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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
12章
しおりを挟む「うふふふふ。いいザマね、ナナ。こうなっちゃったら、もう巨大化すらできないでしょ? 悪に捕まった気分はいかがかしら、正義の味方さん?」
ハリウッドスターの優雅さに似た歩調で、絶世の美女は捕獲した獲物に近寄る。ピアニストと間違う細く長い指を、虚空を睨む少女にかざす。10本の指からは、あらゆる太さの糸が、四方八方に複雑に絡み合って伸びていた。
囚われの七菜江は必死の抵抗を試みる。だが、クスリの影響で闇に飲まれかけた意識では、指一本自由にならない。絡まる糸は剃刀の鋭さを伝え、無理に暴れれば、より傷つくだけであることをわかりやすく伝えてくる。
“く・・・苦しい・・・・・・喉が・・・締ま・・・・・・る・・・・・・・い、糸が・・・・・手首・・・・に・・・食い込んで・・・・・・・い、痛い・・・・・千切れそ・・・う・・・・”
この苦境から脱しなければいけない。このままでは、この女にいいようにあしらわれるだけだ。そんなことは嫌というほどわかってるのに、脱出どころか戒めの激痛に翻弄されている。
「まだ・・・・・・私は負けてない・・・・・・・・」
単なる強がり。もはや己の力では、どうにもならない事態に陥っていることは、七菜江自身が悟っていた。でも、この女にだけは負けを認めたくない―――
「オホホホホホ! 弱いくせに、ホントに気だけは強いのね! 身の程しらずなコ、悲鳴でも挙げてなさい」
開いた右手の人差し指を、折り曲げる。
七菜江の腕が両サイドから急激に引っ張られ、宙に浮いた足が地に着かんばかりに伸ばされる。見えない巨人が、少女の四肢をバラバラに引き千切ろうとしている。靭帯が伸び、関節が外れる不快な音楽が、七菜江の体内に駆け巡る。
「ぐああああッッッ―――ッッッ!!! がああッッッ!! ・・・・・・ああッッ! ・・・・・・・・・あ・あ・あ・・・・・・・」
“う、腕が抜けちゃう! あ、足・・・も、もうこれ以上、壊さないで! この女は・・・・私で遊んでる・・・”
響子の思惑通り、叫んでしまった七菜江。磔にされた惨めな自分が悔しい。
「今度は死にかけてもらおうかしら」
苦悶する美少女を見て、明らかにサディスティックな渇きを潤す悪女。赤いルージュが愉悦に歪む。右手の小指が曲げられる。
「ぐええええッッッ!!! ごぼオオォッッッ!! ごぼごぼオォッッ!! ・・・・・・・ぶぐうッ・・・ぐぶうッ・・・がふッがふッ! ・・・・・」
七菜江の桜色の唇から、地獄から涌き出たような悶絶の叫びがこぼれる! 声だけではない、ヨダレや泡が、ゴボゴボと噴水になって次々と溢れ出る。動かすことのできないはずの身体が、死が近付く苦痛に痙攣する。
引っ張られているのは、七菜江の首だった。
喉に食い込む糸が、容赦なく上方に引かれている。
頚動脈を絞めたりなど、しない。“落とす”のではなく、喉を潰し、気管を潰し、“苦しめる”のを目的とした、絞首刑。
「わかったかしら? もう、あなたは私のオモチャ。操り人形なのよ。生かすも殺すも私次第―― 」
小指をゆっくりと伸ばしていく。真っ青だった少女の顔に徐徐に血の気が差していき、ビクビクと震えていた身体が収まってくる。
「がはあッッ!! ・・・ぐふうッ・・・がはッがはあッッ・・・・ぐぶぶぶぶ・・・・・・・・」
「ふふふ・・・涙とヨダレでグチョグチョね・・・お似合いだわ」
響子の平手打ちが、七菜江の頬を叩く。
七菜江の顔が電車に轢かれた速度で横を向く。あまりの勢いに、少女の顔は霞むほど。女とは思えぬ一撃。
4mは離れた保健室の壁に、七菜江の血や汗や涙やヨダレが、飛沫となってビシャリと付着する。不良にあれだけ殴られても、赤く腫れるだけだった七菜江の頬が、みるみるうちに膨れ上がる。クスリによって混乱する意識が、ヘビー級ボクサー並のフックを食らって、ますます白く、飲み込まれて行く。
「・・・・ぐう・・・・・・・・う・・・・・・・うぅぅ・・・・・・・・」
逆方向、左からの張り手。
頬の内肉が千切れ、ベチャッと床に肉片が落ちる。血が霧となって空気を染める。
バチーーン
バチーーン
バチーーン
絶世の美女が、恍惚の表情を浮かべながら、十字架に磔られた傷だらけの美少女を、途切れることなく平手打っていく。殴るたび、血が舞う、凄惨な光景。
手を休めずに、片倉響子は語り始めた。
「あなたがメフェレスと闘った日、私はあの場所にいたのよ。当然、あなたは気付かなかったでしょうけど。変身解除後のメフェレスを、あなたたちに見つかる前に保護しなければならないからね。」
「・・・・・・・・」
「今朝、あなたに会った時、どこかで見た気がしたのはそのためよ。あとは策を練らせてもらったわ。二重、三重にね。あなたは負けるべくして負けたのよ、ファントムガール・ナナ」
殴打が止む。
血にまみれ、原型を留めぬほどに赤黒く腫れあがった七菜江の顔が、ガクーーンと垂れる。
口の端から流れる鮮血が、白い首を伝って、ジャージに黒く沁みていく。
「ナナ、メフェレスはあなたのことを、大層憎んでいるの。あれだけのことをしたんだから、当然ね。で、あなたの惨殺死体を見たがってるんだけど、どっちがいい? 首をチョン切られるか、内臓をぶちまけるか?」
「・・・・・・・好・・・き・・・に・・・・・しろ・・・・・・・・・・」
「そう。じゃあ、サヨナラ。ファントムガール・ナナ」
塞がった視界の中で、悪女・片倉響子の全ての指が閉じられる。
その映像を最期に、ファントムガール・ナナこと藤木七菜江の意識は、白く、深い闇へと侵食されていった――――
夕暮れの校庭に、運動部の掛け声が突き抜ける。
紫色の闇が校舎を包むなか、廊下を疾走するふたつの影があった。
ひとつは、シルクの輝きを持った長い髪をなびかせる、スレンダーな女子高生。そのあと、少し遅れて続くのは、影でさえ筋肉の隆起がわかるガタイの持ち主。
聖愛学院生徒会長・五十嵐里美と彼女の幼馴染・工藤吼介は、校則を無視して、誰もいない廊下を全速力で駆けていた。
目指すのは、第2号館の端にある、保健室。
“嫌な予感がする・・・・・・とても。ナナちゃんになにかあったら、私のせいだ・・・”
吼介から七菜江が“ナナ狩り”にあったことを聞いた里美は、生徒会の雑務を副会長の久慈に任せ、血相を変えて飛び出した。
“ナナ狩り”の話を聞いた時から、こういった事態が起こる覚悟はできていた。きっと、一般人相手に、七菜江はリンチを敢えて受けるだろう。そういうコだから、あのコは。
吼介から聞いた七菜江の惨状は、顔をしかめざるを得ないものだったが、同時に安堵もした。『エデン』の保有者なら、1週間もあれば回復できそうな程度だったからだ。
里美を不安にさせるのは、怪我のことではなかった。
「どうして・・・どうしてあのヒトが、一緒なのよ・・・」
片倉響子。新しく赴任してきた教師にして天才生物学者の、美貌の女性。
彼女は違う。ただ者ではない。
今朝一目見た里美の心を襲ったのは、憧れとか嫌悪感とかではない。戦慄だった。
蛙が蛇を初めて見ながら、危険と察知するような、本能に訴えてくる恐怖。
その女が、今、重傷を負った七菜江とふたりだけでいる―――
すでに時計は6時を回っていた。2時間以上、ふたりきりにしている計算になる。
もっと早く教えてくれれば・・・罪の無いことはわかっているが、呑気に柔道着で汗を流していた吼介に、当たりたくなってしまう里美がいた。
その吼介は、なにやらよく理解していないまま、里美の勢いに気圧されて、思わず付いてきてしまっていた。いつも冷静で、高貴にすら映る里美が、明らかに取り乱していた。いつの間に、七菜江と里美はこんなにも親密になったのだろうか?
