17 / 282
「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
6章
しおりを挟む大きな黒机で遮られた通路、その真中に立つ少女に、処刑執行の魔の手が伸びる。
背後から、鉄パイプを持った男と、赤い髪の男が迫る。正面からは、武志と呼ばれた金髪の大男。本命は、この大男だ。退路を塞ぎ、止むなく向かってきた獲物をこの男が、狩る。連中の作戦は七菜江には手に取るようにわかった。それほど飛びぬけて、目の前の大男は、戦闘能力が高い。
工藤吼介並のぶ厚い胸板。その顔・肉体から受けるイメージはまさしくゴリラだ。右だけに金の大きなイヤリングをしており、短く刈り込んだ金髪と合わせているようだ。最強と呼ばれる男を見知った七菜江だからこそ、目の前の脅威が、見掛け倒しでないことを見抜く。
これは・・・後ろに逃げた方がまだいいかも。
七菜江が前後の戦力を比較した結論を出そうとした瞬間、猛威が襲いかかった。
ゴリラが前に出る。予想以上に速い。
思いっきり右拳を振りかぶる。わかりやすい攻撃。だが、背後から同時に鉄パイプで殴りかかられてるなら、話は別だ。
前後に迫る圧倒的暴力。どうよける??
横へ――黒机の上を横転し、隣の通路へ。パイプが床を叩く激しい音。
回転レシーブの要領で転がり、通路に着地した瞬間、緑の頭の木刀が真上から襲う。見えてた。遅い。一瞬迷って、つい反射的に避ける。
今度は前転。膝上までの短めのプリーツスカートがはだける。ピンクの縞のパンティ。ちくしょう、見られた。
待ち構えていた赤のモヒカンが、七菜江が立つと同時に、右ストレートを放つ。
「ヒャッヒャッ――ッッ!!」
ピアスの付いた唇を歪め、不愉快に笑う。
そんなテレフォンパンチ、避けれないと思ってンのッ?!!
容赦ない一撃が、少女の角度の良い顎に吸いこまれる。弾けそうな勢いで、右に振られる顔。ぶれるショートカット。50kgに満たない身体が、化学実験室の宙を飛ぶ。
“受けて・・・・・・あげたわよッ”
七菜江はモヒカンの非力を見抜いていた。わざと、殴られる。
もちろん、ただやられるのではない。拳が当たった瞬間、顔を振ることにより、力のベクトルを逃がす。人間の身体は、普通殴られそうになると固くなるところを、逆に力を抜いたのだ。しかも最小限の手応えを、モヒカンに与えて。神業のスピードとタイミング。さらに、自分から後方に飛ぶことにより、二重に力を逃す。『エデン』はここまでの戦闘能力を少女に授けていた。
背中から固いフロアに落ちる七菜江。猫のようなしなやかな受け身で、ダメージをゼロに。一方で、音は派手に立てて、やられっぷりをアピールする。
さっき木刀を空振りした、緑頭が、再び木刀を振りかぶる。
狙っているのは・・・倒れた七菜江の頭?!! ―――ジョーダンじゃないッ!! ギリギリまで見極めて、木刀と床とを激突させる。今度は、足が上がる。狙いは・・・・・胸。―――・・・・・受けよう。
セーラー服の上からでも形がわかる、水蜜桃のようなふくよかな胸を、緑頭の非情な足が抉る。
「ぐうぅッッ!!」
リアルな呻き声が洩れる。覚悟していても、急所のひとつである胸を踏み抜かれるのは、いかに『エデン』の寄生者といえど、キツイ。両手で自分自身を抱きしめる。
鉄パイプの男が、黒机を飛び越えてうずくまる七菜江の横に立つ。がら空きの腹を、サッカーボールのように蹴り上げる.呻く少女。海老のように丸まる肉付きのいい肢体を、緑頭と鉄パイプとが、両脇を抱えて立ち上がらせる。
「う・・・う・・・」
筋肉に包まれた巨猿が、捕らわれた獲物を見下ろす。奥まった眼が、本格的な処刑の開始を告げている。
胸が痛い、腹が痛い。でも、メフェレスたちに食らった惨劇に比べれば、こんなものはなんてことない。その気になれば、この程度の戒めは難なく脱出できる。そうとはわかっているが・・・・
“ダメ。逃げちゃ、ばれちゃう。やられるしか・・・・ない”
しっかりと固定された健康的な肢体に、情け容赦ない、豪腕の一撃。
鍛えられた腹筋に、サザエのような拳がめり込むのを、七菜江は見た。
「ぐぼあああッッッ?!! ぐああああッッ―――ッッ!!」
今までとは別種の悲鳴。ヨダレと胃液の混ざったものが、ベチャッと床を叩く。両サイドの男たちの拘束を無視し、上半身を屈ませる七菜江。内臓が鉛を埋め込まれたように、重く、疼く。
“き・・・・・効く・・・・・・な、なんてパンチ・・・・・今までとは比べ物にならない・・・・”
くの字に曲がった体が、無理矢理に真っ直ぐに伸ばされる。大男が顔ほどもある拳を、苦痛に顔を歪ませた七菜江の鼻先に見せる。もう一発いくぞ。無意識に、七菜江の首が小さく横に振れる。
動けぬ獲物に見せつけるように、大きく振りかぶる右拳。
狙いは、腹。さっきと同じ場所。
全筋力を集中し、腹筋の壁で迎え撃つ七菜江。
2倍以上の体躯の、渾身の砲弾が、十字に捧げられた17歳の少女のくびれたウエストを撃つ。
少女の抵抗は、無意味だった。
腹筋の壁は打ち破られ、ビリビリに裂かれた筋肉の中、拳は丸ごと埋まっていた。
「ッッッ!!!!!」
パカッッと口を開け、引き裂かれた筋繊維の激痛に、再び折れ曲がる七菜江の上半身。
金髪の大男が、拳をギュルリと捻る。
「がはあッッ!!! おヴぇヴぇヴぇええええ~~~ッッッ!!!」
形のいい唇から、黄色い吐瀉物が、噴水のように溢れる。
“お・・お腹がぁ・・・・は、破裂したみたいに・・・・痛い・・・・”
胃液を吐き散らしながら、ビクビクとふたりの男の腕の中で痙攣する七菜江。
苦悶に歪む顔の下から、追撃のアッパーカットが唸る。
卵が潰れるような音。
電車に跳ね飛ばされた勢いで、七菜江の小さな顔が上を向く。
カメラのシャッターを押したように、カシャッと白目を剥く少女。
20cm浮き上がった女のコらしい身体が膝から落ち、気絶した上半身がゆっくりと、自ら嘔吐した汚液の海に沈んでいった。
「あはははは♪ な~に~、大したことないのねぇ~。最初、いい動きするなぁ~って思ったんだけどォ。運動神経抜群って、この程度なのォ~~?」
サングラスに透ける瞳を細め、笑い皺でクシャクシャにするコギャル。地に伏した生贄に、優雅な足取りで近付く。
黄色い反吐に接吻する七菜江のショートカットを掴み、引き摺り上げる。獲物が完全に失神しているのを確認すると、無造作に手を放す。ベチャリという音を残して、再び吐瀉物にまみれる可愛らしい少女の顔。その敗者の頭を、ハイヒールがゴツッと踏みしめる。
「でもさあ~、まだ終わんないよォ~。あんたが、わざと、やられてるかもしれないからね。泣き喚くまで、徹底的に遊んであげるぅ~♪」
残虐な宣告は、気を失った少女に、聞こえるはずはなかった。
「待ってたわ、工藤くん」
第3生物実験室に工藤吼介が着くと、丸椅子に腰掛けた長い髪の美女は、にこやかに振り返った。にこやかと言っても、この女教師がやると、明るいイメージではなく、妖しい感じになってしまうのは流石であったが。
「なんスか、先生。オレ、次の授業、数学だから、出ときたかったんですけど。よっぽど、大事な用なんでしょうね」
見掛けに合わぬ台詞を、筋肉の固まりがヒトの形になった男が言う。やや不満げな様子を、片倉響子は、笑顔でかわす。
「まぁ、掛けて」
対面にある、同じ型の丸椅子を、吼介に勧める。棍棒のような腕を組んだまま、男は身動きひとつしない。2mほどの距離を置いて、片倉響子の仕草を見ている。
響子も同じ催促を、二度はしなかった。見上げる格好で、話を進める。
「実はね、あなたに頼みたい事があるのよ」
「引越しの手伝いとかッスか?」
「ふふふ、まさか。あなたのその優秀な肉体を、そんな無益な労働には使えないわ」
ギリシャ彫刻のような彫りの深い美貌に、妖艶な笑みが広がる。
「私はね、工藤くん、徹底的な現実主義者なの。差別主義者って呼ぶ人もいるけど。能力がある者が支配し、無能な者は支配される・・・これって当たり前のことじゃないかしら?」
「否定は、しませんよ」
吼介の返答は瞬時だった。不満げな様子は消えている。その顔に浮ぶのは、恐れられている学園最強の男ではなく、里美と連れ添う幼馴染ではなく、七菜江とじゃれあう陽気な姿でなく、全く新しい一面。好奇心に餓えた顔。
「良かったわ、あなたが予想通りのヒトで。その辺の筋肉バカとは大違い。高校生にもなって、世の中の摂理ってものを理解してないガキが多いのよね」
片倉響子が立ちあがる。白のブラウス、黒のミニスカート。なんでもないファッションが、なぜこんなに淫らに映るのか?
「ハッキリ言えば、私は支配する人間。そしてあなたも。さっき、私は引越しは無益な労働と言ったけれど、そうすると反論するヤツがいるわけ。引越しは立派な仕事だって。確かにそうね。でも、優秀な肉体を持った、あなたがやるべきことではない。誰でもできることは、誰かがやればいいのよ。けれど、誰かにしかできないことは、その誰かがやらねばならない。あなたは、その最強の肉体を持った者として、やらなければならない義務があるはずよ」
工藤吼介がニヤリと笑う。いつもの垢抜けた笑みとは違う、翳のある笑み。
「そういう割りきった考え、嫌いじゃないですよ」
「工藤くん、私はあなたに力を与えたいの。支配する者としての力を。傲慢に聞こえるなら、こう言い換えるわ。あなたの力を、私に貸して。これがお願いよ」
髪を掻き揚げる。耳に艶かしく光る赤いピアスが、誘うように午後の光を反射する。お願いと言いつつも、響子の瞳に懇願などは一切無い。あるのは、契約を迫る悪魔のそれだ。
「要は先生と手を結べってことですよね? 悪いけど、お断りッス! モルモットのようにされちゃあ、敵わないですからね。オレ、よく疑われるんだけど、クスリとか一切やってないってのが自慢なんで」
いつもの調子に戻った吼介が、豪快かつ明朗に拒否をする。彼の頭に去来するのは、ドーピングなど、科学者と結託して記録を残し、その代償に副作用による崩壊を受け入れた、多くのかつてのアスリートたち。
「あ、プロテインとかは飲んでますよ。でも、注射とか、嫌なんスよね―! ステロイドとかけっこうヤバイんでしょ? オレ、ああいうのはお断りだなあ!」
「ち、違うわ・・・そんな小さな話をしてるんじゃないの」
「先生の話、面白かったけど、オレ自身は支配とか、なんだとか興味ないんですよねー。悪いけど、他、当たってください。んじゃ!」
片手を軽く上げて、意気揚揚と実験室を出ようとする吼介。
女教師が、彼女らしからぬ切迫した口調で、筋肉武者を止める。
「待って! あなたのその肉体がどうしても必要なのよ!」
今度の叫びは、懇願だった。切羽詰まった女が、プライドをかなぐり捨てる。
出口に向かっていた、吼介の切り株のような足が止まる。
「私がヒトにモノを頼むなんて、有り得ないことなのよ。あなただから、こうしてお願いしてるの」
「・・・・・・・」
「もちろん、タダとは言わないわ」
ファサリと何かが落ちる音。ゆっくりと、工藤吼介は振り返った。
一糸纏わぬ、生まれたままの姿で、片倉響子は立っていた。
「私をあげるわ。さあ、好きなようにしていいのよ」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選
上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。
一人用の短い恋愛系中心。
【利用規約】
・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。
・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。
・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる