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「第五話 正義不屈 ~異端の天使~ 」
20章
しおりを挟む“巨大化だけはできんな・・・問題はこの男がどこまで知っているかだ”
ジリジリと間合いを詰めつつ、久慈仁紀の頭に、闘いにおける注意点が確認される。
工藤吼介。
恐らく久慈が知る人物のうちで、最も高い戦闘力を持つこの男が、宿敵である五十嵐里美に好意を抱いているのは、とっくに了解事項であった。藤木七菜江に対する想いの方が本物だという説もあるが、そんなことは全くもってどうでもいい話だ。いずれにせよ、憎きファントムガールどもに非常に近い存在であるのは間違いない。
不思議なのは、なぜそんな切り札を、里美たちが切らないのか?ということだ。
考えられるのは、久慈と同じ理由だ。つまり、工藤吼介が光の戦士になるか、闇の戦士になるか、判別がつきにくいという点。強力な力を持つ故に、敵に回った時の脅威を思えば、吼介に『エデン』を授けるのは、あまりにリスキーな賭けといえた。片倉響子は非常に興味を持っていたようだが、久慈がイマイチ吼介のスカウトに乗り気になれなかった理由は、そこにあった。もちろん、里美側の人間という先入観も大きいが。
それが急転直下、この場所に現れた。
つまり、ファントムガール側は、ついに「切り札を切った」ということだ。
多分五十嵐家の執事あたりが、追い詰められた状況で、藁をもすがる思いで吼介に最後の希望を託したのだろう。
大事なのは、一体どこまでのことを話しているか? という点だ。
久慈が里美をリンチしたことは知っていた。両者が敵対する間柄であることは、間違いなく知ったことになる。
だが、それ以上、どこまでのことを知っているのか?
ファントムガールの正体を知っているのか?
魔人メフェレスの正体を知っているのか?
『エデン』の存在は知っているのか?
いや、まさかすでに『エデン』と融合してはいまいな?
もし吼介がメフェレスの正体を知らないのなら、目の前で変身するのはあまりに愚行であった。『エデン』の寄生者にとって、秘密を知られるのは、世界中から指名手配されるも同然だ。変身解除後、睡眠をとらざるを得ない彼らは、決して無敵の生物ではない。正体を隠すことは、寄生者にとって、生きるための最優先事項なのだ。そして、吼介が正体を知らない可能性は、高いと思われた。恐らく、ファントムガールの正体も聞かされていないのではないか?
なぜなら、前述した通り、光側も闇側も、できればこの男には参戦してもらいたくないからだ。
久慈と里美が敵対していることだけを聞き、その怒りを利用されているだけなのだろう。となると、変身だけは絶対にできない。人間体の力で、筋肉の鎧に包まれた格闘獣に勝利することを、久慈は義務付けられたのだ。
「ふふふ・・・最強の男か・・・井の中の蛙を、跪かせるのも楽しいかもしれん」
間合いを詰めるしなやかな影が、軽やかなステップを踏み始める。久慈の動きはますますボクサーに近付いた。
壊し屋・葛原修司との闘いにおいて、久慈の華麗なフットワークは、超スピードにして射程範囲の広い巨人の打撃を、かすりもさせずに完封していた。フットワークのエリートであるボクシング部を全滅させた打撃を、である。『エデン』により与えられた運動神経があればこその絶技といってよい。
“磨き上げられたこの巨体・・・確かにパワーで分が悪いことは認めよう。だが、スピードにおいて、絶望的な差があることを知れ。力と速さ、格闘においてどちらが必要か、結論をオレが出してやる”
左右に揺れながら距離を詰める久慈。その速度が徐々に上がっていく。対する吼介は、タンクトップの下の大胸筋を膨れ上がらせて、ただ仁王立ったまま。
久慈の狙いはカウンター。膨大な破壊力を持つ相手に最も効果的な技を、吼介が殴ってくるところに合わせるつもりなのだ。そのためには、まず吼介に仕掛けさせねばならない。
「許さない、といった割には静かだな。どうした、怖気づいたか」
安っぽい挑発。不動のまま、逆三角形の男は視線を伏せている。思惑を見透かされているのか? だが、暗黒の王は、吼介の導火線に確実に火をつける言葉を知っていた。
「貴様は、五十嵐里美を抱いたことがないのだろう?」
ドクンッッ!!
上腕に浮びあがった血管が戦慄く。
「いいぞォ、あの女は。最高の抱き心地だ。肉の弾力、肌の質感、そしてなにより感度が抜群だ。オレの性技の前に、愛蜜を溢れさせやがったわ。嬲れば嬲るほど味わいの出る、悶えるたびにエロティシズムを醸し出す、魔性の女だ。くくく・・・あの苦痛に歪み、潮を吹く惨めな姿の美しいことといったら・・・・・」
ウオオオオオオオオオオオオ!!!!
野獣の咆哮に、嗜虐の魔人が言葉を詰まらせる。
筋肉獣の叫び、いや、吼介は口を開いてはいない。
鎧武者の筋肉が、さらに膨張したのだ!!
究極にまで密度を高めた肉体が、擦れ合って激情の雄叫びをあげている。
見よ、格闘獣の変貌を。その背中、肩甲骨の辺り・・・大円筋が異常発達し盛り上がる。さらに広背筋、脊柱起立筋、僧坊筋がもりもりと膨れ、背中にふたつの瘤を背負ったようだ。一種異様なその姿・・・これこそが工藤吼介全開100%の戦闘モード。異常に巨大化した筋肉が、全てヒッティング・マッスル、打撃用の筋肉であることを考えれば、いかに危険な変身であるかがわかる。
「所詮、パンプアップ・・・血液を筋肉に送り込んで、膨張しているに過ぎんわ! いささか強度があがるかもしれんが、見掛け倒しの域は出ぬ」
吼介の瞳が、久慈を捕らえる。
肉体が放つ蜃気楼の奥に、輝く白い眼光を、久慈が忘れる日はやってくるのだろうか。
猛獣の視線に、魔人と呼ばれた男は戦慄した。
「うッッ・・・オオオッッッ!!!」
カウンターを待つはずの久慈が、先に動く。いや、動いてしまっていた。
ネコ科の巨大肉食獣を思わせるしなやかな動きで、一気に棒立ちの鎧武者に飛び込む。右ストレートを顔面へ。
ボクサーのジャブを上回る速度のストレート。『エデン』の力を得た柳生の後継者が放つ、至近距離からの弾丸。
バチンッッッ!!!
乾いた音が木霊する。
驚愕が、久慈仁紀を包む。
神速のパンチは、棍棒のような豪腕に軽々と叩き落とされていた。
常人では不可視なはずの高速拳を見切ったというのか――衝撃を受けつつも、一瞬の間隙もなく久慈の左拳は追撃打を放っていた。ボディーブロー。
吼介の右腕が、下段払いで凶拳を弾く。
「オオッッ・・・オオオオオッッッ!!!」
バチバチバチバチッッッ!!!!
手を、足を、めちゃめちゃになって振るう魔人。嵐のような連撃が、見えない壁に遮られ、ことごとく弾かれていく。
バチンッッッッ・・・!!
フックを打った右腕が、肘から先を回転させた吼介の内受けによって、大きく弾き飛ばされる。ハリケーンに突っ込んだセスナのように。無防備状態を曝け出す、久慈の肉体。
大砲の発射音。
筋肉獣の右のボディーブローが、しなやかな魔人に突き刺さる。
「ごぼおおおえええええッッッッ!!!!」
嘔吐物が薄い口を割って溢れる。手首まで埋まった豪打に、70kg台の久慈の身体は、宙に浮いていた。
「お前は・・・粉々に潰す」
耳元で囁く格闘獣の声。その淡々とした言葉に含まれた紅蓮の怒りが、思うがままに育ってきたエリートの心を、震えあがらせた。
「ごッッ・・・ごぼぼ・・・くッ・・・くずがあああッッッ!!! 図に乗るなアアアッッッ―――ッッッ!!!」
ズボリと音をたてて拳が腹から抜かれるのと同時、黄色の胃液を撒き散らして、久慈が殺到する。光と見紛うような、連打連打連打。
しかし、その全てが、当たらない当たらない当たらない。
吼介の空手流の受けが、超速の打撃をひとつ残らず弾き返す。
「なッッ・・・なぜだアアアッッッ!!!」
「図体がデカい方が、スピードが遅いとでも思っていたか?」
鉄壁の城塞。
工藤吼介は、堅固な肉の防御壁を持っている。極限にまで高められたパワーとスピード、それに古流武術の技術を浸透させた、完璧な受けの技。久慈の前には分厚く、高い、堅牢な城壁がそびえたっている。
バチンッッッッ!!!!
