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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」

6章

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 大きな黒机で遮られた通路、その真中に立つ少女に、処刑執行の魔の手が伸びる。
 背後から、鉄パイプを持った男と、赤い髪の男が迫る。正面からは、武志と呼ばれた金髪の大男。本命は、この大男だ。退路を塞ぎ、止むなく向かってきた獲物をこの男が、狩る。連中の作戦は七菜江には手に取るようにわかった。それほど飛びぬけて、目の前の大男は、戦闘能力が高い。
 工藤吼介並のぶ厚い胸板。その顔・肉体から受けるイメージはまさしくゴリラだ。右だけに金の大きなイヤリングをしており、短く刈り込んだ金髪と合わせているようだ。最強と呼ばれる男を見知った七菜江だからこそ、目の前の脅威が、見掛け倒しでないことを見抜く。
 これは・・・後ろに逃げた方がまだいいかも。
 七菜江が前後の戦力を比較した結論を出そうとした瞬間、猛威が襲いかかった。
 
 ゴリラが前に出る。予想以上に速い。
 思いっきり右拳を振りかぶる。わかりやすい攻撃。だが、背後から同時に鉄パイプで殴りかかられてるなら、話は別だ。
 前後に迫る圧倒的暴力。どうよける??
 横へ――黒机の上を横転し、隣の通路へ。パイプが床を叩く激しい音。
 回転レシーブの要領で転がり、通路に着地した瞬間、緑の頭の木刀が真上から襲う。見えてた。遅い。一瞬迷って、つい反射的に避ける。
 今度は前転。膝上までの短めのプリーツスカートがはだける。ピンクの縞のパンティ。ちくしょう、見られた。
 待ち構えていた赤のモヒカンが、七菜江が立つと同時に、右ストレートを放つ。
 
 「ヒャッヒャッ――ッッ!!」
 
 ピアスの付いた唇を歪め、不愉快に笑う。
 そんなテレフォンパンチ、避けれないと思ってンのッ?!!
 容赦ない一撃が、少女の角度の良い顎に吸いこまれる。弾けそうな勢いで、右に振られる顔。ぶれるショートカット。50kgに満たない身体が、化学実験室の宙を飛ぶ。
 
 “受けて・・・・・・あげたわよッ”
 
 七菜江はモヒカンの非力を見抜いていた。わざと、殴られる。
 もちろん、ただやられるのではない。拳が当たった瞬間、顔を振ることにより、力のベクトルを逃がす。人間の身体は、普通殴られそうになると固くなるところを、逆に力を抜いたのだ。しかも最小限の手応えを、モヒカンに与えて。神業のスピードとタイミング。さらに、自分から後方に飛ぶことにより、二重に力を逃す。『エデン』はここまでの戦闘能力を少女に授けていた。
 背中から固いフロアに落ちる七菜江。猫のようなしなやかな受け身で、ダメージをゼロに。一方で、音は派手に立てて、やられっぷりをアピールする。
 さっき木刀を空振りした、緑頭が、再び木刀を振りかぶる。
 狙っているのは・・・倒れた七菜江の頭?!! ―――ジョーダンじゃないッ!! ギリギリまで見極めて、木刀と床とを激突させる。今度は、足が上がる。狙いは・・・・・胸。―――・・・・・受けよう。
 
 セーラー服の上からでも形がわかる、水蜜桃のようなふくよかな胸を、緑頭の非情な足が抉る。
 
 「ぐうぅッッ!!」
 
 リアルな呻き声が洩れる。覚悟していても、急所のひとつである胸を踏み抜かれるのは、いかに『エデン』の寄生者といえど、キツイ。両手で自分自身を抱きしめる。
 鉄パイプの男が、黒机を飛び越えてうずくまる七菜江の横に立つ。がら空きの腹を、サッカーボールのように蹴り上げる.呻く少女。海老のように丸まる肉付きのいい肢体を、緑頭と鉄パイプとが、両脇を抱えて立ち上がらせる。
 
 「う・・・う・・・」
 
 筋肉に包まれた巨猿が、捕らわれた獲物を見下ろす。奥まった眼が、本格的な処刑の開始を告げている。
 胸が痛い、腹が痛い。でも、メフェレスたちに食らった惨劇に比べれば、こんなものはなんてことない。その気になれば、この程度の戒めは難なく脱出できる。そうとはわかっているが・・・・
 
 “ダメ。逃げちゃ、ばれちゃう。やられるしか・・・・ない”
 
 しっかりと固定された健康的な肢体に、情け容赦ない、豪腕の一撃。
 鍛えられた腹筋に、サザエのような拳がめり込むのを、七菜江は見た。
 
 「ぐぼあああッッッ?!! ぐああああッッ―――ッッ!!」
 
 今までとは別種の悲鳴。ヨダレと胃液の混ざったものが、ベチャッと床を叩く。両サイドの男たちの拘束を無視し、上半身を屈ませる七菜江。内臓が鉛を埋め込まれたように、重く、疼く。
 
 “き・・・・・効く・・・・・・な、なんてパンチ・・・・・今までとは比べ物にならない・・・・”
 
 くの字に曲がった体が、無理矢理に真っ直ぐに伸ばされる。大男が顔ほどもある拳を、苦痛に顔を歪ませた七菜江の鼻先に見せる。もう一発いくぞ。無意識に、七菜江の首が小さく横に振れる。
 
 動けぬ獲物に見せつけるように、大きく振りかぶる右拳。
 狙いは、腹。さっきと同じ場所。
 全筋力を集中し、腹筋の壁で迎え撃つ七菜江。
 2倍以上の体躯の、渾身の砲弾が、十字に捧げられた17歳の少女のくびれたウエストを撃つ。
 少女の抵抗は、無意味だった。
 腹筋の壁は打ち破られ、ビリビリに裂かれた筋肉の中、拳は丸ごと埋まっていた。
 
 「ッッッ!!!!!」
 
 パカッッと口を開け、引き裂かれた筋繊維の激痛に、再び折れ曲がる七菜江の上半身。
 金髪の大男が、拳をギュルリと捻る。
 
 「がはあッッ!!! おヴぇヴぇヴぇええええ~~~ッッッ!!!」
 
 形のいい唇から、黄色い吐瀉物が、噴水のように溢れる。
 
 “お・・お腹がぁ・・・・は、破裂したみたいに・・・・痛い・・・・”
 
 胃液を吐き散らしながら、ビクビクとふたりの男の腕の中で痙攣する七菜江。
 苦悶に歪む顔の下から、追撃のアッパーカットが唸る。
 卵が潰れるような音。
 電車に跳ね飛ばされた勢いで、七菜江の小さな顔が上を向く。
 カメラのシャッターを押したように、カシャッと白目を剥く少女。
 20cm浮き上がった女のコらしい身体が膝から落ち、気絶した上半身がゆっくりと、自ら嘔吐した汚液の海に沈んでいった。
 
 「あはははは♪ な~に~、大したことないのねぇ~。最初、いい動きするなぁ~って思ったんだけどォ。運動神経抜群って、この程度なのォ~~?」
 
 サングラスに透ける瞳を細め、笑い皺でクシャクシャにするコギャル。地に伏した生贄に、優雅な足取りで近付く。
 黄色い反吐に接吻する七菜江のショートカットを掴み、引き摺り上げる。獲物が完全に失神しているのを確認すると、無造作に手を放す。ベチャリという音を残して、再び吐瀉物にまみれる可愛らしい少女の顔。その敗者の頭を、ハイヒールがゴツッと踏みしめる。
 
 「でもさあ~、まだ終わんないよォ~。あんたが、わざと、やられてるかもしれないからね。泣き喚くまで、徹底的に遊んであげるぅ~♪」
 
 残虐な宣告は、気を失った少女に、聞こえるはずはなかった。



 
 「待ってたわ、工藤くん」
 
 第3生物実験室に工藤吼介が着くと、丸椅子に腰掛けた長い髪の美女は、にこやかに振り返った。にこやかと言っても、この女教師がやると、明るいイメージではなく、妖しい感じになってしまうのは流石であったが。
 
 「なんスか、先生。オレ、次の授業、数学だから、出ときたかったんですけど。よっぽど、大事な用なんでしょうね」
 
 見掛けに合わぬ台詞を、筋肉の固まりがヒトの形になった男が言う。やや不満げな様子を、片倉響子は、笑顔でかわす。
 
 「まぁ、掛けて」
 
 対面にある、同じ型の丸椅子を、吼介に勧める。棍棒のような腕を組んだまま、男は身動きひとつしない。2mほどの距離を置いて、片倉響子の仕草を見ている。
 響子も同じ催促を、二度はしなかった。見上げる格好で、話を進める。
 
 「実はね、あなたに頼みたい事があるのよ」
 
 「引越しの手伝いとかッスか?」
 
 「ふふふ、まさか。あなたのその優秀な肉体を、そんな無益な労働には使えないわ」
 
 ギリシャ彫刻のような彫りの深い美貌に、妖艶な笑みが広がる。
 
 「私はね、工藤くん、徹底的な現実主義者なの。差別主義者って呼ぶ人もいるけど。能力がある者が支配し、無能な者は支配される・・・これって当たり前のことじゃないかしら?」
 
 「否定は、しませんよ」
 
 吼介の返答は瞬時だった。不満げな様子は消えている。その顔に浮ぶのは、恐れられている学園最強の男ではなく、里美と連れ添う幼馴染ではなく、七菜江とじゃれあう陽気な姿でなく、全く新しい一面。好奇心に餓えた顔。
 
 「良かったわ、あなたが予想通りのヒトで。その辺の筋肉バカとは大違い。高校生にもなって、世の中の摂理ってものを理解してないガキが多いのよね」
 
 片倉響子が立ちあがる。白のブラウス、黒のミニスカート。なんでもないファッションが、なぜこんなに淫らに映るのか?
 
 「ハッキリ言えば、私は支配する人間。そしてあなたも。さっき、私は引越しは無益な労働と言ったけれど、そうすると反論するヤツがいるわけ。引越しは立派な仕事だって。確かにそうね。でも、優秀な肉体を持った、あなたがやるべきことではない。誰でもできることは、誰かがやればいいのよ。けれど、誰かにしかできないことは、その誰かがやらねばならない。あなたは、その最強の肉体を持った者として、やらなければならない義務があるはずよ」
 
 工藤吼介がニヤリと笑う。いつもの垢抜けた笑みとは違う、翳のある笑み。
 
 「そういう割りきった考え、嫌いじゃないですよ」
 
 「工藤くん、私はあなたに力を与えたいの。支配する者としての力を。傲慢に聞こえるなら、こう言い換えるわ。あなたの力を、私に貸して。これがお願いよ」
 
 髪を掻き揚げる。耳に艶かしく光る赤いピアスが、誘うように午後の光を反射する。お願いと言いつつも、響子の瞳に懇願などは一切無い。あるのは、契約を迫る悪魔のそれだ。
 
 「要は先生と手を結べってことですよね? 悪いけど、お断りッス! モルモットのようにされちゃあ、敵わないですからね。オレ、よく疑われるんだけど、クスリとか一切やってないってのが自慢なんで」
 
 いつもの調子に戻った吼介が、豪快かつ明朗に拒否をする。彼の頭に去来するのは、ドーピングなど、科学者と結託して記録を残し、その代償に副作用による崩壊を受け入れた、多くのかつてのアスリートたち。
 
 「あ、プロテインとかは飲んでますよ。でも、注射とか、嫌なんスよね―! ステロイドとかけっこうヤバイんでしょ? オレ、ああいうのはお断りだなあ!」
 
 「ち、違うわ・・・そんな小さな話をしてるんじゃないの」
 
 「先生の話、面白かったけど、オレ自身は支配とか、なんだとか興味ないんですよねー。悪いけど、他、当たってください。んじゃ!」
 
 片手を軽く上げて、意気揚揚と実験室を出ようとする吼介。
 女教師が、彼女らしからぬ切迫した口調で、筋肉武者を止める。
 
 「待って! あなたのその肉体がどうしても必要なのよ!」
 
 今度の叫びは、懇願だった。切羽詰まった女が、プライドをかなぐり捨てる。
 出口に向かっていた、吼介の切り株のような足が止まる。
 
 「私がヒトにモノを頼むなんて、有り得ないことなのよ。あなただから、こうしてお願いしてるの」
 
 「・・・・・・・」
 
 「もちろん、タダとは言わないわ」
 
 ファサリと何かが落ちる音。ゆっくりと、工藤吼介は振り返った。
 
 一糸纏わぬ、生まれたままの姿で、片倉響子は立っていた。
 
 「私をあげるわ。さあ、好きなようにしていいのよ」
 
 
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