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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
17章
しおりを挟む「ミュータントが現れたのは、北区の栄ヶ丘です。ビルを破壊し、被害者も多数出ております。今のところ、移動する気配はございません」
「栄ヶ丘って・・・あんな中心部に出たのッ?!」
車椅子に乗せられた藤木七菜江が、五十嵐家の執事・安藤に訊く。白髪混じりの初老の紳士だが、日本有数の名門に仕えるだけあって、上品さと厳格さが同居している。ファントムガールである五十嵐里美の教育係でもある彼は、彼女たちの参謀という側面も持っていた。今、彼は車椅子を押して、七菜江を地下3階の秘密基地へと連れて行くところだった。
「今までのミュータントは自然界の動物が元の個体でしたので、どうしても彼らの生息地に近い場所に出現したのでしょう。しかし、今度のミュータントも人間との融合体です。これからはこういった、人間の密集地帯、より被害が出やすい場所での出現が、増えるかもしれませんね」
車椅子が作戦指令本部の扉をくぐる。
その瞬間、七菜江の眼に、巨大スクリーンに映る街の惨状が飛び込んできた。
《ぎゃはははは! 無駄だ,無駄だ! お前らはオレの食糧なのだ!》
高笑いする、茶色の尖った顔。その鋭い前歯は真っ赤に染まっている。
ネズミに似た顔が、ビルの真ん中ぐらいの階に突っ込む。グチャグチャと咀嚼する音。どうやらそこは居酒屋らしい。アルコールが回り、逃げ遅れた人々を食っているのだ。ビルから顔を抜いては入れ、入れては抜き・・・パニックになった酔客を、ひとり残らず貪る。巨大ネズミの顔はビルから出てくる度に朱に染まる。
「こッッこいつッッ!! こんなことするヤツが人間だなんて言うのッ?!!」
「藤木さま、お忘れですか? 『エデン』の融合者は正・負のパワーを大幅に上げることを。悪のエネルギーに支配された者は、トランスフォームすると、ああいった欲望に囚われた悪魔になるのです。あの者の正体は、余程破壊衝動に満ちた者なのでしょう。御覧なさい、あの崩壊したビル群を。無意味に破壊を楽しんでいるのです」
「なんてやつッ!! 許せないィッ!!」
握った小さな拳が、小刻みに震える。壊れた左足のことも忘れ、立ちあがりそうな勢いの七菜江がいた。
「お待ちなさい。まさか、藤木さま、闘おうというのではないでしょうね?」
「私がやらなくちゃ、誰がやるのッ?! 私、やる! あの筋肉ネズミを倒してやるッ!!」
「その身体でなにができるのです? ここで無茶をしてあなたが死んだら、それこそこの星はどうなるのですか?」
吊り上がっていた七菜江の眼と眉が、安藤のことばで哀しげに垂れる。落ち着いた紳士の声には、説得力が含まれていた。何か言おうとする、苺の唇からは、二の句に詰まった吐息だけが洩れる。
「お気持ちはわかります。ですが、藤木さま、ベストを尽くすのとガムシャラにやるのとは、違います。時には休むことこそが重要なこともあります。どんなに休みたくなくても、です。」
「・・・だけど・・・里美さんは?」
「実は・・・連絡が取れないのです」
「じゃあッッ!! やっぱり私がやるしかないじゃないッ!!」
「すでにお二人が闘えないのは、連絡済です。今回は防衛庁の力を信じて、彼らに任せましょう」
メインスクリーンが切り替わり、巨大獣からやや離れた地点からの映像になる。全体を俯瞰するような構図。これならば、随分とミュータントと周囲の状況が掴めやすい。
世間一般の人はおろか、時の首相にも知らされてはいないが、ごく一部のこの国の実力者は、ファントムガールが五十嵐家の人間であることを知っている。いや、正しく言えば、御庭番頭領の子孫であり、日本を裏から守る使命を帯びた五十嵐里美に、ファントムガールとなることを、彼らが勧めたのだ。よって、表立ってはいないが、政府のファントムガールに対するバックアップは万全だった。もちろん、その代わりに、ファントムガールはその意志に関わらず、巨大生物・ミュータントと闘う義務を負うのだが。
かといって、政府が常にファントムガールの出動を要請できるかというと、そうではない。ファントムガールに直接指示を下すことはできないのだ。今回のように正体である里美や七菜江が傷ついた時、闘うか否かは、彼女たち本人が決める。そして闘えないと判断した時は、その他の手段、具体的には防衛庁の力で応戦することが政府と五十嵐家との間で取り纏められている約束だった。
政府としても、怪物退治に莫大な防衛費を使うのは避けたい一方、実戦での経験を積めるチャンスでもある。また、自衛隊が成果を挙げれば、対外諸国へのアピールにもなるため、怪物退治に魅力を感じないでもなかった。ただ、そういった事情は、高校生の七菜江には話さないでもいいという、安藤の判断があった。
メインスクリーンに3つの影が現れる。航空自衛隊の戦闘機、F-15だ。
巨大ネズミが現れてから、恐らく10分と経ってないだろう。対応の遅さを常に揶揄される政府としては異例の早さといえる。ファントムガールと政府が関連していることを知らぬ現場の自衛隊員の間には、まるで銀の少女が現れるのを待つかのような待機の長さと、世間の不要論に、苛立ちが山のように溜まっていたのだ。今回、今までとは比べ物にならない速さでスクランブル指令が飛んだことで、彼らのやる気は爆発していた。
だが、そんな想いも、圧倒的な力の前に、わずかな時間で散ることなる。
市街戦であるため、速度はやや落としているのだろうが、それでもマッハ2を越えるスピードで、三機のF-15は怪物に向かっていく。射程距離に入るや、20mmガトリング砲を一斉放射する。機関銃の嵐。そのほとんどが命中しているにも関わらず、ネズミは気にする素振りさえない。
スクリーンに見入る七菜江の拳が固くなる。何とか持ちこたえて欲しいと、祈りを込めて液晶画面の闘いを凝視する。この映像も、政府の特殊部隊による撮影であり、一般の人々は、こんな至近距離からの映像は見られない。マスコミ用に許可された、遠距離からの映像を見て、今の七菜江と同じ気持ちで戦況を見守っているに違いない。
音速で巨大生物を通り過ぎた戦闘機が、旋回して第二弾攻撃に備える。凄まじい速度で移動するため、旋回には時間がかかる。その間に、ゆっくりと振りかえった茶色の巨獣が、迎撃態勢を整える。
スクリーンで見ると、点のようになった距離から、三機のF-15が取っておきの攻撃を仕掛ける。サイドワインダーと呼ばれる炸裂ミサイル。四発装填された内の二発を、標的に撃ちこむ。ガラガラヘビの通称通り、蛇行して進んだ、計六発のミサイルが、茶色の体毛に全弾命中する。白煙と炎に包まれる巨獣。
「やったあ! イケルじゃんッ!」
「いえ、恐らく効いてません」
白煙を挙げるネズミを、戦闘機が通りすぎる瞬間――
煙の中から、口の端を吊り上げた、尖った顔が現れる。
棘のついた拳を振る。最後尾の一機に当たり、爆発炎上する。
巨大ネズミが笑ったまま、振り向く。その小さな赤い瞳が、戦闘機を視界に収める。開いた口から、黒い光線が一直線に放射される。マッハ2の戦闘機を遥かに凌駕する光線の速度。
黒の奔流が一機のF-15を直撃する。
乗組員の命とともに、機体は一瞬にして消滅した。
無言のまま、その様子を眺める七菜江。
「ミュータントは負のエネルギーで膨らんだ巨大生物です。そのほとんどが闇の力で構成されているため、通常の物理攻撃では、効果がないのです。彼らもそのことは知っているはずですが、残念なことに功を焦ってしまったようです・・・」
残った一機が、距離を置いて大きくネズミの周りを飛ぶ。攻撃が通用せず、近寄れば撃墜されることを知った、窮余の策。しかしながら、民衆を守るのが最優先目標の自衛隊にとって、最善の策とも言える。とにかく時間を稼ぐこと。現場の彼らは知らないが、人間のミュータントは60分の活動しかできないのだ。
このまま、残りの時間を・・・七菜江の淡い期待は、この後あっさり破られる。
巨大ネズミが上半身を沈めていく。今になって、攻撃が効いてきたのか? そうではなかった。怪物は四つん這いになったのだ。
次の瞬間、ネズミが駆ける。この繁華街が自慢にする、100mの幅がある道路は、ネズミの巨体を十分に収める。滑走路となった道を、巨獣は超速度で走る!
巨大な前歯が戦闘機に突き刺さる。マッハ2の飛行物体を、この巨獣は捕らえたのだ。なんという瞬発力! 恐るべき俊敏さ!
顔ほどの大きさの戦闘機を、ネズミが噛み砕く。炎とともに、航空自衛隊が誇る精鋭は、その命を散らす。口腔内の爆発をものともせず、黒煙を吐きながら、尖った顔が不気味に笑う。
《ぐわはははは! オレは神だ! 人間ごときがオレを止められるか!!》
「・・・・ッのヤロウッッ・・・・」
固く握っていた七菜江の丸い拳が、ブルブルと怒りに震える。そして、次の怪物の一言が、撃鉄を起こした拳銃の引金を引いた。
《工藤吼介ッッ!! どこだあッどこにいるッ?!! 貴様を殺さねばオレの怒りは収まらんッ!! どこにいるのだあッ?!》
「こッこいつッッ!!・・・・なんで吼介先輩のことをッ?!!」
「恐らく元の個体である人物が、彼と一悶着起こしているのでしょう。かなり恨みを抱いているようですが・・・復讐の黒いエネルギーは、当然『エデン』によって肥大化しています」
昼の出来事を七菜江は思い出す。不良達を完膚なきまでに破壊していく吼介。そういえば、このネズミの化け物は、あの武志と呼ばれた金髪の大男の身体によく似ていた。眉の骨が発達してせり出ているのも似てる。ネズミ丸だしの顔は違うが・・・もしかしてあの男が巨大ネズミの正体なのか? いずれにしろ、吼介が怨みを買わないタイプでないことは確かだ。
七菜江の脳裏に吼介との別れのシーンが浮ぶ。執事・安藤に傷ついた少女を渡した男は、七菜江が引き止めるのも聞かず、要警戒のサイレンがなる闇へと消えていった。まさか、自分が巨大生物に狙われているなど、夢想だにしていないだろう。あの時、もっと引き止めていれば・・・痛切な後悔が少女の胸に迫る。
「大丈夫です。あのミュータントが吼介様の居場所を知る術はありません。勝気なあの方が聞いたら、自ら名乗りでてしまいそうですが、この映像はここにしか流れておりませんから」
「安藤さん・・・私、やっぱりやるよ」
「まだ、そんなことを仰るのですか?その身体でなにが・・・」
「やってみなくちゃわからないよ! なにかできるかも知れないのに、何もしないで誰かが死んでいくのを見てるなんて、耐えきれない! お願い、安藤さん! 私に闘わせて!」
「しかし・・・」
「あいつを止めれるのは、私だけだよ! お願い、やらせて!」
「・・・今、ご覧になった通り、敵は破壊欲と復讐に餓えた悪魔です。そのお身体では満足に帰ってこれないかもしれませんぞ」
「大丈夫、私、ファントムガールだもん。あの人達を助けてくるよ」
Vサインをして、ひまわりのように微笑む七菜江。覚悟をしたものだけが許される微笑みの眩しさに、初老の紳士の胸がズキリと痛む。包帯だらけの、このいたいけな女子高生に、我々は死地への戦闘を強いなければならないのだ。だが、彼の役目は、この国を襲う災厄から守るため、ベストの決断を下すことだった。
「すいません、藤木様。この老いぼれは、あなたにご負担をかけてばかりでございますな」
「なに言ってんの、安藤さん。私は私がやりたいからやってるだけだよ・・・・・・って、コレ、里美さんのうけうり」
あどけなさの残った瞳を、ウインクする七菜江。その明るさの裏に秘めた、怒りと決意の炎が渦巻く。
“人間を食べるなんて・・・悪魔め! 私が絶対倒してやるッッ!! そして・・・・・・吼介先輩に指一本触れさせないんだからッ!!”
自分を守ってくれた・・・そして、好きと言ってくれた男のために、少女の決心は燃え盛る。今度は七菜江が守る番だった。
「そうと決まれば、早速行こう! ここから栄ヶ丘までけっこうあるでしょ?! 犠牲者をこれ以上増やさないように・・・」
執事が七菜江の車椅子を押す。
エレベーターに乗りこむや、B4のボタンを押す。浮遊感がふたりを捕える。
「あ、安藤さん、地下に降りちゃってるよ!?」
「いえ、これでいいのです」
長い落下のあと、エレベーターの扉が開く。安藤に押され、七菜江は初めて見る、地下四階の全貌を見渡す。
そこは作戦指令室と言われる3階に比べ、随分狭い印象があった。一回り小さいスクリーンと、その下の機械類。だが、もっとも特徴的なのは・・・線路があること。
そして、その線路の上には、SFマンガなどで見る、医療ポッドのようなひとり乗りのカプセルがある。
“こ・・・これは、まるで・・・地下鉄??”
「ジェットラインです」
おもむろに執事が話す。七菜江の疑問を解くように。
「この都市の地下鉄工事の際に、併設してこのひとり用の移動通路を完成させました。この屋敷、学校、その他主要施設と、地下鉄沿線上のポイントとは繋がっております。有事に公共機関は機能しなくなりますが、このジェットラインさえあればこの地方の主要箇所には瞬時に移動が可能です」
抱き起こした七菜江を、カプセルまで運び、乗せる。こんな包帯だらけの17歳の少女に闘いを望むなんて・・・正気の沙汰ではない。しかし、普通に生きている人々を少しでも多く助けるには、これが正解の方法であることもわかっている。苦渋の選択から解放されるため、安藤は合理という名の判断に従った。
「Gが5までかかりますが、藤木様の身体能力なら持ちこたえられるでしょう。栄ヶ丘までなら・・・30秒もかからず着きます。」
「こんなものがあるなんて・・・知らなかった・・・」
「地上は混乱しますので、こういった特殊ルートが必要なのです。五十嵐家を含む、ごく少数の者しか知り得ませんが」
地下鉄の敷設など、随分昔の話だ。里美がファントムガールになる以前から、五十嵐家はこういった設備を持っていたことになる。一体、五十嵐家とは何者なのだろうか・・・彼らが御庭番の血を引くことを知らぬ七菜江は、ふとそんな疑問を抱く。
安藤がスクリーン下の機械を操作する。緑の光がディスプレイされ、この地方の地図と、血管のように循環しているラインが示される。どうやら、このジェットラインの経路らしい。そして、赤く点滅するポイントが目的地――
「北区、栄ヶ丘、D-3ポイント。着いたら敵は目の前です。すぐにトランスフォームされるとよいでしょう」
安藤がカプセル内の七菜江の元に駆けより、シートベルトを締める。仰向けに寝る形で、少女は初老の紳士に語りかける。
「ワガママ言ってごめんね、安藤さん」
「いいえ、とんでもありません。お嬢様は・・・いや、私どもは、あなたに会えたことを、神に感謝せねばなりませんな」
「持ち上げすぎだよォ。・・・じゃあ、行ってきます」
「藤木様、ひとつだけ約束を」
「なに?」
「必ず、生きて帰ってきなさい」
カプセルの蓋を執事が閉める。
次の瞬間、轟音とともに、カプセルは闇の彼方へと消えていった――
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