ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」

26章

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 「お願いッッ!! 安藤さんッ! 私に行かせてッッ!! 里美さんが・・・里美さんが本当に死んじゃうッッ!!」
 
 「無理で御座います。今は我々が出来ることをやりましょう。西条様を保護するのです」
 
 「だってッ! だって里美さんがぁッッ!! 嫌だよッ、こんなの嫌だよオッッ!!」
 
 ボロボロと泣き喚く七菜江を、深謀遠慮の輝きを保ったままの執事の瞳が見る。一旦は我慢して死闘を見守っていた七菜江だが、銀の皮膚を滴る血の多さに、ついに耐え切れなくなった。あれだけの打撃を受けた里美のアバラが、無事ですんでいるわけがない。復讐に狂った蛇の暴虐に、破壊されるのは火を見るより明らかだ。
 なだめるように、丸い両肩に、老紳士の意外にゴツイ手が添えられる。
 
 「よく見るのです、藤木様。お嬢様の、五十嵐里美の闘いを。あの方の真実が曝け出されようと、その眼でよく見るのです」
 
 サーペントが巨大な鎌首を振る。勢いで、脇腹の肉を削ぎ取られたファントムガールの肢体が、百貨店の高層ビルに叩きつけられる。轟音を響かせ、上半身をビルに突っ込んだ銀色の天使。ぐったりとした下半身が、そそる曲線を描いて、コンクリートの壁から突き出る。紫の模様が、ハイレグ水着に似ているため、グラビアアイドルの挑発的ポーズを思わせる。
 叩きつけられた衝撃で、里美の意識は半失神に追い込まれている。迫る危険から逃れる方法は、ない。
 魔獣の両足が、くびれた胴体を挟みこむ。
 蛇と化した足が、それぞれ二重に巻かれる。合計四重の螺旋。
 ビルから引き抜かれるファントムガールの身体。足がふらつき、ペタンと大地に腰を下ろす。背後から大蛇に絞められているため、反撃が出来ない。手が届くのは、脇腹に巻きついた黒い足だけだ。
 光の棍棒、ファントム・クラブを出現させようとする聖少女。
 しかし、それより早く、サーペント必殺の攻撃がファントムガールを襲う。
 
 「スネークスクイーズ」
 
 蛇の両足が銀のボディを絞めつける。ただ、それだけの技。
 だが、ファントムガールにもたらした効果は・・・
 
 「ぎいやああああああッッッ―――――ッッッッ!!!!」
 
 およそ、里美が正体とは思えぬ、地獄から聞こえるような雄叫び。
 クラブを出そうとしていたことも忘れ、全身を硬直させて叫び続けるファントムガール。激しい殴打で軋んだ肋骨を、一気に握り潰される拷問。想像を絶する圧迫感は、手負いの少女戦士が耐えるには、あまりに強烈すぎた。
 
 「あなこんだハ・・・馬デモ絞メ殺セルラシイナ・・・貴様ゴトキハ・・・タヤスイコトダ・・・」
 
 「うあああああッッッ――――ッッッ!!!! ぐあああああッッッ――――ッッッ!!!」
 
 メシイッッ・・・メキメキ・・・ゴキボキッ・・・ベキイッ・・・
 容赦ない魔獣の圧搾が、銀の少女を破壊していく。骨の折れる音が、内臓の潰れる音が、体内から恐ろしいまでの大きさで聞こえてくる。自分が壊される音が、異様な響きで伝わってくる。
 
 “苦しいッッ!! 潰されるッ、潰されてしまうッ!! た、助けて・・・誰か、助けてッ!!”
 
 一定の速度で螺旋は締まってくる。ファントムガールの悶えなど、まるで意に介せず、処刑は着々と進んでいく。圧迫感で呼吸すらままならず、酸素は搾り出されるのみで、窒息の苦痛が加わってくる。
 
 “ユリアは・・・もう闘えない・・・・・ナナちゃんは・・・私が闘えないようにした・・・・・・私が、私がやらなくてはッ!”
 
 一際強く、戒めが締まる。
 「はきゅううッッ!!?」 ビクリと震えたファントムガールが、撲殺された鰻のような声をあげる。
 
 “・・・・・・肋骨が・・・内臓に・・・刺さっ・・・た・・・・・・・”
 
 厚めの唇から、一筋の朱色の線が引かれる。
 
 メキメキイッッ・・・ズブウッ・・・ズブズブ・・・ベキイッニチャアッ・・・
 
 「ひぎやああああああッッッ――――ッッッ!!!! ぶげええッッ!! ぐぎゃああッッ・・ガアア・・・いやあああああッッ――――ッッ!!!」
 
 折れた肋骨が内臓に刺さる。それでもさらに絞められる。本物の地獄さながらの煉獄。
 
 “痛いッ~~ッッ!! 苦しいィッッ~~ッッ!! ダメェェッ~~ッ! 私、もうダメえェェッ~~ッッ!! こんな・・・こんな・・・内臓があッ~~ッッ! 肋骨があッ~~ッ!! 息が、息ができないィィ~~ッッ!”
 
 狂ったように頭を振るファントムガール。もし里美のままなら、とっくにショック死していたろう。なまじ、ファントムガールになったばかりに、発狂しそうな激痛が、美少女を捕えて離さない。
 ゴボゴボゴボ・・・・
 赤い血塊と、白い泡が混ざった粘着質な液体が、ファントムガールの口から溢れる。銀のボディが、みるみるうちに朱に染まっていく。
 
 “私・・・私・・・・・もう・・・もう・・・・・・ダメェェ・・・・もうダメ・・・・・・狂いそう・・・・・死にそう・・・・・・・もう・・・・耐えられ・・・・・ない・・・・・”
 
 ビクンッ! ビクンッ! ビクンッ!
 大きく痙攣する聖戦士。その胴は、誰の目にも明らかに、潰されていた。蛇の螺旋の間から、ファントムガールのモノと思われる血が滲んでいる。全身を突っ張らせた少女戦士にできるのは、ただ悶絶するだけ。
 
 “ナナ・・・・ユリ・・・・・私・・・・・・・・ダメェ・・・・・・私・・・・・・・・弱い・・・・の・・・・・・・”
 
 トドメとばかりに、限界まで締め上げる魔獣。
 喉の奥から噴き出した血が宙を飛び、瞳に灯る青い光がブンッと消える。代わりに点滅し始める、胸の水晶体。
 硬直していた肢体がぐったりと弛緩し・・・・・・脱力した女神が、大地に崩れていく。
 サーペントが技を解く。
 半分ほどの細さになってしまったファントムガールの腹部は、折れた骨が皮膚を突き破り、血で真っ赤に塗れていた。
 美しく、気高い少女戦士の惨状は、とても正視に耐えられないものだった。
 
 だが、サーペントの処刑執行はまだ終わっていなかった。
 ピクリとも動かない銀の女神に絡まっていく。蛇となった四肢が、それぞれ右足は右足、左腕は左腕、というようにファントムガールを磔にする。ユリアが全身を引き伸ばされた、あの技の態勢だった。骨を砕かれ、内臓を潰された今のファントムガールがやられれば・・・・・・腹部から真っ二つにされるのは確実だ。
 一直線に磔られる里美。魔獣の右腕は、矢で千切り取られているため、ファントムガールの右腕だけは自由なのだが、深いダメージと折れかけた心によって、少女戦士は逆襲に出る様子がない。
 事実、里美の心は、暗黒に飲まれようとしていた。
 
 魔獣がその長大な全身を伸ばしかかる。
 里美の身長はユリより低い。トランスフォームしてもその関係は変わらない。80mはある大蛇と同じ長さに伸ばされる技は、当然ユリ以上の苦痛を里美に与えることになる。
 ミシミシミシ・・・・
 ファントムガール崩壊の序曲が、肩関節と股関節の辺りから聞こえ始める。
 
 「はひいィィィッッ!! ふわあ・あ・あ・あ・・・・くふうぅぅッッ・・・!!」
 
 新たな激痛が、死の淵から女神を呼び戻す。
 だが・・・・・・苛烈な嗜虐を受け続けたファントムガール、五十嵐里美の精神は、屈服の野獣に食い尽くされんとしていた。
 
 「・・・た・・・・助け・・・・・て・・・・・・・・・もう・・・・・ダメ・・・・・許し・・・・・て・・・・・」
 
 死滅しようとする魔獣には、聖なる戦士の嘆願は、届かなかった。ただ、破壊衝動のみで動くマシーンとなって、銀色の肉体を引き千切ろうとする。
 
 「私・・・・・弱いの・・・・・・・・いつも・・・・・泣いてた・・・・ひとりで・・・・修行・・・・・嫌だった・・・・・・・・・辛くて・・・・・・泣いてた・・・・・・・もう・・・・・闘いたく・・・ない・・・・・・ダメ・・・・・もうダメ・・・私・・・・・・」
 
 壮絶な激痛によって、里美の意識は混沌状態にあった。無意識に語られる、里美の本音。度を越した魔獣の虐待が、奥底に隠した少女の弱い部分を白日の元に晒す。
 構わず、サーペントの身体が伸びる。ゴキンッ! と響くのは、肩が脱臼する音。すぐに股関節が外れる音が続く。その度、血を吐き、悶えるファントムガール。クリスタルの非常音が、だんだんと早くなっていく。
 
 「私では・・・・・何もできない・・・・・・落ちこぼれ・・・・・・・・お父様・・・・ごめんな・・さい・・・・・里美は・・・・・・・弱い子・・・・です・・・・・・・この国を・・・・守れそうに・・・・・ありま・・・せん・・・・・・・」
 
 ファントムガールの、五十嵐里美の独白は続く。サーペントが促しているわけでもないのに、喋り続けることが、里美が隠していた弱さ・トラウマの根深さを教えた。許容範囲を超えた煉獄を食らって、屈服してしまった里美の心が、地獄から助かりたい一心で、全ての弱い部分を曝け出させようとしているのだ。
 破壊マシーンとなった大蛇に、そんなことは無意味だった。手足の関節が外れ、皮膚が裂け、いよいよ使い物にならなくなった後は、すでにグチャグチャの脇腹を引き裂くだけだ。上下に強烈に伸ばされる銀の肢体が、腹部でブチブチと音を立て始める。クリスタルの点滅が、ますます早くなる。
 
 「はああッッ! ぐああッッ!? はひゅううッッ!! あ・・あ・・・あ・・・ナナ・・・・・・ユリ・・・・・・・ごめ・・・ん・・・・・・・私・・・・・・・弱いの・・・・・・弱いの・・・・・・・・ごめん・・・・・ゆる・・・・して・・・・・・・」
 
 銀の唇から、大きな血の塊がこぼれる。
 若者の街で、美しき少女戦士が、その残酷な運命に飲まれようとしている。
 
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