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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
8章
しおりを挟む「お前らッッ! このカスを抑えろッ!! 武志ッ! 左足を持ちなッ!!」
動けない七菜江を、容赦なく拘束する、男たち。その全身は総毛だっていた。命令を聞かねば、オレたちがコロサレル―――
銀の髪の男が腹の上に乗る。腕にひとりづつ、右足にはふたり、全体重を懸けて抑えつける。残った金髪の大男が、左足首から先を抑える。
「クソメスがあッッ!! 地獄を見せてやるよッッ!!」
凶悪な爪が5本、よく引き締まった左の太股に突き刺さる!
「ぐああッッッ!!!」
ズブズブと根元まで埋まる爪。そこから筋細胞ごと、膝頭まで引き裂いていく!!
「うわああああああッッッッ―――ッッッ!!!! わあああああッッッッ―――ッッッ!!!!!」
血が噴水のように涌き出る! 右足を抑えた男たちの顔が、みるみる朱に染まっていく。七菜江の悲痛な叫びが、処刑の部屋に哀しく響く。
「泣けッ!! 喚けッッ!! こんなのはどうだアッッ!!」
血に塗れた太股の傷口から、再び両手を刺し入れる!
グチョグチョと鋭利な爪で、太股の筋繊維を、神経を、掻き回し。切り刻む!
「うぎゃああああああッッッ――――ッッッッ!!!!! ぎィやああああああッッッ―――ッッッ!!!!! やめでえええェェェ―――ッッッ!!! ゆるじでェェェッッッ――ッッッ!!!」
あまりに酷い破壊劇! ファントムガールであることなど忘れ、涙と鼻水とヨダレの洪水を撒き散らして、七菜江は泣き叫ぶ。
腕の中で苦しむ少女の狂乱ぶりに、男たちも気が狂いそうになる。
「武志ッ、こいつの足、捻り千切ってやんな!」
筋肉に包まれた大男が、七菜江の左足を捕らえる。つま先を右手が、踵を左手が。そのまま、無造作に180度回転させる!
ブギイッ! ベキベキベキブチイッ! ゴキイッ!ゴキベキイッ!
「ふぎイやああああああッッッ―――ッッッ!!!!」
何かが千切れていく壮絶な破壊音に、激痛に貫かれた少女の絶叫が重なる。だが、蹂躙は止まることを知らない。
今度は逆回転。大男に遠慮は一切ない。
ブチブチブチイッッ! べチイッ!! ゴリイッベキベキッ!!
「ぐぎやああああああッッッ!!! ぐあああああッッッ―――ッッッ!!!」
太股まで雑巾のような捻りが入り、五条の朱線から、新たな血が噴出する。
“足が・・・あたしの足が・・・・・もう・・・・・もう・・・・・”
「これ、何かわかる?」
絶望に飲み込まれていく七菜江に、狂気の魔女が茶色の薬瓶に入った液体を見せる。
「そこの棚にあったんだよ。バカなあたしでも、塩酸ってのがキケンなことぐらい知ってるさ。どれくらいキケンか・・・試そうじゃない」
豹柄の魔女の意図を悟った七菜江が、泣いて懇願する。
「やめてェェ――ッッ!! お願いッッ! やめでぐだざいッッ~~~ッッッ!! ゆるじでェェェ~~~ッッッ!!!」
“コロサレルッッ!! コロサレチャウヨオッッ!!”
全身の血が引いていく音を、少女は聞いた。もし、塩酸なんかを掛けられたら・・・・・・骨まで溶けてしまうのではないか? 凍えた刃が背筋を切り裂く。だが、七菜江に反撃の力は残っていない。いっそファントムガールに変身してしまうか?!
“ダメ! 里美さんが言ってた! 捕まってる時はトランスできない!”
ファントムガールや「ミュータント」のように、宇宙生命体『エデン』との融合によって、地球の生命体は巨大化=トランスフォームが可能になるが、一定の束縛や拘束を受けていると変身できないことが、これまでの研究によってわかっているのだ。もちろん、それを知っているのは、ごくわずかな特別研究員と、里美と七菜江、当事者のふたりだけだったが。
これはトランスを解除する時にも言えて、拘束されている時は、もとの体に戻れないのだ。物理的に考えると、大きな体から小さくなるのだから、束縛されててもすり抜けられそうな感じがするのだが、捕まっていると『エデン』が、そういう状況と把握してしまうらしい。いくら、元の個体が小さくなろうとしても、『エデン』が《動けない》と感じている以上、巨大化を解くという自由はできないのだ。
“つまり・・・・・あたしには、どうすることもできない・・・・・”
己の無力に打ちひしがれる七菜江に、塩酸が降りかけられる!
ズタズタに切り裂かれた、太股に!!
ジュウウ・・・・・
肉を灼く醜悪な臭いが、実験室に充満する。
「ひぎイイやああああああッッッ!!! うああああああッッッ―――ッッッ!!! あああああッッッ―――ッッッ!!! あッあッあッ!! あああ・ああ・あああ・・・あ・・・・・・・」
あまりの激痛に気絶すら許されない。かつてない痛みに、七菜江は神経を掻き乱されている錯覚に捕らわれる。まるで、左足が馬か牛に引き抜かれたかのよう。七菜江の脳裏に猛獣に噛み千切られる左足が浮ぶ。
“も・・・もう・・・・・・・・・死にたい・・・・・・・・よ・・・・・・”
塩酸の瓶が少女の頭上に持ってこられる。
恐るべき「闇豹」の目的を読み取り、何度も死を覚悟した七菜江の汚れた顔が、蒼白になっていく。
「さっきのは、練習。ちょっとだけしか降ってないわ。今度は本番よ。この塩酸、あんたの生意気な顔にぶっかけたら、どうなるかしら?」
細かく七菜江の頭が揺れる。圧倒的な恐怖。絶望。
死よりも恐ろしい現実の刃が、少女の細い首に、その冷酷な刃先を当てる。
ガチガチと歯が鳴る。震動で瞳にたまった涙が、紫に変色した頬を、小刻みに落ちていく。あまりの恐怖に、少女の心の中で、砂の楼閣が塵となって崩れていく・・・・・・
「やめ・・やめ・・・・・・ゆるじで・・・・・だれがだずげで・・・・・」
“誰か、助けて・・・・・・・・お願い・・・・・・”
“里美さん、助けて・・・・・・”
“吼介先輩ィ・・・助けて・・・・・”
“お願いッ! 誰かあッッ!! 誰か、助けてええェェェ―――ッッッ!!!”
「じゃあね、ナナエ」
少女の瞳に映る茶色の薬瓶が、傾く。スローモーションで流れ落ちてくる、透明な劇薬。
霧になる。塩酸が。
ゴキイッ!
破壊音、七菜江に架かった緊縛が消滅する。
「???・・・・・・・・・ッッ!!!!!」
―――神様、ありがとう―――
「て、てめえッッッ!!」
心と身体を蹂躙された少女が、涙で歪んだ視界の向こうに、背中を見る。
逆三角形の背中を。
大きくて、逞しくて、そして優しい、その背中を。
工藤吼介。
学園最強の男。
そして、私の―――
蹴散らされた不良たちが囲む中央、処刑台と化した黒机の上に、筋肉の鎧武者が仁王立つ。足元に、赤く染まった少女。紫に腫れ、青い痣を浮ばせ、太股を刻まれ、左足を捻られ、内臓を潰され、剥かれた淡い繁みから、白濁した液体を垂れ流す、少女。
鎧武者が膝を折る。
グッタリとした少女の上半身を抱き起こす。
「・・・・・・・・・無事か?」
「・・・・・・・・・・う・・・・・・・ん・・・・・・・・バッ・・・・・・・チリ・・・・・・・・・」
「な~に、メロドラマさせてんのよオ~~。ほら、チャンスでしょォ~」
間延びした口調で、冷酷な豹が命令する。
絶対の指令に脅え、反射的に鉄パイプを持った男が、片膝を付いた無防備な顔面に襲いかかる、
鉄と鉄の衝突する音。
工藤吼介の左腕が、刀となって、鉄パイプを受けとめる。
「七菜江、ちょっと待ってろ」
コクリと頷く傷ついた少女を、優しく机に寝かす。
鉄パイプの二撃目。袈裟切りに、刈り上がった頭部を狙う。
今度は左腕を捻って受ける。上段廻し受け。
ハリケーンに突っ込んだ小鳥のように、弾き返される、鉄の棒。
「鉄なら肉より固いとでも思ったか?」
固体と液体が粉砕する音。
大上段から、頭頂への鉄槌を受け、不良の頭が身体にめり込む。
首が弱かったので、頭部がめりこんだのだ。強かったなら、頭蓋骨が砕けていた。
そのまま、不良の身体は、空き缶を踏み潰したように垂直に圧縮する。
「あ~ら~、もう、あと5人~~?」
「4人だ」
角張った顎を振る。促されて向けた視線の先に、七菜江の腹に乗って拘束していたはずの、銀の頭の男が眠っている。その距離、5m。
「ふ~~ん、あそこまで蹴り飛ばしたってわけねぇ・・・・武志ィ、あんた、真似できるぅ?」
金髪のゴリラが筋肉を硬直させる。膨れ上がる筋繊維が、ミシミシと闘争の喜びに哄笑う。コギャルの挑発に乗った大男が、その全力を解放せんとする。
受けて立つ、最強の看板を背負った男は、静かに、ゾッとするほど静かに言い放った。
「オレはお前らを、殺したくて仕方がない」
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