100 / 260
「第五話 正義不屈 ~異端の天使~ 」
19章
しおりを挟む黒のフードに包まれたデスマスクの魔女は、頭から分譲マンションに突っ込んだまま、ピクリとも動かない。
バルカン砲の嵐に沈んだ変態教師の成れの果ては、血の糸を引きながら、のたうち回っている。
自慢の顔面を機械の力でしたたかに殴られた女豹は、ゴボゴボと血の泉を吹きながら、痙攣続ける。
3体のミュータントを向こうに回して圧倒した、金色の装甲を身に着けた女神は、トドメを刺すべく歩を進める。
その足は、躊躇なくマヴェルへと向かっていた。
ファントムガール・アリスが豹の化身をファースト・ターゲットにしたのは、神崎ちゆりが敵の中枢を担う存在であるから、ではなかった。手足を解体される地獄の中で、懇願を無視されて誰にも見られたくはなかった機械の素顔を晒された、悲痛と屈辱――霧澤夕子は忘れることはできなかった。トドメを刺された時の、「闇豹」の哄笑を、夕子は一生忘れ得まい。
「ちゆり・・・あんたのおかげで、私は二度もあの男に助けられたのよ・・・」
かすかな機械音を鳴らして、瓦礫の散らばる大地を踏みしめていく、オレンジの守護天使。その脳裏にはオールバックの中年男性がちらつく。
実の父親に二度も“改造”された悔しさと悲しみ。しかし、否定できない命の恩人であるという事実と、それを感謝しなければならない苛立ち。
「あんただけはこの手で倒さないと、気が済まない!」
アーマー仕込みの右手が、豹の胸に生えている銀毛を掴む。脱力したマヴェルの上半身が、無理矢理に引き起こされる。ガクンと揺れる頭が反動で・・・
「ッッ!!!」
牙だらけの口から、血の水鉄砲が発射される。
油断を誘ったマヴェルの騙まし討ち。無表情なマスクに、べっとりとした血糊が直撃する。
「くッ!・・・うッ・・・め、眼がッ・・・・・・ううぅッ・・・」
狼狽するアリスの手を振り切り、魔豹は一気に距離を取る。ついさっきまでKO状態だったとは思えぬ、俊敏な動き。
吹きつけた血は毒などもない、普通のもの。つまり、目潰しとしての機能しか果たさないが、こと戦闘においてはまるっきりの素人である霧澤夕子にとって、視覚を奪われることの不安は深い。慌てふためき両手で血を拭うアリスは、あまりに無防備であった。
「あひゃひゃひゃひゃ! 今よォォォ、クトルぅぅッッ!!! 串刺しにしてやりなアアッッ!!!」
追撃の指示は、目の見えないアリスの不安を、恐怖に変えた。
バチバチバチバチッッ!!!
内臓されたダイナモをフル回転させて、発電機と化す装甲天使。高圧電流の膜が全身を包み、オレンジの戦士は青白い電磁の網を空中に発散する。触れるもの全てをショートさせる防御壁、だが、その大量の発電量を見れば、いかに消耗するかは明らかだ。本来ならば決して効率のいい技ではない。
視界を奪われた恐怖。
命の遣り取りという非日常の中で、さすがの機械少女も冷静さを欠くのは仕方のないことだった。
「くッッ・・・来るなら来てみろッッ!! 私を貫いた瞬間、道連れにしてやるわ!」
動揺するアリスを嘲笑いながら、マヴェルの結晶体の瞳は、離れた触手の怪物を見る。攻撃を命じられたクトルは、今、ようやく立ちあがってくるところだった。
目潰し攻撃は、態勢を整える時間をもたらしただけでなく、大量のエネルギー消費という副産物まで生んだのだ。
“おかしい・・・全く攻撃してこないなんて・・・もしや単なる時間稼ぎでは・・・?”
放電を続けるアリスにも、冷静さが戻ってくる。天才と呼ばれる少女の思考回路は、戦闘という場においても、その回転を鈍らせることはなかった。突然視界を失い慌ててしまったが・・・もっとベストな対応があるのではないか。このままでは、無駄にエナジーを消費するだけだ。
「うわッ!!」
思考がまとまりかけたアリスを、腐臭漂うドロドロの粘液が包む。
復活したクトルの触手の先から噴射されるヘドロ。濃緑のゲルが、8本のホースから勢い良く噴きかけられる。小さなアリスの全身を粘液が覆い、あっという間に天使の形をしたヘドロの塊が、廃墟の街に出現する。
「触れたら感電するなら、触れないまでです。さて、その膨大な発電がいつまで続きますかね?」
濃緑の体液に鮮血をまぶしたクトルの赤い眼が歪む。これまでの戦闘で負ったダメージは、決して浅くはないはずだが、美少女を嬲る喜びが、この男を不死身たらしめているかのようだ。
「・・・・・・」
電磁音が消える。観念したように、アリスは高圧電流の防御膜を取り払っていた。
「あははははは♪ ついに諦めたかアッッ~~ッッ!! ロボット女め、マヴェルの歌でもう一回解体してやるよォォォ――ッッ!!!」
豹の牙が開く。あらゆる物質を分子レベルから破壊する、必殺の超音波。その照準が完全に視界を閉ざされたアーマー戦士に向けられる。
危機一髪の新たなファントムガール、アリス。破壊の銃口が狙いを定めているというのに、動揺して暴れた先程と打って変わって立ち尽くしたまま。
もしや、目の見えない状況で、絶望してしまったのか?
「私は・・・愚かだったわ」
「今ごろ気付いたあ~~ッ?! マヴェルに歯向かうなんて、一億年早いのよォォォ~~ッッ!!!」
「冷静さを失って、自分の能力を忘れるなんてね」
アリスの右手があがる。己の首に装着した、金のリングに触れる。
ピピピピピ・・・・・・
アクセサリーと見えたリングは、電子音を発するや、その真の力を発揮する。
≪正面右10度、距離238m、敵1体、停止中。後方左25度、距離145m、敵1体、約時速32kmで北東へ移動中。後方右76度、距離322m、敵1体、停止中。3体とも生命反応アリ・・・≫
ヘドロに包まれたサイボーグ戦士が、大地を踏み潰して跳躍する。
視界を粘液に遮られた鎧少女が、寸分違わずタコの魔獣の正面に突入する!
「んなッッッ?!! げええええッッッ!!!」
光のエネルギーと高圧電流が混ざり合った、電撃拳。
アリス渾身の一撃が、色に狂って魔界へ落ちた、変態教師の異形の姿に叩き込まれる。
8本の足をくねらせながら、電磁網に捕らわれた巨体が集合住宅を薙ぎ倒して飛んでいく。濃緑の体液と深紅の血液が、土砂降りとなってアスファルトを叩く。
「私は確かに実験体。でも、この身体には人間の叡智が詰まっているのよ。未来に可能性を託した人たちのね。人工衛星からのナビゲーションシステムが、半径1km以内の敵の存在を教えてくれる。監視の目はたとえ地下に潜ろうとも逃れられないわ」
霧澤夕子の首に架せられたリング。それは実験体である彼女の体調を、三星重工の特別研究室へと日夜送信していたが、一方で巨大コンツェルンが誇るマザーコンピューターとも連結していたのだ。
敵の居場所を知らせるナビシステム。それは音声で知らせる、といったレベルのものではない。質量、速度、熱量などから多角的に探索した敵の存在する地点を、ダイレクトに脳に伝えるのだ。アリスの脳には、敵の数、距離、方向が記された地図が描かれるようなものだった。
「決着を着けるわ、ちゆり」
鋼鉄の右腕を稲光らせながら、ヘドロに顔を覆われた装甲天使がピタリと魔豹の方を向く。
もはや疑問の余地はない。目が見えている相手として、電撃を自在に操り、マシンのパワーを身につけたサイボーグ戦士と闘う以外、豹柄を愛する悪女に選択肢はなかった。
機械工学の最新鋭を体内に持つ少女と、非道の限りを尽くす少女。
その闘争の行方は―――
弾丸となってアリスが突っ込む。機械の左足が、脅威の速度を生む。
パカリと開く、豹の口。
「カッッ―――ッッッ!!!」
破壊のセレナーデ。万物を崩壊する、超音波のレーザービームが、真空の龍となって迎え撃つ。
≪正面0度、距離151mより、敵攻撃接近!≫
跳んでいた。濃緑まみれのオレンジの身体。
ジャンプ一番透明な砲撃をかわすや、右の拳を振りかぶる。
「ちゆりッッ!! 闇に戻れッッ!!」
ガッシイイイイィィィィッッッッ・・・!!!
事実上、この闘いの終了を知らせる肉の潰れる音が、朝靄にけむる街に轟き渡る。
口から吐き出された血が、飛沫となって宙を舞う。肉体から搾りとったような大量の血塊。床にバケツの墨汁をぶちまけたように、バシャバシャと乾いたアスファルトに降っていく。
「ぐあああッッ・・・あ・あ・あ・あ・あッッ・・・がああッッッ!!!」
苦悶の呻きを漏らすのは、ファントムガール・アリスの方だった。
その身体は、片方だけで彼女以上の大きさがある、巨大な漆黒の両手に握り潰されている!
毒々しい暗黒色、凶悪に長い爪・・・まさしく悪魔の手が、装甲天使を締めつける。天を仰いだ美少女の顔は無表情のまま、小ぶりな唇を割って出た吐血が、網の目を描いてダラダラと垂れ流れている。
“い・・・一体・・・な、なにがッッ・・・??・・・”
突如起こった圧搾に身を潰されながら、勝利を確信していたアリスの心に疑問の渦が巻き起こる。その遥か後方。12階建てのビルの傍らで、印を結んで呪文を唱えるマリーの姿。
実体のない黒魔術の悪魔の両手。
人工衛星のレーダーでは感知不能なマリーの召喚獣を、視界を奪われた機械少女が察知できるわけはなかった。
ギシギシと機械の身体が悲鳴をあげる。圧迫の拷問に、身を震わせるアリスの耳に、甲高い豹の哄笑が届いてくる。
「地獄に戻るのはお前だあああ~~ッッッ!!! 三度目の死を味わいなああああ――ッッッ!!!」
パカリと豹の口が開く。
「うああ・あ・あ・あッッ・・・・・・くうッッ・・・ああああッッッ!!!」
「あははははは♪ もがいても無駄無駄ァァッッ――ッッ!! 死ねッッッ、霧澤夕子ッッッ!!!!」
超音波の龍が発射される。
悪魔の掌に掴まったファントムガール・アリスは悶えることしか許されず、破壊の放射は、装甲をつけた銀とオレンジの戦士を直撃する。
「うぎゃあああああああああッッッ――――ッッッッ!!!!」
可憐な少女の断末魔の絶叫。
爆発音が轟き、無人の街に、金色の鋼鉄の破片と、銀の皮膚がついた肉片、少女戦士の赤い血潮が降りそぼった――
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる