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「第六話 里美秘抄 ~野望の影~」
10章
しおりを挟む「ファントム・クラブッッ!!」
紫のグローブに白銀の棍棒がふたつ、出現する。
里美が服用した『万能丸』は、短期間で高い効果を得られるタイプのものだった。万全に近い身体能力を戻せるが、持続性は薄い。せいぜい2、30分というところだろう。通常よりさらに短い時間内で、不可思議な術の使い手に勝たねばならないプレッシャーが、里美の心に焦りを生じさせたのも仕方のないことだった。
女神が一気に間合いを詰め、光のエネルギーに満ちたクラブを振るう。
漆黒の甲冑がバックステップでかわす。だが、シャープにして優雅、無駄のない怒涛の攻めに、反撃の糸口すら見つけられずに追い詰められる。
ヒット。
棍棒が暗黒の甲冑を叩き潰す。破壊の調べが夜の森林にこだまする。
衝撃の軽さが、ファントムガールに“ニセモノ”であることを教える。
「くッ、変り身の術!」
隼の速度で四方を見渡す光の女神。だが、紙のように薄い甲冑の残骸が転がる以外、クサカゲの存在を示すものはなにひとつ見当たらない。
《ふふふ・・・確かに素晴らしいスピードだが・・・太刀筋は先程より乱れているのではないか? 仲間割れしたことを、そんなに気に病んでいるのかな?》
挑発に乗ってはいけないわ。
昂ぶる心を懸命に抑え、くノ一戦士は集中力を研ぎ澄ませる。いくら伊達が隠れ身のエキスパートであっても、里美も18年間を無駄に過ごしてきたわけではない。冷静に集中すれば、洩れ出る殺気、滲む熱量、揺らぐ吐息・・・なにかしらのヒントを、過酷な鍛錬によって得たアンテナが感知するはずなのだ。
身構えたまま、銀の女神が動きを静止する。全感覚をアンテナに集中させていく。
どこにいるの・・・あそこ? ・・・いや、違う・・・
そこかしら? ・・・いる・・・ような・・・・・・いない・・・ような・・・いえ、あちらの方が・・・・・・やっぱり向こうの方? ・・・・
戸惑う己れがいることを、里美は自覚する。
クサカゲの“気”は陽炎のように乏しかった。あやふやなうえに、急に湧いたり、と思えば別方向から気配がしたり、また全く違う場所から突然噴き上がったり・・・撹乱するように瞬時に湧いたり消失したりを繰り返している。まさか桃子と同じ能力者?! 瞬間移動でもしているような気配の移り変わりに、銀色の皮膚を珠の汗が流れていく。
《どうした? それが本当の五十嵐里美か?》
山腹の間から、甲冑を着たトカゲが飛び出す。ファントムガールの背後、右斜め後ろ。
「ファントム・リボンッッ!!」
知っていた。
襲撃を感知した女神が、振り返りざまに純白のリボンを放つ。レーザーとなって伸びたリボンが暗黒忍者に螺旋に絡まり、動きを封じる。
「キャプチャー・エンドッッ!!」
リボンに沿って光の奔流が走る。闇を滅殺する正義のエネルギーが、最大限で捕らえた獲物に注ぎ込まれる。
灼けつく熱さに暗黒の皮膚が溶け、黒煙をあげる・・・通常ならばそうなるはずの光景が、ただリボンが輝くだけで変化しない。
ニセモノ。空蝉の術。
人形相手に光を浴びせ、再び無駄な攻撃をさせられたことに気付いた守護天使が、稲妻の速さで左を向く。湧きたつ気配。
闇より暗い漆黒が、帯をひいて、樹林の大地に溶け消える。
「ハンド・スラッシュッ!」
5つの光の手裏剣が緑の大地に突き刺さる。ファントムガールの追撃は緩まない。掌にソフトボール大の光球を作り上げる。
「ファントム・バレットッ!」
自在に操ることのできる光弾が、少女戦士の手を離れ、影が消えたと思しき地帯に撃ち込まれる。バスケのドリブルのように跳ねかえっては撃ち込み、撃ち込んでは跳ね返り・・・ドドドドドと光の重爆が、樹木をへし折り、大地を抉る。
「ここだ、ファントムガール」
低いトーンは真後ろからだった。
確かにそこに逃げたと思えた暗黒忍者の姿が、予想だにしない逆方向から現れた衝撃。
だが、驚愕にたじろぐほど、里美の心身は穏やかではなかった。戦闘の染みついた肢体が、条件反射で背後を向く。
「ディサピアード・シャワーッ!!」
両手の人差し指と親指で形成した三角形から、高密度の聖なるエネルギーが溢れる。ファントムガール最大の必殺技。ありったけの正義の力が、飛礫の嵐となって山陰に隠れた漆黒の甲冑に照射される。まるで消防車の放水。闇を貫く光弾の瀑布が、山ごと消し去らん勢いで、真夜中に一直線の橋を架ける。
ザクザクザク!
