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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
9章
しおりを挟む今までにどれだけ多くの暴力を見てきただろう。
気が付くと、血と悲鳴と慈悲を求める声が、常に神崎ちゆりの周りにはあった。
同級生が教師に殴られ、体罰だどうだと学校を挙げて大騒ぎしているころ、ちゆりは拳銃でヒトが撃たれるのを、平然と見られるようになっていた。昨日買われた男が、朝になったら港に浮んでいたこともあったし、跨っていた組の親分が、突然侵入してきた数人の男たちにハチの巣にされたこともある。あの時はザマアミロと思った。息が臭かったし、爪を立てて揉まれた胸が痛かったから。
クスリもセックスもとっくに飽きていたが、人間を壊す快感だけは特別だった。特に同性を嬲り、助けを乞う顔を切り刻んでやる爽快さといったらなかった。人間が壊れることこそ、楽しいショウはなかった。いつのまにか、ちゆりは暴力を見る側ではなく、やる側に回っていた。
そのちゆりの細胞が、粟立っていた。
足を組み、頬杖をついた姿勢は同じだったが、至近距離で繰り広げられた破壊劇は、ちゆりの獣性を刺激した。
テーブルに並べられた、極上の料理。
工藤吼介の圧倒的戦闘力を前に、人間の残骸が転がる。いや、それは戦闘力などという生温いものではない。
軍事力と呼んで差し支えない。
ある者は、手首を有り得ない方向に曲げられていた。
吼介の胸倉を掴んだ瞬間、折れていた。見えない巨大な鉄球で押し潰されたように、床に叩き伏せられたが、手首の関節を極められた激痛で、自分から地面に倒れこんだと、あとでわかった。
ある者は、仰向けに倒れた体の表面が、ダートコースのように凸凹になっていた。吼介の正拳突きが胸骨を粉砕した結果だった。ちゆりには見えなかったが、雷が落ちたような轟音のあとに、一瞬でこのような姿になっていたから、一呼吸で何発もの豪打が叩きこまれたということらしい。
ある者は、鼻が顔に埋まっていた。それ以外は潰れすぎてよくわからない。ただ、赤い。時折ある白色は、どうやら歯か、皮膚の下の骨らしい。顔に一撃を食らい、昏倒しているところをさらに殴られた。三撃目で救いを乞う声が止み、次の突きで全く動かなくなった。
「ヨダレがでちゃいそう♪」
武志という金髪の大男だけが、血の海にそびえる、修羅の前に立つ。
「エグイことするじゃねえか・・・格闘家はケンカしないんじゃなかったのかよ」
低く、落ちついたトーン。金髪のゴリラの声は、見掛け以上に知的に聞こえる。イントネーションに動揺は見られなかったが、滴る大量の汗が、散々女を嬲ってきた男の心情を明かす。
「知らなかったのか? 格闘技は人間を壊す技術だ」
対峙する工藤吼介は、静かなまま、言う。不良達を葬る刹那の時にも、破壊者は一言も発せず、作業を完遂した。黙々と。精密機械のように。
暗黙の内に、語りかけてくる。
お前達を破壊することが全て、と。
「最強の男だか、なんだか知らねえが、こっちはモノホンのルールなしで鍛えた、真剣勝負の強さなんだよ・・・やれ、顔面殴っちゃいけねえとか、武器使っちゃいけねえとか、多人数で襲っちゃいけねえとか、そんな甘い世界で育ったてめえと、オレとじゃ根本的に・・・」
ボギイッッ
枯れ枝を折るように、大男の左足がくの字に曲がる。吼介の右のローキック。大腿骨を真ん中からへし折られ、10cmは高い巨躯が、筋繊維でできた男の前に崩れ落ちる。
「いつまでも、のたまってんじゃねえよ」
叫びかける口が、急激に閉じられる。
右のアッパーブロー。
100kgを越える巨体が打ち上げられる。噛み合わさって砕けた歯が、紙吹雪となって舞う。
「腹、殴ったの、お前だろ」
宙空の肉ダルマの鳩尾に、左の第2弾ロケットが楔を撃ちこむ。肘まで埋まる肉の槍。突き上げられた、左の豪腕。大男の口から、黄色の汚液が花火を思わせて爆発する。
「腹破られるのは苦しいだろ? なあ?」
同じ場所に、今度は右のブローがめり込む。右腕一本で、ゴリラの巨躯が天に掲げられている。空の胃袋から搾り出された胃液が舞い散る。ピチャピチャと音を立てて、床に落ちる。
「言ってみろよ、なあ? 苦しいかよ? なあ? なあ?」