ガラリと扉を開け、里美が先頭になって、保健室に入る。
誰も、いない。
シンと静まり返った室内に、薄墨色の闇だけが、じっとりと染み入っている。一番奥のベッドの掛け布団が、人間ひとり分の大きさのものを包んで膨らんでいる。
ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・
里美の小さな胸が、早鐘のように打つ。静まった空気に、鼓動だけが大きく響く。
いつもと変わらぬ保健室の風景。
だが、里美は嗅ぎ分けていた。薬品の臭いに混じる、異臭・・・ま新しい血の香りを。見抜いていた。所々白くなった床や壁を。それは“何か”を拭き取った証拠。そして、隠しきれない、深く斬りつけられた、床の傷。
一歩一歩、ベッド上の膨らみに近付く里美。膨らみは微動だにしない。
震える右手が、物体を包み隠した布団にかかる。
爆発しそうな、心臓。
一気に布団を捲り上げる。
「きゃあああああ―――ッッッ!!!」
そこには、五体をバラバラに切断された、藤木七菜江の骸が転がっていた。
切り落とされた首が、ゴロゴロと転がり床に落ちる。
「うわあああああ――――ッッッ!!!」
上体を弾かせ、冷や汗をびっしょりと掻いた七菜江が、そこで目を覚ました。
ハァハァと荒い息をつく。額についた黒い髪を、右手の指で掻き上げる。腫れた目蓋に触れ、思わずビクンとなる。
“あたし・・・生きてた?!・・・”
「ナナちゃん!!」
傍らに付いていた里美が、思い切り抱き締めてくる。七菜江の肩に顔を埋め、強く抱く。怪我に響く痛みより、里美の肌の温かさが傷ついた体を癒した。
「ごめん。ごめんね。私のせいだ。・・・・・・・・こんな酷い目に遭わせてしまって・・・・・・ごめんね」
「そんな・・・・・・里美さんのせいなんかじゃないですよ・・・」
抱擁するふたりの美少女を、工藤吼介は腕組みをしたまま、ベッドの側に立って見つめていた。以前から知るふたりが、自分の知らないうちに懇意になっていることに、複雑な表情を見せながら。
七菜江の顔がさっきよりもだいぶ腫れあがっていることに気付いていたが、ふたりの少女の気持ちを考えると、口に出す気にはなれなかった。
しばらくお互いの心を通い合わせるように抱き合った後、里美はボロボロの身体から離れた。切れ長で、澄みきった瞳に、凸凹になった七菜江の顔が映っている。真っ直ぐ見つめる漆黒の瞳には、決意の炎が燃えていた。
「・・・・・・許せない・・・」
小さな貝のような潤った唇が、誰にも聞こえない呟きを漏らす。
「吼介、悪いけど、ナナちゃんを私の家まで送ってくれる? 寮だといつまた襲われるか、わからないわ」
「そりゃあいいけどよ・・・里美はどうすんだ?」
「私はまだ帰れない。大事な・・・やることがあるわ」
美しく、聡明で、いつも優しい生徒会長。
夕闇に立つ彼女は、学校の誰にも見せたことの無い雰囲気を纏っていた。吼介はその雰囲気の正体を感知した。
なぜなら、自分と同じ、雰囲気だったから。
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