ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第六話 里美秘抄 ~野望の影~」

16章

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 《くくく・・・今度はオレが隠れる番だな》
 
 低いトーンの声だけが流れる。天から聞こえるようであり、地から響くようであり・・・居場所を悟らせぬ声が、嘲笑うように守護天使の鼓膜で渦巻く。
 青い瞳を右に振り、左に振るファントムガール。
 いつでもリボンを飛ばせるように構えながら、全感覚のアンテナを四方八方に伸ばしていく。
 
 《無駄だ。貴様程度の腕では、オレの気配は探れん。貴様とオレでは忍術の実力に大きな差があるのを忘れたか》
 
 クサカゲの声には、先程までとは違い、圧倒的な余裕の響きが含まれている。己の勝利のパターンに入ったことを、確信する響き。過去の闘いでは、体術は里美に劣るものの、忍術争いでいいように弄んできた。勝利の実績が、ファントムガールに対する脅威を、今や薄れさせている。
 
 《くくく・・・さあ、どこにいるかわかるか? 間違えば隙を突かれてしまうぞ》
 
 ネチネチと言葉によりプレッシャーを与えていく。猫がネズミをいたぶるように、ジワジワと女神の精神を追い詰めていく暗黒忍者。ただ気配を消すだけでなく、時にわざと少しだけ“気”をもらし、3人で交互に存在を匂わせることで、少女戦士を混乱させる。三つ子ならではの息の合ったコンビネーションは、標的のレーダーを疑心暗鬼に追いやる。
 
 「そこッ!」
 
 白いリボンが工場の一角に飛ぶ。
 コンクリートの塊が、爆発して破片を宙に舞わせる。ファントムガールの足が、一歩踏み出る。
 瞬間、別の場所であからさまな殺気が湧く。
 襲撃を受けた者は、気配を絶っている。突如全く別方向から湧きあがった気配に、銀の天使は怯え慌てる。
 ――はずだった。
 
 「もうそんなトリックは通用しないわ!」
 
 ファントムガールの足は止まらなかった。
 猛然とダッシュし、ニ撃目のリボンを、崩れた工場の瓦礫に飛ばす。
 グオオッ!! 驚愕と脅えの混ざった叫びとともに、瓦礫の山が黒い影を吐き出す。
 甲冑を着た暗黒忍者が、宙を舞って大きく後方に飛んでいく。
 
 「逃がさない!」
 
 反逆者が鎖を投げるより早く、聖なるリボンが甲冑を絡め取る。自らを抱き締めるような形で捕縛される、暗黒忍者の次兄。
 
 「宗次!」
 
 非常事態に、隠れていた残り二体のクサカゲは飛び出していた。我々が3人であることを知っていた?! 必殺の戦法を破られ、冷静さを失った二人の忍者は、咄嗟に無数の手裏剣を、ファントムガールの背に飛ばす。
 
 ドスドスドスドス!!
 
 「あッ!」
 
 全ては予想の範囲だったのか。
 まるで背中に目がついているように、大きく跳躍した銀の女神をすり抜け、鋭利な刃物は兄弟の胸に突き刺さる。
 
 「あなたたちも、仲間を失う哀しみを知りなさい」
 
 冷酷に言い放つ美の女神の声は、天空から降り落ちた。
 
 「キャプチャー・エンドッ!!」
 
 上空の天使から、白い光の稲妻が、真下の暗黒忍者にリボンを沿って放たれる。
 甲冑に絡みついた螺旋が、聖なる光を爆発させる。
 
 「たッ・・・助けッッ!!」
 
 兄弟に向けられた救いの言葉が、白光の渦に消えていく。
 一際眩い光が夜を裂き、聖なる奔流が宙空を駆け昇る。
 轟音を残して、甲冑の欠片も残さず、暗黒忍者は消滅していた。
 
 「まず・・・ひとり」
 
 光のエネルギーを絡みついたリボンを通じて注ぎ込み、反逆者を滅殺した銀色の少女が、光の残滓の中で厳かなまでに優美に立つ。美しいが・・・恐ろしさも秘めた勇姿。敵一体を滅ぼして、尚その表情に喜びも安堵も油断もない。敢えてあるというならば・・・哀しみ。
 
 「貴様・・・我々が3人であると知っていたのか・・・」
 
 思わず飛び出した二人のクサカゲは、もはや姿を隠そうとはしなかった。
 ファントムガール・五十嵐里美は、伊達が3兄弟であることをわかっていたのだ。だからこそ、気配を敢えて交互に出すという小細工に騙されず、確信を持って一直線に兄弟のひとりを襲撃できた。
 
 「もう・・・分身の術などと、芝居を打つ必要はなさそうだな」
 
 暗黒忍者・クサカゲの忍術のカラクリは、全てバレてしまっている。
 別方向から来る攻撃も、分身の術も、クサカゲがひとりだと思っている相手の、精神的死角を突いた戦術だ。元々3人いると知られれば、なんということはない攻撃なのだ。
 己の秘術のからくりを、見破られていることを知らぬクサカゲが、呆気なく倒されたのも当然といえた。
 だが。
 
 「忍術を破られ、2兄弟になった今、追い風は貴様に吹いているように見えるが」
 
 「2vs1という数的有利は我らにある。さらに、貴様の体調は今だ万全ではないはずだ」
 
 リボンを構えたまま、ファントムガールは動かない。その丸い肩は、細かく上下していた。
 暗黒忍者の言葉は真実を突いていた。
 五十嵐里美の肉体は、深いダメージを背負ったままなのだ。伊賀の里での死闘からまだ数日しか経っておらず、元々疲労していた里美の身体は、伊達による更なる苛烈な加虐によって、ボロボロにされてしまっていた。あっさりとクサカゲのひとりを倒せたのは、油断によるところが大きい。今のファントムガールならば、普通に3vs1で闘われていたら、恐らく勝てなかっただろう。
 それは2人に敵が減った、現在でも同じことだ。開き直って2人一斉に攻めこまれたら・・・わずかな時間しか、全力を出せない里美にとって、実に厳しい闘いといえた。
 
 「よくも我が兄弟を殺してくれたな。仇は取らせてもらうぞ」
 
 「・・・仇なら、私にもあるわ」
 
 「なに?」
 
 「亜梨沙の仇・・・私のために死んでいったあのコのためにも、お前たちは倒す」
 
 亜梨沙・・・伊賀の里であった、小柄な少女の姿を思い出した時、伊達宗元は、里美が生きていた秘密を悟る。
 
 「そうか・・・影武者か。どういう忍術かわからんが、どうやらあの時殺した五十嵐里美は、あの小娘だったようだな」
 
 「なるほど。それでそんな身体で、懲りもせずに我らの前に現れたのか。正義の味方が復讐とはな」
 
 里美が現れた時から張っていた疑問の網がようやくほどけ、クサカゲの口調に余裕が戻る。3兄弟の秘密を知っていたのも、それならば納得だ。復活したファントムガールの謎が氷解した今、もはや暗黒忍者を躊躇させる脅威は、ボロボロの少女戦士にはない。
 
 「自分が正義だなんて思わないわ。でも、私には背負っている想いがある。たとえ間違いだとしても、その想いのために私はあなたを倒さずにはいられない」
 
 銀色の守護天使が突進する。何度も崩壊の危機を迎えた肉体が、長い時間の戦闘に耐えられないことを、里美はよく理解していた。
 
 リボンを飛ばす。白い帯が、まるで光線のように一直線に一匹のクサカゲに伸びていく。
 呼応するかのように、漆黒の鎖が迎え撃つ。空中で絡み合った白と黒は、力任せに引っ張った暗黒忍者の方に、複雑に絡み合ったまま飛んでいく。
 急激にリボンを引かれた女神は、身体ごと持っていかれる前にリボンを手放していた。バランスを崩すファントムガールに、鎌を握ったもう一匹のクサカゲが殺到する。
 瞬時に紫のグローブに、白銀のクラブが出現する。
 交錯する刃と鋼。火花を散らし、斬りかかる暗殺者の襲撃を、聖少女は受け流していた。
 
 両手にファントム・クラブを握った守護天使が、左右に視線を飛ばす。
 気が付けば、令嬢くノ一は、2人の暗黒忍者に挟み撃ちされる形になっていた。
 
 「その身体でよく動くことだ。だが、そろそろ限界は近いのではないか」
 
 頭巾の下から繰り出される挑発を、麗しき美戦士は無言で返す。
 しかし、その艶やかに発光する肩は、先程よりも大きく上下し、深く刻まれた疲労を、誰の目にも明らかに晒してしまっていた。
 
 漆黒の鎖が銀色の首をめがけて飛ぶ。
 威力はあるが、単調な軌道。右手のクラブが、叩き落さんと振られる。
 
 「ッッ!!」
 
 予め、そうなることを知っていたのか。
 鎖はクラブごとファントムガールの右手に巻きつき、その手首を拘束する。
 同時に、反対方向から同じように鎖が襲う。
 反射的に左手のクラブで迎撃するファントムガール。
 嘲笑うように、意志を持ったような鎖が、左手首に巻きつく。
 姦計に嵌ったことを里美が悟った時、銀の女神は両腕を封じられていた。
 
 「あッ・・・くッ・・・」
 
 『フハハハ! 貴様は終わりだ』
 
 一斉に無数の鎖が、ファントムガールの両サイドから殺到する。
 首に、腰に、腕に、胸に、太股に、足首に。
 あらゆる部位に絡みつく鎖が、銀色の肌を漆黒で覆っていく。
 
 ババババババッッッ!!!
 
 情け容赦ない闇エネルギーの放射が、最大限で光の女神に注がれる。
 
 「うあああああああああッッッ―――――ッッッ!!!!」
 
 並みの状態ならば、まだファントムガールも、最大の苦手である闇光線のシャワーといえど、少しの時間は耐えられるだろう。
 だが、今の里美は半病人といっていい状態だ。
 本来なら闘いなど有り得ない少女への蹂躙に、身も世もなく正義の女神は泣き叫ぶ。
 
 「はぐううううううううッッッ―――――ッッッ!!!! あああああッッ―――ッッッ!!! うああああああッッッ―――ッッッ!!!」
 
 輝く銀の肌が溶け落ち、黒煙が凄まじい勢いで全身を包む。
 胸のクリスタルと、瞳の青色が点滅を始める。まだ闘いが始まって間もないというのに、すでにファントムガールは瀕死に追い込まれているのだ。二人の敵に挟み撃ちされ、弄ぶように破壊光線を流し込まれる美少女戦士の姿は、突然始まった巨大な闘いを見守る人々の目には、哀れにしか映らない。バババババ! と暗黒光線を浴び続け、正義の使者と呼ぶには、みっともないまでにピクピクと悶え震えるファントムガール。嘲笑う甲冑忍者の声が、愉悦に揺れている。
 
 「どうした、どうした? 手も足も出ないか!」
 
 「仇を討つのではないのか? さっきから泣き叫んでいるだけだぞ」
 
 「もはや逃げることもできまい」
 
 「そうやって震え苦しみながら、死んでいくがいい」
 
 ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン・・・暗黒光線が聖少女を死滅させていくのに合わせるように、けたたましく胸のクリスタルが点滅を繰り返し、鳴り響く。
 死んでしまう。
 このまま闇のエネルギーを浴び続ければ、守護天使は聖なる力を食い破られて、死んでしまう。
 誰の目にも銀の女神の敗死がはっきりと想像できた時、彼らの想像を確信に変える鐘の音が夜空を駆ける。
 
 ガラン・・・・・
 白銀のクラブが指から離れ、大地に哀しげな落下音を響かせる。
 己の武器を手放してしまったファントムガール。もはや彼女に、武器を持つエネルギーさえ残されていないというのか?
 
 違う。
 クラブは落ちたのではない。落としたのだ。
 素手になった掌から、白い光線が発射される。左右から挟み撃ちするふたりの忍者の顔面に、同時に直撃する。
 悲鳴をあげる甲冑トカゲが、たまらず鎖の呪縛を手放す。
 
 闇光線の集中砲火を、ようやく逃れたファントムガール。だが、長い間火炙りに架せられていたのと同じ、残虐な仕打ちのダメージで、身体中に鎖を巻きつけたまま両膝から崩れ落ちてしまう。
 力を振り絞るように、震える右手を勢いよく天に伸ばす。
 紫のグローブに握られたのは、直径が身体の半分ほどもある光のリング。
 自分の身体に向かって、輝くリングをひと振るいすると、巻き付いていた暗黒の鎖が断裂し、ドシャドシャと地を揺るがせて落ちていく。
 
 「しぶとい女め、トドメを刺してくれるわ!」
 
 暗黒忍者のひとりが、跪いたままの女神に一直線に突進してくる。
 
 「ファントム・リングッッ!!」
 
 必殺の意志を乗せ、大きく振りかぶった右手を力強く振る聖少女。
 闇を切り裂き、聖なる光の輪が、甲冑忍者を迎え撃つ。
 跳んだ。
 凄まじい跳躍力を見せつけたクサカゲの足下を、うねりをあげるリングが通り過ぎる。
 遥か上空に跳びあがった黒い甲冑を見上げるファントムガール。その背後に、気配を絶ったもうひとりの暗黒忍者が迫る。
 
 「はあうッッ?!!」
 
 下腹部を貫く灼熱の激痛に、ビクンッッと背を仰け反らせた守護天使が呻く。
 クサカゲの手刀が、股間の蜜園と後ろの狭門に突き刺さっている。
 
 「ふはははは! 曼珠紗華の妙味に、息絶えるがいいッ、ファントムガール!」
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