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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」

5章

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 長い廊下を突き当たりまで、藤木七菜江は行く。
 第5化学実験室は、普段は使うことのない教室だ。2年生は大体第2か第3を使うため、記憶と校内掲示板を頼りに、学園内でも端になるこの教室に向かっていた。
 途中まではまもなく始まる授業に備え、慌しく準備する生徒たちの騒ぎ声が木霊していたが、授業が始まったためか、実験室が離れた場所にあるためか、シンと静まり返った廊下を、少女の足音だけが響く。
 
 「ちくしょおォ~~、あの女め・・・・・こんなとこに呼び出して、なんなのよ・・・」
 
 女のコらしからぬ台詞を吐き、ハンドボールで鍛えた肉付きのいい太股を動かしていく。
 
 「おかげで授業に出られないじゃない(それは嬉しいけど)。吼介先輩と別々の場所に呼び出して、自分の体は一個しかないのにどうするつもりなのよ?」
 
 行ってみたら、実は誰もいなくて・・・・・なにやってるの、やっぱり頭の悪いコは困るわ・・・バカにして笑う片倉響子の姿が、思い浮かんできてしまう。帰ろっかな・・・・何度も思うが、そういうわけにもいかず、七菜江は歩を進めた。
 
 教師にあるまじき艶かしさを持つ美女のことを思うと、朝に受けた屈辱があぶくになって復活してしまう。
 援交やってそうとか・・・御生憎様! どーせ、キスもしたことないガキですよ!
 頭悪そうとか・・・そりゃあ、あなた様に比べればね!
 しかし、最後の、どこかで会ったような、というのだけは、七菜江の心に思い当たる節は、全くなかった。もしかして、それを思い出したから、呼び出されたのかな? 授業中にわざわざ呼ぶ重大性から考えて、その予想はすぐに打ち消したが、今朝初対面で、直接講義を受けてるわけでもない自分を呼ぶ理由は、七菜江には想像も出来なかった。
 
 片倉響子への怒りを反芻しているうちに、目的地に着いていた。
 一番南の校舎・第12号館の3階、突き当たりの部屋。それが第5化学実験室であった。近くには、視聴覚室や物理実験室など、あまり使用頻度の高くない教室が並んでいるため、人影が一切なく、隔離された孤島を想わせる。
 
 「ホントにいなかったら、あの女、ただじゃすまないんだから・・・」
 
 物騒な言葉を吐いて、七菜江はひとつしかない扉を開ける。
 
 ツンと、すえた臭いが鼻腔をくすぐる。
 大きな黒い机が8個と、そこに備え付けられた洗面台。壁に飾られた薬品棚。それらがここが実験室であることを主張している。
 静まり返った室内を、真中まで七菜江は進んでいった。
 
 「いないじゃん・・・・」
 
 腰までの長い黒髪を持つ美女の姿は、そこにはなかった。
 ホントにからかわれてるのかな? 怒りよりも不安が先に立つ。もしかして、工藤吼介との用事が済んでから、現れるつもりなのだろうか? それならば、わざわざ別の場所に呼ぶ意味がないが・・・
 
 「まって~たよ。フジキナナエ」
 
 不意に湧いた声に、コンマ単位で振り向く七菜江。
 黒板の前、一際大きな黒い机の上に、いつのまにか、女が足を組んで腰掛けている。
 片倉響子? ―――全ッ然違うッッッ!!!
 毛根から染められた茶髪、半透明なサングラス、その奥に覗くマスカラとラインのキツイ大きな瞳。白のワイシャツの胸の部分は大きくはだけ、豹柄のタンクトップが挑発的に光る。同じ豹柄のミニスカートからは、足を組んでいるため、その中が無遠慮に曝け出され、娼婦丸だしの黒い下着が見える。顎に添えられた右腕にリングが三つ。指の装飾物は確認するのも大変なほどだ。
 ダルそうな視線、猛獣のような爪、そして、なにより、「豹柄」・・・・・七菜江のコンピューターにひとつの人物ファイルが浮ぶ。
 
 「か・・・・神崎ちゆり・・・・・なんであなたがここに・・・・・・」
 
 口にしたくはなかったその名を、ショートカットの少女は呟いていた。
 ヤクザとも交流があるといわれ、この地方のあらゆる学校の不良たちが、頭が上がらないと言われる、裏世界の女王・・・「闇豹」とあだ名される魔女が、何故片倉先生の呼び出した教室で、七菜江をまっていたのか?!
 
 混乱する思考が、単純な正解に辿りつかせない。
 嘲笑うかのように、魔女・ちゆりがヒントを与える。
 
 「藤木七菜江・・・聖愛学院二年生。158cm 48kg。ハンドボール部期待のスーパーサブ。体力に不安あるが、運動神経は部内随一・・・ふ~~ん、あんたも汗臭いことしてんだ」
 
 ペラペラと大学ノートを繰りながら、「闇豹」が「猫娘」のデータを確認する。その作業だけで、これが計画的なモノと知らせるには、十分だった。
 
 “ヤラレタ・・・・罠にはまった・・・・”
 
 ギリギリと唇を噛む。
 
 “これが・・・・ナナ狩りねッッッ!!”
 
 目の前の派手な少女・神崎ちゆりが、“ナナ狩り”の首謀者だったのだ。そして、メフェレスとも関係しているのに違いない!
 
 “まさか、ちゆりがメフェレス・・・いや、それは有り得ない。メフェレスのあの感じは間違いなく男! てことは他に・・・・・それだけじゃない、あの片倉先生も・・・・”
 
 あの女教師が、“ナナ狩り”に加担していたなんて!
 怒りが津波のように押し寄せる。だが、激情に身を委ねている余裕はない。
 机の影から、二つ分の人影が踊り出る。反対側からも二つ。さらに唯一の逃げ場である扉から、新たにふたり、脱出不能を示すかのように、処刑場に入場する。
 
 吹き出る汗の雫が、尖った顎の先からポタリと落ちる。色取り取りの6つの頭、そして鮮やかな豹柄に囲まれて、少女の顔がせわしなく動く。
 
 「あ~~あ~~完全に囲まれちゃったねぇ~。ど~する~~?」
 
 獲物を前に、バカにした口調で茶化す豹柄のコギャルを、思わず七菜江は睨みつける。
 
 「お! いい! いいねえ♪ その反抗的な態度。そういう勝気な女ってボロボロにしてやりたくなるのよねぇ~。あんた、特別サービスで、“ちり”が嬲ってあげる♪」
 
 コロコロと笑う「闇豹」に、七菜江は悔しさを募らせる。
 
 “くそオッ! くそオッッ!! あの女、だましたなぁッ!! なにがナナ狩りよ・・・なめやがって・・・・こうやって大勢で罪の無い女のコをリンチしたのね! こいつらも・・・片倉響子も・・・全員許せないッッ!!!” 
 
 青白い闘志が燃えあがるのを、七菜江は自覚する。
 宇宙生命体『エデン』が寄生することにより、七菜江はファントムガール・ナナへと変身できるようになったが、『エデン』との融合は、彼女本体への影響も生み出していた。なんというか、以前よりも戦闘意欲が上がったように感じるのだ。恐らく『エデン』の生存本能が加算した分、細胞が意識が闘争へと駆り立てられるのだろう。
 だが、その一方で、17歳の普通の女子高生だった彼女が、本来持っていた闘いへの嫌悪感・恐怖が、抑制薬として働いてもいた。
 
 “全部で七人・・・でも、神崎ちゆりは見てるだけだろうから、実質6人。あの緑の髪の男は木刀を持ってるけど、明らかに素人・・・メフェレスではない。強そうなのは、金髪の大男。今の私なら、6人相手でもなんとかなりそう・・・”
 
 激情に炎を灯しながらも、七菜江は冷静に自分を囲む処刑者たちの戦力を分析していた。
 『エデン』により、高められた七菜江の運動能力・耐久力・パワー・スピードなら、いくら暴力に慣れているとはいえ、所詮素人の高校生6人に襲われたぐらいでは、負けることはない。多少、手を抜いたところで、攻撃を避けきり、この窮地を脱するのは、それほど難しいことではないだろう。
 
 “くそ・・・ホントなら、こいつらみんなやっつけて、二度とバカな真似しないようにするのに・・・・・・”
 
 だが、今回に関しては、その選択肢は七菜江には与えられていなかった。
 “ナナ狩り”の、そして、それを裏で操っているはずのメフェレスの目的は、「ファントムガール・ナナ」の正体を探すことにあるのだ。ここで人並み外れた能力を晒すことは、絶対に避けねばならない。少しでも“らしい”動きを見せたら最期、報告係であろう神崎ちゆりから、メフェレスに「ナナ」の正体が明かされることだろう。6人相手に大立ち回りをやるどころか、鮮やかに窮地を脱するだけでも、要注意人物として藤木七菜江の名を挙げさせるには十分だ。
 逆に、ここでリンチを受け、ボロボロにされようとも、極端な話、生きていさえすれば、神崎ちゆりと片倉響子、このふたりがメフェレスに繋がる人物であるという、特上の情報を里美に伝えられるのだ。
 五十嵐里美は、絶対に正体を知られてはいけない、と教示する反面、「もし、危なくなったら、そのときは逃げて。正体なんかバレていいから」と矛盾するが七菜江に気遣った言葉を言ってくれたが、七菜江の決意はとっくにできていた。
 
 “悔しいけど・・・わざとやられるしかない! できるだけ、致命傷を避けて・・・・・・”
 
 少女の悲愴な思いも知らず、残酷な豹が、ゲームの開始を告げる。
 
 「んじゃあ武志ィ~、この生意気な女、ヒイヒイ言わせてあげてぇ。ちりにああいう目を向けたらどうなるか、そのよく育った体に刷り込んであげる~」

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