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「第五話  正義不屈 ~異端の天使~ 」

17章

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 「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
 
 大きく肩で息をする青い少女が立っている。
 その周囲にはピクリとも動かない、3つの異形な巨大生物の姿。
 ガクリと膝が落ちそうになるのを、ナナは必死で堪えていた。勝利の余韻に浸っている余裕はない。少女には重大な使命が残されていた。
 
 フラフラと傷だらけの戦士が歩き出す。
 その先には、大地に転がる黄色の戦士・ファントムガール・ユリア。
 倒れ込むように仲間の側に座り込んだナナが、小さな両手をユリアの胸の中央、今は光を失った水晶体へと伸ばす。
 重なった掌が、ユリアのエナジークリスタルを包む。ゾッとする、冷たい感覚。仲間の死を実感した少女は、己の体内に残った全ての力を掬い上げる。枯れた井戸の壁を舐め取るように、指先から足の爪の先まで。自分の全てを捧げて、ナナは正義のエネルギーを両手に集中させる!
 
 “チャンスは一度・・・・・・失敗すれば・・・二度はない・・・”
 
 巨大な少女は、己の限界を悟っていた。膨大な光のエネルギーを必要とする蘇生術。たとえ命を投げ打ったとしても、二度挑戦する余力がないのは、ナナ自身が痛い程理解している。
 
 「あたしの・・・全てをあげる・・・・・・だから・・・蘇って・・・ユリア・・・」
 
 死をも恐れぬ少女の決意。
 巨大にして幼く、可憐にして甘美な肢体が、残された光のパワーを、友に捧げんとする――
 
 「ぐあッ??!」
 
 細い首に、濃緑の触手が巻きついたのは、まさにその瞬間だった。
 ナナの両手に凝縮されたエナジーが、分散していく。
 
 「効き・・・ましたよ・・・・・・ナナくん・・・・・・・だが・・・少々詰めが、甘かったようです・・・・・・」
 
 ヘドロまみれの魔物が蠢いている。クトルは、死んではいなかった。
 いや、クトルだけではない。黒フードの魔女も、銀毛の豹も、全身をビクビクと震わせながらも、伏した大地から立ちあがろうとしている。
 
 ナナが望みを賭けて放った新必殺技「ソニック・シェイキング」は、敵を滅ぼせなかったのだ。
 いや、正確には、滅ぼさなかったというのが正しい。
 ユリアを救うためにエネルギーを残す必要があったナナは、全力で波紋の一撃を打たなかったのだ。
 そしてもうひとつには、必殺技の態勢に入っていたミュータントたちの必死の抵抗もあった。打撃が生む超震動は抑えようがないが、魔の技を放つことで、光の威力はある程度相殺できる。技の破壊力が段違いなため、「ソニック・シェイキング」を封じることなどできなかったが、冥土にいかずに済んだのは精一杯の魔力を放ったおかげであった。
 
 細胞から崩壊しつつも、闇の生物たちは憤怒に駆られて立ちあがろうとしている。小癪な小娘に、手負いにされた恨み・・・多勢対一人という図式で押されている事実が、悪の心に火を点ける。その怒りは、もはや青い少女を嬲り殺しにしなければ、冷めることはない。
 
 シュルシュルと、鎌口をあげた蛇に似て、触手が遠くより、座った姿勢の守護天使に飛ぶ。
 類稀な戦闘能力を誇る少女戦士は、背中から迫る危機を察知していた。だが。
 
 ドズウウウッッッ・・・
 
 触手はファントムガール・ナナの右脇腹を貫いていた。
 
 「あぐううッッ――ッッ!!」
 
 柔らかな唇から、悲痛な叫びと吐血が洩れる。腹を破った触手から垂れる血が、仰向けに転がるユリアの死体にかかっていく。
 弓なりに仰け反るナナ。形のいい胸の果実が、天に向かって差し出される。それでも・・・少女の両手は、ユリアの水晶体から離れない!
 
 「かッ・・・構う・・・もんかアッッ!!」
 
 ナナの両手が白く輝く。再度集中した光のパワーが、今度こそユリアのエナジークリスタルへと注ぎ込まれる!
 
 「エナジー・チャージ!!」
 
 眩い光弾が、輝きを失った水晶体に撃ち込まれる。
 ドンッッッ!!!
 衝撃とともに、ユリアの屍が反動で大きく波打つ。まるで心臓に電気ショックを浴びたように。
 残された全ての力を、青い戦士は友に捧げた。だが、エネルギーを与えられたはずのユリアは、生き返るはずの黄色の戦士は、瞳にもふたつのクリスタルにも光を無くしたまま、ただ横たわっているのみ。
 
 “ダ・・・ダメ・・・・・・・なの・・・・・・?!・・・・”
 
 ズブリ・・・と腹部から触手が引き抜かれる。開いた穴からブシュウウッッ・・・と鮮血が、黒く汚れたユリアに降りかかる。赤く染まっていく黄色の戦士を、ナナは絶望的な瞳で眺めた。
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヴィ・・・・・・・・・・・・・・
 
 「・・・・・ッッ!!・・・」
 
 ・・・・・・・・・・・・・・ヴィ・・・・ン・・・・・・・・・・・
 
 ユリアの胸のクリスタルが、かすかに瞬く。
 
 ・・・・・・・・・ヴィ・・・・・・ン・・・・・・・ヴィ・・・・・ン・・・・・・
 
 見間違いではない、確かな点滅。銀の皮膚は泥に汚れ、華奢な身体はピクリとも動かないが、ファントムガールの命の象徴、胸の中央のクリスタルが、蛍のように青い光を煌かせたのだ。
 
 「・・・ユ・・・ユリ・・・・・・・」
 
 文字通り身を削った少女戦士の声が掠れる。涙は出ないはずのファントムガールの視界が霞むなか、点滅はいよいよ明確に輝き出す。
 
 ・・・ヴィ・・・ン・・・ヴィ・・・ン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
 
 ユリアのつぶらな瞳が、カッと青く光り輝く。
 全てのエネルギーを吸い尽くされ、機能を停止していたファントムガール・ユリアが、今、ここに復活したのだ!
 
 「てめえらあッッ~~ッッ!! バラバラに切り裂いてやらあアアッッ――ッッッ!!!」
 
 襲撃。
 3匹の魔獣が動けぬ天使に飛びかかっていた。
 ナナは力を使いきり、ユリアは蘇ったばかり。息をするだけで精一杯の幼い女神たちに、反撃の力はない。
 
 「間にあった!!」
 
 巨大モニターの前で叫ぶ老執事の声は、遠い戦場にいるミュータントに届いたろうか――
 
 頭上から青い刃を煌かせ、ふたりの聖少女に襲いかかるマヴェル。
 その目前に突如として、白い爆発が起こる。
 空気中から湧きあがった光の粒子が集中し、凝縮し、巨大な塊となって暴発する。眩い光の渦が掻き消えた後、白光の中に現れたのは――
 
 「・・・・・んげええッッッ??!!」
 
 踏み潰された猫のような悲鳴をあげて、「闇豹」が吹っ飛ぶ。
 渾身の右ストレートを食らったサファイヤの眼が腫れあがり、折れた牙が宙を舞う。
 軽く100mは弾き飛ばされ、瓦礫の中でのたうつマヴェルが吼える。
 
 「ファ・・・ファントムガール!! まだいやがったのかあッッ!!」
 
 巨大な影が立っている。
 柔らかな曲線を持つ、少女の身体。
 銀の肌に幾何学模様。神々しく、一方で儚さ漂わす、幼い天使のその姿。
 マヴェルにとって、忘れようにも忘れ得まい正義の少女戦士。白光の中から現れたのは、銀色の皮膚を夏の陽光に輝かせる巨大な少女。
 
 そう、それは紛れもなく、ファントムガール。
 
 地球最後の希望、第4の守護天使が、その凛々しい姿を非情な戦地に降臨させたのだ。
 
 おおおおおお――ッッッ・・・ンンンンン・・・!!!!
 
 地鳴りのような歓声を、闇の眷属は聞いたろうか。
 本来なら聞こえるはずのない、遠く離れた土地での声。
 固唾を飲んで政府の衛星から届けられる不明瞭な映像を見守っていた、戦地から遠く避難した人々の歓喜の雄叫び。暴虐に晒されるナナを見て、絶望しかけた傍観の民衆が、今、新たに参上した戦士に津波のようなエールを送っているのだ。
 
 「次から次へと湧きやがってぇエエエッッ―――ッッッ!!! てめえは一体誰だアアアッッッ―――ッッ!!!」
 
 ドボドボと血が噴き出るのも構わず、怒りのままに魔豹は初めてみる正義の戦士を恫喝する。
 
 「私は・・・ファントムガール・アリス」
 
 アリスと名乗った新戦士の姿は、一見して他のファントムガールとは異なっていた。
 銀の肌に走る幾何学模様はオレンジ色だった。比較的単純な模様は、カジュアルなトレーナーの柄のようにも見える。後頭部の上の方でふたつに纏められたツインテールは赤髪。色種は違うが、銀を基調としたデザインはいかにもファントムガールらしいものだ。
 アリスが特徴的なのは、金色に輝く鎧を身につけているところだった。
 ビキニのような胸と腰にセパレートした防具。甲冑の一部分というより、金属製の水着を着ているといった方が正確かもしれない。首にも金のリングが嵌り、パッと見、オシャレなアクセサリーにも見える。さらに右腕と左足は、肘と膝から先が、完全に精巧な機械で造られたものであった。やや垂れがちな大きな瞳が目立つ顔は、間違いなく美少女のそれであったが、ビーナスの彫刻の仮面を貼りつけたように無表情だ。
 
 装甲を着けたファントムガール。
 いや、機械の身体を持つファントムガール。
 それがアリスを一言で表す言葉だった。
 
 「なるほど、ウルトラ第4の戦士が『エース』なら、ファントムガールは『アリス』ですか。ACEとALICE、つづりも似ている」
 
 悠長に分析するクトルの触手が、立ち尽くすオレンジの戦士に飛ぶ。二本の足は首と左手に容易く巻きついた。
 ヘドロまみれの触手が締めつける。ぽっちゃりとまではいかないもの、やや肩幅が広い体型のアリスだが、首や腕は反比例するようにか細い。ギシギシと肉が悲鳴をあげていく。
 だが、それは全て赤髪の戦士の思惑通りだった。
 自由な右手が触手を掴む。
 刹那に走る電撃に、タコの巨獣が白煙をあげて崩れていく。
 
 「まッッ・・・まさかッッ・・・てッてめえはッッ・・・!!!」
 
 戦慄するマヴェルを尻目に、オレンジの少女は地に伏せるふたりの守護天使を見遣る。
 光を取り戻したユリアの身体は、白い霧となって消え失せた。
 片膝を立ててしゃがんだアリスが、安心したようにぐったりと倒れ込む青い少女を抱き起こす。
 
 「手術は・・・成功したんだね・・・・・・博士は・・・間に合ったんだね・・・」
 
 この作戦が賭けていた最後の綱、機械の身体を持つ天使の出現に、心なしか、ナナは微笑んでみせる。
 
 「生きて会えて・・・嬉しいよ・・・・・」
 
 「あなたのおかげよ。でも、人間じゃなくなったけど」
 
 淡々と言う鼻にかかった甘い声には、怒りではなく、感謝を隠す照れが含まれていた。
 
 「喜ぶのは早いわ。こいつらを倒してからよ」
 
 「あたしも・・・・・・闘う」
 
 「足手まといよ。とっとと変身を解除して」
 
 可愛らしい声に反した冷たい台詞。
 だが、装甲の天使はボロボロの青い肢体を強く、強く抱いて言った。
 
 「よくやったわ。この星を救ったのは、確かにあなたよ」
 
 嗚咽が洩れる前に、ファントムガール・ナナの完璧なプロポーションは光の粒子となって夏の朝に溶けた。
 
 「てッ・・・てめえッ、なんで生きてやがるッッ?!! あの時ぶち殺したはずなのにッッ・・・」
 
 別れの余韻を掻き消すように、銀毛の女豹が吼える。機械と融合した身体、電撃を繰り出す攻撃・・・いくら否定しようとも浮びあがってくるファントムガール・アリスの正体に、さすがの悪女が動揺を隠せない。
 
 「生かされたのよ。報われない闘いの犠牲となるためにね。でも、それでもいいわ」
 
 ツカツカとオレンジのボディーラインをくねらせて、機械の少女が進む。一歩ごとに大地が震え、瓦礫が煙をあげるなか、最終決戦が始まろうとしていた。
 
 「今の私には仲間がいる。神崎ちゆり・・・あんたに受けた仕打ち、まとめて返すわ」
 
 「霧澤夕子ォォッッ――ッッ!!! 地獄に戻ってなァッ!!!」
 
 互いの正体を叫びあったふたりが一気に跳躍し、鋼鉄の右腕と鋭利な爪を交錯させる。
 飛び散った火花が、新たな死闘の幕開けの合図となった。
 
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