またも打撃が大きく弾かれる。がら空きになる前体面。己の総毛が逆立つ音を、久慈は聞いた。
牙。
食いしばった、吼介の歯が眼前に。来る、全力の一撃。
巨大な右拳が、見えた。
轟音。
その時、久慈は知った。
工藤吼介の打撃は、自分よりも遥かに速いことを。
ブオオオオオオッッッッ!!!
風圧で顔の皮が引っ張られる。かすった耳が、千切れたように熱い。
バズーカ砲の爆撃を、剣という、一瞬の合間に生死を分かつ世界に生きる男は、首をわずかに捻って避けていた。
それは逃げたのではない。
久慈がこの死地に無意識的に使ったのは、最も肉体に染み込んだ、最も信頼できる技術。
ボクシングなどという真似事ではなく、柳生の剣術。フットワークではなく、秘伝の足運び。
ギリギリで豪打を避けつつ、久慈の足は前に出ていた。大砲に突撃する勇気を持つものだけに許された動き。
くの一五十嵐里美をも圧倒した神速の足捌きが、カウンターで発動される。突進する格闘獣の勢いを、そのまま返す直突きが、吼介の眉間にヒットする。
グシャリッッッ・・・!!! という音と、硬い手応えに久慈の唇がニヤリと吊りあがる。攻撃が強力であればあるほど、カウンターの破壊力は上昇することを考えれば、無比の威力を誇る打撃を、我が身に食らったような吼介の運命は・・・
ドボボボボボオオオオッッッッ!!!!
鉤突き、フック気味に己の脇腹に突き刺さる左のボディブローを、久慈は見た。
次の瞬間、ビギッベキィッボギイィィッッ・・・という、アバラの粉砕音が、体内に響き渡る。薄い唇を、胃液と鮮血が逆流してこぼれる。何が起きたか、把握できない魔人の脳に、崩壊する肉体の痛みが現実を教えてくれる。
一瞬。
一瞬たりとて、久慈のカウンターは、格闘モンスターを止められなかった事実。
ダメージの破片も見せない豪腕が、恐怖と激痛で剥き出された瞳に迫る。
胸の中央に飛んでくる右拳を、反射的にクロスガードで迎え撃ったのは、久慈の非凡ならざる所以か。左腕を前にして両腕を交差し、胸の前で構える。ボクシングで、最も防御力が高いと言われるガード態勢を、闇の魔王は本能的に取ったのだ。
委細構わず、渾身の一撃が、両腕の上から爆撃される。
地下室に轟く粉砕音。
ドンッッッ!!! でもグシャアアアッッッ・・・でもない、猛烈な破壊音。
舞った。久慈の痩身が、地面と平行に飛んだ。
激しく背を剥き出しのコンクリートに叩きつけ、吐血の華を咲かせて壁に貼りつく。ダラリとさがった左腕の、肘から先が奇妙に曲がっている。折れていた。
「ひゃぎいいッッッ!! ・・・・・・あがッッ・・・ばッッ・・・ばッッ・・・」
薄いが、洗練された大胸筋に、隕石が落ちたような跡が刻まれている。ソフトな顔立ちが苦痛に崩れ、大きく開いた口からは、涎と鮮血が、ダラダラと朱色の糸を引いて落ちていく。
化け物だ。
パワーもスピードも、そして肉体の耐久力も・・・段違いだ。
工藤吼介の本気が、これほどまでに桁外れに強いとは!!
久慈は己が人間離れした強さを持つことを知っている。幼少から剣を握り、鍛錬を重ねたのは、五十嵐里美だけではない。無駄な肉が一切ない体は、インターハイクラスの運動能力は発揮できるし、『エデン』により能力を高められた今では、張り合える者などいないはずだった。ほぼ互角に闘うファントムガールの存在すら、信じられないぐらいなのだ。
それが、この工藤吼介という怪物は、確かに『エデン』と融合していないのに、久慈を圧倒している。
大砲のごとき猛打で、左上腕骨、右肋骨3本、胸骨は折られ、恐らく胃も破られた。鉄壁の防御をくぐり抜けて決めたカウンターだが、無限のタフネスの前に、なんの効果もない。城壁の中に、頑強な要塞が建てられているようなものだ。
「ごぷッッ・・・ごぼぼッッ・・・ばッッ・・・ばけも・・・」
呻く魔王の霞む視界に、憤然と仁王立つ逆三角形の男が飛び込んでくる。
紅潮した肉厚な巨体。鋼の筋肉のパーツが、最強の名に恥じぬ陰影をつけている。圧倒的な熱量、闘気を発散させる肉のアーマーに、久慈は怯える己を自覚した。
「まッッ・・・まてッッ!! や、やめてく・・・」
左の豪砲が、両手をあげて懇願する、無防備な久慈の腹を抉る。
腹筋を割いてめり込む、肉の音。突き抜ける衝撃で、背中のコンクリに亀裂が入る。
「ごぼぼえええええッッッ!!!! ぐぼおおおッッッ!!! がぱあッッ!! ・・・・・・や、やめ・・・」
ピクピクと痙攣し、吐瀉物も胃液も枯らしたヤサ男の口から、血糊が塊となってビチャビチャと床を叩く。他人を虐げることしか知らなかったエリートが味わう屈辱。本来なら怒り狂うところだが、恐怖と激痛が遥かに凌駕して迫ってくる。
ズルズルと崩れる久慈。救いを求めるように差し出された腕が、哀れにすら映る。
閃光一閃。
斜め下から跳ねあがるように煌いた、右のハイキック。
スイカの破裂に似た音が響き、顔面を歪ませた久慈の、華奢だが磨かれた筋肉の詰まった肉体が、ハイキックの軌道延長上に飛んでいく。
天井に叩きつけられ、反動で壁へ。ゴムマリのように、弾け飛んでいく。
ピクンピクンと、うつ伏せに床に転がった魔人が、痙攣する。
これが、あの人類に降伏を迫り、世界を支配しようとした侵略者・メフェレスなのか――
傲岸不遜な態度でファントムガールを悦楽地獄に堕とし、ユリアを死に至らしめた、闇の住人。他者を踏みつけ、道具としてしか見ず、己の上位意識を常に疑わない自尊心の塊のような男が、尺度で測れぬ強者に会って、無惨に地面に転がっている。
「久慈、お前は、潰す」
冷淡な声が響く。
同じ台詞を繰り返した格闘獣が、容赦なく伏せる魔人に歩み寄る。
これがリングの上ならば、勝負は終わった。100カウントしても、久慈は立っては来れないだろう。
しかし、ここは邪魔者の入らない、暗い地下室。
吼介の導火線に火を点けたものの末路。その代償は、あまりに大きく、恐ろしい。ダウンや骨折程度で、工藤吼介の本気の怒りから逃れると思うのは、ムシが良すぎる話だった。
首ねっこを掴むや、猫でも捕まえたように無理矢理引き摺り起こす。
多くの女性から愛されてきた甘いマスクは、蹴りの衝撃で無惨にひしゃげ、血まみれの口がパクパクと開閉する。ハイキックの威力で脳震盪を起こしたか、視線の焦点は定まっていない。
ブッシュウウウウウッッッ・・・!!!
激しい噴出音とともに、血飛沫の噴火が起こる。
一瞬後、ふたつの身体が距離を置く。5mの間隔を空けて、格闘獣と闇の魔人は対峙した。
工藤吼介の左大腿部には、鋭く光る50cmほどの日本刀が突き刺さっていた。
「てめえ・・・・・・」
低く唸る筋肉獣の額に、脂汗が浮ぶ。短刀は完全に太股を貫き通し、前後から噴出した鮮血で、左足全体が真っ赤に染まっている。
「くッ・・・くくく・・・いくら鍛えてようが、こいつの切れ味には、敵わないようだなあ?」
血まみれの悪魔が、残忍に笑う。その右手には、吼介に刺さっているものの倍はあろうかという長さの真剣。どういう仕掛けか、常に身体のどこかに装備している日本刀を、ついに久慈は抜いたのだ。
「汚いとは言うなよ。オレはこれが本当の得意技なんだ。勝つために全力を尽くして、何が悪い?」
崩れかけていた自信を取り戻し、久慈は血に濡れた唇を、三日月型に吊り上げて笑う。
肉体のダメージは激しい。普通に刀で斬りかかっても、この男には通用しなかっただろう。だが、油断した吼介への不意打ちという、最後の作戦が思い通りに遂行できた喜びで、久慈は有頂天になっていた。
そう、自分より強い者の存在など、認めていいわけがない。
この危険な男は、なんとしてでもここで殺すのだ。どんな手を使っても。
「オレは勝つためなら、なんでもする。どんな手を使っても、勝たなければ意味はないのだ。工藤、お前ならオレの言葉が理解できるだろ?」
勢い良く噴き出す血のせいか、筋肉繊維を引き裂かれた激痛故か、吼介の究極の肉体がガクガクと震える。額といわず、顔といわず、全身に浮いた汗が、行水後のように伝うが、それでも片膝すらつかないでいるのが、最強者としての自負か。
「正義とは、勝者を指す言葉なのだ。武器を使おうが、人質を取ろうが、勝つことこそが全て。そうだろ?」
「カッコ悪いことを、平然と喋ってんじゃねえ」
ドボドボと血を噴き出し続ける左足を前にして、最強と呼ばれる男は構えた。構えを取るのは、これが初めてのことだ。拳を軽く上げた、右半身の姿勢。激痛に耐えるだけでも困難なはずなのに、筋肉を裂かれて力が入るわけはない。まして、空手に限らず格闘技において、下半身の使い方はあらゆる技術の基盤である。今の吼介は片翼をもがれた鳥も同じなのに、その迫力はいささかの衰えも見せなかった。
「カッコ悪い?」
「勝つためになんでもするってのが、カッコ悪いってんだよ」
「フン、綺麗事を。正々堂々と闘っても、負けたらなんの意味もないではないか。現にこうして貴様は、五十嵐里美の仇を取れずに死ぬのだ」
「汚ねえマネして仇を取っても、あいつは喜ばねえよ。薄汚い勝利でお前は喜べるようだが、オレはあいにく、プライドが高いんでな。オレはオレ自身を誇りに思えなきゃ、勝った気にはなれねえ。オレが闘うのは、誇れる自分に会いたいからだ。形だけの勝敗にこだわるお前には、わかんねえだろうがな」
久慈の手の中で、真剣が光る。
吼介の言葉は、久慈には届いていなかった。なんと言われようが、武器を捨てる気はさらさらない。手負いといえど、この獅子を葬るには、世界一の殺傷力を誇る日本刀が必要だった。久慈にとっては、吼介の主張は単なる負け惜しみでしかない。
「今からこいつで斬られる貴様としては、当然そう言うだろうな。だが、いくら挑発されても、こいつは捨てん」
くくく・・・血塗られた顔を凄惨に歪めて、魔人は哄笑する。ゆっくりと“こいつ”と呼んだ刀を、中段に構える。
「やはり、てめえはわかってない。自分が弱い理由をな」
逆三角形の肉体が、小刻みに震え始める。だが、それは太股の傷によるものではなかった。正確に言えば、“震え”ではなく、“微調整”を、吼介自らの意志で敢行しているのだった。その行為の意味を、恐ろしさを、久慈はこの時点で気付くことはできなかった。
「刀を使いたきゃ、使えばいい。その代わり、オレも武器を使わせてもらうだけだ」
その言葉に、何を感じたか、ビクリと久慈の背が凍える。
「見せてやるぜ、“真実の瞬間”を」
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