ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

文字の大きさ
上 下
112 / 310
「第六話 里美秘抄 ~野望の影~」

8章

しおりを挟む

 ―――どうしてナナちゃんは、もっと闘いに徹しられないの?!
 
 五十嵐里美の口調には、厳しい響きが含まれていた。注意する、という明確な意思が、誰にでもハッキリとわかるぐらいに。
 闘いのあとの反省会。五十嵐家の地下にある作戦室で、巨大なモニターを見ながら5人の少女は、先日の苦闘を振り返っていた。場面はファントムガール・ナナが、豹の化身マヴェルと、タコのキメラ・ミュータント、クトルと対峙している時のもの。攻勢に出ていたナナは、マヴェルの口から里美が人質であることを告げられた瞬間、動きを止めてしまっていた。
 
 「だって、里美さんを殺すっていうんだもん」
 
 「ここはもっと冷酷にならなきゃダメよ。敵の脅しに屈して、あなたまで殺されたらどうするの? 捕まった私が悪いんだから、見捨てるくらいでいいのよ」
 
 「そんなこと、できないよ」
 
 他の少女たちも見詰めるなか、藤木七菜江は、里美の注意をはっきりと拒絶した。
 
 「できないって・・・」
 
 「里美さんが殺されるなんて、ダメだよ。あたし、ファントムガールになった時から、里美さんを守るって決めてる。大事な人を守るためにファントムガールになったんだもん。里美さんはあたしが守るよ」
 
 普段陽気な少女の視線が、里美にはやけに眩しかった。
 
 
 
 ―――四体のミュータントが、ファントムガールになった里美の四方を囲んでいる。
 闇の魔力が高まっているのがわかる。光と対を成す闇の攻撃を一斉に浴びせ尽くし、ファントムガールを抹殺するつもりなのだ。圧倒的な力の差、状況の不利を思い知った里美の心を、敗北の暗い影が飲み込んでいく。
 
 「ファントムガールッッ!! まだですッ! まだ終わっていませんッ! いま助けますからッッ!!」
 
 窮地を救ったのは、先に魔獣どもの総攻撃を浴び、瀕死に陥っていたはずのファントムガール・ユリアだった。結果的に里美を二度も救った少女は、代わりとなって悪魔の蹂躙にあい、敗死した惨めな姿を晒すことになったのだった。
 
 「ユリちゃん、あなたにはいつも助けられてるわよね」
 
 一度は死に追いやられた黄色い戦士が復活してから、しばらくたったある日、ふたりきりになった里美は、常日頃から思っていた感謝の言葉を西条ユリに告げた。
 
 「・・・そんな・・・・・・助けられているのは・・・・・・私の方です・・・」
 
 「ううん、ありがとう。あなたをこんな闘いに巻き込んだのは、私なのにね」
 
 白い制服に身を包んだスレンダーな少女は、恥じらいに頬を染めて、俯きながら言った。
 
 「・・・里美さん・・・そんなこと、気にしないでください・・・私・・・・・・里美さんのために闘えるの、嬉しいんです・・・・・・」
 
 
 
 ―――聖愛学院の第二物理実験室。
 夏休みの間、学生に開放されている空間は、半ば霧澤夕子の所有物になっていた。連日研究のために通う夕子にとって、長い休暇はこれとないチャンスでもある。
 ほとんど他人を入れたことがない実験の場に、珍しく夕子以外の人影があった。
 
 「ナナちゃんも、ユリちゃんも、そういうこと言うのよ」
 
 実験室の丸い椅子に腰掛けた五十嵐里美が、夕子が淹れてくれたコーヒーに口をつける。芳香を放つ液体は、実験室備え付けのガスバーナーで温めたインスタントだ。自分用の黄色いマグカップで、同じものを口に運ぶ夕子が言う。
 
 「で、里美はどう思うの?」
 
 学年はひとつ下だが、夕子だけは里美に敬語を使わない。そんな関係の方が、ふたりにとっては自然なようだ。当人たちはもちろん、周りの者も気にしていないのが、その関係が妥当であることを示している。
 
 「そりゃあ嬉しいわよ。ふたりとも、私のために闘ってくれるって言うんだもの。でも・・・」
 
 「でも・・・リーダーとしては辛いって?」
 
 「本来なら、私があのコたちを守ってやるべきじゃない。それが逆になってるなんて・・・」
 
 「里美はよくやってるよ。ふたりだけじゃない、私も桃子も守ってもらってる。それに」
 
 不意に立ちあがった夕子は背中を見せる。ツインテールの肩越しに、冷徹とさえ噂される少女は言った。
 
 「それだけ魅力があるのよ、里美には。あんたのために命を賭けてもいいって思ってるのは・・・七菜江やユリだけじゃないわよ」
 
 照れくさそうに話す夕子の赤く染まった頬が、里美には愛しかった。
 
 
 
 ―――びっしょりと濡れた髪を額に張りつかせて、桜宮桃子は仰向けに横臥していた。荒い息を吐くたびに、小さな肩が激しく上下する。
 
 「今日はこの辺にしようか。かなりバテちゃったようだし」
 
 「・・・・・・疲れ・・・ましたぁ~~・・・・・・」
 
 整った顔立ちに珠のような汗が浮んでいる。全力を出し切った後の爽やかさが、桃子の笑顔に滲んでいた。
 
 「リハビリがてらの特訓って・・・・・・ちょっとキツクないですかぁ~~?」
 
 「そうかもしれないけど、大切なことよ。これからどんな敵が襲ってくるか、わからないんだから。ちゃんと超能力をコントロールできるようにしとかないとね。あと、ファントムガールとしての闘い方も、ある程度身につけないと。必殺技もつくらないとダメかな」
 
 「ひえ~~ッ、里美さん、厳しいですよォ~~・・・」
 
 世界で唯一のファントムガール専属コーチは、基本的には普通の女のコである桃子を鍛え始めていた。七菜江もユリも夕子も・・・みんな同じように光のエネルギーの使い方と、戦闘の基礎を、里美から学んだのだ。
 ようやく桃子の呼吸が整い始めたころ、里美は長い間、心に巣食っていたことを質問した。
 
 「どうしてあの時、里美さんを助けたかってことですか?」
 
 それは二人が初めて会った日、久慈の秘密基地から脱出する時の話だった。
 
 「テレポートできるなら、自分が逃げればいいじゃない。どうして私を助けたの?」
 
 「だって、自分が助かるより、ひとを助けたいじゃないですか」
 
 サラリという桃子だが、その志は遥かに高い。しかも少女はそれを実践しているだけに尚更だ。夢は介護士という桃子らしい発想ね、里美は思う。
 
 「あと、あたしより、里美さんが助かった方がいいじゃないですか。人類のためにも」
 
 「・・・桃子もそんなこと言うのね」
 
 何気に複雑な表情を浮かべた里美に、桃子は仄かに色気漂う美貌を、ニッコリと綻ばせた。
 
 「そうですよ、言いますよ。だって、あたし、里美さんのこと好きだから」
 
 
 
 ―――目の前で小学校低学年ぐらいの男の子が泣いている。
 後にあれほどの肉体を誇る格闘獣になるとは思えない、小さな身体。溢れる涙を止めようともしない、くしゃくしゃになった顔には、確かにあの男の面影が残っていた。
 
 「コースケが、泣くことないでしょ」
 
 幼いころの姿に戻った里美が言う。顔には泥がこびりつき、口元にはうっすらと血が滲んでいる。紺色のワンピースは、ところどころが破れていた。
 そういえば、昔はよくイジメられたな・・・お金持ちの令嬢という理由だけで、近所の子供達は、イジメの標的に里美を選んだ。すでに御庭番宗家たる修行を開始していた里美にすれば、数人の児童を撃退するのは容易いことであったが、親代わりとなって育ててくれた執事のきつい厳命により、手だしをすることは固く禁じられていた。
 
 「私は平気なんだから、コースケは泣かなくていいの」
 
 泥まみれになった少女は、顔を真っ赤にして泣きじゃくる少年の頭を優しく撫でる。そう、あのころは、私の方が背が高かったのよね。六年生の男子5人が無抵抗の里美を殴るのを、小さな少年は、ただ泣き喚きながら、遠巻きに見ているしかなかった。
 
 「オレ、強ぐな゛る゛~~~ッッッ!!!」
 
 流れる涙を拭きもしないで、少年は叫んだ。
 
 「絶対にづよ゛ぐな゛っで、里美を守っでや゛る゛ッッ~~ッッ!!!」
 
 天に向かって咆哮するようなその言葉が、本気であったと知ったのは、二日後、少年が空手道場に通い始めたと聞いた時だった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

おねしょ合宿の秘密

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
おねしょが治らない10人の中高生の少女10人の治療合宿を通じての友情を描く

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選

上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。 一人用の短い恋愛系中心。 【利用規約】 ・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。 ・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。 ・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...