左。右。左。右。左・・・・・・
浮いたままの身体に削岩機のような連撃! 悶絶する大男が、ピクリとも動かなくなった時、その巨体は落下音とともに、大地に還った。己の撒いた、吐瀉物の海に溺れる巨体。昼に食べた、半分溶解した白米が、酸っぱい臭気とともに、ゴリラの頬に付着する。
ぱちぱちと乾いた拍手が、血生臭い実験室に木霊する。
「すっごォ~~い! ちり、ゾクゾクしちゃったぁ! 一発目で失神した相手にそこまでやるなんてぇ、あんた、ちりより悪党なんじゃないのオ?」
倒した巨躯に一瞥もくれず、スタスタと高みの見物を決めこんだ豹のコギャルに歩み寄る、吼介。教壇の黒机に腰掛けた「闇豹」の、挑発的に開いたシャツの襟を鷲掴む。
「何、チンカスついた汚ねえ手で、触ってんだよッ!! 筋肉ダルマがッッ!!」
「神崎、オレは女・子供でも容赦しないタチだぞ」
「ハンッ!! 殴るなら殴れよ! けどいいのかあッ?! あの女、治療してやるのが先じゃねえのかよッ!!」
襟を掴む力が、わずかに緩むのを逃さず、豹が吼介の手を振り払う。大の字に放置された少女の、荒々しい息遣いが、彼女を救いに来た男の耳朶を叩く。
「神崎、よく聞け」
全身を脱力した少女を背負い、第5化学実験室の扉をくぐる時、工藤吼介は最後のメッセージを残した。
「こいつは、オレのモンだ。二度と手を出すんじゃねえ」
ガラガラと、たったひとつしかない部屋の扉が開く。
いつもなら、薬品のスエた臭いが鼻腔を刺激するのに、今日は異なる臭気が、第5化学実験室に入ってきた女の嗅覚に感知される。
理由は一目でわかった。
学生服姿の少年達が、血の色に染まって、冷たい床に倒れている。全部で6つ。ある者は痙攣し、ある者は呻いて・・・本来生徒たちが授業で使うための黒机のひとつには、人影はないが、大量の血がこぼれている。
明らかに異常事態が起こった部屋。しかし、入室した女は、動揺するどころか、驚いた様子すら、ない。まるで、ここで何があったか、予め知っているかのように。血の臭いが充満した室内で、悠然と、腰まである長い黒髪を手櫛でそよがせる。
転がっている身体のひとつが、動く。少年達の中で、飛び抜けて大きな身体。金髪がヒクヒクと震えている。なにやら液体に濡れた、類人猿を連想させる顔を上げ、ズルズルと悶えながら這いずっている。
「ち・・・・・ちり・・・・・・い、痛えェェよおォォッッ!! た、助けてくれよおォォッッ・・・・・」
痛みに支配された猛獣が、泣いて救いを乞うていた。発達した眉の下から、ポロポロと周囲も憚らず、大粒の涙をこぼす。
這いずり、手を伸ばす先に、コギャルがいた。
教壇の黒机に足を組んで腰掛け、「闇豹」は窓の外の景色を見ていた。ネイルアートを施した長い爪にタバコを挟んでいる。金のルージュが紫煙を吐き出す。
「ち、ちり・・・・・・・」
這いずる巨体が、派手な格好の女子高生の足元までやってくる。
ヒョイと机を降りた神崎ちゆりは、半分ほど残ったタバコの火を、ゴリラのような大男の額に擦りつける。
「!! ギャヒイイッッッ!!!」
「武志イィィ・・・あんた、使えないねえ~」
振り上がったブーツが、床を這う金髪の後頭部に吸いこまれる。
鈍い音を残して、巨体はピクリとも動かなくなった。
顔の辺りから、赤い染みが、ジワジワと滲んでいく・・・
「あんた、な~にやってんのよォ~・・・・・・ちり、もっと、もお~~ッと、あのコで遊びたかったのにィ~・・・・あんたがマッチョバカを逃すから、ジャマされちゃったじゃん」
不快感を露に、神崎ちゆりは長髪の入室者を振り返る。先程、工藤吼介相手に見せた、激しい口調はどこへやら、元の間延びした、舌足らずな印象を与える喋り方に戻っている。
掻き上げた髪から、紅のピアスを覗かせて、生物教師・片倉響子は涼しい顔で応えた。
「フラレちゃったのよ」
「あんたが? あの筋肉オバケに? あはは♪ 最高ッ――ッ!! あんたみたいなエリート様も、フラレたりするんだ? あはははは」
「でも、こんな力を見せられちゃあ、諦めるわけにはいかないわね」
人形のような大きな瞳を、床に散らばる壊れた少年達に向ける。慈悲など入りこむ隙間もない、破壊の衝撃を計測する冷酷な視線。
「んじゃあ、後始末、よろしくぅ~」
「ちょっと待って。あの七菜江ってコは、どうだったの?」
面倒臭そうに、ちゆりが大学ノートを見開いて、女教師に見せる。そこには、『藤木七菜江』の欄の上に、少女自身の血で描かれた、大きな×印がある。
「はっずれ~~。シブトかったけどねぇ~。あれだけイジメがいのあるコはなかなかいないよォ。あ~あ、あとちょっとであの顔を塩酸で溶かせたのになぁ~~。ちり、個人的に遊んじゃおうかなぁ?」
「勝手な真似はしないで。メフェレスも黙ってないでしょう」
機械的だった片倉響子の視線が、鋭く尖る。サングラスの奥で、豹もマスカラに彩られた瞳に、魔性を篭らせるが・・・分が悪いのを悟ってか、すぐに臨戦体勢を解いた。
「冗~~談よ~。メフェレスがそういうなら、やめとくわぁ」
響子の出した「メフェレス」という単語に、ちゆりは反応したらしい。このタイプの全く異なるふたりの魔性の女が、数日前地球侵略を公言して現れ、人類の希望ファントムガールを徹底的に苦しめた悪魔に関係していることは、間違い無さそうだった。そして、悪魔の正体の人間も、ふたりと接触しているのは確実だろう。
「どっちにしたって、兵隊がこれじゃあ“ナナ狩り”は、当分無理だろ~ね~。メフェレスに言っといてぇ~。また、やりたけりゃあ、兵隊調達しろって」
「わかったわ。ところで、私からもお願いがあるんだけど」
「な~に~?」
「“これ”、もらえないかしら?」
「別にィ、いいけどォ~。でも、多分、使えないよォ~?」
「いいのよ。見たところ、素材はけっこう悪くないわ。どうせ、プロトタイプだし。じゃあ、貰っていくわね・・・・・・さて、あとは残ったゴミを始末しましょうか」
パチンと、美人教師が指を鳴らす。
その瞬間、床に倒れた少年達の首が一斉に飛び、血を吹いて絶命した。
実験室に立ち昇る、死の臭いだけが、彼らの存在を弔っていた。
身体が・・・熱い。
赤く熱した鉄の槍を四方から撃ちこまれたように、炎が小さな全身を渦巻いている。お腹に、3本の槍。ぐるぐると旋回し、内臓の配置をぐちゃぐちゃにしていく。50cmはあろうかという巨大な串が無数に刺さった左足は、ムカデのような姿に変わり果て、篭った熱によって、ゴウゴウと燃え盛っている。
“く・・・苦しい・・・・・・・あ、熱い・・・・・・・誰か・・・・・助けて・・・・”
どことも知れぬ無人の街を、少女はボロボロの身体を抱え、さまよい歩く。一足ごとに激痛が少女の気力を削っていく。
風が吹く。少女の白と青のセーラー服が、真ん中からスッパリと裂け、豊かな双丘と引き締まった腹筋が露になる。かまいたちとなった風は、純白のシャツを切り、青のスカートを裂き、衣服の破片を宙に舞わせる。翻弄される少女は、風の刃に切りつけられながら、死のダンスを踊りつづける。
“た・・・助けて・・・・・・誰か・・・・・・・誰か・・・・・・・・・”
若き肉体に何本もの槍を生やした少女が、朱色に染まったセーラー服を纏って彷徨う。フラフラと徘徊するショートカットの少女は、公園に来ていた。
“あ、あれは・・・!!”
そこは見知った公園。人影もまばらな夕暮れ時。
噴水前に立っているのは、少女のよく知る逆三角形の筋肉の持ち主。
「こ、吼介せんぱ・・・ッッ!!」
助けを求めようとして、少女はその声を押し留めた。
近くにあった桜の木の陰に、さっと隠れる。
身を隠した巨木の端から、半分だけ顔を出して、少女は噴水前の様子を窺う。怪我は治っていた。
少女はこの男が、獅子のような眼をすることがあるのを知っている。
あるいは、太陽のように明るく屈託のない笑顔で、クラスメイトとバカ話をしているのも知っている。
それが今日はどちらでもない表情をしている。
少女の見たことがない、表情。
哀しいような、切ないような・・・・・それでいて、愛しげな。
筋肉で包まれた男の前には、美しい少女がいた。
長い髪の、秋の月のような、美少女。
ふたりは、どちらからともなく近寄り、お互いの身体を包みあう。
美少女が男を見上げる。男の手が、優しく長い髪を撫でる。
夕陽をバックに、唇を重ねたふたりのシルエットが浮ぶ。
少女は、木の陰に全身を隠した。
空を見上げる。
どこまでも秋の空は、高く、澄みきり。
夕焼けの似合う季節には、桜は、咲いていなかった。
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