ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

文字の大きさ
上 下
19 / 298
「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」

8章

しおりを挟む

 「お前らッッ! このカスを抑えろッ!! 武志ッ! 左足を持ちなッ!!」
 
 動けない七菜江を、容赦なく拘束する、男たち。その全身は総毛だっていた。命令を聞かねば、オレたちがコロサレル―――
 銀の髪の男が腹の上に乗る。腕にひとりづつ、右足にはふたり、全体重を懸けて抑えつける。残った金髪の大男が、左足首から先を抑える。
 
 「クソメスがあッッ!! 地獄を見せてやるよッッ!!」
 
 凶悪な爪が5本、よく引き締まった左の太股に突き刺さる!
 
 「ぐああッッッ!!!」
 
 ズブズブと根元まで埋まる爪。そこから筋細胞ごと、膝頭まで引き裂いていく!!
 
 「うわああああああッッッッ―――ッッッ!!!! わあああああッッッッ―――ッッッ!!!!!」
 
 血が噴水のように涌き出る! 右足を抑えた男たちの顔が、みるみる朱に染まっていく。七菜江の悲痛な叫びが、処刑の部屋に哀しく響く。
 
 「泣けッ!! 喚けッッ!! こんなのはどうだアッッ!!」
 
 血に塗れた太股の傷口から、再び両手を刺し入れる!
 グチョグチョと鋭利な爪で、太股の筋繊維を、神経を、掻き回し。切り刻む!
 
 「うぎゃああああああッッッ――――ッッッッ!!!!! ぎィやああああああッッッ―――ッッッ!!!!! やめでえええェェェ―――ッッッ!!! ゆるじでェェェッッッ――ッッッ!!!」
 
 あまりに酷い破壊劇! ファントムガールであることなど忘れ、涙と鼻水とヨダレの洪水を撒き散らして、七菜江は泣き叫ぶ。
 腕の中で苦しむ少女の狂乱ぶりに、男たちも気が狂いそうになる。
 
 「武志ッ、こいつの足、捻り千切ってやんな!」
 
 筋肉に包まれた大男が、七菜江の左足を捕らえる。つま先を右手が、踵を左手が。そのまま、無造作に180度回転させる!
 ブギイッ! ベキベキベキブチイッ! ゴキイッ!ゴキベキイッ!
 
 「ふぎイやああああああッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 何かが千切れていく壮絶な破壊音に、激痛に貫かれた少女の絶叫が重なる。だが、蹂躙は止まることを知らない。
 今度は逆回転。大男に遠慮は一切ない。
 ブチブチブチイッッ! べチイッ!! ゴリイッベキベキッ!!
 
 「ぐぎやああああああッッッ!!! ぐあああああッッッ―――ッッッ!!!」
 
 太股まで雑巾のような捻りが入り、五条の朱線から、新たな血が噴出する。
 “足が・・・あたしの足が・・・・・もう・・・・・もう・・・・・”
 
 「これ、何かわかる?」
 
 絶望に飲み込まれていく七菜江に、狂気の魔女が茶色の薬瓶に入った液体を見せる。
 
 「そこの棚にあったんだよ。バカなあたしでも、塩酸ってのがキケンなことぐらい知ってるさ。どれくらいキケンか・・・試そうじゃない」
 
 豹柄の魔女の意図を悟った七菜江が、泣いて懇願する。
 
 「やめてェェ――ッッ!! お願いッッ! やめでぐだざいッッ~~~ッッッ!! ゆるじでェェェ~~~ッッッ!!!」
 
 “コロサレルッッ!! コロサレチャウヨオッッ!!”
 
 全身の血が引いていく音を、少女は聞いた。もし、塩酸なんかを掛けられたら・・・・・・骨まで溶けてしまうのではないか? 凍えた刃が背筋を切り裂く。だが、七菜江に反撃の力は残っていない。いっそファントムガールに変身してしまうか?!
 
 “ダメ! 里美さんが言ってた! 捕まってる時はトランスできない!”
 
 ファントムガールや「ミュータント」のように、宇宙生命体『エデン』との融合によって、地球の生命体は巨大化=トランスフォームが可能になるが、一定の束縛や拘束を受けていると変身できないことが、これまでの研究によってわかっているのだ。もちろん、それを知っているのは、ごくわずかな特別研究員と、里美と七菜江、当事者のふたりだけだったが。
 これはトランスを解除する時にも言えて、拘束されている時は、もとの体に戻れないのだ。物理的に考えると、大きな体から小さくなるのだから、束縛されててもすり抜けられそうな感じがするのだが、捕まっていると『エデン』が、そういう状況と把握してしまうらしい。いくら、元の個体が小さくなろうとしても、『エデン』が《動けない》と感じている以上、巨大化を解くという自由はできないのだ。
 
 “つまり・・・・・あたしには、どうすることもできない・・・・・”
 
 己の無力に打ちひしがれる七菜江に、塩酸が降りかけられる!
 ズタズタに切り裂かれた、太股に!!
 
