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「第五話 正義不屈 ~異端の天使~ 」
8章
しおりを挟む「はあッ、はあッ、はあッ! ・・・やっと・・・完成・・・かな?」
穴だらけになった広大な五十嵐家の敷地で、藤木七菜江は搾り出すように声を出した。
白い空手着に包まれた小さな肩が、激しく上下している。下に着ているティーシャツは、汗でぐっしょりと濡れそぼっている。今にも倒れ込みそうな身体を、少女は両手を膝に当ててなんとか支えていた。
拳に巻かれたテーピングが擦り切れ、滲んだ血のせいで黒ずんでいる。以前にも増した地面の穴を見るまでもなく、激しい修練のあとが窺い知れた。
「いよいよ明日、ですな」
知らぬ間に隣に立っていた執事・安藤から、柔軟剤のよく効いたスポーツタオルが渡される。顔にフローラルの香り漂うそれを押しつけると、柔らかな生地は汗をよく吸った。しばしゴシゴシと汗を拭ってから、大きな吐息とともに顔をあげる。息切れは、ようやく収まりかけていた。ブカブカといっていい大きめの道着は、七菜江の可憐さを逆によく表している。タオルを首にかけ、夏の星座を見上げながら、少女は軽く息を吐いた。
「なんとなくだけど・・・感触は掴めてきた、と思う」
真っ直ぐ正面を見据えながら、どこか頼りなげでいて限りなく明るい魅力を持った少女は言う。その純粋な瞳の奥に宿る決意は、揺るぎ無いものになっていた。
「新必殺技、完成ですか」
「うん。これで、あたし、勝負かけてみる」
「水を差すようで申し訳ありませんが、非常に厳しい闘いになりましょう。覚悟はできていますか?」
コクリとホームベース型の輪郭を縦に振る、七菜江。
すでに安藤とは、幾度となく話し込んできた。やらなければならないことも、他に方法がないことも、勝算の低さも、全てをよく理解したうえで、まだ年端もいかぬ女子高生は、死地への出陣を己の意志で決意していた。
あたしが負ければ、全ては終わる。
ファントムガールは全滅となり、世界は邪悪に支配される。
これが最後になるかもしれない闘い。しかし、七菜江には怯えはなかった。
今、考え得る最高の作戦を信じ、あとはベストを尽くすしかなかった。それはハンド部の試合前の気持ちに似ていた。
「多勢に無勢、ただでさえ不利というのに、敵はあなたの呪い人形を持っている。あのマリーという魔女がいる限り、藤木様の勝利はまず有り得ません」
「わかってるよ。だから、ユリちゃんを生きかえらせることに集中しろ・・・ってんでしょ。もう、何度も聞かされたよ」
「ファントムガール・ユリアは完全に機能停止しています。蘇生に必要なエネルギーは相当な量になるでしょう。出来る限り戦闘を避け、西条様を復活させたら、すぐに藤木様もトランスフォームを解除なさい。一番いいのは、敵が現れないことですが・・・」
今回、七菜江がすべき使命は明確だった。
ファントムガール・ユリアの復活。彼女を生き返らせることが最大のテーマ。
激しい損傷を負ったユリアの肉体が、完全に死滅する前にエネルギーを充填させることができれば、ユリアは蘇生する。
漆黒のビルに放置され、満天下に晒されたユリアの身体は、限界に近付いてきていた。もう2、3日、待てれば良かったのだが・・・あらゆる関係者に無理を頼んで、安藤はXデーを明日に設定したのだった。ユリアを救い、侵略者に反攻するための、ギリギリ、奇跡のようなタイミングの日が明日なのだ。
蘇生に必要なエネルギーが膨大である以上、七菜江にはできる限り闘ってほしくはなかった。ユリアが放置されたビルの近くで変身し、目的を果たしてすぐ逃げる。それがベストだが、恐らくメフェレスたちが待ち受けているであろう、というのが安藤の見解であった。ユリアを晒すのは、ナナをおびき出すエサであることは確実だからだ。復活できることは知らないだろうが、仲間が惨めな目にあってるのを、ナナが無視できないことはよくわかっているはずだ。十分な勝算を持って、メフェレスはナナを待ち構えていることだろう。
「もっとも厄介なのは、お嬢様が敵の手に落ちていることです。藤木様のご性分からいって、万一人質にでもされたら、とても闘えないでしょう? 戦況は限りなく厳しいと言わざるをえません」
「里美さんのことは・・・気にしない」
「できますか? あなたにそれが?」
「できる。やってみせる。里美さんはもう・・・死んだの」
誰よりも敬愛する先輩の無事を信じている少女は、己に言い聞かせることで、来るべき決戦のときを迎えようとしていた。
ファントムガールの正体を秘密裏にしているため、わずかな特殊部隊の捜索だけでは、里美の行方は掴めなかった。生死すら定かではない。恐らく久慈家が所有する土地・建物のどこかに連れ去られているのだろうが、肝心の久慈仁紀自身の足取りが不明であった。今でも何人かの精鋭が、必死の探索を続けているが、里美の保護を期待するのは難しい。
七菜江はユリア救出に専念するために、里美の存在を心から消さねばならなかった。
老紳士は無言で少女を見詰める。バカがつくほど正直で、素直な娘。平気で人質の代わりに命を差し出すタイプの少女を、死神の待つ戦地に送る辛さが老骨に染みる。だが、彼は信じるしかなかった。
可憐な少女の強い眼差しを。
特訓で血の滲んだ小さな拳を。
そして、作戦の鍵を握る、あの男の実力を――。
「どうした、早く心臓を止めろ。お前の念動力があればできるはずだ」
噴き出した汗が、白い頬を滑り落ちる。久慈仁紀に命令されても、桜宮桃子は動けずにいた。ただ、ボロボロの姿で吊り下げられた虜囚をじっと見る。
桃子に里美を殺させようと提案したのは神崎ちゆりだった。
「そしたらさ~、ウサギちゃんも、立派なワルになると思うんだよねぇ~?」
強大な力を持ちつつも、桃子が正しい心の持ち主であることを知っていた久慈は、果たしてきちんとミュータントになるのか、一抹の不安を抱いていた。オレに惚れきっているはずのバカ女は、忠実な下僕になるはずではあったが、間違ってファントムガールにでもなられては、たまったものではない。用心深い男は、魔豹の意見を取り入れることにした。
「桃子、お前がオレたちの仲間というなら、その証明を見せてみろ。心臓を止められないというなら、首でも捻じ切れ。さあ、やるんだ!」
卵型の顔には、汗が幾条も流れ落ちる。
殺す? このひとを? あたしが?! そんなの・・・そんなの、できるわけッ・・・!!
それまでピクピクと痙攣していた里美の身体が、微妙な変化を見せる。同じように震えながらも、そこには明らかな意志が感じられた。なにかを言おうとしている? 変化に気付いた桃子は、薄汚れた被虐の戦士を見つめる。焦点はあっていないが、それでも美しい瞳が桃子を見ている。
「・・・・・・・・・げ・・・・・・て・・・・・・・」
「・・・え?」
「逃げ・・・・・・・・て・・・・・・・・・あな・・・・たは・・・・・・・・・騙されて・・・・・・・・る・・・・・・・・・・・・・」
「フン、まだ意識があったか、負け犬め」
久慈の右手が胸に、左手が秘所へと伸びる。
官能のセンサーが破壊された里美にとって、いまやあらゆる愛撫が拷問となる。触れられるだけでイキそうになる敏感な二箇所を、久慈の両手はまさしく玩具のように荒々しく弄ぶ。
「ふううわああああああああ―――ッッッッ!!!! ひゃぶうッッッ・・・ぐべえええッッ―――ッッッ!!!!」
極限の快感に、ぐるりと白目を剥く。手足よ、もぎれよ、とばかりに暴れ狂う里美。枯れたと思われた涎と泡が、ゴボゴボと湧いて出る。絶頂に絶頂を重ねた末の、真の昇天が里美に迫ってきているのは誰の目にも明らかだった。
「さあ、やるんだ、桃子。お前が殺さなければ、オレがイキっぱなしにして殺すだけだぞ。フハハハハハ!」
見開かれた桃子の目の前で、凄惨な陵辱シーンが繰り広げられる。自分の彼氏と、人類の守護天使の。美しき少女が、恋人の淫技に悶絶し、死に絶えようとしている。
騙されてる? そうなの? わからない。もうどうでもいい。
ただ、目の前のシーンを見て、桜宮桃子に沸きあがる感情はひとつのみ。
「もう・・・やめろォォッッ――ッ!!!」
爆発。
ボンッッ!! という音を残して、久慈の身体が後方に吹き飛ぶ。透明な巨大鉄球に弾かれたように。細身の肉体は、激しく灰色の壁に激突し、地下全体をかすかに震わせる。
「ゲボォッッ!!」
なにが起きたか、理解できない久慈の口を、吐血が割って出る。
「こんなのッ・・・正しいわけないッッ!!! 人を苦しめて、何が正義よォッッ!!」
激昂。魂から搾り出すように、桃子は叫んでいた。たとえようのない、激しい怒りが少女を包んでいた。
里美を苦しめて喜ぶ久慈への怒り。それを楽しげに見る者たちへの怒り。そんな彼らを信じようとした自分への怒り。そして・・・確かにあったはずの愛と、決別する怒り。
「普通の少女」という仮面を脱ぎ捨てた桃子の、“熱い”本性が表出しようとしていた。
「やっぱりね~。どうせこうなると思ってたんだァ~」
顔を紅潮させる少女の前に、マスカラの濃い化粧を施した顔が現れる。その速度は、桃子の常識外のものだった。瞬時に能力を発動できる桃子だが、ちゆりの攻撃速度がはるかに凌駕している。
ズバッッ!!
音と、「闇豹」が腕を振るのは同時。
次の瞬間、桃子の制服は、腹の部分に三本の裂け目が入り、見る見るうちに赤く染まっていく。
「え?!」
ドシャリッ・・・膝から崩れた少女は、コンクリートの床に座り込んでいた。熱い。お腹が・・・焼けるようだ。思わず腹部を触った両手が、真っ赤に濡れているのを、桃子は不思議そうに眺めた。
傷自体はさほど深くはない。しかし、超能力者といえど、普通の女子高生である少女が、腹部を切られてまともでいられるわけはない。戦闘力を飛躍的に高める『エデン』の寄生者相手に、闘いと呼べるほどのものができるわけがなかった。
「・・・う、うそ・・・・なんで?・・・・・」
「あんたみたいなのはさぁ~、『調教』し尽くした方がいいって、最初からちりは言ってたんだけどねぇ~」
先程まで”仲間”であり、友達であったはずの『谷宿の歌姫』は、肩でも叩くような気軽さで、桃子の腹を切りつけた。そこには一切の躊躇はない。隠されていた“仲間”たちの本性が、桃子の裏切りによって暴き出されようとしていた。
「こうなっちゃったら、心の底から屈服してもらうしかぁ~、ないよねぇ~♪」
桃子の大きな瞳が鋭くなる。ショックは大きいが、傷自体は大したものではない。十分残った体力が、超能力少女に反撃をさせようとする。
「ッッ?!! はああんンンッッ!!」
「あはは♪ 思いっきり感じちゃった声ねぇ~! ウサギちゃ~ん、あんたみたいなのが、ちりたちに歯向かえると思ってんのォ~?」
背後から変態教師に抱きすくめられ、桃子の口から嬌声が洩れる。小さめのサイズのバストは、丸っこい掌にすっぽりと包まれ、つきたてのお餅みたいに変形している。
「や、やめッ・・・はな・・・せッ! この変態ッッ!!」
「実にいい柔らかさですよ、桜宮桃子くん。前にも触らせてもらいましたが、今度は本気で楽しませてもらいますよ。ふふふ、聖愛学院と藤村女学園、ふたつの学校のナンバー1美少女をこの手で堕とせるとは・・・今日は最高の日となりそうです」
揉みしだく手に吊り上げられ、桃子は強制的に立たされる。乳房を包むピンク色の電流は、少女を脱力させ、反攻の意志を奪い取っていた。胸への刺激が、下半身にまで響いてくる。ガクガクと膝を揺らしながら、桃子はなすがままに立ち上がる。
その瞬間―――
ゾクリ。
圧倒的な悪寒が桃子の背を斬りつける。
異形の者に魅入られてるような感覚。それは恐怖というより絶望に近い。急激に温度が下がった気がして、桃子の白い肌が泡立つ。無意識に少女はぶるると身体を震わせた。
「ヒ・・・ヒトキ・・・」
「調子に乗りやがって・・・貴様も里美と同様の目に遭わせてくれる。オレに服従を誓うまでな」
腹部を血で染め、胸への愛撫に喘ぐ少女の前に、久慈仁紀は立っていた。なにもなかったように、悠然と立つ姿は、色気すら感じさせるしなやかさがあった。常人なら失神は免れない勢いで、壁に叩きつけられた彼であったが、『エデン』と融合した者の耐久力を桃子は知らない。薄い唇の端から一筋の朱線を垂らし、復讐に燃える青い眼光を、裏切りの少女に見下ろしている。
「田所センセ、この女、犯してやってください。二度と歯向かうことがないように、ね」
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