24 / 310
「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
13章
しおりを挟む荒々しい吐息が、ふたつ、重なりあって奏でられている。
50畳はあろうかという、巨大な部屋。その半分に棚に納められた薬瓶や、ビーカー・フラスコなどの実験器具が並ぶ。冷却機や電子顕微鏡、培養保存用の無菌室など、素人は見るだけで圧倒される設備が、そこら中に置かれている。人ひとりが十分寝られる手術台の上には、9個もの電灯が備わった証明器具が、不気味な巨大さで浮いている。
その部屋の残りは、それら見るからに研究室然とした様子とは、趣を大きく異なっていた。
純白のシーツに包まれた巨大なベッドが、壁際にドンと置かれている。それはラブホテルで見るものと、よく似ていた。隣の壁には、天井まで届く木造の棚。ここには、薬品ではなく、和洋を問わぬ酒瓶が所狭しと並んでいる。ドンペリ・ナポレオン・越しの寒梅から、シャトー・ムートン、ロマネ・コンティまで。ワインが多いのは、この部屋の主人の好みに依るらしい。
猛獣のヨガリ声は、ベッドの上から流れてきていた。
モデル体型の女が、男に跨っている。長い黒髪が、全裸の背中までを隠し、扇状に広がる。深紅のルージュを割って出た舌が、それ自体生きているように、男の顔を這いずる。唇を舐め、鼻の先を舐め・・・白い歯の隙間から侵入し、男の舌と絡んでいく。形のよい、高い鼻が、男の頬に当たる。
下になった男は、右手を背から回して、女の秘穴に伸ばす。一番大事な箇所は、そそり立った怒張が占領済みだ。狭い菊門に、女性的なスラリとした細い指を、第二関節まで埋めていく。時折、ブリッジの要領で、女を貫いた槍をグラインドさせ、熱い秘泉へと潜り込んでいく。工藤吼介のような筋肉で膨れ上がった体ではないが、腹筋や胸筋がくっきりと浮びあがり、無駄な肉のない、引き締まった肉体を披露している。アスリートという呼称に相応しい肉体。豹のような、力強さとしなやかさを同居した体は、吼介とは違い、セクシーな芳香を醸している。
女が顔を上げる。舌と舌を繋ぐ唾液が、シャンデリアの光を浴びて、七色に輝く。この、研究室とラブホテルを合体した異空間が、女の私的な所有地であることよりも、そんな施設が神聖な学校の学び舎にあることこそが、意外な事実であった。
国立大学並の敷地を誇る聖愛学院の一角、樹林に囲まれた片隅に、新しく建造された3階建ての校舎は、20代半ばにして生物学会の権威となった女性を迎えるために、理事長自ら用意した研究用施設だった。入り口はコンピュータ管理の施錠装置が24時間態勢で侵入者を見張り、女の許可がなければ、理事長・校長といえど入ることはできない。1・2階はまだ設備が整っておらず、ガランとしているが、3階にはその奇妙な部屋以外にも、高級マンションと錯覚する調度の揃った部屋がいくつかあった。学園近辺の正真正銘の高級マンションを、女は学園側から与えられていたが、研究の進度によってこちらで寝泊りすることも多いようだ。
陶然として唾液を舐め取る女は―――美しかった。ハーフと紛う彫りの深い目鼻立ち。研ぎ澄まされたプロポーション。大理石のように白く、シミひとつない肌。そして、男を見下ろす瞳から発散する、フェロモンの薫り。その目に見入られれば、どんな雄も勃起せずにはいられまい。
「で、実験は成功したのか?」
男の声に、女・片倉響子は妖艶に哄笑ってみせる。クライマックスに向けて、男の屹立が激しく揺さぶり、突き上げる。ベッドのスプリングが勢いに負けて、ギシギシと音を奏でる。
「ええ。基盤の方が万全じゃないから、直るまで待たないといけないけど。融合自体は成功よ」
成果を挙げたことによるエクスタシーが、響子の反応を過敏にしていた。突き上がる官能に酔いしれた表情を晒す。長い指が、男の豆粒大の乳首をコリコリと弄う。
