ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」

13章

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 荒々しい吐息が、ふたつ、重なりあって奏でられている。
 50畳はあろうかという、巨大な部屋。その半分に棚に納められた薬瓶や、ビーカー・フラスコなどの実験器具が並ぶ。冷却機や電子顕微鏡、培養保存用の無菌室など、素人は見るだけで圧倒される設備が、そこら中に置かれている。人ひとりが十分寝られる手術台の上には、9個もの電灯が備わった証明器具が、不気味な巨大さで浮いている。
 その部屋の残りは、それら見るからに研究室然とした様子とは、趣を大きく異なっていた。
 純白のシーツに包まれた巨大なベッドが、壁際にドンと置かれている。それはラブホテルで見るものと、よく似ていた。隣の壁には、天井まで届く木造の棚。ここには、薬品ではなく、和洋を問わぬ酒瓶が所狭しと並んでいる。ドンペリ・ナポレオン・越しの寒梅から、シャトー・ムートン、ロマネ・コンティまで。ワインが多いのは、この部屋の主人の好みに依るらしい。
 猛獣のヨガリ声は、ベッドの上から流れてきていた。
 
 モデル体型の女が、男に跨っている。長い黒髪が、全裸の背中までを隠し、扇状に広がる。深紅のルージュを割って出た舌が、それ自体生きているように、男の顔を這いずる。唇を舐め、鼻の先を舐め・・・白い歯の隙間から侵入し、男の舌と絡んでいく。形のよい、高い鼻が、男の頬に当たる。
 下になった男は、右手を背から回して、女の秘穴に伸ばす。一番大事な箇所は、そそり立った怒張が占領済みだ。狭い菊門に、女性的なスラリとした細い指を、第二関節まで埋めていく。時折、ブリッジの要領で、女を貫いた槍をグラインドさせ、熱い秘泉へと潜り込んでいく。工藤吼介のような筋肉で膨れ上がった体ではないが、腹筋や胸筋がくっきりと浮びあがり、無駄な肉のない、引き締まった肉体を披露している。アスリートという呼称に相応しい肉体。豹のような、力強さとしなやかさを同居した体は、吼介とは違い、セクシーな芳香を醸している。
 
 女が顔を上げる。舌と舌を繋ぐ唾液が、シャンデリアの光を浴びて、七色に輝く。この、研究室とラブホテルを合体した異空間が、女の私的な所有地であることよりも、そんな施設が神聖な学校の学び舎にあることこそが、意外な事実であった。
 国立大学並の敷地を誇る聖愛学院の一角、樹林に囲まれた片隅に、新しく建造された3階建ての校舎は、20代半ばにして生物学会の権威となった女性を迎えるために、理事長自ら用意した研究用施設だった。入り口はコンピュータ管理の施錠装置が24時間態勢で侵入者を見張り、女の許可がなければ、理事長・校長といえど入ることはできない。1・2階はまだ設備が整っておらず、ガランとしているが、3階にはその奇妙な部屋以外にも、高級マンションと錯覚する調度の揃った部屋がいくつかあった。学園近辺の正真正銘の高級マンションを、女は学園側から与えられていたが、研究の進度によってこちらで寝泊りすることも多いようだ。
 
 陶然として唾液を舐め取る女は―――美しかった。ハーフと紛う彫りの深い目鼻立ち。研ぎ澄まされたプロポーション。大理石のように白く、シミひとつない肌。そして、男を見下ろす瞳から発散する、フェロモンの薫り。その目に見入られれば、どんな雄も勃起せずにはいられまい。
 
 「で、実験は成功したのか?」
 
 男の声に、女・片倉響子は妖艶に哄笑ってみせる。クライマックスに向けて、男の屹立が激しく揺さぶり、突き上げる。ベッドのスプリングが勢いに負けて、ギシギシと音を奏でる。
 
 「ええ。基盤の方が万全じゃないから、直るまで待たないといけないけど。融合自体は成功よ」
 
 成果を挙げたことによるエクスタシーが、響子の反応を過敏にしていた。突き上がる官能に酔いしれた表情を晒す。長い指が、男の豆粒大の乳首をコリコリと弄う。
 
 「しかし、気に食わんな。あんな個体でいいのか? 確かに腕力はありそうだが、知能は足りているのか? 駒として使えそうにない」
 
 「あれはあれでいいのよ、試作品なんだから。飛車や角だけでなく、歩を使いこなしてこそ名将成り得るのよ、メフェレス」
 
 つい先日、人類を恐怖のドン底に陥れた魔人の名を、片倉響子は呼んだ。
 メフェレス――青銅の鎧と、黄金のマスクを持つ巨大生命体・ミュータント。目と口、全てが三日月に笑うマスクを着けたその悪魔は、人類の守護天使であるファントムガールを蹂躙し、滅亡か降伏かを迫った、人類史上最凶の天敵であった。結局は新しく現れた青いファントムガール=ファントムガール・ナナに撃退されたが、その恐怖は、人々の胸にまだ新しい。その悪魔の正体が、この一見普通の男だと言うのか。
 
 男は笑いどころか、能面を付けたように無表情であった。見ようによっては優しく見える顔。好みは分かれようが、タイプだという女は必ずいる整った美形。パッと見、そこには人類の征服を望むような、歪んだ野心は見受けられない。
 
 「オレが気に入らないのは、もうひとつ、ある。なぜ、あのクソ忌々しい小娘を捕らえた時に、教えてくれなかった? 首を捻り千切って、カラスの餌にでもしてやったのに」
 
 怒張が膣の中で、さらに肥大化する。喋りながら、男は怨敵を惨殺する想像に、興奮しているようだった。激しい突き上げが、美貌の教師の欲望を満たす。
 
 「仕方ないでしょ。人間が来る気配がしたんだから。それとも、正体がバレる危険性を無視して、目撃者はどんどん殺せばいいって言うのかしら」
 
 男がその不満を口にするのは三度目だ。余程悔しい気持ちは手に取るようにわかったが、響子は同じ嘘を三度ともつき続けた。男がギリギリと歯軋りをする。比例して、洞窟を抉る直棒の激しさが増す。
 
 「まさか、あの藤木七菜江がファントムガール・ナナとはな・・・ぬかった。一気に殺れたのが、今後は警戒されるだろうな・・・」
 
 「うふふ。いいじゃないの、別に。ファントムガールとして屠るのが、下等な人間どもにはいい見せしめになるんだから」
 
 「ふん。それは言える・・・な」
 
 響子の狭穴から指を抜き、男の右手が枕の下に伸びる。
 その手が、無造作に振られた。
 細長い影が弾丸となって、薬品棚の隙間を撃つ!
 一直線に進んだ影は、乾いた音と共に弾かれ、アーミーナイフとなって、コンクリートの床に突き刺さる。
 
 「人の部屋に無断侵入して覗き見なんて・・・いい趣味してるわね」
 
 響子の声に反応して、空間が蠢く。
 棚の隙間から、スレンダーなセーラー服が影を纏って現れる。その手には、新体操のクラブ。そんなもので、少女は投げつけられたナイフを迎撃したのか。
 
 「一応、この部屋にはセンサーが張ってあるんだけど。どうやって侵入できたのかしら、生徒会長さん?」
 
 響子の問いに、五十嵐里美は答えない。
 醒めるような、美しさ。憂いを帯びた漆黒の瞳、スッと通り抜けた鼻梁、桜貝の貼りついた唇。肩までかかる茶色がかった髪は、白いリボンで束ねられ、ポニーテールになっている。溜め息が洩れる、純粋無垢な美少女。
 しかし、直立する彼女は、昼間見せる優等生の表情ではなかった。哀しみを秘めた、強い光が瞳に宿る。よく里美の美しさは、秋月に喩えられるが、今夜の月は血生臭い戦場に浮ぶ妖かしの月――
 
 「なんの用かしら? まさか、先生と生徒のセックスを咎めに来たわけじゃないでしょうね」
 
 結合したまま、片倉響子が問う。その裸体にじっとりと汗が滲む。
 
 「もう、お互いにしらばっくれるのは止めにしましょう、メフェレス」
 
 女教師を無視し、下で腰を動かす男に、里美は話し掛ける。
 
 「――いいえ、柳生新陰流の血を継承する者・・・久慈仁紀」
 
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