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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」
11章
しおりを挟む「う、嘘・・・そんな・・・嘘ですよね、香先輩・・・・・・」
ひたむきに信じる後輩の瞳が、一気に苦悶に歪む。
ひとを疑うことを知らない少女への返答は、灼熱に燃える鉄を流したような毒の注入だった。
「藤木七菜江の弱点その2。簡単に騙される単純さ。片倉響子の言ったことは本当だったわ。こうもあっさり罠にかかってくれると、楽しいったらありゃしない」
香が出した女の名前が、七菜江にこの現実が本当であることを教えた。
片倉響子・・・なぜか七菜江を目の敵にしてくるあの女が、バックにいたからこそ、ここまで完璧な七菜江抹殺計画が実行されたのだろう。恐らく、試合前の吼介に対する香のアプローチから、全ては七菜江を倒すための作戦だったに違いない。身も心もズタズタにされた今、ようやく少女戦士は、己に仕掛けられた恐るべき包囲網の完成に気付く。
「な・・・なんで先輩・・・が・・・・・・?・・・」
「わからねえのかッ?! てめえにレギュラー奪われて、恥掻かされて・・・おまけに校内の人気投票じゃあ、お前の方が私より上だなんてッ! 許せない・・・殺しても許せないッッ!!」
ドクンッ! ドクンッ!
さらに毒が二度、怒りに任せて打ち込まれる。その度に、大きく反りかえる肉感的な身体。
獲物の身体を蹴って、無理矢理埋まった右手を引き抜く香。突き飛ばされた格好の七菜江が、よろよろと5人に増えた敵の真ん中に突っ伏して倒れる。
「に・・・人気・・・投票?? ・・・そんなつまらないことで・・・・・・」
汗と埃で黒ずんだセーラー服の戦士。
全身の痛みを抱き締めながら、ゆっくりと傷だらけのヒロインは立ち上がる。
「つまらないだとッ?! この私があんたみたいなガキに負けて、どれだけ傷付いたかわかってんのかッ?!」
狂ったように叫ぶ香。整った美貌は、嫉妬に満ちた本性を剥き出したいまや、般若のごときに変貌していた。
「お前は私のプライドを粉々にしたんだ! 殺してやるッ! お前を殺すのが、私の一番の楽しみなんだよッ!!」
「エデン」に関する説明が、七菜江の脳裏に蘇る。
寄生した人物の精神状態によって、大きく変身後の姿を変えるという「エデン」。その宇宙生命体は、融合者の精神をより特化・強調させていくという。
正義感の強い者は、正義の使者へ。暴力を好む者は、残虐な破壊者へ。
そして七菜江に恨みを持つ者は、七菜江への復讐鬼へと――
「死ねッ! 七菜江、死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
内股気味に立ち上がった超少女。右腕を押さえ、小刻みに震えながら痛みに耐える小柄な少女が、ゆっくりと顔をあげる。
柔らかなショートカットの下。
憎悪に狂った般若が、真正面からその顔を覗きこみ、思わず息を呑む。
泣いていた。
ギュッと唇を噛み締め、なにかを覚悟した七菜江の頬を、とめどなく大粒の涙が流れ落ちる。
凛々しく、儚く、鮮烈―――
裏切られた哀しみか、あるいは怒りか・・・そのどちらでもない、真っ直ぐな戦士の顔になった七菜江が、囁くように呟く。
「わかった、香先輩」
次の瞬間、少女は吼えた。
自分を罠に掛けた卑劣な敵をキッと睨みつけ、溢れる涙を振り千切って、正義の守護者は宣言した。
「ミュータント、柴崎香ッ!! お前はこのあたしが倒してやるッッ!! たとえこの身が朽ち果てても、このファントムガール・ナナがッ!!」
