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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」

27章

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 激しい睡魔が、西条ユリの細い身体を襲っていた。
 ダメージを受けると、変身を解除した後、『エデン』が強制的な眠りにつかせることは知らなかった。どちらにせよ、身体は動かすことはできない。右腕は折れており、両足の関節は、巨大化時と同様、外れたままだった。ファントムガールで受けた怪我は、生身では随分軽くなるというのに、それでもこれだけの大怪我をしているところに、今回の死闘でのダメージが窺い知れる。
 細胞全体が休息を求めるような眠気に耐えるのは、無理なことはよくわかっていた。意識が白濁した世界に吸いこまれていく。
 
 身体を抱かれる感覚が起こる。
 温かく、力強い感覚。家族ぐらいにしか、気を許したことのないユリにとって、その感覚は新鮮だった。
 視界に映るのは、藤木七菜江の顔。
 泣いていた。グシャグシャに泣いていた。汗と涙と涎と鼻水で、チャーミングな造りの顔は、べっとりと濡れていた。
 
 “なんて・・・・・・・キレイな・・・・・泣き顔・・・・・・・”
 
 その映像を最期に、西条ユリの意識は暗闇に飲まれていった。
 七菜江は眠りに落ちたユリを、きつく抱き締める。治療班が無理矢理引き剥がすまで、七菜江はユリに抱き付いていた。ユリが連れられると、膝をついて大地にボタボタと体液を撒き散らした。爪が剥がれるのも構わず、アスファルトを掻き毟って、泣いた。
 無人となった街に、七菜江の慟哭がこだまする。
 何をどうすればいいか、わからなかった。貫く悲しみに突き動かされ、ただ号泣するしかなかった。
 五十嵐里美の真実は、七菜江にとって、辛く、悲しすぎた。
 いつも明るい里美。冷静な里美。気高い里美。屈しない里美。気丈な里美。頼れる里美。優等生な里美。
 そのどこにもいなかった、弱い里美。
 自分を弱いと思いこみ、落ちこぼれだと蔑む里美がいることを、初めて七菜江は知ったのだ。
 
 「里美お嬢様は、よく父上にしごかれて泣いておりましたな・・・。女性として御庭番宗家に生まれたお嬢様を、容赦なく育てましたから。性別を言い訳にさせぬ父上に、落ちこぼれ扱いされ、より厳しい修行を課せられても、挫けませんでした。でも、その陰で、誰にも見られぬよう、ひとりでいつも、こっそりと泣いていたものです」
 
 学校では何でもできるスーパースターの里美が、落ちこぼれ扱いされていたなんて。いつもひとりで泣いていたなんて。
 そんな苦しみを、誰にも見せずに、強く見せかけて、里美は生きてきたのか。
 辛すぎる。悲しすぎる。
 激痛に屈し、真実の姿を晒した里美を、誰が弱いと言えるものか。
 
 「里美さん・・・さとみ・・さん・・・・」
 
 「藤木様、よく見るのです。いくら辛くても、これも五十嵐里美の真実の一面。受けとめてやって下さい。弱い五十嵐里美を、あなたが正面から受けとめてあげるのです」
 
 ぐっしょり濡れた顔をあげ、黒い魔獣に囚われた、銀色の戦士を見る。脇腹からは血が滴り、その肢体が半分に裂かれるのは、時間の問題だった。
 
 「でも・・・でもオ・・・・」
 
 「藤木様、あなたはまだ、五十嵐里美をよくわかっておりませんな」
 
 
 
 粉砕された肋骨が、体内で暴れ回る。傷ついた内臓が、裂かれそうな激痛にパニックを起こしている。
 
 「ひぐうううッッッ!! はがあああッッ・・・うあああああッッッ・・・!!」
 
 “千切れる・・・・・・私・・・・・・・・いよいよ・・・・・・死・・・・・・・・”
 
 ヴィーンヴィーンとけたたましく鳴るサイレンを、どこか遠くにファントムガールは聞いていた。狂いそうな痛撃の中で、死を間近にして、意識の冷静な部分が、醒めた視線を自らに向ける。
 
 “ナナちゃん・・・ユリちゃん・・・ごめんね・・・・・私のために、傷ついたのに・・・・・・・私が弱いせいで・・・・・・ごめんね・・・・・・”
 
 里美が思い描いたのは、同じファントムガールの仲間であり、自分を信じてくれている、ふたりの少女のことだった。
 
 “ナナちゃん・・・私がトランス封印したこと・・・・・怒るだろうな・・・・・結局後悔させちゃうな・・・・・・私が不甲斐ないから・・・・・・・ユリちゃん・・・悲しむだろうな・・・・・・自分のせいで、私が死んだと思わないかな・・・・”
 
 死を目前にして、里美の心は随分と落ち着いていた。自分が死んだらどうなるか、自然に頭に浮んでくる。
 
 “ナナちゃん・・・私がこんなんじゃ・・・安心して休めない・・・・・・ユリちゃん・・・・・私が死んだら・・・・・責任を感じてしまう・・・・・・・”
 
 私が死んだら・・・・・・あのふたりは、どうなってしまうの?
 
 ビクンッッ!! 
 それまで一切反撃しようとしなかった、囚われの聖少女が突如力を湧きあがらせる。消えていた瞳に、青い光が蘇る。
 
 死ねない。死んではいけないッ!
 あのふたりのためにも、今、自分が死ぬわけにはいかないのだ!
 
 だが、四肢を蛇に絡まれた身体で、どう反撃できるというのか。強烈な力で引かれた胴体は、間もなく分断されるというのに。
 ある。自由なところが。
 右腕だけは無事。ユリアの破邪嚆矢で、魔獣は右腕を失っていたのだ。ファントムガール・ユリアの置き土産が、最期の最期で、銀の女神に味方する。
 全身に残った光のパワーを、右手の上に集中する。ソフトボールくらいの光球が、最期の望みを託して、白くうねって輝く。
 
 「ファントム・・・・・・バレット!」
 
 光の弾丸が、一直線に、背後に隠れた蛇の頭を、的確に捕える。
 咆哮する魔獣。それでも螺旋を解かない。すかさず、弾丸が二撃めを鎌首に与える。
 
 ドガアッッ!!
 
 三撃め、四撃め・・・・ピンボールのように連続して魔獣を貫く弾丸。蛇の衛星となった光球は、縦横無尽に黒い巨体を貫き射す。
 
 ドガドガドガドガドガドガドガッッッ!!!
 
 ファントムガールの思うままに操れる光の砲弾が、半分ほど溶けた魔獣にトドメを刺す。
 ファントム・バレット…弾丸と名付けられてはいるが、元は新体操の「ボール」であるこの技は、威力こそ小さいものの、自在に操ることが可能という利点があった。
 まるで、演技をする里美が、自由自在にボールを操る様子に似て。
 吼える魔獣の頭部に、白い弾丸が吸い込まれる。
 
 「きひ・・・」
 
 爆発して、四散する黒い魔獣。
 それとほぼ同時、横臥した状態のファントムガールの銀の肢体は、光の粒子となって、死闘の終わった街に消えていった。
 
 
 
 「やったああッッ!! 勝った! 里美さんが勝ったよオオッッ!!」
 
 さっきまでの泣き顔はどこへやら、弾けるように笑顔になった七菜江が、隣の執事に抱きつく。スーツが液体で汚れるのも構わず、ぐいぐいと顔を紳士の胸に押しつけてくる。どうやら、今度は嬉し涙を流しているようだった。
 
 「やったあッ、やったよォぉ・・・安藤さん、里美さんが勝ったよぉぉ・・・」
 
 「おお、よしよし、良かったですなあ」
 
 再び泣き顔となった少女のショートカットを、孫の頭でも撫でるようにいたわる。
 (泣いたり、笑ったり・・・忙しい方です。まあ、そこが魅力ですが)
 手間のかかる娘をひとり得た気分になって、微笑みながら執事は七菜江を撫で続けた。
 
 「なんで・・・里美さん、急に復活できたんですか?」
 
 胸に顔を埋めながら、聞いてきた七菜江の質問に、老紳士は温かい笑顔で答えた。
 
 「だから、言ってるではありませんか。それが、五十嵐里美ですよ。さあ、お嬢様を保護しにいきましょう」
 
 ポケットから取り出した鍵で、手錠を外し、執事は光の粒子が移動したと思われるポイントに向けて、歩き出した。
 

 
 冷たいアスファルトの上に、五十嵐里美は寝ていた。
 青いセーラー服は、ところどころがナイフで切られたように、裂かれていた。衣服にまで影響がでるのは、ダメージが大きかった証拠だ。外傷はこれといったものはなかったが、めくれたセーラーの下、脇腹の部分が血で滲んでいる。腹筋がなんとなく崩れた形になっているのは、肋骨が折れているせいのようだ。桜の花の形をした唇から、網目のように広がった吐血の多さが、内臓の損傷を予想させる。
 当然のように、里美の意識はなかった。「エデン」による強制睡眠だけでなく、激闘による失神が、美少女を襲っていた。
 
 その足元に立つのは、豹柄のチューブトップとミニスカートに身を包んだコギャル。凶凶しい瞳が、気絶した美貌を映している。
 
 「里美・・・あんたって、ホントにしぶといよねぇ~~? でもォ、ちりがこの手で始末したげるから~~♪」
 
 「闇豹」神崎ちゆり。その猛獣の爪が、残酷に光る。今の里美は、まさしくまな板の上の鯉。
 
 「さあて・・・顔から股まで、一気に切り裂いちゃおう~~っと」
 
 眠る里美の美しい顔に、青い刃が突き刺さる。
 
 「待った! その人には、指一本触れさせないよ」
 
 すんでのところで、爪は止められた。
 声の主を豹が見る。
 実に整った顔立ちの美少女だった。首に金属製の輪をつけている。鮮やかな茶髪は前髪の半分だけが上げられ、後ろはツインテールで纏められている。
 普通の人間なら、足を踏み入れるのもためらわれる裏通りに、緊急時とはいえ、容易に現れるところを見ると、タダモノではないらしい。いや、今の殺意溢れるちゆりの前に立つだけでも、相当度胸がすわっていないとできないが。
 
 「ふ~~ん・・・あんた、誰よ~?」
 
 「その人の・・・・・・・・・友達よ」
 
 「あっそ。じゃあ~~・・・殺しとくかあ~」
 
 豹が口調とは裏腹の、素早い動きで突如現れた少女に殺到する。
 対する少女は・・・驚くことに向かってきた。しかも、速い。
 左のフックをちゆりに放つ。どんな不良でも、目をまともに見れないという「闇豹」を恐れていない。
 力強いパンチは、しかし、隙が大きすぎる素人のものだった。難なくよけたちゆりが、反撃をする。
 首を狙って爪が飛ぶ。殺すつもりの攻撃。鋭い刃が、美少女に襲いかかる。
 
 ガキイ――ン・・・・・・
 
 確かな金属音が、裏通りに響き渡る。
 豹の爪は、美少女の右腕によって受け止められていた。
 その瞬間、豹柄のコギャルは猫の身軽さで飛んでいた。10m近い距離を置いて、己の左の爪を見る。
 青い刃は、わずかにだが、欠けていた。
 
 「ふう~~ん・・・あんた、面白いねぇ~~・・・なんて名前ぇ~~?」
 
 「霧澤…夕子」
 
 「覚えとくかな~~。今日は、あんたに免じて帰ろ~~っと」
 
 そのまま、派手な格好のコギャルの姿は、コンクリートの角に消えていった。
 数分後、七菜江たちが駆けつけた時には、もうひとりの少女の影もなく、ただ里美が、傷ついた身体を横たえていただけだった。
 
 
 
 「壊し屋だなんて、強がりながらも大したことなかったわね。寧ろ、ファントムガールの陣営を強力にしただけだったわ」
 
 淡々とした口調で話すのは、ゾッとするような美貌の持ち主・片倉響子だった。その素振りからすると、悔しい気持ちはあまりないらしい。敵が増えていくことが、嬉しいようにも感じられる。
 
 「ふふふ・・・まあそう言うな。奴はよくやったよ。少なくとも、ファントムガールとユリア、このふたりが重傷を負ったのは確かだ。ここで一気に波状攻撃をかければ・・・奴らを壊滅できるだろう」
 
 愉快そうに笑うのは、メフェレス・久慈仁紀だった。こちらも、サ―ペントの死を、いかほどにも悲しんでいる様子はない。彼の頭には、駒としての計算しかないようだった。
 
 「それはそうだけど・・・波状攻撃なんて、できるの?」
 
 「ククク・・・それがいるのだ。とっておきの悪魔がな。何人いるか知らんが、これでファントムガールは終わりだ。」
 
 久慈の瞳が残虐に燃える。そこには勝利を確信した色が浮んでいる。
 
 「わはははは! ファントムガールどもよ、次に現れるときが、貴様らの命日だ! 里美か? ナナか? ユリアか? 誰でもいい、悪魔が貴様らの命を食いたがっている。今のうちに、せいぜい喜んでおくんだな。ワハハハハ!」
 
 
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