57 / 288
「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
23章
しおりを挟む「も、もう我慢できないッッ!! あたしが・・・あたしがッッ!!」
「あなたが何をするおつもりですか? 藤木様」
駆けだそうとする、七菜江の腕を掴んだのは、落ち着いた口調の老紳士だった。
「離してッ、安藤さん! 助けにいくに決まってるでしょッ!」
「お嬢様との約束を、お忘れではありませんでしょうな」
「・・・だ、だけどッ!」
エナジークリスタルを責められる地獄は、体験した者にしかわからない。七菜江には、西条ユリがいかなる業火に焼かれているか、細胞が怯えるまでに身に沁みてわかった。このままでは、ユリア、いや西条ユリの精神が肉体より先に壊れてしまう。
怒りと悲しみで、頬を真っ赤に染めた少女にとって、確かに尊敬する里美のことばは絶対だ。だが、だからといって目の前で、“仲間”が殺されかけているのを、見過ごすわけにはいかない。いや、できない。己を犠牲にしてでも仲間を救いたがるのは、五十嵐里美の専売特許ではない。
そんな七菜江の耳に届いてきたのは、カチャリという、乾いた音だった。
「あ、安藤さんッ! なに、この手錠はぁッッ!?」
「これでトランスフォームできませんな。『エデン』はこれでも拘束されていると判断するでしょうから」
捕まっている状態では、『エデン』はトランスフォームを許さないのだ。実際に巨大化すれば、こんな手錠の拘束など、簡単に振りほどけるはずだったが、そういった理論は『エデン』には無効だった。
「鍵は屋敷に置いときました。これでしばらく、藤木様とジジイは一蓮托生ですな。あなたがこういう時に、じっとできない性格であることぐらいは、私は知ってるつもりでございます」
「だッ・・・でッ、でも、このままじゃあ、ユリちゃんが死んじゃうよッ! そうなっちゃったら、遅いんだよ!」
「そうなれば、そこまでの運命です」
執事のことばはあまりに平然と言い放たれた。取りようによっては、冷酷と映るほどの淡々とした口調。直情型の七菜江がカッとしたのも無理はない。
「なんでそんな簡単に運命だなんて言えるのッ!? 安藤さんがそんなに冷たい人だなんて、思わなかったよ!」
肩をいからせて激昂する少女のショートカットを、ポンと優しく執事の細い指が叩く。
――なぜだろう?
七菜江の脳裏には、会ったことのない父親に、褒めてもらった記憶が蘇る。あれは2才か3才だった。夕陽の中で、お帰りの挨拶をする父親。腰を下ろして小さな七菜江に視線を合わせ、頭を撫でてくれた。あの時と同じ感覚が、不意に思い出されたのはなぜ――? 執事の紳士は、七菜江の父親に似ていたのだろうか。それとも、少女は、この老紳士に父親像をダブらせていたのか。
わからない。ただ言えるのは、執事の指は、少女を冷静にさせたということだった。
「私は確かに冷たい人間です。ですが、今回はちょっと違うのですよ」
「ど、どういうことですか?」
ニコリと微笑む皺のある顔は、凄惨な光景が目前で広がっていることを考えれば、不釣合いだったかもしれない。
「信じているのです。西条様が我々の仲間になる方ならば、必ずやこの苦境から救われるはずだと。藤木様も信じてあげなさい。西条様と、運命を」
ハッとした七菜江は、老執事の目線を追って、再び巨大な死闘に眼をやる。
そこには冷酷な現実が待っていた。
銀と黄色の少女戦士は、5箇所を噛みつかれ、さらに毒を注入されて、断末魔に震えていた。
毒といっても、死に至ることはない。ただ。猛烈な痛みが襲うだけだ。しかし、ユリアはその激痛の海に沈みかけているようだった。泥に汚れた銀の皮膚が、少女の悶絶ぶりを物語っている。
「あ・・・・ああ・・・・・・あ・・・・・・・」
「キヒヒヒヒ・・・どうやら己の死が、理解できてきたようだな・・・」
捨て台詞を残すや、腕や太股の柔肉に噛みついていた蛇が、一斉にその肉を食い千切る。紅い華が4つ、銀の肢体を彩る。噛み跡から噴射した血が、灰色の地面に流れていく。
「キャアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!!」
「キヒヒヒヒ! こりゃあ美味い! ファントムガールを食い殺すってのも、いいかもしれんなあ!」
笑うサーペントの腕の蛇が咀嚼している。銀色の肉片を。牙の隙間から覗いているのは、紛れもない銀の戦士の光輝く皮膚。
食われている。食われているのだ、ファントムガールが。人類の希望・ファントムガールが、卑しき蛇の魔獣に食われているのだ。
ショッキングな映像に誰よりも打ちのめされたのは、当の本人であった。グッタリとした幼さのある少女は、ビクともせずに魔獣の足元に平伏している。その曝け出した黄色の腹部を、本物の口も含めた、5つの蛇が噛み付く。
「イヤアアアアアッッッ――――ッッッ!!! もう、やめてェェェッッ―――ッッ!! お願いですッッ!! もうやめてくださいィィッッッ!!!」
腹部を走る激痛。返り血を浴びた蛇に、泣き喚くという表現がピッタリくる様子で、懇願するユリア。銀の肌は血でドス黒く染まり、哀れさが一層強調される。
だが、破壊欲だけが、行動原理の全てといって良い魔獣に対して、その言葉は寧ろ逆効果だった。
すぐに噛み千切らず、腹部の肉を、何度も何度も噛み砕く。5つの口で、集中的に。泉のように血が溢れても、構わずに柔らかな肉を貪り、嬲り続ける。
「くはあああッッッ・・・・・があああッッッ・・・・・ぎゃああああ・・あ・・・あ・・・アアッッ・・・」
「姉の仇だなんだと言っても、所詮弱者は弱者。文字通り、肉となれ、ファントムガール・ユリア」
噛み千切られる、銀と黄色の肉片。
ユリアの腹部が朱色の肉に覆われる。わざと見せびらかすように、口腔内の銀の皮膚を、動けぬ少女戦士に見せる魔獣。しかし、関節を脱臼し手足を破壊されたユリアには、なんの反撃もできない。
「お願い・・・ですッ・・・もう、やめて・・・・・・ください・・・・・」
ヒクヒクと痙攣する聖少女が、必死で助けを乞う。つい数分前には、生意気に立ち向かってきた少女の、残酷なる末路に、黒い壊し屋の胸が躍る。さて、どう始末するか? このまま食い尽くすのが、最も惨めな正義のヒロインの敗北になるかもしれない。
「せめて・・・・顔だけは・・・もう、殴らないで・・・・・・お願いです・・・・私も女のコだから・・・・・・キレイに・・・・・・死にたい・・・・・・」
その言葉が、ユリアの処刑方法を決定づけた。
左の腕が、緑色の髪を鷲掴み、スタイルのよい銀戦士を吊り上げる。髪が引きぬけそうな痛みに、整った顔立ちが歪む。髪の毛を押さえたいところだが、肩を脱臼しているため、ただぶら下がることしかできない。
「あッ・・・あッ・・・な、なにを・・・・・・・顔は・・・顔はやめて・・・・・・」
「キヒヒヒヒ! とことん甘いお嬢ちゃんだぜ!」
泣き叫ぶ獲物の悲鳴こそが、壊し屋・葛原修司の空腹を満たす。
やめて、と言われれば、そこを攻撃するのが魔獣サーペントの習性なのだ。相手の嫌がるものを与えることが、この狂った暴虐者の基本姿勢であることから考えれば、純朴な少女の言葉がなにをもたらすかは、わかりきったことであった。
ジェットコースターの速さで、風を裂いて黒いアッパーカットが銀のマスクを打ち抜く。
芋虫と成り果てたユリアに、よける手段はない。酷いまでに顔面にめりこんだ拳が、笑顔の似合う少女らしい美形を潰し、細い身体を宙に舞わせる。泥まみれの顔から血を吐きつつ、弓なりに反った聖戦士の肢体は、真っ逆様にアスファルトに落ちていく。
肩から落ちた少女戦士の身体が、「ボキリッッ」と鳴る。
土煙の中、微かに動く銀と黄色の皮膚。ユリアはまだKOされてはいなかった。苦しげな背中には、しかしまだまだ諦めの文字は浮んでいない。再び「ゴキリッッ」という、鈍い音が響く。
顔は殴らないでと言えば、顔を殴ってくる壊し屋の性分は、武道少女には読めていた。だからこそ、わざと殴らせた。細長い身体に秘めた力からすれば、ユリアの肢体は確実に宙を舞うことになる。そうなれば。
「き、貴様、もしや・・・」
ユリアの目論みに勘付いた魔獣が、小刻みに震える銀の背中に殺到する。この小娘、弱気そうに見えて、勝負を捨てていなかった――
グルリと反転する黄色の天使。今までの瀕死ぶりが、嘘のようなスピードで。その両手が、動いている。
落下を利用して、脱臼した肩をユリアは入れたのだ。顔の右半分腫らすのと引き換えに。腕一本が正常になれば、もう片方は自力で入れられる。伴う激痛は半端でないが、その程度の克服が出来ぬほど、西条ユリは弱くはない。
無防備に突進してくる黒蛇を、両手が迎える。関節技は、この特殊生物には効かない。奥義『気砲』は、下半身が使えねば発射不能だ。十分な勝算を持って、勢いを止めぬ魔獣に、ユリアの迎撃方法はあるのか?
左手を地面と水平に曲げ、身体の前面へ。その手首部分に、右手を地面と垂直に曲げて、上から重ねる。
クロスを描いた、両手のその形は、巨大戦士に詳しい者なら、誰もが知る“あの技”の形。
「スペシウム光線ッッ!!」
ファントムガール・ユリアの腕から、“あの”必殺光線が、全く同じ様子で放たれる。
白い迸りが、黒い魔獣を撃つや、閃光とともに爆発して弾き飛ばす。
己がファントムガールになったことを知った西条ユリは、姉のエリとともに、「ウルトラマン」のビデオを見て、闘いのヒントを探ったのだ。見よう見真似で放った技だけに、本物と同じ効果は期待できないが、戦闘の幅を広げるには十分な威力だ。
白煙をあげる蛇が、立ちあがってくるまでに、股関節を入れなければならない。幼きころから脱臼・骨折など当たり前だったユリにとって、股関節という難しい箇所の脱臼も、入れるのはひとりで可能なのだ。膝を両手で持って、力をこめる。
できなかった。
光の放射に苦しんでいるはずの魔獣は、平然と立ちあがり、尻餅をついた格好の銀の戦士を睥睨していた。
「なッ・・・ス、スペシウム光線ッ!!」
再度両腕をクロスし、伝説の光線を放つファントムガール・ユリア。
魔獣・サーペントの顔と両手にある、3つの蛇の口から吐き出された漆黒の光線が、正義の白光を迎え撃つ。
光線技はよりイメージが強いほど、強力になる。それが互角ならば、正・負のパワーを多く秘めた方。それも互角ならば、体力の差が光線の力の差になる。
ユリアとサーペント、両者の受けたダメージの差が、勝敗を決定付けた。
幾多の怪獣を葬ってきた、伝説の光線は弾け散り、名も無き暗黒の光線が、真っ向勝負に敗れた光の戦士を直撃する。
「ッッッッ―――ッッッ!!!!」
光と闇は相反する力。暗黒の光線は、光の戦士にとって、最も脅威となる破壊をもたらす。
魂を握り潰される激痛と、完全に力負けしたショックで、心を暗く塗りつぶされていくユリア。無言で悶える少女戦士に、容赦ないトドメの黒光が浴びせられる。
「うわああああああッッッ―――――ッッッ!!!!」
溶岩に沈められた罪人が、苦しみもがくように、自由になった両腕を宙にさ迷わせるファントムガール・ユリア。五指が開ききり、折れ曲がった指が、地獄の猛火に灼かれる辛さに空間を掻き毟る。
苦痛を表現する両腕の形のまま、少女戦士はゆっくりと、大地に沈んでいった。その胸のクリスタルが、ヴィーンヴィーン・・・と切なげに鳴り始める。
闘いが始まって、15分も経たぬうちに、華奢な銀の新戦士が、そのエネルギーを枯らして死に絶えようとしている証拠だった。
“エ・・・リ・・・・・・ごめ・・・ん・・・・・・勝てなかっ・・・・・・た・・・・・・”
銀と黄色のボディは、噛み千切られた跡から流れる血と、這いずり回って付いた泥とで、ドス黒く覆われていた。青い瞳に灯火が揺れ、力尽きたその身体は、ビルの谷間の道路に、敗北した姿を横たえている。仰向けに倒れた聖なる戦士の前に、残酷な処刑者が、抑えきれぬ破壊衝動を眼光に宿して立つ。
「キヒヒヒ・・・食い殺されるか、クリスタルを破壊されるか、どちらがいい?」
ヴィーン、ヴィーンという、水晶体が点滅する響きだけが、哀しく届く。ユリアに答える言葉はなかった。いずれにせよ、激しい苦痛の牙に食い破られる定めであることは、悲壮な少女はよく悟っていた。
「よし、食い殺してやろう、ファントムガール・ユリア」
死を受け入れるかのように、身じろぎひとつない銀の戦士に、黒蛇の凶悪な牙が襲う。その仄かな胸の双丘をめがけて――
光が爆発する。
虹色の乱反射から涌き出る、聖なるエネルギーの突風に煽られて、巨大な蛇が吹き飛ばされる。倒れた光の戦士を守るように現れた、輝く粒子が結集し、眩い後光の中、美しい女神の像となって凝固する。
銀色の皮膚、紫の文様、陽光を跳ね返す艶やかな茶色の髪。横から見た、腰から背中にかけて反りあがったラインと、正面から見た、くびれた脇腹から急角度で膨れ上がる腰骨へのラインが、絶妙に美しい抜群のスタイル。胸の中央と、下腹部に光る青の水晶体が、瑞々しく輝いている。
静かな青い瞳に、魔獣の所業への怒りをたたえ、五十嵐里美=ファントムガールが、佇んでいた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる