120 / 310
「第六話 里美秘抄 ~野望の影~」
16章
しおりを挟む《くくく・・・今度はオレが隠れる番だな》
低いトーンの声だけが流れる。天から聞こえるようであり、地から響くようであり・・・居場所を悟らせぬ声が、嘲笑うように守護天使の鼓膜で渦巻く。
青い瞳を右に振り、左に振るファントムガール。
いつでもリボンを飛ばせるように構えながら、全感覚のアンテナを四方八方に伸ばしていく。
《無駄だ。貴様程度の腕では、オレの気配は探れん。貴様とオレでは忍術の実力に大きな差があるのを忘れたか》
クサカゲの声には、先程までとは違い、圧倒的な余裕の響きが含まれている。己の勝利のパターンに入ったことを、確信する響き。過去の闘いでは、体術は里美に劣るものの、忍術争いでいいように弄んできた。勝利の実績が、ファントムガールに対する脅威を、今や薄れさせている。
《くくく・・・さあ、どこにいるかわかるか? 間違えば隙を突かれてしまうぞ》
ネチネチと言葉によりプレッシャーを与えていく。猫がネズミをいたぶるように、ジワジワと女神の精神を追い詰めていく暗黒忍者。ただ気配を消すだけでなく、時にわざと少しだけ“気”をもらし、3人で交互に存在を匂わせることで、少女戦士を混乱させる。三つ子ならではの息の合ったコンビネーションは、標的のレーダーを疑心暗鬼に追いやる。
「そこッ!」
白いリボンが工場の一角に飛ぶ。
コンクリートの塊が、爆発して破片を宙に舞わせる。ファントムガールの足が、一歩踏み出る。
瞬間、別の場所であからさまな殺気が湧く。
襲撃を受けた者は、気配を絶っている。突如全く別方向から湧きあがった気配に、銀の天使は怯え慌てる。
――はずだった。
「もうそんなトリックは通用しないわ!」
ファントムガールの足は止まらなかった。
猛然とダッシュし、ニ撃目のリボンを、崩れた工場の瓦礫に飛ばす。
グオオッ!! 驚愕と脅えの混ざった叫びとともに、瓦礫の山が黒い影を吐き出す。
甲冑を着た暗黒忍者が、宙を舞って大きく後方に飛んでいく。
「逃がさない!」
反逆者が鎖を投げるより早く、聖なるリボンが甲冑を絡め取る。自らを抱き締めるような形で捕縛される、暗黒忍者の次兄。
「宗次!」
非常事態に、隠れていた残り二体のクサカゲは飛び出していた。我々が3人であることを知っていた?! 必殺の戦法を破られ、冷静さを失った二人の忍者は、咄嗟に無数の手裏剣を、ファントムガールの背に飛ばす。
ドスドスドスドス!!
「あッ!」
全ては予想の範囲だったのか。
まるで背中に目がついているように、大きく跳躍した銀の女神をすり抜け、鋭利な刃物は兄弟の胸に突き刺さる。
「あなたたちも、仲間を失う哀しみを知りなさい」
冷酷に言い放つ美の女神の声は、天空から降り落ちた。
「キャプチャー・エンドッ!!」
上空の天使から、白い光の稲妻が、真下の暗黒忍者にリボンを沿って放たれる。
甲冑に絡みついた螺旋が、聖なる光を爆発させる。
「たッ・・・助けッッ!!」
兄弟に向けられた救いの言葉が、白光の渦に消えていく。
一際眩い光が夜を裂き、聖なる奔流が宙空を駆け昇る。
轟音を残して、甲冑の欠片も残さず、暗黒忍者は消滅していた。
「まず・・・ひとり」
光のエネルギーを絡みついたリボンを通じて注ぎ込み、反逆者を滅殺した銀色の少女が、光の残滓の中で厳かなまでに優美に立つ。美しいが・・・恐ろしさも秘めた勇姿。敵一体を滅ぼして、尚その表情に喜びも安堵も油断もない。敢えてあるというならば・・・哀しみ。
「貴様・・・我々が3人であると知っていたのか・・・」
思わず飛び出した二人のクサカゲは、もはや姿を隠そうとはしなかった。
ファントムガール・五十嵐里美は、伊達が3兄弟であることをわかっていたのだ。だからこそ、気配を敢えて交互に出すという小細工に騙されず、確信を持って一直線に兄弟のひとりを襲撃できた。
「もう・・・分身の術などと、芝居を打つ必要はなさそうだな」
暗黒忍者・クサカゲの忍術のカラクリは、全てバレてしまっている。
別方向から来る攻撃も、分身の術も、クサカゲがひとりだと思っている相手の、精神的死角を突いた戦術だ。元々3人いると知られれば、なんということはない攻撃なのだ。
