40 / 260
「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
6章
しおりを挟む紅い夕陽が、帰宅途中の学生の影を長く伸ばす。
南区は所謂ベッドタウンだった。2階の一戸建てがやたらと多い。敷地面積も外観も似通った造りが並ぶのは、この国が平等の名の元に均等化された結果といえた。その中で20階建てくらいの巨大マンションが、4つほど点在している。ベランダに干された洗濯物が、まだ取り残されている窓がいくつかある。
黒い沁みが天高くから広がり、アッという間に巨大生命体の形を取ったのは、ちょうど六時を回ったときだった。
けたたましくサイレンが鳴り響く。わらわらと家屋から逃げ出た人々が、家族の手を引いて指定された非難地区へと急ぐ。子供たちを公園で遊ばせていた母親は、混乱の中、我が子を抱き寄せて駆ける。
ひとりの少女が、公園のベンチに座ったまま、動かない。
現れてから、ずっと眠ったようにうずくまったまま、ベンチに掛けていた長い髪の少女は、人々が逃げ去るのを確認してから、小さく声を出す。
「・・・トランスフォーム」
少女の身体が白い爆発に包まれ、光の粒子となった肢体が空中に散っていく。
「あ!! ファントムガールだ!!」
母親に手を引かれた子供のひとりが、眩い光の結晶となって現れた、巨大な女神の姿を発見する。
巨大宇宙生物とほぼ同じ体長は、高層マンションに届きそうな高さだ。輝く銀のシルエットに、紫の幾何学模様。モデルのような抜群のスタイルが、戦士としての彼女の本分を忘れさせる。怪物と向き合った姿勢には、凛々しさが溢れていた。
子供たちの無邪気な歓声とは別に、安全な場所を目指す親たちの気持ちは揺らいでいた。ファントムガールは以前のファントムガールではない。彼女自身はなんら変わることはなかったが、見守る人々の意識は、格段に変化していた。もう、以前のような悪を滅ぼす女神ではない。悪に屈し、敗北をすすった、単なる巨大な少女なのだ。彼女に過剰な期待はできない。せめて私たちが逃げるまで、持ちこたえてくれればいいが・・・。
「お望み通り、私が相手になるわ。来なさい」
戦闘態勢に入るファントムガール。正体の五十嵐里美は、己のダメージを冷静に測っていた。『エデン』により、どこまで回復できたかを。
“骨には異常なし。お腹の傷も開いてないわ。けど・・・内臓へのダメージは残っている・・・この身体でどこまで持つか・・・”
「ギシャアアアッッ―――ッッ!!」
巨大生物が吼える。身体のほとんどが黒い翼。潰れた鼻に、赤い口からはみ出した牙が鋭く並ぶ。耳も爪も尖ったその姿は、誰もが蝙蝠を連想せずにいられない。
コウモリのミュータント。
見たところ、知性の高さは感じられない。ということは、人間との融合体、キメラ・ミュータントではないらしい。今の貴様など、通常のミュータントで十分屠れるわ。メフェレスの嘲りが聞こえる。
巨大コウモリと、銀色の守護天使が、夕陽を背景に向き合う。幻想的な光景の裏には、死と血の香りが漂っている。
「ファントム・クラブ!!」
天空に差し上げた手に、銀の棍棒がふたつ現れる。
コウモリに限らず、空を飛ぶものは、負担を減らすために軽量化されているものだ。骨も空洞化しており、耐久力はない。クラブの一撃で、十分倒せる計算が里美にはあった。
コウモリが叫びながら、銀の少女に飛びかかる。
上空から襲い来るコウモリの爪は、素早く、不規則。巨大さに関わらない速度に、反射神経のいいファントムガールが、翻弄される。クラブを振るが、危険を察知するや、手の届かぬ距離に上がる漆黒の翼。
“は、早い・・・動物のミュータントだけに、行動が予測しにくいわ。けれど、ここまで攻撃が当たらないのは・・・”
里美にはわかっていた。リンチによって受けたダメージが、ファントムガールの動きを鈍らせていることを。腕を振るだけで、重い熱が疼く。筋肉が動くたびに悲鳴を挙げる。全身を荒縄で締めつけられているようだ。自然手数は減り、一撃必殺を心掛けるが、思い切って振った腕も、本調子からはほど遠い遅さだ。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」
息が切れ、丸みを帯びた肩が上下する。まだ、闘って5分も経ってないのに・・・。蝕まれたダメージの深さを知り、慄然とする里美。その焦りが、更なる深みに嵌らせていく。
「ファントム・リングッ!!」
両手で大きく弧を描くと、白銀に輝くフープが出現する。紫の手袋を振ると、高い位置で、獲物が疲れるのを日和見していたコウモリに、光のリングが飛んでいく。
容易く避けられるリング。だが、その真骨頂はこれからだ。過ぎ去ったリングが、ブーメランのように戻り、背後からミュータントを狙う。
「あッッ?!」
だが、かつて片倉響子の化身・シヴァや久慈仁紀を欺いたリングは、巨大コウモリにあっさりとかわされてしまう。
“蝙蝠は超音波で物体の場所を確認するというけど・・・それでは、背後からの攻撃など、まるで意味がないわ。・・・・・・私は何を焦っているの? ダメージを気にして? それとも・・・処刑宣告を気にしてるの?”
己の心に問いながら、里美は焦りの原因を悟っていた。
メフェレス・久慈は、この場でファントムガールを殺すことを宣言したのだ。
そう、目の前の敵は、ファントムガール抹殺の使命を受けた敵。
その見えない恐怖が、里美を不安に駆り立てている。
返ってきたリングが、ファントムガールの紫の手に収まる。
その瞬間、片膝をついてしまう銀の少女。
「あ・・・そん・・・な・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」
“こ、ここまでダメージが溜まってるなんて・・・・・・身体が・・・どんどん動かなくなっていく・・・・・・”
呼吸が乱れ、酸素の供給がままならないことが、さらに激痛を全身に絡ませる。万力であらゆる筋繊維を握り潰される幻想が、少女戦士の大脳を支配する。
獲物の弱り具合を探っていたかのように、巨大な翼が地に降り立つ。『エデン』の力を得た動物には、闘いの悪知恵も供わるのか。
“ま、負けられない・・・ナナちゃんが動けない今、私しかこの星は守れない。なんとしてでも、この敵を倒さなくては・・・・・・”
「ファントム・リボンッ!!」
巨大な天使の手に白い帯が現れるのと同時、漆黒のミュータントが牙に覆われた口を開く。
「キュア――――ッッッ!!!」
黒板を爪で引っ掻く折の、不快な鳴き声を発すコウモリ。
だが、その声の進み具合に合わすように、コウモリから銀の少女に向かって、足元の家屋が津波のように爆発していく!
これは・・・・破壊モードの超音波!!
里美にはまだ、冷静な判断力・思考力が残されていた。
リボンを頭上に掲げ、己の身を包むように高速回転させる。白いリボンで出来た繭が、スレンダーな肢体をガードする。
ファントム・リボンを応用した、独特の防御方法。光のエネルギーに満ちた帯を回転させて、無敵のヴェールを張る。通常攻撃も、闇の光線も跳ね返すこの技は、空気の震動である音波攻撃に対しても、相当有効であるはずだった。リボンの周りに乱気流が生まれ、気体の震動を無効化するからだ。
だが、そのためには、“高速”回転が必要なのだ。
通常の体力でファントムガールがこの敵と闘っていれば、恐らく牛耳るのに、さしたる困難は無かっただろう。
しかし、今の里美は、傷つきすぎていた。
それが、少女の運命を定めた。
破壊仕様の超音波が、白いヴェールを包むや、光のリボンはビリビリに裂け飛び、砂塵となって少女戦士の周囲を散っていく。
「そ・・・・・んな・・・・・・私の・・・リボン・・・が・・・・・・・」
紅い世界。白の砂塵。銀の美少女。幻想的な光景。
その後、地獄がやってきた。
「きゃあああああ――――ッッッ!!!!」
細い体躯を自ら抱き締め、絶叫するファントムガール。
破壊の音波が、銀の肢体を崩壊させていく。細胞が震え、光の肉体が崩れていく。内臓が直接握り潰されているかのような、激痛。
見た目は変わらないが、細胞レベルの破壊の嵐に飲みこまれ、耐えきれぬ苦しさ・痛み・辛さに、死のダンスを踊る里美。
「ふうわあああああ―――――ッッッ!!!! ああああッッ―――ッッ!!! ううわあああああ――――ッッッ!!!」
大地を転がり回り、肢体を折り曲げ、反らし、突っ張らせ、崩れ落ちるファントムガール。全身の細胞が超音波により共鳴し、狂気の激痛を主人に送り続ける。耐えられない。とても耐えられない。くノ一の修行など、何も意味を為さぬ、極限の破壊。それを、コウモリは一瞬の間隙もなく、絶え間無く銀の少女に浴びせ続ける。獲物が苦しむのを楽しむように。
守護天使の動きがピタリと止まる。
それは、反撃の狼煙、ではなかった。
敗北の象徴。
両膝立ちになった少女の左手が、天に向かって差し上がる。助けを求める、哀れな左手。反りあがった背中がピクピクと震える。天を仰いだ青い瞳から、フッと光が消える。
失神した少女の上体が、ゆっくりと、大地に伏せる。
ズズーーンという轟音とともに、土煙があがり、茶色の髪が左右に分かれていく。
「ギシャアアア―――ッッ!!」
勝利の雄叫びを挙げる巨大コウモリ。
そして、それは、ファントムガールの処刑宣告でもあった。
うつ伏せに倒れる銀の背中に乗る、黒い翼。
赤い口が細い首筋に噛みつき、翼を使って怪物に屈した正義の戦士を、空中に吊り下げる。
人類に晒される、脱力した正義の使者。
目的を果たしつつあるミュータントが、最期の仕上げにはいる。
ゴキュウウ・・・・・・ゴキュウウ・・・・・・ゴキュウウ・・・・・・・
体液が、飲まれていく。光の少女の体液が、吸い尽くされていく。
体液を飲む音が響くたびに、ファントムガールの全身に光が一瞬走る。
コウモリが吸っているのは、体液だけではない。光のエネルギーをも吸収しているのだ。闇の生物にして、光を吸い取る特殊能力を、この怪物は手にしているのだ。
「あ・・・うあ・・・・」無意識の銀の唇から、苦痛の呻きが洩れる。脳ではなく、細胞レベルで苦しむ少女の身体が、そうさせる。
血を、エネルギーを、吸い尽くす悪魔の唄が街に流れる。
少女の銀色が、光を失い色褪せていく。
流れるようなフォルムの肢体が、ビクビクと痙攣する。
「ああッッ・・・くああああ・・・ああ・・・・・・・・」
迫り来る死の悪寒に、ついに意識を取り戻すファントムガール。青い瞳に光が灯火となって揺らぐ。
ゴキュウウ・・・ゴキュウウ・・・ゴキュウウ・・・・・・・
「ふああッッッ?!! ふうわああああッッッ―――ッッ!!!!」
“エ、エネルギーを、吸われてるッッ!! ち、力が・・・・・・抜けて・・・・・・”
己に襲いかかる悲劇を思い知るファントムガール、里美。視界が薄闇に覆われている。寒い。氷に閉ざされたようだ。必死で右手に集中し、光の珠を造ろうと試みる。
「ダ・・・ダメ・・・・・・・も、もう・・・力が・・・・・・・はいら・・・・ない・・・・・。ナ・・・ナ・・・・・・・ゴメ・・・・・・ン・・・・・・・・・」
右手がダラリと下がる。
同時に細い首が、吸い尽くされた力を示して、垂れる。
コウモリが銀の少女から、全てを奪う音だけが、異様に大きく響き渡る。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選
上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。
一人用の短い恋愛系中心。
【利用規約】
・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。
・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。
・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる