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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」

13章

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 閑静な住宅地が広がる地方都市に、巨大な人間型の生物が4体出現する。
 山地に囲まれた人口10万ほどの小さな町には、目立つ建造物はほとんどない。せいぜいが3階建てのビルがある程度で、50m近い女神と邪悪神の存在は突出して天にそびえている。
 この町で最大の建物といっていい体育館の周囲に現れた4つの巨神。そのうちの3つは異形な怪物の姿をしており、残る1つは銀色に輝く肌と、紺碧の模様を持つ巨大美少女。耳障りなサイレンにせかされ、逃げ惑う人々は、生まれて初めて生で見る聖少女ファントムガールの姿に、畏怖と希望と感動を覚えながら疾駆する。
 
 テレビのニュースなどで遠巻きの姿は何度も見ていたが・・・これほどまでに美しいものとは!
 暮れかけた夏の陽射しを反射する銀のボディは神のごとく荘厳ですらあり、描かれた幾何学模様は聖少女の純粋さを示すかのような澄んだブルー。同じ色の髪は、活発さを連想させる柔らかなショートカットだ。正邪の闘いに巻き込まれた人々は、目の前の守護天使が、2番目に現れた、“青いファントムガール”であることを即座に理解していた。
 政府から配信されている画像では、ぼんやりとしか巨大少女たちは映っていないため、顔などはわからなかったが、近くで見る聖少女のマスクはなんとも愛らしい。勝気そうでいて、あどけなく、そして純粋。この星を守るために壮絶な死闘を繰り広げてきた守護者が、どこかか弱さすら覚えさせる美少女であることも驚きだが、凛として立ちすくんだボディラインの美しさといったら、芸術の域に到達している。メロンでもくっついたかのような胸の肉球は、大きさ、形、質感ともに究極の一品であり、くびれたウエストから繋がるヒップラインは、引き締まりつつ張り出している。胸とお尻に瑞々しい果実が埋まったような肢体は、前から見ても横から見ても腰の部分だけがキュッと締まり、健康的で爽やかな色香を八方に発散していた。身体に浮んだ青いラインは、セーラー服を思わせるデザインだった。容姿のあどけなさといい、ファントムガールが聖少女とあだ名されることを、自ずと納得できてしまう。
 
 一方、青い少女と対峙する3匹の巨大生物は、いずれも戦慄を禁じえない異様な姿をしている。
 真ん中に立った黄色と黒で色分けされた怪物は、一目である動物を想起させる。手足は先の方にふわふわとした白い毛がついていること以外は人間のそれと大差ない。ただ右手だけが、瓢箪のような形状になっており、その先に極太の銀針が光っている。胴部分は胸・腹・腰で分けられており、背中には茶色の薄い羽。そして顔は、強靭そうな巨大な顎と、茶色いふたつの複眼によってほとんど埋め尽くされている。頭にはご丁寧に触角らしきものまでふたつ付いている。
 蜂だ。巨大な蜂人間。
 人間の手足を持った蜂が、ギラギラと複眼を煌かせて、じっと青いファントムガールを見据えている。
 
 蜂人間の両側に立った2体の巨大生物は、ほぼ同じ姿形をしていた。
 まるで巨大な肉団子。ボーリング玉のように真ん丸い肉塊が、蜂の侍従のように両脇を固めている。短い手足がちょこんと生え、てっぺんには首のない頭が。海藻のような黒い髪がわずかばかり生えており、その下に、落ち窪んだ黒い瞳がふたつ、憎悪に燃える視線を飛ばしている。全く同じ格好のふたつの肉塊は、体表の色だけがグレーとブラウンとで異なっているのみ。
 
 醜悪な3匹の怪物と、清廉な天使がひとり――
 外見で判断するだけで、圧倒的不利な状況であることを理解しつつも、初めて本格的な巨大生物の襲撃を受けたこの町の人々は、肉感的な肢体を誇る美少女戦士に、勝利と平和を願って避難場所へと疾走していく。
 
 「フフ・・・よく現れたわね、ファントムガール・ナナ。もっとも、人間を守るためには変身せざるを得ないのが、正義の味方さんの辛いとこだけどねえ」
 
 蜂が喋る。嘲りが存分に含まれたその声は、明らかに女のものだった。
 人間体時の美しさとは似ても似つかぬ恐ろしい姿に変わった柴崎香の挑発を、こちらは変身前の可憐さをきちんと残した青い天使は無視した。
 
 「ナナ、体力を使い果たしたあんたは、もうおしまいさ。たくさんのギャラリーの前で、ズタズタに潰してブチ殺してやる」
 
 「・・・お前なんかに・・・ハアッ、ハアッ・・・負けるもんかッ・・・」
 
 見た目元気そうな聖少女の呼吸は、早くも荒くなっていた。
 誰も知らない、体育倉庫での惨事。試合を通じて潰され、散々リンチを受けた藤木七菜江の肉体は、とっくに限界を迎えていた。それはファントムガール・ナナにトランスフォームした今も変わることはない。集中的に狙われた右腕は力なく垂れ下がり、絞りに絞り尽くされた体力は、光のエネルギーを存分に使える今でも戻りはしない。フルマラソンを往復させられたように、心臓は早鐘を打ち、肺に血の味が滲む。
 一見、唐突に始まったような正邪の闘い。すでにその大勢は決していることを、逃げ惑う人類は知る由もない。
 
 「お前を処刑する者の名前、教えといてあげるよ。私はクインビー、そしてこっちの灰色がサリエル、茶色の方がビキエルだ。正体については、今更言うまでもないよねえ」
 
 「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・」
 
 肩を上下するナナの口元から、ギリギリと悔しげな歯軋りが洩れる。
 己の置かれた状況が、いかに過酷なものであるか・・・明るい性分の女子高生といえど、気持ちとは相反する肉体の消耗具合を自覚せずにはいられない。
 
 「ぶしゅしゅしゅしゅ・・・ファントムガール・ナナァァァ・・・今日がてめえの命日だァッッ!」
 
 「ふしゅしゅしゅしゅ・・・そしてここがてめえの死に場所だあッッ!」
 
 高らかに蒼天に笑い声を轟かせ、ナナを遥かに上回る巨大肉弾がふたつ、悲壮な闘志を剥き出しにしたアスリート戦士に突進した――
 
 
 
 “くうッ・・・なんてことッ!”
 
 響き渡る、特別警戒区域に入ったことを知らせるサイレン。取るものも取り合えず、指定の避難場所に逃げていく人々の波の中で、霧澤夕子は心の内で歯噛みする。
 この町の広報がマイク越しに伝えてきた情報では、つい先程までいた体育館周辺に3体の宇宙生物(『エデン』の存在を知らない人々の間では、ミュータントはまだ宇宙からの飛来者、というのが一般的な認識だった)が現れ、青いファントムガールが応戦している、ということだった。すぐに特殊回線を使ったケータイで五十嵐家の執事・安藤と連絡を取った夕子は、その情報が事実であることを確認した。
 
 “やはり、七菜江を狙っていたのね・・・”
 
 3体のミュータントの中に、冷酷な蜘蛛女シヴァがいなかったのは意外であったが、マザーコンピュターが送信してきた画像で敵を見た夕子は、すぐに東亜大附属高校の肉弾姉妹が敵の正体であることを見破っていた。天才少女でなくとも、巨大な肉の鞠を見れば、変身前の姿を推理するのは容易い。もうひとりの蜂女の正体こそ確信を持てなかったが、この戦闘が七菜江を狙ったものと判断するのは、当然の帰結といえた。
 
 “試合からすでに七菜江を倒す作戦は始まっていた。恐らく片倉響子が先頭にたって、七菜江に恨みを持つ者を集めたに違いない。試合に勝っても負けても、ダメージを受けることは確実な七菜江を、ここで抹殺するつもりだったのね”
 
 赤いスーツの女教師が、こんな片田舎にまでやってきた理由を、喧騒のさなか夕子は思い知る。そして、その術中通りに嵌ってしまっている、己の不甲斐なさも。
 
 「くそッ、これじゃあ、町の病院にはいけやしねえ。電車も止まっちまってるし・・・」
 
 苛立ちを隠せない工藤吼介の声が、すぐ隣から聞こえてくる。
 血まみれの桜宮桃子を体育館から失敬してきた毛布でくるみ、広い背中におぶったまま、最強と呼ばれる男は逃げ惑う人波の中で立ち往生している。いくら吼介が強靭な肉体を誇ろうと、この非常事態においてはなんの意味も成さなかった。一刻も早く桃子を病院へ連れ込もうとする彼の焦りは、どうしようもない周囲の混乱の前に、ただただ空回りするばかりだった。
 
 桃子を救うためには、政府直属の組織に連れて行くしかない。響子に襲われたエスパー少女を救った直後、夕子は即座に安藤に連絡をいれ、緊急ヘリを飛ばしてもらうよう依頼した。
 だが、事態はあまりに急なため、さすがの五十嵐家でもヘリコプターの調達には時間がかかる。さらに最悪なことは、吼介が一緒にいることだった。桃子を救うために、航空自衛隊のヘリが出動したとなれば、いくらなんでも吼介に見せるのはマズすぎる。しかも吼介自身怪我をしており、冷酷と噂される夕子でも見捨てることなどできるわけはなかった。
 八方塞がりの窮地で夕子が達した結論、それは一旦普通の病院にいき、吼介を収容することだった。同時に桃子も入院させたように思わせ、その実、屋上に呼んだヘリで五十嵐家まで一気に運ぶ――計画を練った夕子は、早速吼介とともに移動を開始した。その途中で、ミュータントの出現を知ったのだ。
 