背後から、金属バットを振りかぶった金髪と、拳を振り上げたスキンヘッドとが、一斉にボロボロの少女戦士へと殺到した――
時計の針は、5時を回ろうかとしていた。
夏の太陽はまだ高く、西の空に傾いていることを除けば、ほとんど昼間と変わらない情景が、世界に広がっている。だが、あと数十分もすれば、鮮やかなオレンジ色が訪れることを、人々は経験から知っていた。
すっかりひとの気配が絶えた物寂しい大地。地方体育館の建物の間を、霧澤夕子の赤髪がなびいている。
時々陽光を、銀の首輪が反射する。彼女は10分ほど前からずっと走り続けていた。
“嫌な予感がするわ・・・桃子、あなたもしや・・・”
桃子に先を越されてから、2分と経たないうちに夕子の我慢は限界を迎えた。
いくら待っても現れない七菜江、片倉響子をひとり追っていった桃子・・・天才と呼ばれる少女の分析結果は、何度やっても良い答えを出してはくれなかった。同じように落ちつかない様子の工藤吼介に七菜江を迎えに行かせ、自分は桃子を探しに奔走した。
二手に分かれるのは、一見すると状況を不利にしそうだが、吼介と別行動になったのは、なにより有り難い幸運だった。必然的に分かれることに成功した夕子にとって、桃子を援護すると同時に、遠慮なく闘えるチャンスが到来していた。
建物の角を曲がる。裏側といっていい、閑静な空間に突入する夕子。
曲がった瞬間、その光景は飛び込んできた。
真っ赤な少女が吊るされている。
頑丈そうな潅木をバックに、白のタンクトップ、ジャケット、パンツを己の血で染めた桜宮桃子が、5mほどの高さで空中に浮かんでいる。
長い睫毛を閉じたまま、ぐったりと蓑虫のように吊り下がった美少女が、目に見えない極細の糸でがんじがらめに縛られているのは、思わず立ち止まった夕子にはすぐにわかった。
ボトボトと、足元に落ちていく血の雫。
外傷はほとんどないようだが、深紅に染まった口腔が、流れる血のほとんどが口から吐き出されたものであることを物語る。
木から7,8mほど離れた場所に佇む妖艶な美女が、腕組みをしながら、現れた夕子に視線を送る。
「片倉響子・・・」
ぽつりと呟いたクールな少女は、薔薇の香漂う視線を睨み返しながら、ゆっくりと歩を進め始めた。
「久しぶりね、聖愛学院が誇る、天才少女さん。こんなところで遊んでいて、研究ははかどっているのかしら?」
「下らない挑発だわ」
顔色ひとつ変えずに、夕子は歩み続ける。
桃子を吊るした木と、響子と、夕子。ほぼ正三角形になる位置で、Tシャツ姿の少女は止まる。
「フフ、凄い眼で睨むのね。そんなに私を倒したいの?」
「あんたに引き抜かれた左足の痛み、忘れていないから」
敢えて桃子の仇を理由にしないのが、照れ屋の夕子らしいといえた。
真正面から響子を見据えながらも、相対する少女の意識は惨状を晒す友にあることを見抜いて、頭脳の回転には大きな自信を持つ天才生物学者は言う。
「安心しなさい、殺していないわ。ただ、たっぷりと特製の毒をうってあげたから、一刻も早くお家に連れて帰るのがいいと思うけど」
赤いルージュをかすかに吊り上げ、余裕を振り撒く妖女の言葉を、夕子は正確に理解していた。
微動だにしない桃子の様子から、毒を打たれているのは間違いない。
問題は普通なら病院に連れて行くところだが、「エデン」を宿した桃子を普通の医者には診せられないということだった。仮に診せても、響子の毒を解毒する方法など持っていないだろう。
この場合、瀕死の桃子を連れて行く場所、それは彼女が居候している五十嵐家以外には有り得ない。
過去、七菜江やユリの毒を取り去ったように、五十嵐家の地下設備でなら、桃子を救うことができる。
桃子を一刻も早く五十嵐家に連れて行く・・・それはつまり、響子との闘いを放棄するのと同意だった。この深慮遠謀の塊のような女教師は、ふたりの少女戦士を相手どって、悠々と生還する策を見事に講じていたのだ。
「早く行かないと、お友達が死んじゃうわよ。生きるか死ぬか、ギリギリの量まで毒を注入したから」
嘲るような、響子の台詞。
無論、短時間なら闘うこともできる。だが、メフェレスの参謀格として、知略・実力ともに優れたこの相手を、その短い時間で倒すのがいかに困難であるかを、夕子は知り抜いていた。彼女の冷静さは、ここで闇雲に突入してしまう七菜江のような無謀を許さない。
「チッ」
小さく舌打ちするや、鮮烈な赤髪が、稲妻となって潅木にダッシュする。
毒に侵された優しき天使を、一刻も早く救出し、治療を受けさせる――今すべき最善の行動を、当たり前のように夕子は取った、と思われた。
黒いTシャツ姿が跳躍する。
サイボーグ化した左足が、尋常でない踏み切りの力を生み、2m近い大ジャンプを敢行させる。
手刀を振る夕子。
バサリ、という音とともに落ちたのは、桃子を緊縛する糸ではなく、彼女を吊るしているのとは、別の枝。
若若しい緑をいっぱいにつけたその枝が落ちると同時、眼に見えない妖糸が、パラパラと力無く地面に落ちていったのを、諦めることを知らぬサイボーグ少女はどこまで確認できただろうか―――
「なんですって?!」
普段の余裕ぶりからは想像できない驚きの声をあげた響子に、三角蹴りの要領で、潅木の幹を蹴った反動を利用した夕子は一気に突進する。
機械少女が友を救いにいったように見せかけたのは、フェイントだった。
長い時間闘えないのは百も承知。だが、一瞬の不意打ちで倒してしまえば問題はないことに、合理的な考えを得意とする夕子は、すぐに気付いていた。いくら毒を生死の境目までうったと主張しようと、響子の言葉は夕子にしてみれば説得力がなかった。なぜなら、ここから桃子を五十嵐邸に運ぶには、どう急いでも1時間はかかるから。1時間放置しても死なないレベルの毒ならば、1時間が70分、80分ほどになっても決定的な事態は起こらないはずだ・・・それが夕子が導き出した答えだった。血まみれの仲間に動揺しない、緻密な観察と沈着な判断、そして万が一を恐れない勇気ある決断があってこその答えといえよう。
一回。たった一回。
攻撃を仕掛けることを決めた夕子は、不意打ちをすることへのなんの抵抗もなく、一気に勝負を賭けたのだった。
メフェレスの参謀格である響子は、夕子のこの行動を読んでいた。必ず仕掛けてくると。冷徹とさえいわれ、物事を合理的に考えられる天才少女ならば、一発勝負に賭けるチャンスがあることに気付くだろうと。だから、糸を張り巡らせ、獲物がかかるのを待った。
だが、夕子はそんな響子の思惑すら気付いていたのだ。
枝を切り落とされた時、悪の知略家は、己の戦略を天才と呼ばれる小娘が上回ったことを悟った。蜘蛛の巣のごとく待ち構えていた妖糸は、その瞬間、存在意義を失ったのだ。
端正な美少女の左眼が、強烈な白光を放つ。
暗闇でストロボをたかれるような刺激。戦略面で後塵を拝し、動揺する悪女の瞳を、サイボーグ少女の隠し技が直撃する。
仰け反る紅のスーツ。ヴィーナスを彷彿とさせる美貌に、機械の馬力を秘めた右腕が、唸りをあげて殴りかかる。
バッシイイインンンンンッッッ!!!!
タイヤのパンクにも似た破裂音が、暮れかかる夏空に溶けていく。
渾身の力をこめて放たれた夕子のパンチは、片倉響子の顔面寸前で止められていた。
圧倒的筋量を誇る、格闘獣の掌によって。
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