 ジュウウ・・・・・
 
 肉を灼く醜悪な臭いが、実験室に充満する。
 
 「ひぎイイやああああああッッッ!!! うああああああッッッ―――ッッッ!!! あああああッッッ―――ッッッ!!! あッあッあッ!! あああ・ああ・あああ・・・あ・・・・・・・」
 
 あまりの激痛に気絶すら許されない。かつてない痛みに、七菜江は神経を掻き乱されている錯覚に捕らわれる。まるで、左足が馬か牛に引き抜かれたかのよう。七菜江の脳裏に猛獣に噛み千切られる左足が浮ぶ。
 
 “も・・・もう・・・・・・・・・死にたい・・・・・・・・よ・・・・・・”
 
 塩酸の瓶が少女の頭上に持ってこられる。
 恐るべき「闇豹」の目的を読み取り、何度も死を覚悟した七菜江の汚れた顔が、蒼白になっていく。
 
 「さっきのは、練習。ちょっとだけしか降ってないわ。今度は本番よ。この塩酸、あんたの生意気な顔にぶっかけたら、どうなるかしら?」
 
 細かく七菜江の頭が揺れる。圧倒的な恐怖。絶望。
 死よりも恐ろしい現実の刃が、少女の細い首に、その冷酷な刃先を当てる。
 ガチガチと歯が鳴る。震動で瞳にたまった涙が、紫に変色した頬を、小刻みに落ちていく。あまりの恐怖に、少女の心の中で、砂の楼閣が塵となって崩れていく・・・・・・
 
 「やめ・・やめ・・・・・・ゆるじで・・・・・だれがだずげで・・・・・」
 
 “誰か、助けて・・・・・・・・お願い・・・・・・”
 “里美さん、助けて・・・・・・”
 “吼介先輩ィ・・・助けて・・・・・”
 “お願いッ! 誰かあッッ!! 誰か、助けてええェェェ―――ッッッ!!!”
 
 「じゃあね、ナナエ」
 
 少女の瞳に映る茶色の薬瓶が、傾く。スローモーションで流れ落ちてくる、透明な劇薬。
 霧になる。塩酸が。
 
 ゴキイッ! 
 
 破壊音、七菜江に架かった緊縛が消滅する。
 
 「???・・・・・・・・・ッッ!!!!!」
 
 ―――神様、ありがとう―――
 
 「て、てめえッッッ!!」
 
 心と身体を蹂躙された少女が、涙で歪んだ視界の向こうに、背中を見る。
 逆三角形の背中を。
 大きくて、逞しくて、そして優しい、その背中を。
 工藤吼介。
 学園最強の男。
 そして、私の―――
 
 蹴散らされた不良たちが囲む中央、処刑台と化した黒机の上に、筋肉の鎧武者が仁王立つ。足元に、赤く染まった少女。紫に腫れ、青い痣を浮ばせ、太股を刻まれ、左足を捻られ、内臓を潰され、剥かれた淡い繁みから、白濁した液体を垂れ流す、少女。
 鎧武者が膝を折る。
 グッタリとした少女の上半身を抱き起こす。
 
 「・・・・・・・・・無事か?」
 
 「・・・・・・・・・・う・・・・・・・ん・・・・・・・・バッ・・・・・・・チリ・・・・・・・・・」
 
 「な~に、メロドラマさせてんのよオ~~。ほら、チャンスでしょォ~」
 
 間延びした口調で、冷酷な豹が命令する。
 絶対の指令に脅え、反射的に鉄パイプを持った男が、片膝を付いた無防備な顔面に襲いかかる、
 鉄と鉄の衝突する音。
 工藤吼介の左腕が、刀となって、鉄パイプを受けとめる。
 
 「七菜江、ちょっと待ってろ」
 
 コクリと頷く傷ついた少女を、優しく机に寝かす。
 鉄パイプの二撃目。袈裟切りに、刈り上がった頭部を狙う。
 今度は左腕を捻って受ける。上段廻し受け。
 ハリケーンに突っ込んだ小鳥のように、弾き返される、鉄の棒。
 
 「鉄なら肉より固いとでも思ったか?」
 
 固体と液体が粉砕する音。
 大上段から、頭頂への鉄槌を受け、不良の頭が身体にめり込む。
 首が弱かったので、頭部がめりこんだのだ。強かったなら、頭蓋骨が砕けていた。
 そのまま、不良の身体は、空き缶を踏み潰したように垂直に圧縮する。
 
 「あ~ら~、もう、あと5人~~?」
 
 「4人だ」
 
 角張った顎を振る。促されて向けた視線の先に、七菜江の腹に乗って拘束していたはずの、銀の頭の男が眠っている。その距離、5m。
 
 「ふ~~ん、あそこまで蹴り飛ばしたってわけねぇ・・・・武志ィ、あんた、真似できるぅ?」
 
 金髪のゴリラが筋肉を硬直させる。膨れ上がる筋繊維が、ミシミシと闘争の喜びに哄笑う。コギャルの挑発に乗った大男が、その全力を解放せんとする。
 受けて立つ、最強の看板を背負った男は、静かに、ゾッとするほど静かに言い放った。
 
 「オレはお前らを、殺したくて仕方がない」
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

赤毛の行商人

ひぐらしゆうき
大衆娯楽
赤茶の髪をした散切り頭、珍品を集めて回る行商人カミノマ。かつて父の持ち帰った幻の一品「虚空の器」を求めて国中を巡り回る。 現実とは少し異なる19世紀末の日本を舞台とした冒険物語。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ!

コバひろ
大衆娯楽
格闘技を通して、男と女がリングで戦うことの意味、ジェンダー論を描きたく思います。また、それによる両者の苦悩、家族愛、宿命。 性差とは何か?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...