左腕を灼く痛みが、必殺技の放射を中断させた。
黒い手裏剣が3つ、銀と紫の腕に刺さっている。ツツ・・・と線を描く朱色。血が噴き出るのも構わず手裏剣を抜くファントムガールの左方向に、真正面の山陰に逃げたはずの暗黒忍者が肩を揺らして笑っている。
「ハアッ、ハアッ、な・・・なぜ・・・・・・?!!」
「ふはははは、せっかく『万能丸』で得た体力も、すっかり出し尽くしてしまったようだな! 今度はこちらからいくぞ」
紫の丸い肩が、小刻みに揺れている。ビッショリと汗で濡れ光った守護天使に、クサカゲの右手から真っ黒な鎖がうねり飛ぶ。
鍛え込まれた肉体のバネで、跳躍してかわすファントムガール。その顔面に、反対方向から別の鎖が襲いくる。
クサカゲ得意の不可思議な術を、瞬時に取り出したクラブで、辛うじて弾き飛ばす銀の女神。
だが、さらに続けざまに飛来した三本目の鎖は、くノ一にして五輪強化選手の里美といえど、かわすことは不可能だった。
左足に絡まった黒い鎖が、麗しき美戦士を地面に叩き落す。桜の花びらに似た唇から、「うッ!」という呻きが洩れる。
地に堕ちた天使に、暗黒忍者の二撃目が飛ぶ。
うつ伏せ状態のファントムガールが両腕の力を利用して一気に立ち上がる。新体操を極めた里美ならではの身のこなし。左足を封じられた不自由さの中で、美しい銀色のプロポーションは優美なまでの軽やかさで身を起こしていた。地面を叩いた鎖が無機質に鳴る。
樹林の奥から伸びた鎖が、左足首に絡まったままジリジリと引きつけていく。視線を正面の黒い甲冑に縫いつけつつ、左足を引く力に抗いながら、ファントムガールは構え立つ。バランスを保つ平行感覚は驚異以外の何モノでもない。態勢の不利をものともせず、麗しき女神の闘争心にはいささかの翳りも見受けられなかった。
「しぶとい女だ! よかろう、このクサカゲ最大の忍術を見せてやる」
暗黒忍者の両手が複雑な形に組み合わされる。里美も初めて見る印の形。声に含まれた絶対の自信と悪意が、銀の少女の背に、凍えた巨大ヒルを這わせる。
「戦慄せよ、ファントムガール。これが分身の術だ!」
漆黒の甲冑が高速度で震動する。
地に沈む。一瞬にして。守護天使の顎を噴き出す汗が垂れる。
怒号とともに、暗黒忍者が沈んだ大地の穴から影が吐き出される。
3つの影が。
「そッッ・・・そんなバカなぁッッ?!!」
悲痛にも似た叫びが、銀の女神から発せられた。
3体に増殖したクサカゲが、衝撃に揺り動かされる少女戦士を囲んで立つ。包囲網の真ん中で、美貌の天使は心の乱れも露に、ぐるぐると3つの甲冑をせわしく見比べる。外見、気配、存在感・・・幻影のようなまやかしではない、全く同じ3体の「クサカゲ」が、哀れな獲物を前にして笑っている。
信じられなかった。
分身の術など、実現不可能だと思っていた。少なくとも自分には手の届かぬ技だと。血と汗と涙に彩られた18年間、その鍛錬を何年積み重ねようと辿りつけぬ境地だと。
それを目の前の敵は実現させている。
しかも完璧といえる完成度で。本物がどれか、探す気さえ失せる程、3つの存在は同一のものだった。
この男は・・・
この男は、私の遥か、上にいる・・・・・・
取り囲んだ3人の暗黒忍者が、一斉に漆黒の鎖を飛ばす。
打ちひしがれた女神に、暗黒の蛇が絡まっていく。腕に、足に、首に、腰に・・・これまでに何人もの標的をそうして葬ってきたのか、予め計画を練っていたように、それぞれの箇所に二本づつが絡み、計12本の鎖が計算高くファントムガールを縛り上げる。幻の術を目の当たりにし、自失する少女に、狡猾な暗殺者の技を避けることは不可能だった。ひとつの箇所を2本の鎖が別方向から締めつける。緊縛の圧迫感が、銀の女神の心と身体を苦しめていく。
メシイッッ・・・メキメキ・・・ミリミリミリ・・・
「はくッッ・・・かふッ!! ・・・・・・・・くううう・・・・・うッ・・・くく・・・」
『はははは! いかがかな、ファントムガール? 我が鎖の妙味は?』
3人のクサカゲは一斉に喋る。声量、声質、イントネーション、当然といえばそうだが、全く同質の3体の声。嘲りの笑いが、悪夢のように里美の頭でこだまする。
暗黒忍者が、3方向から束縛の女神に手裏剣を飛ばす。
ザクザクザク!
右脇腹に、左の太股に、背中の中央に。
容赦なく突き刺さる刃の鋭痛に、憂いを帯びた美貌が歪む。
『楽しいな、ファントムガール! 五十嵐の娘が、文字通り手も足も出ないとは!』
嗜虐と勝利の愉悦に、反逆者は震えた。
タイミングを計って、一定周期で手裏剣を打ち込む。数秒ごとにファントムガールの輝く皮膚に3本づつ、黒い凶器がドスドスと刺さっていく。身をよじることすら許されず、刃を享受する艶やかな銀の皮膚。
『さすがだ、21本もの手裏剣を浴びて、泣き言ひとつ言わぬとは。もう刺す場所がなくなってきた』
2本の鎖が巻きついた腰以外、胸から太股にかけての大部分に、びっしりと黒い手裏剣が刺さっている。スタイルのいいファントムガールの肢体に、針山のごとく刃が埋まった酷い光景。『エデン』により飛躍的に耐久力があがっているとはいえ、全身を針のムシロにされる激痛に、歪んだままの美貌がひくひくと痙攣する。
白銀の皮膚を、残酷な刃で穴だらけにされた無惨な女神に、反逆の影が歩み寄る。3体の甲冑忍者は、元は上役に当たる少女の優雅な曲線から、ひとつづつ手裏剣を抜き取っていく。そのたびに噴き出す鮮血が、守護天使の肌を深紅に染めあげていく。
『ふふ、美しい肌がズタズタになってしまったな。どうだ、もはや勝負あったようだな?』
令嬢戦士は無言で応える。哀しみを潜めた瞳に、不屈の闘志を燃やしたままで。
3人のクサカゲが新たな武器を取り出す。
それは鎖との相性が抜群な、鎌だった。
『貴様をただ殺しただけでは、オレは反逆者のままだ。貴様自身が、オレが宗家の後継者となることを認めるんだ。そうすればいくら他の者が喚こうが、誰も反対することができなくなる』
鎌がファントムガールの肉体に当てられる。
右足の太股と、左の二の腕と、左脇腹に。次に訪れる展開が、あまりに恐ろしい、あからさまな脅迫。聖戦士といえど、激痛に耐える保証をしかねる拷問が、ファントムガールの身に迫る。
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