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「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~
8章
しおりを挟む「ホントに知らないんだ? じゃあ、ちょっと会わせてあげるよ! あたし、友達なんだ」
興味ない、と断ろうとする吼介の口を、水仙のような桃子の笑顔が封じる。女子高生の無邪気さと、夜の薫りがかすかに漂う色っぽさ。黒く大きな瞳と、並びのいい白い歯が造る笑顔は、男ならときめかずにはいられぬ可愛らしさだ。どんな雑誌の表紙を飾る美人にも、劣ることはない。極上のワインを思わせる美貌を、曇らせる勇気は吼介にはなかった。
「ちょっと待ってて」
立ちあがった桃子は、ゆっくりと周囲を見回す。
急に、楽しげな空気が消え、桃子を纏う雰囲気が変化する。その表情は真剣そのもの、といった感じだ。透き通った瞳は厳しさを増したように見え、光っているような錯覚すら覚える。
奇妙な感覚が、プロ顔負けの格闘士を捕える。
どう見ても、普通の女子高生の体格なのに、じっと集中して活気溢れる街中に視線を飛ばす少女から、一流の格闘家の匂いがするのだ。
“?? なんだ、この感じ・・・? なにか武術を? いや、そんなわけはない、この体つきは、間違いなく普通の女のコのもの。だが、なぜだ? 凄まじいエネルギーのようなものを、このコからは感じる。自分は強い、というような自負、自尊心みたいなもの。単なるオレの気のせいか?”
「いた」
耳の奥でころころと毛糸が転がるように呟く声で、吼介の思案は中断される。
次の瞬間には、45kgほどの小柄な少女に引っ張られる、180以上の大男の姿があった。
「ただ待ってるのも、暇でしょ?! 時間潰しに聞いていこうよ、『歌姫』の唄を!」
百合の笑顔を崩さぬまま、ミス藤村は最強の呼び名高い格闘士を、グイグイとエスコートしていく。その弾ける美貌は、もはや芸術品といっていいほどに、輝きを放っていた。100人並のモデルを圧倒する完成度を、桜宮桃子の造形は誇っている。
まさに美女と野獣の、人目を集めるコンビは、休日で賑わう若者の街を、網目を縫って突き進む。狭い路地に入る。吼介が足を踏み入れたこともない裏道を、桃子はするすると、右へ左へ折れ曲がっていく。
「お、おい! ここ、どこだよ?!」
「いいから! ホラ、聞こえてきたでしょ?!」
スニーカーがアスファルトを踏む音に混じって、確かに聞こえる。
何者かの歌声が。
甘いような、切ないような、哀しいような・・・ビブラートのかかった、伸びのある声が、今まで耳にしたことのない旋律を奏でている。
「これが、『谷宿の歌姫』の声・・・」
吼介は強さを追ってきた男だ。音楽のことなど、まるでわからない。
わからないが、コンクリートの密林に木霊する声は、壮大なスケールのドラマとなって響いてくる。悲劇のドラマの。悲しみに満ちたその声は、硬派な男の心を惹きつける何かを持っていた。
パッと視界が広がる。
土地所有者の気まぐれや、建築計画のミスなどにより、偶然に生まれる裏通りの広場。狭い路地の先に広がる、コンクリートに囲まれた空き地。そこは、いわゆる不良たちの溜まり場となる。
そのひとつに、今、行き着いたのだ。
5m四方ほどの空き地は、ステージとなっていた。中央に、歌手が、ひとり。『谷宿の歌姫』と、一部の人間から畏敬を抱かれている対象は、観客のいないリサイタルを、たったひとりで行っていたのだ。
「・・・お前が、『谷宿の歌姫』か・・・」
「ちりィ~~、久しぶりだね!」
あどけなく手を振る桃子の横で、苦い顔へと変貌していく逆三角形の男。
『闇豹』神崎ちゆり。
豹柄のチューブトップにミニスカといういでたちの悪女が、対照的なふたりの男女を迎えていた。歌うことに熱中し、普段の悪行からは想像できない穏やかな表情を浮かべていた不良の女王が、突然の訪問者に気付いて、慌てて歌うことを止める。
「・・・工藤吼介ぇ?! あらぁ~~、こんなとこであんたに会えるとは、ちり、思わなかったぁ~~」
先程までの透き通った美声が、嘘のように鼻にかかったダミ声で話すちゆり。甘えた物言いにも聞こえるが、その節々に隠された棘を見逃すほど、吼介も鈍感ではない。
「お前にこんな特技があるとはな! 豹が猫のように鳴けるとは、知らなかったぜ」
少しでもいいと思った自分が、腹立たしい。
美人と会話する楽しさで、いい気分に浸っていた筋肉マシンのエンジンに火が着く。元々吼介は、不良という人種が好きではない。甘えた精神構造が見えるからだ。積年の嫌悪感に加え、騙されたような感覚が、完成した肉体の持ち主を、戦闘バージョンへと変化させていく。
「筋肉しか興味ないよーな奴がさぁ~~、ここにいるほーが不思議だよね・・・なにしに来たのォ~~?」
言い方は平然としているものの、サングラスの奥に光る眼は、鋭さを増している。
ちゆりとしても、あまり他人に知られたくはなかった姿を、見られてしまった怒りは、抑えきれないようだった。
なにしろ、相手が工藤吼介なのだから。
五十嵐里美や藤木七菜江と仲の良い吼介は、闇豹にしてみれば、敵同然の相手であった。その男に、いつもと違う一面を見られたのは、プライドの高い彼女にとって、耐えられない恥辱である。
「あ、あれ? ふたりとも、知り合いなの?」
両者に流れる不穏な空気を察して、チェックのスカートの美少女が、間に入ろうとする。無駄だった。1度着いた炎は、凄まじい勢いで燃え広がらんとする。
「七菜江に手を出した、ひょろ長い男に、シメシをつけてやろうとしたんだがな。まさか、こんなところでもっとオイシイ相手に会えるとは思わなかった」
「ふぅ~~ん、どうやらやる気まんまんみた~い。ちりは構わないけどねぇ~~」
「あの時、あいつを泣かせたこと、忘れてねえだろうな、クソ豹」
「里美といい、七菜江といい、あんたってホントに女のセンスないねぇ~? いつかふたりとも、顔をグチャグチャ~にしてやるからねぇ~~」
殺気が狭い空間でどんどんと溢れていく。不意に起ころうとしている戦争。それはあまりに突然といえばそうだが、なるべくしてなる状況ともいえた。
吼介は、ちゆりが七菜江にしたリンチを忘れていなかった。
ちゆりは、里美や七菜江の周りのものを、全て壊したかった。
両者の意図が一致している以上、潰し会いは必定――
膨らみ続ける風船が、爆発する瞬間――
「危ないッッ!!」
可憐な声が、今まさに飛びかかろうとしていた筋肉獣に掛けられる。
反射的に頭上を仰ぐ吼介。そこに降ってきたのは、コンクリートの塊。
ボゴオオッッッ・・・・・・!!
固いものが粉砕される破壊音が響く。
測ったように吼介の真上から落ちてきた、ボウリングの玉ほどの塊は、ダイナマイトが仕掛けられていたかのように破裂した。
砂煙と化した粉塵が、雨となって呆然とする男に降りかかる。
「こりゃあ、一体・・・?」
横を向く。危険を教えてくれた少女は、肩を上下させながら、微かに呼吸を荒くしてた。真っ直ぐに見つめる瞳が熱っぽい。アクシデントにただ戸惑った顔、にしては、桃子は興奮気味であった。
「はぁ・・・はぁ・・・だ、大丈夫? コンクリートが落ちてくるなんて・・・ちょっと間違えば死んでたよ?」
「オレは平気だが・・・お前こそ、なんか様子がおかしいぞ? 大丈夫なのか」
ニッコリ微笑む桃子。それは心配しないで、という意味らしい。
突然の出来事に、戦闘意欲を殺がれた吼介は、抜きかけた刀を納めることにした。機先を逸らされたのはちゆりも同じようで、腕組をしながらこの様子を覗いている。
「それよりふたりとも、何があったか知らないけど、いがみ合うの、止めようよ・・・・・・きゃッ?!!」
背後から小さな身体を抱き締められ、思わず輝く皮膚を持つ少女は叫んでいた。
「あッ!!」
「待ったか、桃子。悪かったな」
待ち人の登場に、白い頬がパアッと名前と同じ、桃色に染まっていく。その恥じらいぶりだけで、いかにこの美貌の少女が、現れた男に惚れているかがわかった。
「なんだ、うらやましい男は、お前だったのか。副会長さんよ」
登場した桃子のパートナーに、吼介は冷ややかともいえる声で言う。
両腕で桃子を抱きすくめたまま、聖愛学院生徒会副会長、久慈仁紀は色白の顔に薄い笑いを貼り付けていた。
ニヒルな様子は、好きな女性には堪らない魅力となるに違いない。事実、目の前で嬉しそうに微笑み続けている少女は、このプレイボーイで有名な男の虜であるようだった。
「やあ、工藤くん。珍しいところで会うもんだね。君はひとりぼっちかい?」
カチンとくる台詞使いに、吼介の眉がピクリと動く。だが、その後の感情を抑えることには成功した。
「まあ、な」
「まさか、桃子に手を出そうとしてないだろうね?」
「しねーよ、アホ」
「それは良かった」
フフフ・・・口を歪めて笑う久慈。ひとによって、魅力的にも、醜くにも映る笑顔だ。
「桃子はボクの“切り札”なんでね・・・では、失礼」
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