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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」

23章

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 「も、もう我慢できないッッ!! あたしが・・・あたしがッッ!!」
 
 「あなたが何をするおつもりですか? 藤木様」
 
 駆けだそうとする、七菜江の腕を掴んだのは、落ち着いた口調の老紳士だった。
 
 「離してッ、安藤さん! 助けにいくに決まってるでしょッ!」
 
 「お嬢様との約束を、お忘れではありませんでしょうな」
 
 「・・・だ、だけどッ!」
 
 エナジークリスタルを責められる地獄は、体験した者にしかわからない。七菜江には、西条ユリがいかなる業火に焼かれているか、細胞が怯えるまでに身に沁みてわかった。このままでは、ユリア、いや西条ユリの精神が肉体より先に壊れてしまう。
 怒りと悲しみで、頬を真っ赤に染めた少女にとって、確かに尊敬する里美のことばは絶対だ。だが、だからといって目の前で、“仲間”が殺されかけているのを、見過ごすわけにはいかない。いや、できない。己を犠牲にしてでも仲間を救いたがるのは、五十嵐里美の専売特許ではない。
 
 そんな七菜江の耳に届いてきたのは、カチャリという、乾いた音だった。
 
 「あ、安藤さんッ! なに、この手錠はぁッッ!?」
 
 「これでトランスフォームできませんな。『エデン』はこれでも拘束されていると判断するでしょうから」
 
 捕まっている状態では、『エデン』はトランスフォームを許さないのだ。実際に巨大化すれば、こんな手錠の拘束など、簡単に振りほどけるはずだったが、そういった理論は『エデン』には無効だった。
 
 「鍵は屋敷に置いときました。これでしばらく、藤木様とジジイは一蓮托生ですな。あなたがこういう時に、じっとできない性格であることぐらいは、私は知ってるつもりでございます」
 
 「だッ・・・でッ、でも、このままじゃあ、ユリちゃんが死んじゃうよッ! そうなっちゃったら、遅いんだよ!」
 
 「そうなれば、そこまでの運命です」
 
 執事のことばはあまりに平然と言い放たれた。取りようによっては、冷酷と映るほどの淡々とした口調。直情型の七菜江がカッとしたのも無理はない。
 
 「なんでそんな簡単に運命だなんて言えるのッ!? 安藤さんがそんなに冷たい人だなんて、思わなかったよ!」
 
 肩をいからせて激昂する少女のショートカットを、ポンと優しく執事の細い指が叩く。
 ――なぜだろう?
 七菜江の脳裏には、会ったことのない父親に、褒めてもらった記憶が蘇る。あれは2才か3才だった。夕陽の中で、お帰りの挨拶をする父親。腰を下ろして小さな七菜江に視線を合わせ、頭を撫でてくれた。あの時と同じ感覚が、不意に思い出されたのはなぜ――? 執事の紳士は、七菜江の父親に似ていたのだろうか。それとも、少女は、この老紳士に父親像をダブらせていたのか。
 わからない。ただ言えるのは、執事の指は、少女を冷静にさせたということだった。
 
 「私は確かに冷たい人間です。ですが、今回はちょっと違うのですよ」
 
 「ど、どういうことですか?」
 
 ニコリと微笑む皺のある顔は、凄惨な光景が目前で広がっていることを考えれば、不釣合いだったかもしれない。
 
 「信じているのです。西条様が我々の仲間になる方ならば、必ずやこの苦境から救われるはずだと。藤木様も信じてあげなさい。西条様と、運命を」
 
 ハッとした七菜江は、老執事の目線を追って、再び巨大な死闘に眼をやる。
 そこには冷酷な現実が待っていた。
 


 銀と黄色の少女戦士は、5箇所を噛みつかれ、さらに毒を注入されて、断末魔に震えていた。
 毒といっても、死に至ることはない。ただ。猛烈な痛みが襲うだけだ。しかし、ユリアはその激痛の海に沈みかけているようだった。泥に汚れた銀の皮膚が、少女の悶絶ぶりを物語っている。
 
 「あ・・・・ああ・・・・・・あ・・・・・・・」
 
 「キヒヒヒヒ・・・どうやら己の死が、理解できてきたようだな・・・」
 
 捨て台詞を残すや、腕や太股の柔肉に噛みついていた蛇が、一斉にその肉を食い千切る。紅い華が4つ、銀の肢体を彩る。噛み跡から噴射した血が、灰色の地面に流れていく。
 
 「キャアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 「キヒヒヒヒ! こりゃあ美味い! ファントムガールを食い殺すってのも、いいかもしれんなあ!」
 
 笑うサーペントの腕の蛇が咀嚼している。銀色の肉片を。牙の隙間から覗いているのは、紛れもない銀の戦士の光輝く皮膚。
 食われている。食われているのだ、ファントムガールが。人類の希望・ファントムガールが、卑しき蛇の魔獣に食われているのだ。
 ショッキングな映像に誰よりも打ちのめされたのは、当の本人であった。グッタリとした幼さのある少女は、ビクともせずに魔獣の足元に平伏している。その曝け出した黄色の腹部を、本物の口も含めた、5つの蛇が噛み付く。
 
 「イヤアアアアアッッッ――――ッッッ!!! もう、やめてェェェッッ―――ッッ!! お願いですッッ!! もうやめてくださいィィッッッ!!!」
 
 腹部を走る激痛。返り血を浴びた蛇に、泣き喚くという表現がピッタリくる様子で、懇願するユリア。銀の肌は血でドス黒く染まり、哀れさが一層強調される。
 だが、破壊欲だけが、行動原理の全てといって良い魔獣に対して、その言葉は寧ろ逆効果だった。
 すぐに噛み千切らず、腹部の肉を、何度も何度も噛み砕く。5つの口で、集中的に。泉のように血が溢れても、構わずに柔らかな肉を貪り、嬲り続ける。
 
 「くはあああッッッ・・・・・があああッッッ・・・・・ぎゃああああ・・あ・・・あ・・・アアッッ・・・」
 
 「姉の仇だなんだと言っても、所詮弱者は弱者。文字通り、肉となれ、ファントムガール・ユリア」
 
 噛み千切られる、銀と黄色の肉片。
 ユリアの腹部が朱色の肉に覆われる。わざと見せびらかすように、口腔内の銀の皮膚を、動けぬ少女戦士に見せる魔獣。しかし、関節を脱臼し手足を破壊されたユリアには、なんの反撃もできない。
 
 「お願い・・・ですッ・・・もう、やめて・・・・・・ください・・・・・」
 
 ヒクヒクと痙攣する聖少女が、必死で助けを乞う。つい数分前には、生意気に立ち向かってきた少女の、残酷なる末路に、黒い壊し屋の胸が躍る。さて、どう始末するか? このまま食い尽くすのが、最も惨めな正義のヒロインの敗北になるかもしれない。
 
 「せめて・・・・顔だけは・・・もう、殴らないで・・・・・・お願いです・・・・私も女のコだから・・・・・・キレイに・・・・・・死にたい・・・・・・」
 
 その言葉が、ユリアの処刑方法を決定づけた。
 左の腕が、緑色の髪を鷲掴み、スタイルのよい銀戦士を吊り上げる。髪が引きぬけそうな痛みに、整った顔立ちが歪む。髪の毛を押さえたいところだが、肩を脱臼しているため、ただぶら下がることしかできない。
 
 「あッ・・・あッ・・・な、なにを・・・・・・・顔は・・・顔はやめて・・・・・・」
 
 「キヒヒヒヒ! とことん甘いお嬢ちゃんだぜ!」
 
 泣き叫ぶ獲物の悲鳴こそが、壊し屋・葛原修司の空腹を満たす。
 やめて、と言われれば、そこを攻撃するのが魔獣サーペントの習性なのだ。相手の嫌がるものを与えることが、この狂った暴虐者の基本姿勢であることから考えれば、純朴な少女の言葉がなにをもたらすかは、わかりきったことであった。
 ジェットコースターの速さで、風を裂いて黒いアッパーカットが銀のマスクを打ち抜く。
 芋虫と成り果てたユリアに、よける手段はない。酷いまでに顔面にめりこんだ拳が、笑顔の似合う少女らしい美形を潰し、細い身体を宙に舞わせる。泥まみれの顔から血を吐きつつ、弓なりに反った聖戦士の肢体は、真っ逆様にアスファルトに落ちていく。
 
 肩から落ちた少女戦士の身体が、「ボキリッッ」と鳴る。
 土煙の中、微かに動く銀と黄色の皮膚。ユリアはまだKOされてはいなかった。苦しげな背中には、しかしまだまだ諦めの文字は浮んでいない。再び「ゴキリッッ」という、鈍い音が響く。
 顔は殴らないでと言えば、顔を殴ってくる壊し屋の性分は、武道少女には読めていた。だからこそ、わざと殴らせた。細長い身体に秘めた力からすれば、ユリアの肢体は確実に宙を舞うことになる。そうなれば。
 
 「き、貴様、もしや・・・」
 
 ユリアの目論みに勘付いた魔獣が、小刻みに震える銀の背中に殺到する。この小娘、弱気そうに見えて、勝負を捨てていなかった――
 グルリと反転する黄色の天使。今までの瀕死ぶりが、嘘のようなスピードで。その両手が、動いている。
 落下を利用して、脱臼した肩をユリアは入れたのだ。顔の右半分腫らすのと引き換えに。腕一本が正常になれば、もう片方は自力で入れられる。伴う激痛は半端でないが、その程度の克服が出来ぬほど、西条ユリは弱くはない。
 
 無防備に突進してくる黒蛇を、両手が迎える。関節技は、この特殊生物には効かない。奥義『気砲』は、下半身が使えねば発射不能だ。十分な勝算を持って、勢いを止めぬ魔獣に、ユリアの迎撃方法はあるのか?
 左手を地面と水平に曲げ、身体の前面へ。その手首部分に、右手を地面と垂直に曲げて、上から重ねる。
 クロスを描いた、両手のその形は、巨大戦士に詳しい者なら、誰もが知る“あの技”の形。
 
 「スペシウム光線ッッ!!」
 
 ファントムガール・ユリアの腕から、“あの”必殺光線が、全く同じ様子で放たれる。
 白い迸りが、黒い魔獣を撃つや、閃光とともに爆発して弾き飛ばす。
 己がファントムガールになったことを知った西条ユリは、姉のエリとともに、「ウルトラマン」のビデオを見て、闘いのヒントを探ったのだ。見よう見真似で放った技だけに、本物と同じ効果は期待できないが、戦闘の幅を広げるには十分な威力だ。
 
 白煙をあげる蛇が、立ちあがってくるまでに、股関節を入れなければならない。幼きころから脱臼・骨折など当たり前だったユリにとって、股関節という難しい箇所の脱臼も、入れるのはひとりで可能なのだ。膝を両手で持って、力をこめる。
 できなかった。
 光の放射に苦しんでいるはずの魔獣は、平然と立ちあがり、尻餅をついた格好の銀の戦士を睥睨していた。
 
 「なッ・・・ス、スペシウム光線ッ!!」
 
 再度両腕をクロスし、伝説の光線を放つファントムガール・ユリア。
 魔獣・サーペントの顔と両手にある、3つの蛇の口から吐き出された漆黒の光線が、正義の白光を迎え撃つ。
 光線技はよりイメージが強いほど、強力になる。それが互角ならば、正・負のパワーを多く秘めた方。それも互角ならば、体力の差が光線の力の差になる。
 ユリアとサーペント、両者の受けたダメージの差が、勝敗を決定付けた。
 幾多の怪獣を葬ってきた、伝説の光線は弾け散り、名も無き暗黒の光線が、真っ向勝負に敗れた光の戦士を直撃する。
 
 「ッッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 光と闇は相反する力。暗黒の光線は、光の戦士にとって、最も脅威となる破壊をもたらす。
 魂を握り潰される激痛と、完全に力負けしたショックで、心を暗く塗りつぶされていくユリア。無言で悶える少女戦士に、容赦ないトドメの黒光が浴びせられる。
 
 「うわああああああッッッ―――――ッッッ!!!!」
 
 溶岩に沈められた罪人が、苦しみもがくように、自由になった両腕を宙にさ迷わせるファントムガール・ユリア。五指が開ききり、折れ曲がった指が、地獄の猛火に灼かれる辛さに空間を掻き毟る。
 苦痛を表現する両腕の形のまま、少女戦士はゆっくりと、大地に沈んでいった。その胸のクリスタルが、ヴィーンヴィーン・・・と切なげに鳴り始める。
 闘いが始まって、15分も経たぬうちに、華奢な銀の新戦士が、そのエネルギーを枯らして死に絶えようとしている証拠だった。
 
 “エ・・・リ・・・・・・ごめ・・・ん・・・・・・勝てなかっ・・・・・・た・・・・・・”
 
 銀と黄色のボディは、噛み千切られた跡から流れる血と、這いずり回って付いた泥とで、ドス黒く覆われていた。青い瞳に灯火が揺れ、力尽きたその身体は、ビルの谷間の道路に、敗北した姿を横たえている。仰向けに倒れた聖なる戦士の前に、残酷な処刑者が、抑えきれぬ破壊衝動を眼光に宿して立つ。
 
 「キヒヒヒ・・・食い殺されるか、クリスタルを破壊されるか、どちらがいい?」
 
 ヴィーン、ヴィーンという、水晶体が点滅する響きだけが、哀しく届く。ユリアに答える言葉はなかった。いずれにせよ、激しい苦痛の牙に食い破られる定めであることは、悲壮な少女はよく悟っていた。
 
 「よし、食い殺してやろう、ファントムガール・ユリア」
 
 死を受け入れるかのように、身じろぎひとつない銀の戦士に、黒蛇の凶悪な牙が襲う。その仄かな胸の双丘をめがけて――
 
 光が爆発する。
 虹色の乱反射から涌き出る、聖なるエネルギーの突風に煽られて、巨大な蛇が吹き飛ばされる。倒れた光の戦士を守るように現れた、輝く粒子が結集し、眩い後光の中、美しい女神の像となって凝固する。
 銀色の皮膚、紫の文様、陽光を跳ね返す艶やかな茶色の髪。横から見た、腰から背中にかけて反りあがったラインと、正面から見た、くびれた脇腹から急角度で膨れ上がる腰骨へのラインが、絶妙に美しい抜群のスタイル。胸の中央と、下腹部に光る青の水晶体が、瑞々しく輝いている。
 
 静かな青い瞳に、魔獣の所業への怒りをたたえ、五十嵐里美=ファントムガールが、佇んでいた。
 
 
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