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「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~
16章
しおりを挟むまとわりつくような熱風の中、夜の闇に、眩い光が錯綜する。
膨大な質量の白光が、結晶化し、物体化していく。周囲を昼のように照らし出した温かい光は、やがて流れるようなボディを持つ、少女の身体へと形を整えていく。
ファントムガール・ユリア見参。
細身だが、スラリと伸びたバランスのいいフォルム。輝く銀の肌に、黄色の文様が浮んでいる。後ろの襟足で、ふたつにまとめたライトグリーンの髪。青い瞳が灯った顔は、精巧な人形を思わせるほどに端正である。
前回の敗走を、つゆとも感じさせぬ凛々しい姿は、まさしく天使の呼び名に相応しい。
ファントムガール・里美の窮地に駆けつけた武道少女の狙いは、誰の目にも明白だ。
そのはずだが―――
「??! あんたぁ~~、どういうつもりよォ~~??」
「ッッ?!! ・・・あ、あの小娘めぇ・・・・・・小癪なマネをッ!!」
怪訝そうに首をかしげる女豹に代わり、呪詛のことばを吐いたのは、巨大な戦闘現場の近くに潜んでいた、久慈仁紀であった。
里美の読み通り、久慈は敢えて変身せず、救出にくるかもしれないファントムガールの仲間に備えて、じっと待機をしていた。
いや、もっと厳密にいえば、ファントムガールを餌にして、ユリアをおびきよせるつもりだったのだ。
藤木七菜江が闘えないことを知っている久慈は、この闘いで残るふたりを始末するつもりでいた。今までのように、また新たな戦士なる者が、出現するかもしれないが・・・それにしても、今回は圧倒的に有利なのだ。ファントムガールはマリーひとりで十分だし、ユリアは変態教師の成れの果て、クトルに勝てないはずだった。警戒しなければならないのは、ファントムガールがクトルを、ユリアがマリーを、闘いの相手に選ぶ場合だが、そうはさせないようにユリアが登場次第、クトルとメフェレスとで存分に嬲って殺す計画だった。
だから、ファントムガールが現れても、久慈はメフェレスにはならなかった。ちゆりとマリーとに任せ、中年教師田所とともに、戦闘の現場で罠を張って、ユリアの出現をてぐすね引いて待っていたのだ。
が、しかし、ようやく現れた少女戦士は・・・
「あんなに遠くでは、今からではとても間に合いませんね。どうします、久慈くん?」
「すぐに移動だ! その辺で死んでる奴の車を使えば、五分たらずで行けるッ!」
ファントムガールが魔豹の悦技に昇天しかかっている処刑場から、5kmほども離れた地点に、黄色の戦士は現れていた。
マヴェルやマリーから見える、髪をふたつにまとめた聖少女は、豆粒ほどの大きさだった。大小さまざまな高さのビルの間から、こちらを見据える華奢な巨大少女は、白く輝く光の弓矢を、真っ直ぐに構えている。
破邪嚆矢。
真の力を解放した武道少女は、容赦ない必殺の一撃を、黒衣の魔女に狙い定めていた。ユリアの正体である西条ユリは、30m離れた距離にある10cm四方の的に当てるほどの、弓道の腕前を誇る。
「これが私たちの・・・唯一の作戦です」
ギリギリと光の矢を引き絞るユリア。凛とした姿勢からは、清廉な闘気が漂ってくる。
“ユリア・・・・・・頼んだ・・・わ・・・・・・・”
五十嵐里美がメールでユリに託した作戦、それが遠い場所から破邪嚆矢でマリーを射る、というものだった。
恐らくユリアの登場を、クトルが待ち構えているであろうことは、里美は十分に承知していた。ファントムガールを助けるため、ユリアが現れれば、まさしく飛んで火に入る、だ。
クトルの攻撃が届かない、離れた位置から矢を放つ。
マリーを倒しさえすれば、数的不利があろうと、少しは勝利の可能性も出てくる。今ごろクトルは急いでユリアに向かっているだろうが、5kmの距離は巨大化したとしても、遠い。それだけの時間があれば、弓矢は十分に射てる。
危険であると知りつつ、里美がたったひとりで立ち向かったのは、このためだった。この作戦を成功させるには、クトルを近くに待機させるよう、囮にならなければならない。代償は決して小さくはなかったが、里美の決死の作戦に、勝利の女神は微笑んでくれているようだった。
「あはははは♪ 小鳥ちゃん、勝手なマネはさせないよォ~~! こっちにはねぇ、い~~い盾があるんだからぁ~」
ユリアと黒衣の魔女とを結ぶ直線上に、銀の毛皮が付いた魔豹が立ち塞がる。高々とあげた右手に掴むのは、長く艶やかな金色の髪。ぐったりと脱力したファントムガールが、矢の標的の前に現れる。
「ど~~う? 自分の手で、お仲間をヤルなんてぇ~、あんたのような甘ちゃんにはできないでしょォ~~?」
嘲る女豹の声は、距離があるため、聞こえなかったのか。
欠片ほども動揺をみせず、ユリアの右手は遠目にもハッキリと、さらに光の矢を引いていく。
「なッッ??! ちょ、ちょっとッ~! あんた、ホントに射つ気ィィ~?! こいつが死んでもいいのォッ?!!」
「ムダ・・・・・よ・・・・・・・・」
息も絶え絶えな囚われの戦士が、焦る魔豹に言い放つ。
「ユリアは・・・・・・射つ、わ・・・・・・矢は私を貫き・・・・あなたを射す・・・でも・・・・・・光の技は・・・私には致命傷に・・・ならない・・・・・・」
ゾクリ。
冷たい刃が、マヴェルの背中を斬りつける。
光の技は、同じ光の戦士には、大きなダメージにはならない。逆に闇の魔性には、聖なる力は恐るべき脅威になる。
「こッのッ! ハッタリをォ~~!」
「普段の・・・彼女なら・・・・・それでも私を傷付けられないでしょう・・・・でも・・・今なら・・・・・・」
光の矢が、最高潮に引き絞られる。あとは放たれるのみ。
青の結晶でできた豹の眼が、恐怖と焦燥に歪む。
“私が知る、神崎ちゆりという人間なら、この後の行動は・・・”
ユリアの右手の指が、矢をまさに放そうとする瞬間。
魔豹は銀の女神を掴んだまま、脱兎のごとく飛び逃げた。
いくらマリーが、ファントムガール攻略を握る力を持っていようが、己の身の可愛さとは、比べようもない。元より、己を犠牲にして仲間を守る、などという概念自体がマヴェルにはない。
里美の予想通り、自らの安全を選んだ魔豹がいなくなった今、マリーを守るものは、なにもない。
“やって!! ユリアッッ!!!”
「破邪嚆矢ッッ!! ・・・・・・・ッッ!!」
ドバシュウウウウウッッッ!!!
残像を跡にして、聖なる嚆矢が一直線に黒衣に迫る。
まるでレーザービーム。なにものにも障害されず、ファントムガール逆転の一矢が、宙空を駆け、一気に距離を縮めて魔女に殺到する。
魔力は飛び抜けているが、その分反射神経はない黒魔女は、立ち尽くして正義の矢尻を受ける。
ズバアアアアアッッッ!!!
漆黒のフードの左側頭部が裂け、内側から黒い髪が覗く。
光の矢は、わずかに上方に外れ、魔女のフードを破っただけで、はるか虚空に消えていった。
「あッッ!!・・・・・・・・」
「うくッ・・・・くあ・・・あ・・・・・・・・」
ファントムガールが驚愕と絶望の混じった声を出すのと、ユリアが呻くのとはほぼ同じだった。
黄色の戦士は、ぶるぶると震えながら、己の細腕を抱いている。
“そん・・・な・・・・・まさか、ユリちゃんが・・・狙いを外すなんて・・・・・・ハッ?!!”
暗澹たる漆黒の翳に、希望の灯火を飲み込まれていく中、五十嵐里美はトドメともいうべき光景を、衝撃とともに見る。
ポタ・・・ポタ・・・ポタ・・・
魔女の白磁のデスマスク。その額の左側から、鮮やかな朱線が一筋、ツツ・・・と垂れて地面に落ちる。
その真っ白な右手に握られているのは、銀の地肌に黄色の模様がついた、細型の人形。後ろでふたつにまとめた緑の髪を持つその人形の右腕は、マリーの左手によって、垂直に折り曲げられていた。
「少し血が・・・足りなかったか・・・だが・・・・・・効果は・・・充分・・・・」
人形の腕を、逆に折り曲げる魔術師。「ぐああッッ?!!」と叫んだユリアが、右肘に走る激痛に整った顔を歪ませる。
ファントムガール・ユリアの呪い人形は、完成してしまっていたのだ。
破邪嚆矢が外れたのは、ユリアのミスではない。呪いによる激痛で、照準を狂わされたためだった。
「そ・・・んな・・・・・・・・・そ・・・ん・・・な・・・・・・・・」
髪をマヴェルに掴まれたままのファントムガールが、ガクリと両膝を大地につく。ズズ――ン、という地響きが、守護天使の哀しげな歌となって、人類が避難したあとの街に木霊する。
唯一、マリーの黒魔術に呪縛されていないと思われたユリアは、すでにマリーの虜と堕していたのだ。
冷静に考えてみれば、当たり前の話だった。前回の闘いで、ユリアはイヤというほど、愛液を噴出させられてしまっている。その前の魔獣「サーペント」戦では、出血も多かった。ファントムガールやナナのサンプルを集めている敵が、どうしてユリアの血や愛液を集めていないと言えるのか。寧ろ、前回ユリアが陵辱されたのは、このためだと考える方が妥当ではないのか。
“・・・いや・・・・私は・・・わかっていた・・・・・・ユリアの人形が造られているであろうことを・・・・・・でも・・・それが恐くて・・・・・・・絶望するのが・・・恐くて・・・・・・・・逃げた・・・・・・・逃げてしまった・・・・・・”
ヴィーンヴィーンヴィーン・・・
膝立ち状態の銀色の天使に輝くクリスタルが、その点滅を早めていく。
罠に敢然と飛びこみ、囮となるため挑発し、地獄の苦しみを必死で耐え・・・そこまでして逆転に賭けた唯一の策は、いとも簡単に破られた。里美の弱い心が生んだ、希望的な観測のせいで。
残された現実は、光のエネルギーを魔法陣により根こそぎ奪われた身体と、発覚した下腹部のクリスタルという弱点、そしてユリアでさえも魔人形の虜囚であるという事実。
さらに・・・・・・
「ファントムガール! 諦めてはダメです!」
遠い距離から、ユリアの高い声が叫ぶ。
その手に光るのは、二撃めの破邪嚆矢。
呪い人形の作製には、髪の毛と血と愛液とが必要ということだが、その量によって効果が変わるらしい。確かにユリアも黒魔術にかかってはいるが、襲いくる激痛は、里美やナナほどではなかった。
“これぐらい・・・我慢できますッ!!”
普通の少女なら泣き喚かずにはいられない痛撃を、生まれながらの武道少女は汗を垂らしながら食いしばる。右肘を襲う電撃にさらされつつも、惚れ惚れする姿勢で弓を引く。
だが。
「タイム・オーバーだ。ファントムガール・ユリア」
黒い隕石がユリアの両サイドに落ちる。轟音とともに、暗黒の渦が、凶悪な2体の巨大生物に形を変えていく。
「ハッッ!!」
すかさず光の矢を放つ、武道少女。なんとかひとりでも倒そうという、願いを込めて・・・
嘲笑う現実。信じられない光景。
マッハをはるかに凌駕する速度で飛ぶ光矢は、放って1mの距離で、青銅の掌に掴まれていた。
「メ・・・メフェレッッ!!!」
驚愕に叫ぶ銀色の唇が、途中で動くことを止められる。
魔人メフェレスに掴まれた嚆矢は、次の瞬間、少女戦士の脇腹を、右から左へ串刺していた。
「あッ!!・・・ぐあ・あ・あ・・・・」
「どうだ、自分の武器に貫かれる気分は?」
右側で悪態をつく黄金のマスクに、ユリアが愛くるしい顔を向ける。その瞬間。
ドシュドシュドシュドシュッッ!!!!
大の字になったユリアの肢体が、血風を撒き散らす。天を仰ぐ柔らかな唇から、血の水鉄砲が噴き出される。
華奢な身体の両肩、そして太股の根元が、ヘドロにまみれた濃緑の触手に背後から貫かれていた。
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