己の秘術のからくりを、見破られていることを知らぬクサカゲが、呆気なく倒されたのも当然といえた。
だが。
「忍術を破られ、2兄弟になった今、追い風は貴様に吹いているように見えるが」
「2vs1という数的有利は我らにある。さらに、貴様の体調は今だ万全ではないはずだ」
リボンを構えたまま、ファントムガールは動かない。その丸い肩は、細かく上下していた。
暗黒忍者の言葉は真実を突いていた。
五十嵐里美の肉体は、深いダメージを背負ったままなのだ。伊賀の里での死闘からまだ数日しか経っておらず、元々疲労していた里美の身体は、伊達による更なる苛烈な加虐によって、ボロボロにされてしまっていた。あっさりとクサカゲのひとりを倒せたのは、油断によるところが大きい。今のファントムガールならば、普通に3vs1で闘われていたら、恐らく勝てなかっただろう。
それは2人に敵が減った、現在でも同じことだ。開き直って2人一斉に攻めこまれたら・・・わずかな時間しか、全力を出せない里美にとって、実に厳しい闘いといえた。
「よくも我が兄弟を殺してくれたな。仇は取らせてもらうぞ」
「・・・仇なら、私にもあるわ」
「なに?」
「亜梨沙の仇・・・私のために死んでいったあのコのためにも、お前たちは倒す」
亜梨沙・・・伊賀の里であった、小柄な少女の姿を思い出した時、伊達宗元は、里美が生きていた秘密を悟る。
「そうか・・・影武者か。どういう忍術かわからんが、どうやらあの時殺した五十嵐里美は、あの小娘だったようだな」
「なるほど。それでそんな身体で、懲りもせずに我らの前に現れたのか。正義の味方が復讐とはな」
里美が現れた時から張っていた疑問の網がようやくほどけ、クサカゲの口調に余裕が戻る。3兄弟の秘密を知っていたのも、それならば納得だ。復活したファントムガールの謎が氷解した今、もはや暗黒忍者を躊躇させる脅威は、ボロボロの少女戦士にはない。
「自分が正義だなんて思わないわ。でも、私には背負っている想いがある。たとえ間違いだとしても、その想いのために私はあなたを倒さずにはいられない」
銀色の守護天使が突進する。何度も崩壊の危機を迎えた肉体が、長い時間の戦闘に耐えられないことを、里美はよく理解していた。
リボンを飛ばす。白い帯が、まるで光線のように一直線に一匹のクサカゲに伸びていく。
呼応するかのように、漆黒の鎖が迎え撃つ。空中で絡み合った白と黒は、力任せに引っ張った暗黒忍者の方に、複雑に絡み合ったまま飛んでいく。
急激にリボンを引かれた女神は、身体ごと持っていかれる前にリボンを手放していた。バランスを崩すファントムガールに、鎌を握ったもう一匹のクサカゲが殺到する。
瞬時に紫のグローブに、白銀のクラブが出現する。
交錯する刃と鋼。火花を散らし、斬りかかる暗殺者の襲撃を、聖少女は受け流していた。
両手にファントム・クラブを握った守護天使が、左右に視線を飛ばす。
気が付けば、令嬢くノ一は、2人の暗黒忍者に挟み撃ちされる形になっていた。
「その身体でよく動くことだ。だが、そろそろ限界は近いのではないか」
頭巾の下から繰り出される挑発を、麗しき美戦士は無言で返す。
しかし、その艶やかに発光する肩は、先程よりも大きく上下し、深く刻まれた疲労を、誰の目にも明らかに晒してしまっていた。
漆黒の鎖が銀色の首をめがけて飛ぶ。
威力はあるが、単調な軌道。右手のクラブが、叩き落さんと振られる。
「ッッ!!」
予め、そうなることを知っていたのか。
鎖はクラブごとファントムガールの右手に巻きつき、その手首を拘束する。
同時に、反対方向から同じように鎖が襲う。
反射的に左手のクラブで迎撃するファントムガール。
嘲笑うように、意志を持ったような鎖が、左手首に巻きつく。
姦計に嵌ったことを里美が悟った時、銀の女神は両腕を封じられていた。
「あッ・・・くッ・・・」
『フハハハ! 貴様は終わりだ』
一斉に無数の鎖が、ファントムガールの両サイドから殺到する。
首に、腰に、腕に、胸に、太股に、足首に。
あらゆる部位に絡みつく鎖が、銀色の肌を漆黒で覆っていく。
ババババババッッッ!!!
情け容赦ない闇エネルギーの放射が、最大限で光の女神に注がれる。
「うあああああああああッッッ―――――ッッッ!!!!」
並みの状態ならば、まだファントムガールも、最大の苦手である闇光線のシャワーといえど、少しの時間は耐えられるだろう。
だが、今の里美は半病人といっていい状態だ。
本来なら闘いなど有り得ない少女への蹂躙に、身も世もなく正義の女神は泣き叫ぶ。
「はぐううううううううッッッ―――――ッッッ!!!! あああああッッ―――ッッッ!!! うああああああッッッ―――ッッッ!!!」
輝く銀の肌が溶け落ち、黒煙が凄まじい勢いで全身を包む。
胸のクリスタルと、瞳の青色が点滅を始める。まだ闘いが始まって間もないというのに、すでにファントムガールは瀕死に追い込まれているのだ。二人の敵に挟み撃ちされ、弄ぶように破壊光線を流し込まれる美少女戦士の姿は、突然始まった巨大な闘いを見守る人々の目には、哀れにしか映らない。バババババ! と暗黒光線を浴び続け、正義の使者と呼ぶには、みっともないまでにピクピクと悶え震えるファントムガール。嘲笑う甲冑忍者の声が、愉悦に揺れている。
「どうした、どうした? 手も足も出ないか!」
「仇を討つのではないのか? さっきから泣き叫んでいるだけだぞ」
「もはや逃げることもできまい」
「そうやって震え苦しみながら、死んでいくがいい」
ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン・・・暗黒光線が聖少女を死滅させていくのに合わせるように、けたたましく胸のクリスタルが点滅を繰り返し、鳴り響く。
死んでしまう。
このまま闇のエネルギーを浴び続ければ、守護天使は聖なる力を食い破られて、死んでしまう。
誰の目にも銀の女神の敗死がはっきりと想像できた時、彼らの想像を確信に変える鐘の音が夜空を駆ける。
ガラン・・・・・
白銀のクラブが指から離れ、大地に哀しげな落下音を響かせる。
己の武器を手放してしまったファントムガール。もはや彼女に、武器を持つエネルギーさえ残されていないというのか?
違う。
クラブは落ちたのではない。落としたのだ。
素手になった掌から、白い光線が発射される。左右から挟み撃ちするふたりの忍者の顔面に、同時に直撃する。
悲鳴をあげる甲冑トカゲが、たまらず鎖の呪縛を手放す。
闇光線の集中砲火を、ようやく逃れたファントムガール。だが、長い間火炙りに架せられていたのと同じ、残虐な仕打ちのダメージで、身体中に鎖を巻きつけたまま両膝から崩れ落ちてしまう。
力を振り絞るように、震える右手を勢いよく天に伸ばす。
紫のグローブに握られたのは、直径が身体の半分ほどもある光のリング。
自分の身体に向かって、輝くリングをひと振るいすると、巻き付いていた暗黒の鎖が断裂し、ドシャドシャと地を揺るがせて落ちていく。
「しぶとい女め、トドメを刺してくれるわ!」
暗黒忍者のひとりが、跪いたままの女神に一直線に突進してくる。
「ファントム・リングッッ!!」
必殺の意志を乗せ、大きく振りかぶった右手を力強く振る聖少女。
闇を切り裂き、聖なる光の輪が、甲冑忍者を迎え撃つ。
跳んだ。
凄まじい跳躍力を見せつけたクサカゲの足下を、うねりをあげるリングが通り過ぎる。
遥か上空に跳びあがった黒い甲冑を見上げるファントムガール。その背後に、気配を絶ったもうひとりの暗黒忍者が迫る。
「はあうッッ?!!」
下腹部を貫く灼熱の激痛に、ビクンッッと背を仰け反らせた守護天使が呻く。
クサカゲの手刀が、股間の蜜園と後ろの狭門に突き刺さっている。
「ふはははは! 曼珠紗華の妙味に、息絶えるがいいッ、ファントムガール!」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選
上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。
一人用の短い恋愛系中心。
【利用規約】
・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。
・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。
・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる