ!!
 
 「ふぎゃはあああああああッッッ――――ッッッ!!!! あぎゃあああああああッッッ――――ッッッ!!!! ひゅぎえええええッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 「アーッハッハッハッ!! いい顔だよ、ナナッッ!! そんなに苦しいのかい?!! さあ、この私に跪くんだ! 謝るんだよッ!」
 
 「はがあああああッッッ――――ッッッ!!!! 負けないッッ!! あたしは負けないッッ!! いぎゃあああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 しゅうしゅうと白い煙が、青い戦士の全身から立ち昇っていく。
 焼かれていく。焼かれているのだ、無垢な正義の使者は。
 掌から足のつま先まで、ブスブスと突き刺された無数の針から、溶岩と高圧電流を流される痛みとは、いかなる地獄であるのか。想像するだけで身の毛がよだつ激痛地獄を、聖なる少女は耐え続けている。内肉を直接焼かれ、神経を切り裂かれながら。己が焦げていく悪臭を、小さな鼻腔で嗅ぎながら、ナナはそれでも屈しようとはしなかった。
 
 “・・・先パ・・・イ・・・・・・魔法・・・・・・けっこう・・・・・・キク・・・よ・・・”
 
 フッと瞳の青色が消える。
 絶叫し続けていた愛らしい顔が、一気に脱力しガクンと垂れる。
 精神は必死の応戦を試みても、肉体には限界があった。灼熱と電撃と鋭痛、一度に三重苦を重ねられる嗜虐に、超少女の意識は弾け飛ぶ。
 留まることを知らぬ凄惨な拷問の前に、ついに少女戦士は気絶していた。
 
 「チッ!! ホントに生意気な女だ」
 
 ズボズボズボ・・・
 弾力ある若い肉体から、極細の針が抜かれる音が連続する。
 全ての針が抜かれた時、ゆっくりと、深紅に染まった豊満なボディラインは、血飛沫を飛ばしながら岩の点在する砂浜に崩れ落ちる。
 地響きと、舞い降る砂。
 暗くなった瞳には、輝きは戻らない。ただ、丸っこい指先がピクピクと震えているのみ。
 
 ファントムガール・ナナ、惨敗す―――
 同じ相手に二度続けて、ナナは勝てなかった。それも完敗といっていい、完膚なき負け方で。
 誰がみても勝敗は明らかだった。事実、正義の少女は、瑞々しさの充満した芸術的な肉体を砂地に這わせ、失神して邪悪の足元にひれ伏している。血祭りにあげられた肢体から、黒煙と肉の焼ける臭いを漂わせて。
 闘いは終わった。そのはずだった。
 だが、壮絶な激痛に沈んだ純粋な少女を、まだ許せない人間がいたのだ。
 
 「サリエル、ビキエル、立たせるんだ」
 
 うつ伏せに横たわる女神を複眼で見下ろしながら、復讐の蜂は冷淡な口調で命令を下した。
 
 「・・・な・・・?・・・」
 
 「なに、ボーッとしてるんだよ。この女を立たせるんだ」
 
 「立たせるって、もうこいつは終わってるぜ?!」
 
 口篭もる姉に代わって、茶色の巨岩が叫ぶ。心なしか、凶悪な怪獣たちの顔は、青ざめて見える。
 
 「なに言ってんのよ。まだ生きてる。このクソは、殺すっていってるでしょうが!」
 
 巨大な肉弾姉妹は、沈黙のまま、身動きひとつしない。
 サリエル、ビキエルの正体であるカズマイヤー姉妹は、間違いなく藤木七菜江に憎しみを抱いていたはずだった。いや、その気持ちは今でもある。邪魔者である七菜江を疎ましく思う感情は、他の誰よりも強い自負はあった。二度とハンドができないよう、徹底的に破壊してやりたい。
 だが、その一方で、自分らより遥かに小さな少女が、やっている方がゾッとする凄まじい虐待を浴び続けて、尚不屈の闘志を燃やす姿を見ていると、胸の奥から不可思議な感情が沸いてくるのも否めないのだ。
 その感情が、「殺す」という単語を拒絶する。
 徹底的な七菜江の排除を目指すクインビーと違い、肉弾姉妹はすでに憎き少女に完勝した充実感があった。そのズレが、鉄壁の連係を結んできた3体の間に忍び寄っていた。
 
 「いいから立たせるんだよ! 臆病なブタどもが!」
 
 3体の間に生まれた温度差。しかし、その違いは、決定的な破綻をもたらすには至らなかった。
 柴崎香の発する憎悪は、カズマイヤー姉妹を完全に飲み込んでしまっていた。
 違和感を覚えることはあっても、肉弾姉妹が香を裏切ることはない。恐怖による支配や、まして友情などがあるからではない。存在自体の大きさが、ハーフの双子を覆ってしまっているのだ。「エデン」という感情を増幅させる生命体により、復讐鬼・香は巨大な存在と化していたのだ。
 
 両脇に立った姉妹が、反応のない青い肉体を抱え起こす。
 ショートカットをむんずと掴み、2体の巨獣は一直線に伸びた豊かな肢体を空中に吊り下げた。ポトポトと鮮血が落ちる。瞳が真っ暗になったままのナナは、ただ胸と下腹部の水晶体を、弱々しく点滅させているだけだった。ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・儚い命の灯火が、無人の海岸に鳴っている。
 
 「私の毒針をそいつの目障りな胸にブッ刺して注ぎ込んでやれば、あっという間に御陀仏さ。ビビることなんてないんだよ。さ、しっかり支えてるんだ」
 
 意識を失った守護天使に、殺人蜂が砂浜を揺らして近付く。
 前に伸ばした瓢箪型の右腕が、照りつける陽光を撥ね返して、鋭く光る。クインビーが言ったことは、嘘ではなかった。大量に注ぎ込む必要はない、わずかでも構わない。緑色の毒をナナに打ち込めば、桁外れのタフネスも、不屈の精神力も一切関係なく、憎き少女を本当の意味で処刑できるのだ。邪魔が入ることはない、寂れた海岸で、当たり前のようにクインビーは、正義の天使を殺そうとしている。
 躊躇なく距離を詰めた、狂気の女王蜂。
 死の毒針が、ぶらぶらと吊り下がる、青き戦士の胸の果実に伸びる。
 
 ベキイイイッッッ!!
 
 血霧が夏の空に吹きあがる。
 蜂の黄色い顎は、撥ねあがったアスリート戦士の前蹴りによって砕かれていた。
 輝く青い瞳。躍動する、肉感的な銀色の肢体。
 セーラー服をデザインしたような、青と銀色の守護天使が、それまでの瀕死ぶりが嘘のように復活している。
 
 「まだッッ・・・負けてないッッ!!」
 
 死の針が刺さる直前に蘇生したのは、単なる偶然だった。だが、これほどの重傷にあって闘えるのは、偶然でも奇跡でもない。
 巨大ネズミに、肉を抉られたまま焼かれたり。
 蜘蛛の化身に、触るだけで激痛が走る針を、乳房に埋め込まれたり。
 タコの魔物に、体中に岩が埋まるまで叩き付けられたり。
 発狂しそうな嗜虐の数々と、それに耐えてきた少女戦士の精神力。戦士として、幾多の修羅場をくぐってきたナナの底力を、理不尽な嫉妬に狂ってただ指を噛んでいただけの香が、知るわけはない。
 
 「ごぶうッッ!! ・・・うご・ごッ・・・」
 
 顔面を押さえた蜂の手の間から、鮮血が滴り落ちる。鋏を思わせる頑丈そうな顎を叩き割られた痛みに、クインビーは仰け反り悶えている。
 一気に動く青い戦士。
 ブチブチとショートカットが引き千切れるのも構わず、戒めから脱したアスリート少女は、不意を突かれて佇む巨岩姉妹の足元を、地を這う蹴りで刈り取る。
 巨大風船が宙を舞う。ふたつ。
 超重量のダルマ落とし。無様に尻から落ちる姉妹によって、砂浜が震度6に襲われる。
 
 「くっらええええェェェッッ―――ッッ!!!」
 
 大きく右腕を振り上げるナナ。狙う拳の先は―――足元の大地。
 一撃必殺、ソニック・シェイキング。
 体中を串刺しにされ、内側から焼かれた拷問が、守護天使の痛覚を麻痺させていた。痛撃の魔獣に全身を噛み付かれているナナにとって、もはや右腕の負傷は恐れの対象にはならない。クインビーの狂気じみた虐待が、逆にナナに光明を射し込ませたのだ。
 
 だが、全身全霊を込めて放つ究極のブローは、凄まじい威力と引き換えに、大きな隙も生まれる技であった。
 
 ドボオオオオッッッ!!!
 
 その音は、柔らかな肉に鉄塊がめり込む音に似ていた。
 クインビーの放った、暗黒スラム・ショット。
 普通のスラム・ショットがハンドボール大であるのに比べ、ソフトボールほどしかない小型ではあるが、守護天使の必殺技を封じるには十分だったそれは、はちきれそうな右胸に直撃していた。
 
 「がッッ!! ・・・ぐあッ・・・があ・あ・・・あ・・・がふッッ!!」
 
 ガクリと右膝をついたナナの潤んだ唇から、濃密な血塊が噴出する。
 胸骨が折れたのか。果実のごとき丸みを帯びたバストを押さえながら、少女戦士の身体が崩れ落ちていく。両膝が落ち、前のめりになって・・・ついに四つん這いになった青い戦士は、窪んだ右胸の痛みに堪え、砂地を両手で掻き毟る。
 
 “む、胸・・・がぁぁ・・・く、苦しい・・・つ、潰れ・・・・・・・・・”
 
 「ナァ~ナア~~ッッ!! キサマあああッッ~~~ッッ!!! 殺すッ! 殺してやるッ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
 
 顔を蹴られた痛みと屈辱が、女王蜂の復讐の炎を熱く燃えあがらせていた。慈悲など始めからなかった昆虫の顔に、狂気の光が輝き出す。
 
 「ま、負けるもんかァッッ!! 来いッッ!! 香ッッ!!!」
 
 深紅に染まった青の戦士が絶叫する。立ち上がる。
 どこにそんな力があるのか。脅威のタフネス。いや、それがファントムガール・ナナ。
 漆黒の弾丸が、ブルブルと震える少女戦士に殺到する。
 灰色の巨岩、サリエルの撃った闇のスラム・ショット。
 立ちあがってきたナナに対して、条件反射的に巨漢女は攻撃を仕掛けていた。そこに容赦はまるでない。
 唸りをあげて迫る、暗黒のバズーカ砲。
 
 「フォース・シールド!!」
 
 両手を突き出し、光の防御壁を作り出す正義の戦士。
 闇の砲弾が当たった瞬間、光のバリアは粉々に砕け散る。
 
 「なッ?!!」
 
 「死にな! フジキナナエッッ!」
 
 爆発の威力で吹き飛ぶ肉感的な少女に、追撃の弾丸が飛ぶ。
 妹ビキエルが放った、闇のスラム・ショット、第2撃。
 
 「きゃああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 被弾。
 高々と宙空を舞う、孤独な戦士。パラパラと、血飛沫と銀色の皮膚の雨が降る。
 ドシャリと砂地に背中から落下したナナ。その皮膚は、全体が黒ずみ、焼け焦げている。じっとりと赤い沁みが、横たわる背中から広がっていく。
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