 “マズイ・・・マズイわ・・・今の七菜江では、満足に闘えるわけがない。すぐに助けにいかないと・・・けど、まずは桃子を救わなければ・・・”
 
 片倉響子が桃子を血祭りにあげた理由、それはやはり七菜江を孤立させるためだったのだ。
 殺せるはずの桃子を生かしておいたのは、桃子だけでなく、夕子をも戦闘の地から離すためであろう。ひとりを瀕死に追い込むことで、実質的にはふたりの戦力を奪う・・・片倉響子の策略は見事だった。そうして仲間を遠ざけてから、多数でナナを襲い、嬲り殺す算段なのだ。結果的に、響子の思惑に完全に嵌ってしまっている自分が、夕子にはどうしようもなく腹立たしい。
 
 「ちくしょう・・・こんな時に現れやがって、化け物め」
 
 建物全体が低いため、体育館から遠く離れた場所からでも、巨大なモンスターと銀の女神の姿は見える。遥か彼方を睨みながら、吼介は憤りを含んだ重々しい口調で呟いた。
 
 「泣き言を言わないで。最強の名が聞いて呆れるわ」
 
 「だがどうする?! こんなんじゃあ、とても病院がやってるわけねえぞ」
 
 「移動するわ。隣の市までいけば、大きめの市民病院があったはず。あそこなら特別警戒時にも開いている」
 
 「何キロあると思ってんだ? 着く前に桃子が死んじまうぞ!」
 
 「死なせないわ」
 
 言うなり夕子は、乗り捨ててあったグレーのセダンカーに歩み寄る。
 躊躇なく運転席に乗り込むツインテールの女子高生。災害時に車の鍵をつけたままにしておくのは、巨大生物が現れた時も同様だ。規定通りキーを差し込んだままの車に、エンジンをかけて命を吹き込む。
 
 「お、おい・・・」
 
 「機械を扱うのは慣れている。さ、早く乗って」
 
 動揺の破片も見せない夕子の仕草は、まさしくクールという表現がよく似合った。
 本来なら戦闘地から遠く離れたくはなかった。サイボーグ少女にはファントムガール・ナナを助ける使命もあるからだ。だが、ヘリを待つだけならこの場で構わないが、吼介の目をかいくぐり、尚且つ吼介自身を治療させるためには、病院に行くという行為は必要不可欠であった。響子の高らかな笑い声が聞こえてくるようで、心の内で夕子は舌打ちをする。
 一瞬戸惑った吼介が、後部座席にうなされ続ける桃子を乗せる。そしてそのまま、車のドアをバタリと閉めた。
 
 「なにしてるの? あんたも早く乗って」
 
 「あとは任せた。桃子を頼んだぞ」
 
 「なに言ってるの?」
 
 「オレは七菜江を助けに行く」
 
 佇む男の口調は、静かに、しかし厳然として夕子の耳朶を打った。
 
 「あいつはまだあの体育館にいる。オレにはわかる。オレはあいつを助けに行かなきゃならない」
 
 一体、この男は敵なのか、味方なのか??
 全てを悟っているようで、全く何も気付いていないようにも見える。
 片倉響子を助けたかと思えば、桃子を救い、かといって一緒にいることで夕子が七菜江を助けにいくのを邪魔しているようにも取れる。しかし、そう訝っていたら、自ら分かれることを望み、しかも七菜江を助けると言い始めた。
 敵として、七菜江が窮地に追い込まれていくのを手助けしているようにも見える。
 味方として、七菜江や桃子を救うのに必死なようにも見える。
 天才と呼ばれて久しい夕子だが、この格闘獣に対する評価だけは、いまだに判断できずにいた。
 ただ、この願ってもない吼介からの申し出に対し、彼女がすべき答えはひとつだった。
 
 「バカなこと言わないで。あんたみたいな怪我人、放っておけるわけないじゃない」
 
 吼介と別れれば、ナナを援護しやすくなる。
 わざわざ隣町までいかずとも、この場で救護ヘリを待って、すぐにナナを助けに向かえる。
 そんなメリットは百も承知、それでも夕子は、一般人である吼介が怪我していて、尚危険な戦闘地に向かうのを放っておくことなどできなかった。
 たとえ、己より遥かに強いかもしれない男でも。
 たとえ、自分たちの強大な敵になるかもしれない男でも。
 
 “七菜江、ごめん。少しの間、がんばって”
 
 「急いで。愚図愚図している暇はないわ」
 
 議論となれば、知能より筋肉を信奉する格闘武者が、天才科学者の血を引いたエリート理数科生に敵う道理はなかった。
 反論が無駄であることを自覚した吼介は、静かに車内に巨体を滑り込ませる。全てを決定したような冷静なサイボーグ少女の声を後に残し、3人の高校生を乗せた車は、隣接市に向けて急発進した。
 
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