「しかし、気に食わんな。あんな個体でいいのか? 確かに腕力はありそうだが、知能は足りているのか? 駒として使えそうにない」
「あれはあれでいいのよ、試作品なんだから。飛車や角だけでなく、歩を使いこなしてこそ名将成り得るのよ、メフェレス」
つい先日、人類を恐怖のドン底に陥れた魔人の名を、片倉響子は呼んだ。
メフェレス――青銅の鎧と、黄金のマスクを持つ巨大生命体・ミュータント。目と口、全てが三日月に笑うマスクを着けたその悪魔は、人類の守護天使であるファントムガールを蹂躙し、滅亡か降伏かを迫った、人類史上最凶の天敵であった。結局は新しく現れた青いファントムガール=ファントムガール・ナナに撃退されたが、その恐怖は、人々の胸にまだ新しい。その悪魔の正体が、この一見普通の男だと言うのか。
男は笑いどころか、能面を付けたように無表情であった。見ようによっては優しく見える顔。好みは分かれようが、タイプだという女は必ずいる整った美形。パッと見、そこには人類の征服を望むような、歪んだ野心は見受けられない。
「オレが気に入らないのは、もうひとつ、ある。なぜ、あのクソ忌々しい小娘を捕らえた時に、教えてくれなかった? 首を捻り千切って、カラスの餌にでもしてやったのに」
怒張が膣の中で、さらに肥大化する。喋りながら、男は怨敵を惨殺する想像に、興奮しているようだった。激しい突き上げが、美貌の教師の欲望を満たす。
「仕方ないでしょ。人間が来る気配がしたんだから。それとも、正体がバレる危険性を無視して、目撃者はどんどん殺せばいいって言うのかしら」
男がその不満を口にするのは三度目だ。余程悔しい気持ちは手に取るようにわかったが、響子は同じ嘘を三度ともつき続けた。男がギリギリと歯軋りをする。比例して、洞窟を抉る直棒の激しさが増す。
「まさか、あの藤木七菜江がファントムガール・ナナとはな・・・ぬかった。一気に殺れたのが、今後は警戒されるだろうな・・・」
「うふふ。いいじゃないの、別に。ファントムガールとして屠るのが、下等な人間どもにはいい見せしめになるんだから」
「ふん。それは言える・・・な」
響子の狭穴から指を抜き、男の右手が枕の下に伸びる。
その手が、無造作に振られた。
細長い影が弾丸となって、薬品棚の隙間を撃つ!
一直線に進んだ影は、乾いた音と共に弾かれ、アーミーナイフとなって、コンクリートの床に突き刺さる。
「人の部屋に無断侵入して覗き見なんて・・・いい趣味してるわね」
響子の声に反応して、空間が蠢く。
棚の隙間から、スレンダーなセーラー服が影を纏って現れる。その手には、新体操のクラブ。そんなもので、少女は投げつけられたナイフを迎撃したのか。
「一応、この部屋にはセンサーが張ってあるんだけど。どうやって侵入できたのかしら、生徒会長さん?」
響子の問いに、五十嵐里美は答えない。
醒めるような、美しさ。憂いを帯びた漆黒の瞳、スッと通り抜けた鼻梁、桜貝の貼りついた唇。肩までかかる茶色がかった髪は、白いリボンで束ねられ、ポニーテールになっている。溜め息が洩れる、純粋無垢な美少女。
しかし、直立する彼女は、昼間見せる優等生の表情ではなかった。哀しみを秘めた、強い光が瞳に宿る。よく里美の美しさは、秋月に喩えられるが、今夜の月は血生臭い戦場に浮ぶ妖かしの月――
「なんの用かしら? まさか、先生と生徒のセックスを咎めに来たわけじゃないでしょうね」
結合したまま、片倉響子が問う。その裸体にじっとりと汗が滲む。
「もう、お互いにしらばっくれるのは止めにしましょう、メフェレス」
女教師を無視し、下で腰を動かす男に、里美は話し掛ける。
「――いいえ、柳生新陰流の血を継承する者・・・久慈仁紀」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説




サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる