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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
15章
しおりを挟むネズミと不良の大男を媒体としたキメラ・ミュータント、アルジャによって瓦解した北区・栄が丘だが、甚大な被害は出たものの、ファントムガールふたりの身を張った犠牲は、決して無駄ではなく、崩壊を免れた地区は死闘の割りに多かった。高層ビルが破壊される時間を、ファントムガールの蹂躙に費やされたため、と考えられよう。まさしく少女戦士は、その身を生贄にして街を守ったのだ。
経験は人を育てるのか、最近では巨大生物が現れても、復興までの時間が早くなっていた。もちろん、以前の活況を取り戻せるわけではないのだが、比較的スムーズに、通常の生活が送れるまでには戻る。
栄が丘から西に行くと、若者たちが集まる「谷宿」がある。ファッション誌に登場するブティックから、流行りの洋食屋、アミューズメントパークから総合レジャービルまで、“遊び”方面の追求が徹底的に為されたのが、この谷宿だ。中高生からちょっと危ない連中まで、まとめて雑居しており、休日はもちろん、そうでなくても人で溢れた街である。
日曜日の今日は、当然のようにこの地域一帯中の未成年が集合し、極彩色の人波を造り出していた。地面の色が何色か、わからないほどの盛況ぶり。
私鉄の駅から吐き出される中高生の群れに、あるふたつの人影があった。
髪を襟足のところで左右ふたつに結った方は、膝までのデニムのパンツに、縞の長袖ティーシャツの上にピンクのティーシャツを重ね着したラフなスタイル。
もうひとりの肩までのセミロングの方は、チェック柄のミニスカートに、白のパーカーというやや子供っぽい感じ。
ふたりは、ほぼ同じ顔をしていた。違いは顎にある、小さな黒子の有無くらいだ。誰が見てもわかる、双子。
本来、人の密集地は苦手な姉妹は、今日までに集めた情報から、彼女たちの探し人が、この谷宿に生息していることを突き止めていた。真っ白な肌と、くりくりとしたつぶらな瞳は、可愛らしい人形を思わずにはいられない。可愛らしさという点では、里美や七菜江も脱帽せざるを得ない美少女は、数多の同世代の波の中でも、一際強烈な異彩を放っていた。しかも、ふたつ、揃っているのだから、注目度は倍増では済まない。男も女も、周囲の視線はチラチラと、双子に引き寄せられていく。
普段なら、恥ずかしがりやの姉妹は、興味本位の集中砲火に耐えきれず、家に帰ってしまったかもしれない。
だが、今日のふたりには、周囲の様子など、まるで意に介さなかった。
双子の姉妹には、為すべきことがあったのだ。
「ユリ、覚悟は決めてきた?」
「うん。エリこそ、大丈夫?」
『想気流柔術』の後継者、西条エリとユリの姉妹は、互いの意志を確認すると、人ごみから外れて、並んで歩いていった。その方向は、危険地帯と呼ばれる、“一般人”が避けて通る一帯に向かっていた。
双子の美少女が、駅に着いた頃、同じ谷宿でも、待ち合わせ場所で有名な時計台の広場では、エリやユリに負けない可憐な少女が人々の注目を集めていた。
紫のキャミソワンピに白のシースルーブラウスといったいでたちは、どことなく上品に映るが、少女のはちきれんばかりのボディは、通り過ぎる男たちの欲情を、刺激せずにはおかない。吊りあがった、美麗な形のバストとヒップは、罪作りなまでに通行人の視線を釘付けにする。耳を隠すタイプの黒のショートカットは、初夏の陽光を跳ね返して、天使の光輪を浮き立たせており、その下の小さめの顔は、猫タイプの系列としては、最高級の美少女ぶりを発揮していた。
小麦色に焼けた肌は、少女の活発な様子を余すことなく伝えるが、大理石でできたモニュメントのひとつにもたれる現在の少女からは、哀しげな翳りが色濃い。足元のミュールを見つめ、今にも溜め息を零しそうに眉を曇らす。
“里美さん、ひどいよ・・・なんでこんな日に、あんなこと言うの? ひどいよ・・・”
藤木七菜江にはわかっていた。五十嵐里美が吼介との関係をバラしたのは、七菜江が気兼ねなく、今日一日を過ごせるようにするためだ。
しかし、真実の意外性と重大性は、精神的には少女の枠を越えられない七菜江にとって、あまりに衝撃的であった。
里美と吼介が姉弟・・・信じられない。
いや、何を考えたらいいか、わからない。
里美を好きだということは、有り得ないことと言った吼介の言葉も、理論的には理解できる。でも、そんなんじゃない。なんというか・・・理論とか血とか、そんなものの通用しない関係が、ふたりにはあるように思えるだけに厄介なのだ。
“こんな気持ちじゃ、とても吼介先輩といられないよ・・・帰っちゃおうかな・・・”
モニュメント群の総大将然として、中央にそびえる時計台の針は、約束時間まであと15分であることを告げている。早くからここに来てしまった七菜江は、もう30分近くも帰るかどうかを迷っていた。
