ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

文字の大きさ
上 下
20 / 301
「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」

9章

しおりを挟む

 今までにどれだけ多くの暴力を見てきただろう。
 気が付くと、血と悲鳴と慈悲を求める声が、常に神崎ちゆりの周りにはあった。
 同級生が教師に殴られ、体罰だどうだと学校を挙げて大騒ぎしているころ、ちゆりは拳銃でヒトが撃たれるのを、平然と見られるようになっていた。昨日買われた男が、朝になったら港に浮んでいたこともあったし、跨っていた組の親分が、突然侵入してきた数人の男たちにハチの巣にされたこともある。あの時はザマアミロと思った。息が臭かったし、爪を立てて揉まれた胸が痛かったから。
 クスリもセックスもとっくに飽きていたが、人間を壊す快感だけは特別だった。特に同性を嬲り、助けを乞う顔を切り刻んでやる爽快さといったらなかった。人間が壊れることこそ、楽しいショウはなかった。いつのまにか、ちゆりは暴力を見る側ではなく、やる側に回っていた。
 
 そのちゆりの細胞が、粟立っていた。
 足を組み、頬杖をついた姿勢は同じだったが、至近距離で繰り広げられた破壊劇は、ちゆりの獣性を刺激した。
 テーブルに並べられた、極上の料理。
 工藤吼介の圧倒的戦闘力を前に、人間の残骸が転がる。いや、それは戦闘力などという生温いものではない。
 軍事力と呼んで差し支えない。

 ある者は、手首を有り得ない方向に曲げられていた。
 吼介の胸倉を掴んだ瞬間、折れていた。見えない巨大な鉄球で押し潰されたように、床に叩き伏せられたが、手首の関節を極められた激痛で、自分から地面に倒れこんだと、あとでわかった。
 ある者は、仰向けに倒れた体の表面が、ダートコースのように凸凹になっていた。吼介の正拳突きが胸骨を粉砕した結果だった。ちゆりには見えなかったが、雷が落ちたような轟音のあとに、一瞬でこのような姿になっていたから、一呼吸で何発もの豪打が叩きこまれたということらしい。
 ある者は、鼻が顔に埋まっていた。それ以外は潰れすぎてよくわからない。ただ、赤い。時折ある白色は、どうやら歯か、皮膚の下の骨らしい。顔に一撃を食らい、昏倒しているところをさらに殴られた。三撃目で救いを乞う声が止み、次の突きで全く動かなくなった。

 「ヨダレがでちゃいそう♪」

 武志という金髪の大男だけが、血の海にそびえる、修羅の前に立つ。
 
 「エグイことするじゃねえか・・・格闘家はケンカしないんじゃなかったのかよ」
 
 低く、落ちついたトーン。金髪のゴリラの声は、見掛け以上に知的に聞こえる。イントネーションに動揺は見られなかったが、滴る大量の汗が、散々女を嬲ってきた男の心情を明かす。
 
 「知らなかったのか? 格闘技は人間を壊す技術だ」
 
 対峙する工藤吼介は、静かなまま、言う。不良達を葬る刹那の時にも、破壊者は一言も発せず、作業を完遂した。黙々と。精密機械のように。
 暗黙の内に、語りかけてくる。
 お前達を破壊することが全て、と。
 
 「最強の男だか、なんだか知らねえが、こっちはモノホンのルールなしで鍛えた、真剣勝負の強さなんだよ・・・やれ、顔面殴っちゃいけねえとか、武器使っちゃいけねえとか、多人数で襲っちゃいけねえとか、そんな甘い世界で育ったてめえと、オレとじゃ根本的に・・・」
 
 ボギイッッ
 
 枯れ枝を折るように、大男の左足がくの字に曲がる。吼介の右のローキック。大腿骨を真ん中からへし折られ、10cmは高い巨躯が、筋繊維でできた男の前に崩れ落ちる。
 
 「いつまでも、のたまってんじゃねえよ」
 
 叫びかける口が、急激に閉じられる。
 右のアッパーブロー。
 100kgを越える巨体が打ち上げられる。噛み合わさって砕けた歯が、紙吹雪となって舞う。
 
 「腹、殴ったの、お前だろ」
 
 宙空の肉ダルマの鳩尾に、左の第2弾ロケットが楔を撃ちこむ。肘まで埋まる肉の槍。突き上げられた、左の豪腕。大男の口から、黄色の汚液が花火を思わせて爆発する。
 
 「腹破られるのは苦しいだろ? なあ?」
 
 同じ場所に、今度は右のブローがめり込む。右腕一本で、ゴリラの巨躯が天に掲げられている。空の胃袋から搾り出された胃液が舞い散る。ピチャピチャと音を立てて、床に落ちる。
 
 「言ってみろよ、なあ? 苦しいかよ? なあ? なあ?」
 
 左。右。左。右。左・・・・・・
 浮いたままの身体に削岩機のような連撃! 悶絶する大男が、ピクリとも動かなくなった時、その巨体は落下音とともに、大地に還った。己の撒いた、吐瀉物の海に溺れる巨体。昼に食べた、半分溶解した白米が、酸っぱい臭気とともに、ゴリラの頬に付着する。
 
 ぱちぱちと乾いた拍手が、血生臭い実験室に木霊する。
 
 「すっごォ~~い! ちり、ゾクゾクしちゃったぁ! 一発目で失神した相手にそこまでやるなんてぇ、あんた、ちりより悪党なんじゃないのオ?」
 
 倒した巨躯に一瞥もくれず、スタスタと高みの見物を決めこんだ豹のコギャルに歩み寄る、吼介。教壇の黒机に腰掛けた「闇豹」の、挑発的に開いたシャツの襟を鷲掴む。
 
 「何、チンカスついた汚ねえ手で、触ってんだよッ!! 筋肉ダルマがッッ!!」
 
 「神崎、オレは女・子供でも容赦しないタチだぞ」
 
 「ハンッ!! 殴るなら殴れよ! けどいいのかあッ?! あの女、治療してやるのが先じゃねえのかよッ!!」
 
 襟を掴む力が、わずかに緩むのを逃さず、豹が吼介の手を振り払う。大の字に放置された少女の、荒々しい息遣いが、彼女を救いに来た男の耳朶を叩く。
 
 「神崎、よく聞け」
 
 全身を脱力した少女を背負い、第5化学実験室の扉をくぐる時、工藤吼介は最後のメッセージを残した。
 
 「こいつは、オレのモンだ。二度と手を出すんじゃねえ」


 
 ガラガラと、たったひとつしかない部屋の扉が開く。
 いつもなら、薬品のスエた臭いが鼻腔を刺激するのに、今日は異なる臭気が、第5化学実験室に入ってきた女の嗅覚に感知される。
 理由は一目でわかった。
 学生服姿の少年達が、血の色に染まって、冷たい床に倒れている。全部で6つ。ある者は痙攣し、ある者は呻いて・・・本来生徒たちが授業で使うための黒机のひとつには、人影はないが、大量の血がこぼれている。
 
 明らかに異常事態が起こった部屋。しかし、入室した女は、動揺するどころか、驚いた様子すら、ない。まるで、ここで何があったか、予め知っているかのように。血の臭いが充満した室内で、悠然と、腰まである長い黒髪を手櫛でそよがせる。
 転がっている身体のひとつが、動く。少年達の中で、飛び抜けて大きな身体。金髪がヒクヒクと震えている。なにやら液体に濡れた、類人猿を連想させる顔を上げ、ズルズルと悶えながら這いずっている。
 
 「ち・・・・・ちり・・・・・・い、痛えェェよおォォッッ!! た、助けてくれよおォォッッ・・・・・」
 
 痛みに支配された猛獣が、泣いて救いを乞うていた。発達した眉の下から、ポロポロと周囲も憚らず、大粒の涙をこぼす。
 這いずり、手を伸ばす先に、コギャルがいた。
 教壇の黒机に足を組んで腰掛け、「闇豹」は窓の外の景色を見ていた。ネイルアートを施した長い爪にタバコを挟んでいる。金のルージュが紫煙を吐き出す。
 
 「ち、ちり・・・・・・・」
 
 這いずる巨体が、派手な格好の女子高生の足元までやってくる。
 ヒョイと机を降りた神崎ちゆりは、半分ほど残ったタバコの火を、ゴリラのような大男の額に擦りつける。
 
 「!! ギャヒイイッッッ!!!」
 
 「武志イィィ・・・あんた、使えないねえ~」
 
 振り上がったブーツが、床を這う金髪の後頭部に吸いこまれる。
 鈍い音を残して、巨体はピクリとも動かなくなった。
 顔の辺りから、赤い染みが、ジワジワと滲んでいく・・・
 
 「あんた、な~にやってんのよォ~・・・・・・ちり、もっと、もお~~ッと、あのコで遊びたかったのにィ~・・・・あんたがマッチョバカを逃すから、ジャマされちゃったじゃん」
 
 不快感を露に、神崎ちゆりは長髪の入室者を振り返る。先程、工藤吼介相手に見せた、激しい口調はどこへやら、元の間延びした、舌足らずな印象を与える喋り方に戻っている。
 掻き上げた髪から、紅のピアスを覗かせて、生物教師・片倉響子は涼しい顔で応えた。
 
 「フラレちゃったのよ」
 
 「あんたが? あの筋肉オバケに? あはは♪ 最高ッ――ッ!! あんたみたいなエリート様も、フラレたりするんだ? あはははは」
 
 「でも、こんな力を見せられちゃあ、諦めるわけにはいかないわね」
 
 人形のような大きな瞳を、床に散らばる壊れた少年達に向ける。慈悲など入りこむ隙間もない、破壊の衝撃を計測する冷酷な視線。
 
 「んじゃあ、後始末、よろしくぅ~」
 
 「ちょっと待って。あの七菜江ってコは、どうだったの?」
 
 面倒臭そうに、ちゆりが大学ノートを見開いて、女教師に見せる。そこには、『藤木七菜江』の欄の上に、少女自身の血で描かれた、大きな×印がある。
 
 「はっずれ~~。シブトかったけどねぇ~。あれだけイジメがいのあるコはなかなかいないよォ。あ~あ、あとちょっとであの顔を塩酸で溶かせたのになぁ~~。ちり、個人的に遊んじゃおうかなぁ?」
 
 「勝手な真似はしないで。メフェレスも黙ってないでしょう」
 
 機械的だった片倉響子の視線が、鋭く尖る。サングラスの奥で、豹もマスカラに彩られた瞳に、魔性を篭らせるが・・・分が悪いのを悟ってか、すぐに臨戦体勢を解いた。
 
 「冗~~談よ~。メフェレスがそういうなら、やめとくわぁ」
 
 響子の出した「メフェレス」という単語に、ちゆりは反応したらしい。このタイプの全く異なるふたりの魔性の女が、数日前地球侵略を公言して現れ、人類の希望ファントムガールを徹底的に苦しめた悪魔に関係していることは、間違い無さそうだった。そして、悪魔の正体の人間も、ふたりと接触しているのは確実だろう。
 
 「どっちにしたって、兵隊がこれじゃあ“ナナ狩り”は、当分無理だろ~ね~。メフェレスに言っといてぇ~。また、やりたけりゃあ、兵隊調達しろって」
 
 「わかったわ。ところで、私からもお願いがあるんだけど」
 
 「な~に~?」
 
 「“これ”、もらえないかしら?」
 
 「別にィ、いいけどォ~。でも、多分、使えないよォ~?」
 
 「いいのよ。見たところ、素材はけっこう悪くないわ。どうせ、プロトタイプだし。じゃあ、貰っていくわね・・・・・・さて、あとは残ったゴミを始末しましょうか」
 
 パチンと、美人教師が指を鳴らす。
 その瞬間、床に倒れた少年達の首が一斉に飛び、血を吹いて絶命した。
 実験室に立ち昇る、死の臭いだけが、彼らの存在を弔っていた。
 
 
 
 身体が・・・熱い。
 赤く熱した鉄の槍を四方から撃ちこまれたように、炎が小さな全身を渦巻いている。お腹に、3本の槍。ぐるぐると旋回し、内臓の配置をぐちゃぐちゃにしていく。50cmはあろうかという巨大な串が無数に刺さった左足は、ムカデのような姿に変わり果て、篭った熱によって、ゴウゴウと燃え盛っている。
 
 “く・・・苦しい・・・・・・・あ、熱い・・・・・・・誰か・・・・・助けて・・・・”
 
 どことも知れぬ無人の街を、少女はボロボロの身体を抱え、さまよい歩く。一足ごとに激痛が少女の気力を削っていく。
 風が吹く。少女の白と青のセーラー服が、真ん中からスッパリと裂け、豊かな双丘と引き締まった腹筋が露になる。かまいたちとなった風は、純白のシャツを切り、青のスカートを裂き、衣服の破片を宙に舞わせる。翻弄される少女は、風の刃に切りつけられながら、死のダンスを踊りつづける。
 
 “た・・・助けて・・・・・・誰か・・・・・・・誰か・・・・・・・・・”
 
 若き肉体に何本もの槍を生やした少女が、朱色に染まったセーラー服を纏って彷徨う。フラフラと徘徊するショートカットの少女は、公園に来ていた。
 
 “あ、あれは・・・!!”
 
 そこは見知った公園。人影もまばらな夕暮れ時。
 噴水前に立っているのは、少女のよく知る逆三角形の筋肉の持ち主。
 
 「こ、吼介せんぱ・・・ッッ!!」
 
 助けを求めようとして、少女はその声を押し留めた。
 近くにあった桜の木の陰に、さっと隠れる。
 身を隠した巨木の端から、半分だけ顔を出して、少女は噴水前の様子を窺う。怪我は治っていた。
 少女はこの男が、獅子のような眼をすることがあるのを知っている。
 あるいは、太陽のように明るく屈託のない笑顔で、クラスメイトとバカ話をしているのも知っている。
 それが今日はどちらでもない表情をしている。
 少女の見たことがない、表情。
 哀しいような、切ないような・・・・・それでいて、愛しげな。
 筋肉で包まれた男の前には、美しい少女がいた。
 長い髪の、秋の月のような、美少女。
 ふたりは、どちらからともなく近寄り、お互いの身体を包みあう。
 美少女が男を見上げる。男の手が、優しく長い髪を撫でる。
 夕陽をバックに、唇を重ねたふたりのシルエットが浮ぶ。
 
 少女は、木の陰に全身を隠した。
 空を見上げる。
 どこまでも秋の空は、高く、澄みきり。
 夕焼けの似合う季節には、桜は、咲いていなかった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

俺が爆笑した面白いコピペ

code: scp-3001-ss
大衆娯楽
俺が爆笑したコピペ貼っていきます 感想よろしく!

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...