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「第五話 正義不屈 ~異端の天使~ 」
21章
しおりを挟む激闘の影響で、ほとんどの建造物が崩れ落ちた街並み。
爽やかな夏の朝に似合わぬ巨大な漆黒の手が、銀色の少女戦士を捕獲する。
銀の皮膚にオレンジの紋様、金色のアーマーを装着した戦士、ファントムガール・アリス。その小さな身体は、両腕を左右から悪魔の手に引っ張られ、ちょうどY字型になって、宙に吊り下げられていた。
つい数分前には光り輝いていたボディーは、見る影もなく無惨に変わり果てていた。
ビキニの水着にも似た胸と腰の装甲は、亀裂が入り、右胸の部分は完全に崩壊してオレンジの乳房を露出している。悪魔の歌姫・マヴェル必殺の破壊音波を直撃された、機械天使の損傷は激しい。生身部分は細胞レベルで分離しかけたため、網の目状に全身から鮮血を噴き出している。右腕や左足といった機械部分は、衝撃波に耐えきれず、あちこちから火花を散らし、ショートした回路が白煙を昇らせていた。
全身から煙を昇らせ、血を滴らせるアリスの姿は、まさしくスクラップされたという表現が相応しい。
ピクリとも動かず、アリスの身体からはシュウシュウという、破壊された機械の悲鳴が洩れるだけだった。
「あーはっはっはっはっはっ! マヴェルの必殺技を食らっても死なないゴキブリ並みのしぶとさはほめてあげるぅ~~! でもねぇ~~、もォ~っと苦しむだけよォ~♪」
見た目通りの豹らしい軽やかな動きで、マヴェルは沈黙するアリスに歩み寄る。その手は、全体に亀裂が入った、無表情な顔へと伸びた。
ガシッと音がするや、豹の手は、アリスの顔を鷲掴んでいた。
アリスの顔面が毟り取られていく。いや、そうではない。無表情なアリスの顔の下に、もうひとつの顔が覗いている!
マヴェルが機械少女の顔面を引き剥がす。
ヒビだらけの顔は、豹の手から滑り落ちるや、大地をズシンと揺るがせ、粉々に砕けた。
アリスの無表情な顔は、彼女本来のものではなかった。マスクだったのだ。
アリスの正体である霧澤夕子は、サイボーグ手術によって左眼も機械化されていた。普段の彼女は人工皮膚を貼りつけることで、左眼周囲を隠しているのだ。その人工皮膚の部分が、アリスとしてトランスフォームするさい、仮面として現れたのだ。
砕けたマスクの下から出現したアリスの素顔は、基本的なデッサンは仮面とほとんど同じであった。やや垂れ気味な大きな瞳、整った鼻立ち、小ぶりな唇。美少女という魅惑な言葉に、なんらの負い目もない完成された美形。違うのは、素顔のアリスには表情があった。哀しげに眉を八の字に垂らし、口で苦悶に喘ぐ少女の表情は、彼女が致命的なダメージを負ったことを的確に示していた。
そして、もうひとつの違い。右目が青く光っているのに対して、左目は赤く輝き、その周囲は鉛色の機械のパーツでできていた。
「醜い素顔をまた晒しちゃったねぇ~~? でもォ、悲しまなくていいよォ? あんたはここで死んじゃうから♪」
ミシミシと両腕が悲鳴をあげる。強大な悪魔の手が、左右から引き裂かんばかりに引っ張り始める。襲い来る激痛に、失神していた装甲天使が蘇生する。
「うああ・・・?! あッ・・・あ・あ・あ・・・??!」
「これ以上変身してたら、マヴェルもヤバイからぁ~~、消えるわ。マリー、クトル、あとお願いィ。こいつはバラバラにして殺してねぇ♪」
銀毛の豹が、黒い靄となって消えていく。
追いかける力が、希望を託した守護天使・アリスにあるわけはなかった。迫りくる死の苦痛に、耐えることだけが今の少女戦士にできることだった。
“うああッッ!! く、苦しい・・・・・・こ、このままでは・・・バラバラにされ・・・る・・・・・・”
アリス最大の武器である電流を放つ。サイボーグ戦士アリスは、銃火器を体内に隠しもつ他、電撃を操るという、彼女ならではの攻撃技を持っていた。だが、実体のない悪魔の手に、効果があるわけはなかった。逆に、無理をした半壊の身体が、バシュンバシュンと火花を散らして爆発する。
「きゃあああッッッ!!! うああ・・・・ああ・・・・・あぐぁ・・・・・」
「そんな攻撃など・・・・・・黒魔術の前では・・・・・無に等しい・・・・」
デスマスクの魔女が、嘲りを含んで淡々と呟く。
人類が新戦士の登場に胸躍らせたのも束の間、早朝の中央区は、惨劇の舞台へと早代わりしていた。シュウウウウウ・・・と白煙を立ち昇らせる向こうで、青と赤の瞳がぼんやりと光っている。金のアーマーが破壊されたため、剥き出しになった胸中央と下腹部のクリスタルが、ヴィーンヴィーンと点滅を始める。
「く、黒魔術なんて・・・そんなありもしないもの・・・信じてるとは・・・わ、笑わせる、わ・・・」
攻撃が無駄に終わったことを知り、確実な死を実感しつつも、あえてマリーを挑発したのは、霧澤夕子らしい選択だった。だが、その行為は単に自らを地獄に堕とすだけであった。
「黒魔術をバカにする者は・・・死あるのみ!!」
オカルト少女、黒田真理子に対して、黒魔術の否定はもっともしてはならない行為。愚者への容赦ない魔術責めが、ボロボロのアリスに襲いかかる。
巨大な悪魔の手が、アリスの上半身と下半身を握りなおすや、雑巾をしぼるように捻っていく。圧倒的なパワーの前に、機械で強化された身体も無抵抗だった。ベキベキと凄惨な破壊音を響かせながら、ウエストのくびれにねじりが入り、腰から下が180度逆方向を向きかける。
「ぐあああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
気の強い夕子が、鈴のような可憐な声を嗄らして泣き叫んでいた。正視に耐えない、あまりに酷い仕打ち。なまじ機械部分があるために、可動範囲を越えた関節攻撃は、アリスに激しい苦痛を与える。腰を捻じ切られる拷問に、青と赤の瞳が点滅する。
「ぐふぅッ・・・アアアッッ~~ッッ・・・・・・がああ・あ・あ・・・・」
「黒魔術の恐ろしさ・・・・・・わかったか・・・?・・・」
「・・・そ・・・そんな・・・・・非科学的なもの・・・・・・あるわけ・・・ない・・・」
デスマスクに光る青い眼が、鈍く色を変える。
悪魔の両手は恐るべきスピードで囚われの戦士を持ち替えていた。一方が両手を、もう片方が両足を掴むや、上下に引き伸ばす。手足がもげそうな苦しみに、悶え震えるアリスの、曝け出されたエナジークリスタルに、漆黒の闇光線が照射される。
「ぐああああああああッッッ――――ッッッッ!!!! くッ、苦しいィィィッッ―――ッッッ!!!! 」
クールでいながら、どこか少女らしい儚さと、落ち着いた美女の香り漂わせる美貌が、弱点を灼かれる地獄の苦痛に歪む。マスクの無表情ぶりとは、あまりに異なった苦しみぶり。泣きそうに眉を寄せ、涎を垂らしながら、アリスは悶絶する。
「まだ・・・言うか! ・・・・・・まだ・・・魔術をバカにするか!」
「があああああッッッ――――ッッッ!!!! うああああッッッ―――ッッッ!!!!」
「これでもか!・・・・・・・これでもか!・・・・」
ファントムガールの生命の象徴・エナジークリスタルに、相反する闇の光線を撃たれる苦痛は、剥き出しの神経をヤスリで砥がれるようなものだった。壮絶な痛みに翻弄され、マリーの言葉などすでに届いていないアリスを、黒衣の魔女は憤怒に任せて嬲り続ける。
「アリスくん、恩師を傷つけた罪は重いですよ! とくと罰を受けなさい!」
さらに蘇生したクトルが、悪魔の手に拘束された美少女戦士に触手を飛ばす。
苦もなく機械戦士に突き刺さった8本の触手は、アリスの胸、腹、足、腕の中で蠢き、生身と機械の混ぜ合った身体を貪っていく。
「ひゃうううッッッ!!!! あッ!! あッ!! あッ!! あッ!!・・・」
銀とオレンジの肌の下で、触手が肉を抉りながら這いずる。その度に桜の花びらに似た唇から悲鳴が洩れ、小さな女神の身体は痙攣した。
“わ、たし・・・・・・壊される・・・・・・も・・・う・・・ダ・・・・・・”
アリスの両目から、光が消える。
ツインテールを揺らしながら、美少女の顔がうなだれ落ち、ついに装甲の天使はピクリとも動かなくなった。
魔女の暗黒光線が止む。
黒煙が立ち込めるなか、8本の触手を生やした銀色の少女は、一直線に身体を伸ばされた姿勢で、悪魔の手にぶら下がっていた。力なく垂れ下がった、ふたつに纏められた赤髪が風に揺れる。胸の中央に輝くクリスタルだけが、ヴィーン、ヴィーンと弱々しく鳴り響き、まだ少女が生きていることを教えていた。
ズボッという音とともに、8つの触手が一斉に引き抜かれる。
オイルみたいなドロリとした血が、8個の穴から零れ落ちる。銀の肌も、金のプロテクターも、濃い緋色に汚れていく。二度も死の淵から蘇った少女に、神が与えた試練は苛烈に過ぎた。魔豹の破壊音波を正面から浴びせられ、巨大な悪魔の手に捻り潰され、魔獣の触手に貫かれる。次々と襲いかかる闇の処刑に、アリスはその新たに得た命を、早くも枯らそうとしている。のみならず、魔の暴虐の手は、まだ追撃を止めようとはしなかった。
アーマーが砕け、剥き出しになった右胸に、触手が3本突き刺さる。
開いていた穴がさらに広がり、血飛沫が舞う。痛みに意識を取り戻したアリスが呻くのも構わず、触手はサイボーグ少女のふっくらとした乳房を内部から掻き乱す。
「はぐううッッッ!!! ぐががッッ・・・がああッッ・・・」
「苦しいでしょう、アリスくん。なにしろ、君の内部回路を破壊しているのだからね。人間でいえば、内臓を直接こねられるようなものです。・・・おや、この部品はもげそうですね? 引き千切ってあげましょう」
「や、やめッッッ・・・・・ぎゃああああああああッッッッ――――ッッッ!!!!」
アリスの右胸に開いた穴から、3本の触手が抜け出てくる。魂切る絶叫も無視して触手が引きずり出したのは、鋼鉄製の四角いボックス。それがサイボーグ少女にどんな作用をもたらすかはわからないが、火花を散らしながら、切断したコードを数本、右胸から露出しているアリスに、致命的ともいえるダメージを与えたのは確かだった。
「へぐッ・・・へげえッ・・・ぐぶぶ・・・・・・ガッ・・・アガガ・・・」
「だいぶクリスタルの点滅が早まったようですね。我々が変身している時間もあとわずか。身体中のコードを引き摺り出して、処分してあげますよ、アリスくん」
「ひゃぐ・・・ぐええ・・・・・・こ・・・ころ・・・・・せ・・・・・・・」
「もちろん、殺します。ただ、じっくりと、薄皮を剥ぐように、ね」
壮絶な苦痛の海に溺れ、もはや生きることすら諦めかけた装甲天使に、破壊の触手が乱れ飛ぶ。
ファントムガール・アリスの最期。
「無念」
巨大モニターいっぱいに広がる殺戮劇を、微動だにせず見ていた老執事から、かすかな呟きが洩れた、その時―――
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