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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
11章
しおりを挟む商店街の一角、ハンバーガーショップの2階に、青いセーラーの美少女と、白いセーラーの愛くるしい少女が、向かい合わせに座っていた。
違う学校の者が一緒にいて、しかも両方ともに美少女の呼び名に相応しい器量の持ち主となれば、どうしても周囲の注目を集めてしまう。この店を選んだのは、店内が広いため、そういった注目を避ける場所があるのでは、と踏んだためだ。予想通り、おあつらえ向きの隅の席を発見し、ふたりはそこに腰掛けた。客が少ないことも手伝って、周囲に人はいない。これなら、内緒の話もしやすいだろう。
五十嵐里美の前には、ホットコーヒーの入った小さめのカップがある。右手の人差し指でカップの蓋を軽く叩きながら、左手で頬杖をついた里美は、じっと向かいの少女を観察している。
白いセーラーの女子高生は、オレンジジュースに一度も手をつけることなく、ずっと俯いたまま固まっている。時々もじもじと、何かを口にしようとして、やめる。そんなことを繰り返していた。
胡桃のような大きな瞳が愛らしい。里美や七菜江とは、また違ったタイプの可愛らしさだ。高校一年生という年齢もあろうが、少女の幼さが強く感じられる。背が高く、手足も長いモデル体型なので、そのギャップが逆に少女の未熟さを際立たせる。後髪を下の方で左右ふたつにまとめた髪型が、余計に少女っぽさを強めている。
少女は何故自分が里美に声を掛けられたのか、警戒しているようだった。ある意味、正常な反応といえたが、度を越した警戒は、逆に里美には不自然に映っていた。
「西条エリさん、よね?」
「・・・・・・はい」
何故、名前を知っているのか。元々が大人しい性格の少女は、驚きと警戒で一際声が小さくなる。
「双子なんだってね。妹のユリさんは、どうしてるの?」
「ユリは・・・妹は、先に帰りました・・・・・・」
我ながら、嫌な性格よね。
里美はわざと、知っている情報を内気そうな少女にひけらかす。あなたのことは全部調べているのよ、ということを悟らせるためだ。西条エリに真実を語らせるため、里美は見えない脅迫を仕掛けていく。
もちろん本当は、こんなことはしたくない。しかし、ファントムガールの候補者に接触するということは、自らを危険に晒すことでもあるのだ。リスクを冒す以上、甘いことは言ってられない。
「まずは、お礼を言わなくちゃね」
量るように、くりくりとした瞳を覗きながら、里美が仕掛ける。
「・・・・・え?」
「ありがとう。あなたのお陰で、こうして生き延びることができたわ。あなたが助けてくれなければ、とっくに私は血を吸われ尽くして、殺されていたでしょうね」
ニッコリと微笑む里美。月の女神の笑顔に、恐縮しきった少女がつられて、引き攣った笑みを浮かべる。だが、台詞まではつられることはなかった。
「あの・・・・・すいません、よく意味がわからないんですけど・・・・・」
予想した通りの返事。もし、この少女が本当にファントムガールならば、正体を隠すのに必死になるはずだ。なにしろ、里美自身、いや、七菜江も久慈も片倉響子も、『エデン』の寄生者は、その秘密を隠すのが、己が生き残るために最も重要な条件であるからだ。人間以上の存在となる者は、ファントムガールであれ、ミュータントであれ、人間が許すはずがない。その考えは、少女も同じはずだった。
となれば・・・ここは勝負に出るしかない。
お願いがあるのは里美である以上、リスクを背負うのは、当然里美であるべきだった。
ひとつ、深呼吸をして、里美は決めてきたはずの決心を、再度行う。
「私はファントムガール。最初の、って言えばいいのかな? オリジナルの、かな? あなたに助けてもらったファントムガールよ。改めてお礼を言うわ」
白い少女の顔が強張る。
驚いているようにも見えるし、脅えているようにも見えるが、凄まじい緊張感に包まれているのは確実だった。
澱のように重く沈んだ空気が、ハンバーガーショップの一隅を支配する。