「もう来てたのか。ちと早めに来たんだが、負けちまったな」
ポンと肩を叩く衝撃が、七菜江の決断が遅かったことを教える。
振り返る七菜江の視線の先には、ティーシャツにジーパンというラフな格好の、工藤吼介のぶ厚い肉体があった。
周囲に何気にたむろしていた男たちから、一斉に無念と落胆の溜め息が洩れる。
七菜江は真っ直ぐに、圧倒的質量を誇りながらも、初夏の爽やかさにやけにマッチした肉体の男を見る。
言えない。
とても言えない。
里美との関係が、頭から離れないが、とてもその話題に触れる勇気は、奔放に生きてきた七菜江にはなかった。
いつもは小悪魔のように悪戯っぽく笑っている瞳は、心の乱れを見事に映して、哀愁を帯びて蜃気楼のごとく漂う。
不安と動揺に押し潰されそうな少女の瞳には、男臭い顔がずっと映り続けている。
「??」
ここで初めて、七菜江は吼介の奇妙な行動に気が付いた。
鋭さを感じさせる細めの眼は、いつもより丸くなって、少女のつま先から頭頂までをせわしなく往復している。そこには明確な戸惑い。
やがて男の焦点は、七菜江の顔に集中して動かなくなる。視線に力はあるものの、どこか呆けたような表情が、吼介を襲った衝撃を推し量らせる。
“あ、そうか・・・私、お化粧してたんだった・・・・・・”
身体全体を見てたのは、いつもと違うファッションだからだろう。七菜江が履くのはパンツか、ミニスカートが多く、イメージ通りの活発な服装ばかり好んでいた。ワンピース姿の七菜江を見るのは、吼介は初めてのはずだ。
「やっぱり・・・変ですよ、ね」
苦笑いをしてみせる。普段慣れない服装や化粧を見られて、恥ずかしさが今更のように込み上げる。
だが、吼介からの返事はない。ずっと、七菜江の顔から視線を外さず、食い入るように見つめている。
“あ、あれ? ・・・・・・もしかして、先輩・・・・・・顔、赤・・・い・・・?”
「こ、吼介・・・先輩・・・?」
“や、やだ・・・・・・・なんか、あたしまで赤くなってきちゃった・・・”
思わず顔を俯く七菜江。合わせるように、筋肉と血管が浮き出た肉体も、顔を伏せる。
茹で上がった赤い顔を、互いに背けて見ようとしない。そのまま、焦げるような時間が過ぎていく。
「恥ずかしい、な・・・・・・あんまり見ないで下さい・・・」
「いや、その・・・七菜江って、けっこうあれだな・・・その・・・か、かわ・・・・・・」
血が昇って爆発しそうだ。上半身が燃えるように熱い。湯気がでるほど顔を赤らめ、七菜江は吼介の一字一句に耳を傾ける。
「その・・・・・・・・・・七菜江も女だったんだなぁって。あんまり意外な格好だったから、ビックリしたぞ」
「なによォ、その言い方ッ!」
ガッカリするような、ちょっとホッとするような。
不可思議な気持ちで、七菜江は少しいつもの自分を取り戻して、口を尖らせた顔を上げる。ニカッとした垢抜けた男の笑みが、少女を出迎えてくれた。
「けど、その格好じゃ、特訓には不都合だな」
「え?・・・特訓?」
「言ってなかったっけ? 今日は街に出て、実戦形式で稽古つけてやろうと思ってたんだがな」
外見は立派だが、中身は小さな七菜江の胸に、凍えた氷の刃が突き刺さる。上気した身体を、一瞬にして凍らすだけの威力が、その一言にはあった。
“・・・そうだよね・・・先輩は一言もデートなんて言ってなかったもんね・・・勝手に勘違いして、ひとりで舞いあがって、バカみたいだ、私・・・・・・”
初めて着た、紫のキャミソールワンピースが、風にたなびく。着ている自分が、七菜江には哀れだった。
初めての化粧。特訓をするというのに、場違いなオシャレをして現れた自分が、惨めだった。
吼介は自分のために真剣に特訓まで考えてくれたというのに、ひとりはしゃいでいた自分は、まるでピエロだ。カッコワルイ。カッコ悪すぎる。
“最低だね、私。吼介先輩があたしなんかを誘うわけ、ないじゃん。なに、勘違いしてんだろ。バカみたい。ホント、バカだな、あたし・・・”
込み上げてくる熱さに衝き動かされて、後ろを振り向く七菜江。滲んでくる瞳を、空に上向けて仰ぐ。
“泣かない、泣くもんか。こんなことで泣くわけないじゃん”
想いとは裏腹に、見る見るうちに溢れる雫を、必死で抑える七菜江。どうして涙が出てくるのか、自分でもよくわからないのに、止めることができない。
その涙を止めたのは、小さな右手を力強く握った、丸太のように太い腕だった。
「せ、先輩?!」
「仕方ない、今日はふたりで遊びまくるか。いくぞ、七菜江」
手を繋いで、逆三角形の筋肉武者と魅惑的なスタイルの美少女が、若者の街を駆けていく。
腕を引っ張る頼りがいのある力強さと、掌から伝わる温かさ。
吼介の、思いやりのある強引さに、ようやく少女は、彼女本来の明るい笑顔を、そのチャーミングな造形のマスクに取り戻す。
里美との関係も、勘違いした恥ずかしさも、もうどうでもいい。
ただ、感謝を込めて、一言を。
「うん」
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