張り詰めた緊迫感に、先に耐えきれなくなったのは、意外にも里美のほうだった。
正体を白状した以上、もう引き下がるわけにはいかない。なんとしてでも、真偽を問い質す必要が里美にはあるのだ。このまま、ダンマリを決めこまれては、ならない。
「そして、あなたが『新ファントムガール』、『黄色のファントムガール』ね、西条エリさん」
ビクンッと小さな肩が跳ね上がる。明らかな動揺。
その心の乱れを、確実に里美に見抜かれたことを知りつつ、細身の少女は言う。
「・・・違います。私はファントムガールなんかじゃありません」
「何故嘘をつくの?」
間髪入れずに里美が迫る。追求は容赦がなかった。
「あなたが受け継いだ『想気流柔術』は、黄色のファントムガールが見せた技にそっくりだわ。特に“気”を使って相手を弾き飛ばす技は、余程の達人にしか出来ない。どんなセンスの持ち主でも、10年以上は習得にかかるでしょうね。それほどの遣い手は、あなたたち姉妹以外にいない。日本全国で探してもいないでしょう。あとは、その顔。私は直接見てるのよ」
「・・・ユリがファントムガールとは思わないんですか?」
「ここ1週間、あなたたちふたりを観察させてもらったわ。ごめんね、汚いことして。でも、ユリちゃんは性格がおとなしすぎる。あとは髪型。ファントムガールの髪型は、普段最もしている髪型になるからね」
思わず、左右ふたつに束ねた髪を触るエリ。妹のユリは髪を結わず、そのまま垂らしたセミロングであった。
「誤魔化そうとしてもあなた自身、無駄だとわかってるんでしょ? お願い、エリさん。助けて欲しいの。私の話をきいて」
里美の口から、今までの経緯と、新戦士として、新たな仲間として、少女を迎えたい意向が語られる。
陽がとっぷりと暮れ、薄墨が世界に広まる頃、ふたりの少女はハンバーガーショップから外に出た。帰宅途中のサラリーマンや、部活帰りの学生によって、入った時より、商店街の人通りは増えている。
「・・・ごめんなさい、力になれなくて」
「ううん、いいのよ。私の方がどうかしてるのよ。気にしないで」
優しく微笑む里美。その笑顔は先ほどと変わらないように見える。
「いくら言われても、私はファントムガールじゃありません。・・・助けたくても出来ないんです・・・」
容姿通りの可愛らしい声で、少女はハッキリと主張した。結局エリは、最後までファントムガールであることを認めようとはしなかった。
“このコが新戦士であるのは、九分九厘間違いない。けれど、ダメだわ・・・どうしても認めてくれない。バレてるのも承知で、頑として認めようとはしない。それはそうよね、ファントムガールとなれば、闘いに巻きこまれてしまうもの。誰だって他人のために死にたくはない・・・”
内気な性格の少女だが、どんなに里美が言葉を並べても、断固として受け入れようとはしなかった。
里美は正直に、現在の苦境を話し、新ファントムガールとして共に闘ってくれるようお願いしたが、エリはファントムガールであること自体を否定し続けた。
それはある意味当然の反応だった。なにしろ、里美が言ってるのは、死と血が待っている戦場への呼び掛けなのだから。
死に逝く里美を新戦士が救ってくれたのは、人類の守護天使が無惨に虐殺されかけているのを見て、たまらなくなって、気がつけば変身していたのだろう。できることなら、闘いたくはない、というのが、少女の本音に違いない。馬型ミュータント程度の敵ならともかく、メフェレスのような悪魔の権化と闘うのは、死を覚悟した者にしか出来ぬ芸当なのだ。
“彼女は私やナナちゃんと違って、自分の意志でファントムガールになったわけじゃないもの。寧ろ、被害者と言っていい。偶々『エデン』に寄生されただけで、生命を賭けてこの国を守って、と言われても納得できるわけがないわ”
教育係である安藤に言わせると、そこが里美の甘い部分なのだが、嫌がる者を無理に仲間にすることが、どうしても彼女にはできなかった。ぶっちゃけた話、仲間など、できればいない方がいいのだ。何故なら死の危険と隣り合わせで、なんの報酬もないのが、ファントムガールなのだから。
里美に表れた翳りを勘違いした少女が、慌てたようにペコリと頭を下げて謝る。
「ホントにごめんなさい・・・・・あの・・・・・・五十嵐さんの秘密は、誰にも喋りませんから・・・・・・・・」
「ありがとう、助かるわ」
鈴蘭の香りが漂うような、透明感のある微笑みを向ける里美。少女を少しでも、安心させて帰らせることが、今の里美にとって第一の任務だった。
もう一度、申し訳なさそうにお辞儀する白い少女。
その妖精の背中を、商店街の雑踏の中に里美は見送る。
くたびれたサラリーマンの中年や、ダベりながら群がる高校生の集団とすれ違いながら、フランス人形に似た、白い制服の少女がとぼとぼと歩いていく。注目されるのは相変わらずだったが、つい数時間前と違い、気にする素振りはない。少女の意識は、先程までの長い髪の美少女との会話に支配されていた。
眉根が寄っている。黒目がちな瞳は、哀しげに垂れていた。常に俯いているため、水仙のようなスタイルが、ひどく小さく見える。
本当にあれで良かったのだろうか? 西条エリの小さな胸に去来するのは、疑問の念だった。いや、あれで良かったんだ。次の瞬間には、納得しようとする気持ちが浮ぶ。その輪廻が、ずっと止まらない。
肩を落した少女は、派手な格好のコギャルとすれ違う。ある意味、己とは対照的な存在である少女を見たコギャルは、鬱陶しそうに蔑んだ眼を向ける。
「あんた、ファントムガールでしょ?」
虚を突かれた白い少女が、普段のおっとりした様子からは想像できないスピードで、振りかえってコギャルを見る。
豹柄のタンクトップにミニスカート。薄く透けたサングラスの奥に、マスカラの濃い瞳が歪んでいる。異常に長い凶器のごとき爪。
白鳳女子という、お嬢様学校にいるエリは知らない。「闇豹」という名の悪魔がこの世に存在することを。
新たな“オモチャ”を前に、神崎ちゆりが愉悦をこらえきれずに破顔する。見る者の背にミミズを這わせるおぞましい笑い。
「あはは! お嬢様と遊べるなんて、ちり、ツイてるぅ~~!」
十本のナイフが付いた両手を、白い少女に振るう豹。
血煙が、舞う。
切り刻まれた白いセーラーが、季節外れの吹雪となって大地に舞い降る。
商店街には有り得ない、肉と布を切り裂く音に、通行人の視線が吹雪の発祥地に注がれる。
呆然とするエリの胸元に、五条の稲妻が走っている。濃緑のリボンは切断され、抉り取られたセーラーの爪跡から、小ぶりながら形のいい双房が露になる。五本の朱線が真横に引かれ、血の珠が、プツプツと膨れ上がってくる。
「きゃああッッ?!!」
ビリビリと痺れる熱い疼きより、公衆の面前で素肌を晒す羞恥に慌てた少女が、両手で胸の膨らみを隠す。胸同様、腹部もセーラーが切り裂かれ、白磁の腹筋が剥き出しとなっている。
突如、襲い掛かる圧倒的殺意。大切な部分を通行人に見られるかも知れない恐怖。かつてない感情の恐慌に、パニックに陥る少女。
本来の戦闘力を奪われたエリに、加虐の限りを尽くしてきた魔豹に勝つ術は、ない。
「な~んだぁ、てんで大したこと、ないじゃん~」
ちゆりの青い爪が、横薙ぎに払われる。
プシュッッ・・・・
血の間欠泉が吹き、血管の浮いた青白い太股に3本の裂傷が引かれる。
糸が切れた人形のように、膝からガクリと落ちるエリ。
白いセーラーに点在する赤い飛沫に気付いたギャラリーが、日常世界に舞いこんだ異常にざわめき始める。
膝上にパックリ開いた傷跡から、ボトボトと鮮血を滴らせる少女。アスファルトに洩れていく赤を、非現実的な想いで見送る。大きな瞳は更に見開かれたまま。
“い、一体何が起きてるの・・・・??・・・・・こ、この人、誰・・・・・何??・・・・・・・痛い・・・・・・・死ぬの?・・・・・・私、死ぬの??・・・・・”
精神がショートする。この世に生れ落ちてわずか15年という経験では、対処できない異常事態に、エリの混乱は深まり、幼いころより身につけてきた武道の鎧を剥ぎ取って、無防備な女子高生の本性を暴き出してしまう。
見物人のひとりが、甲高い悲鳴を挙げる。
その声に押されるように、豹柄のコギャルを見上げる少女。
金色のルージュを割った赤い舌が、爪に付着した少女の鮮血を舐め取る。
「え??・・・・・・あ・・・・・ああ・・・・・」
「その顔をォ~~、串刺しィィッ~~ッ!!」
魔豹の右手が、避けることも忘れたエリの顔面へと飛ぶ!!
ブッシュウウウウッッッ・・・・・・
槍が人間の肉体を貫く音。
赤い飛沫が豹の右手に飛び、汚す。
周囲を囲んだギャラリーから、複数の悲鳴がどよめく。
「きったねえなぁ~~・・・返り血がついちゃったじゃんかぁ・・・」
ひとりごちる、「闇豹」。五本の指全てが貫いた肉体が、ビクビクと痛みに震える。貫通した爪の先から、赤色の雫がポタポタと大地の神に捧げられていく。
「里美ィィ~~、あんたって、ホントにちりの邪魔ばっかするよねぇ~~・・・」
神崎ちゆりと白い少女の間に割って入った五十嵐里美が、片膝をついた姿勢のまま、見上げる格好で魔豹を睨む。その左手は、掌から手首にかけて、青い爪に突き貫かれている。
“え?・・・ええッ??”
いつの間に、現れたのか? 風のように少女の目の前に出現した青いセーラー服の美少女は、文字通り、身を盾にして白い妖精を守ったのだ。
キョトンとしたエリの眼に、光が刺してくる。里美の腕から流れる血潮が、少女をようやく現実へと連れ戻したのだ。
「あ、ああ・・・い、五十嵐さん・・・・な、なんで??・・・どうして?・・・」
「ちゆり、このコは関係ないわ! 勘違いしないで!!」
里美の前蹴り。膝をついた姿勢から、一気に伸び上がるバネと、180度の開脚が可能な、新体操で極めた柔軟性を併せ持つ里美ならではの見事な蹴り。
慌ててよける闇豹。だが、貫かれた腕の筋肉が爪を捕え、一瞬下がるのが遅れる。
透けたサングラスが、乾いた音をたててアスファルトに転がる。
「てッ、てめえぇぇッッ~~ッッ!! 里美ィィッッ・・・あんたってメスブタは、殺されなきゃわかんねえようだなぁッッッ!!!」
アイラインで強調された大きな眼が、可憐なセーラー服姿を射る。豹の残酷な本性が露となる。そこにいるのは、コギャルではない、人の涙と血をすする猛獣。人の皮を被った悪魔の咆哮に、見物人の肌が例外なく総毛立つ。
「やるなら受けて立つわよ! あなたには、返したい借りもある!」
毅然として、暴風雨の中を白百合が咲き誇る。憤怒の黒い風を、真正面から受けきる一輪の華。その気高い美しさに、人間性の欠落した魔女が、逆に気圧されていく。
以前、里美がいいようにちゆりに嬲られたのは、怪我が完治していなかったのと、1対3という状況であったからだ。あの時は、正直、里美は絶望していた。殺されても仕方ない、と。
今は違う。対等な条件で闘える。その想いが里美に自信と尊厳を取り戻させていた。そして、その自信は、対するちゆりにも確実に伝わっているはずだった。
バターンという、何かが倒れる音。
黒い殺意の余波を受け、ギャラリーの誰かが昏倒したのだ。
「ちッッ・・・これ以上は騒ぎを大きく出来ないわね・・・里美ィィ~~、あんた、命拾いしたねぇ~。お楽しみは今後に取っとくわ~」
鼻にかかった舌足らずな口調に戻った闇豹が、くるりと踵を返す。
周囲の注目もなんのその、悠然とした足取りで露出の多い格好のコギャルは、人波の彼方へと消えていった。
「大丈夫だった?」
青いプリーツスカートの裾が翻り、里美は背後の少女に向き直っていた。
その額には、汗が光る。腕に5つの穴が開いているのだ。痛くないわけがない。それでも里美は、そんな表情を見せようともしない。荒い吐息を隠して、心配そうにエリの傷口を見る。
「あ、大丈夫、です・・・血の割には傷は浅いから・・・私より、五十嵐さんの方が・・・・・・」
「里美でいいわよ」
「え? あ・・・・・・あの・・・里美・・さんの方が、重傷ですよ・・・・」
「私なら平気。これぐらい、なんてことないわ」
そんなわけはない。
平気な人間は、言葉の間にそんな荒い息をつかない。
平気な人間は、笑顔の上にそんな大量の汗はかかない。
平気な人間は、傷を押さえた手をそんなに震わせなどしない。
「ど、どうして?・・・どうして私なんかをかばったんですか? ファントムガールじゃない、里美さんの手助けを断った私なんかを?」
「ファントムガールじゃないから、よ。私があなたに近寄ったから、襲われたんだもの、命を賭けても守ってみせるわ」
厳しい顔つきで、里美は言った。命を賭けても、という台詞が、この人が言うととっても重く感じられる・・・エリはその言葉が、単なる使い古された言葉ではないことを知る。
「それより、早くここから脱け出しましょ。騒ぎが大きくなるのは困るもの」
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