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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
2章
しおりを挟む「オッ!」
藤木七菜江はその朝、登校する人波の中に、待望の後ろ姿を発見する。
朝の光を跳ね返す、やや茶色の入ったストレートヘアー。背中にまで掛かったその上部には、白いリボンが二つ、飾られている。七菜江もお気に入りの、青が際立つセーラー服が、少し細身の後ろ姿に、眩しいほど似合っている。
その隣にある、付かず離れずで並んでいる後ろ姿にも、七菜江は見覚えがあった。
頭ひとつ抜けた、半袖の開襟シャツの背中は、見事な逆三角形をしていた。袖から生えた腕は、スイカのようだ。5000人以上いると言われる聖愛学院だが、こんな高校生離れした肉体の持ち主は、ひとりしかいない。
20mはある距離を、登校ラッシュの波の中、スルリスルリと抜けて七菜江は走る。まるで風。滑らか過ぎる動きが、その速度の異常性を周囲に気付かせない。
少し空間の開けた真中に、ふたりがいた。(あ、そうか。このふたりだと、みんな近寄りにくいかも知れないな)
勢いをつけたまま、走り寄った七菜江は―――
ピョンッと男の方の背中に飛び乗る。
「うわあッッ??!」
不意を突いておぶさってきた少女の攻撃に、鍛え上げられた男が前につんのめる。態勢を整えた時には、七菜江は背を降り、二人の前に正対していた。膝上までの短めのプリーツスカートが揺れる。
「里美さん、おはようございますッ! もう大丈夫なんですねッ!!」
「おはよう、ナナちゃん。おかげさまで、バッチリよ」
朝に負けない爽やかな微笑みで、生徒会長・五十嵐里美が突然現れた後輩に、挨拶を返す。もちろん、今のふたりは単なる先輩・後輩ではない。命を賭けた絆で結ばれた二人なのだが、隣の男をはじめ、誰も知る者はいない。
銀と紫の姿で、宇宙生物(実際は宇宙生物が地球上の生体に寄生しているもの)の侵略から、地球と人類を守る正義の守護天使・ファントムガール。そして、ファントムガールの窮地を救った、『青いファントムガール』と通称されるファントムガール・ナナ。その正体が、このふたりの美少女、五十嵐里美と藤木七菜江であることは、絶対に守らねばならない秘密であった。
当人以外でそれを知るのは、五十嵐家の執事であり、里美の教育係でもある安藤と、ごくわずかな政府高官だけだ。
メフェレスと名乗る、人間が変態した悪魔と、彼の率いる二匹の昆虫怪獣を、なんとか退けたふたりだったが、その代償は大きかった。ただの人間なら何度死んだかわからない深手を負った七菜江は、宇宙寄生体『エデン』に与えられた凄まじい回復力によって、3日の安静の後、クラブ活動を再開できるまでになった。学校に復帰した初日から、ハンドボール部で走り回る七菜江の姿があった。
一方の里美は、傷こそ七菜江より浅かったものの、弱点である胸の水晶体―エナジークリスタル―を徹底的に責められたため、体力がなかなか戻らず、今、ようやく体調が万全になったのだった。
ふたりにとって好都合なのは、巨大生物が現れてから数日は、学校を休む者は枚挙にいとまが無い、ということだった。怪我をしたり、親戚が被害に巻き込まれたり・・・様々な要素を考えれば、ごく自然なことだ。学校を休んだからといって、ファントムガールと結びつけて考えられることは、有り得ないといっても良い。
『エデン』に依る巨大変身=トランスフォームした容姿は、元の個体を基盤にする以上、ある程度似てくるのは当然だったが、取材規制により、ハッキリとファントムガールの顔は見えないようになっている。誰でもが、なんとなく知っている、程度なのだ。
また、たとえ顔を直接見たとしても、余程カンの鋭い人間でなければ、正体に気付くのは難しいだろう。それぐらいには変身していた。
よって、彼女たちが正体を隠すというのは、決してできないことではなかったのだ。
「・・・七菜江、オレには挨拶ないのかよ」
隣の男が不満げに言う。
短く刈り込んだ髪を立てた、男臭い顔。わざとらしく(というか、わざとだ)大きく口を歪めた表情は、どことなく憎めない。時に獅子と同じになる眼光を、恐れる者も多いが、七菜江は猛獣使いのように、慣れた様子で手なずけている。
「ああ、吼介先輩、いたんですか」
「てか、お前、飛び乗ってきただろが!! 里美に挨拶して、オレにはしないってのは、ええ根性やんけ」
「はいはい。オハヨウゴザイマス。これでいいですか」
機械みたく、抑揚のない挨拶をし、ご丁寧に直立不動の体勢から、直角になるまでお辞儀した、七菜江のショートカットを、ぶっとい腕が捕まえる。
「よっしゃああッッ―――ッ!! ヘェッ――ドロォッ――クッ!! わはははは! 相変わらず、脇が甘いのう!! オレ様をからかうたぁ、いい度胸だぜィィッ!!」
「イタイイタイッ!! 女のコに技かけるなぁッ!!」
キョトンとした様子で、七菜江と男・工藤吼介のやりとりを見ていた里美が、おずおずと声を掛ける。
「あの・・・・仲、いいのね?!」
「ん?? そう見えるか?」
「全然知らなかった。吼介とナナちゃんが知り合いだったなんて」
「前に、こいつが街の兄ちゃん達に絡まれてるのを、助けてやったんだよ。それ以来の腐れ縁。つうか、オレに憧れてるみたいで」
「うわぁ~~・・・そういう寒いジョーダン、よく平気で言えますよね・・・里美さんが本気にしたら、どうするんですか」
解放された頭を両手で抑えながら、白い歯を見せて七菜江がたしなめる。笑いながらも、バツの悪そうな視線が、月のように美しい生徒会長に向けられる。
「こいつさ、バス停で横入りされたことに腹立てて、ワルそうな連中にケンカ売ってんだぜ。危なっかしいヤツだろ? あんな無鉄砲なの、イマドキいないぜ?」
岩のような手で、鷲掴んだショートカットを乱暴にナデナデする。
「だって、あいつら、おばあちゃんを脅したりしてんだもん」
せっかくセットした髪型がクシャクシャになるのも構わず、七菜江は吼介流の称賛を、唇を尖らせて受ける。このナデナデは、七菜江のお気に入りだったが、今日に限っては気恥ずかしかった。自然に里美の顔色を窺ってしまう。
「ナナちゃん、私になら、全ッ然遠慮しなくていいのよ。ホントに私達、何の関係もないんだから」
やや首を右に傾けて、ニッコリ笑った里美が、ちょっと力を込めて宣言する。
この筋肉の鎧を着込んだ男・工藤吼介は、五十嵐里美の幼馴染であった。
空手と古流柔術、二つの武道で黒帯をもっている吼介は、強さという点においてズバ抜けた存在だった。校内という、狭い範囲の話ではない。大会などには一切出ないため、あくまで推測ではあったが、プロの格闘家にも勝てるとすら語られているのだ。
その強さは、空手をやってるから、柔術をやってるから、ではない。奇跡が造ったとしか思えぬ体が生む、規格外のパワーとスピード。それが吼介の強さの源だった。
ファントムガールの誕生の秘密を、里美から聞いた七菜江が、なぜファントムガール(もちろんガールとは呼べないが)の候補者に挙がっていないのか、不思議だったのが、吼介だ。吼介が「エデン」と融合したら、一体どんな強さになってしまうのか? 考えただけでゾクゾクする。
この幼馴染が付き合ってるという噂は、常に流れていたが、それは噂の枠をはみ出したことがなかった。両方とも有名人だし、ふたりで行動するのが日常茶飯事でもあったので、聖愛学院を代表するカップルのように思われていたのだが、真相は、「とても仲の良い幼馴染」以上でも、以下でもない関係らしい。七菜江もそのことは、よく知っていたが・・・・・それでも里美の前で吼介と仲良くするのは、ちょっとした抵抗があった。
「ナナちゃんが良かったら、付き合ってあげて。この人、モテないんだから。まあ、ナナちゃんには、もっといいひとができるでしょうけど」
モテないってわけはないと思うけど・・・・・里美っぽくない言い回しに、どう答えたらいいか、わからず七菜江は苦笑する。
「私なら気にしなくていいのよ、ホントに。ほら、吼介からも頼んでみたら?」
「あほ」
場の雰囲気が膠着しそうになるのを察してか、一言で吼介は話題を終わらせた。己の発言の子供っぽさに気付いた里美が、羞恥で頬を赤らめる。眉根をひそめた美しい瞳で、“ごめんね”と合図を後輩に送る。内心ホッとする七菜江だったが、
“里美さん・・・・・・ジョーダンじゃなかった・・・のかな?”
里美の反応が、逆に気になってしまう。
そんな七菜江の心情を置いてけぼりにして、吼介は話を先に進める。
「里美、お前が休んでる間に、先生がひとり来たの、知ってるか?」
「そうなの? 初耳」
「これが、また、とんでもなくてさ。理科の非常勤講師ってことなんだけど、どっかの外国の大学で、博士号かなんか取ってる、エリートなんだってよ。生物科学の世界じゃ、相当有名らしい。将来のノーベル賞候補なんだと」
「そんな人が、よく高校の先生なんか引きうけたわね?」
「ハゲ理事長が金にもの言わせたんだろ。かなりの条件を揃えたって話だぜ。実際、理科実験室、二つ増えたんだから」
マンモス校である聖愛学院には、広大な敷地内に、数多くの校舎・建築物が点在している。そのうちの未使用の教室を改造し、大学研究室も真っ青な施設を完成させたらしい。生徒には、その場所すら公開されてなかったが。
「しかも! まだ、25歳で、メチャメチャ美人!!」
「え?! 女の人なの?」
「男どもは、オトナの色気にメロメロよ。すげーぞ。スタイル抜群、デルモだ、デルモ! 歩くだけで、フェロモン全開って感じさあ。里美が休んでる間に、一番人気、持ってかれたんじゃあ・・・・・」
突然、吼介が風を巻く。
巨体が反転し、丸太の左腕が、後方にフルスイング! 裏拳!!
反射的に身を反らした鼻先を掠め、豪打は背後にいた制服姿の眼前に止まる。
まるで、空気が焦げるような一撃。かわした少年の顔に、ドッと汗が吹き出る。
「く・・・工藤くん・・・危ないじゃないか・・・」
「悪りィ! 悪りィ! 背後に立たれると反応しちまう体になってるもんでな。今度からは後ろに立たないようにしてくれよ」
最強の空振りに、登校の風景がざわめく。だが、嵐を起こした張本人の、垢抜けた苦笑いが、多くの時間を要さず安心と正常を取り戻していく。ああいう人懐っこい感じで、随分得してるよね・・・吼介のセリフには、ツッコミを入れたかったが、場を乱さぬよう、七菜江は黙っていることにした。
「で、いつからストーカーしてたんだよ、久慈?」
「おじい様の話くらいからだよ・・・言っておくが、会長に挨拶しようとしただけだ。失礼なこと、言わないでくれよ」
聖愛学院理事長の孫であり、生徒会副会長である久慈仁紀は、不愉快そうな口調を隠さずに言った。坊ちゃんらしい、華奢な体躯は、吼介とは好対照だ。大人しい印象を誰もが受けるが、プレイボーイとして、学校では名を馳せていた。
「おはよう、久慈くん」
「五十嵐会長、おはよう。久しぶりだね。あなたがいない間、どれだけ淋しかったことか。でも、そのお陰で、あなたがボクにとって、いかに大きな存在か、わかることができて良かったよ」
“こりゃ、吼介先輩、嫌うよね”
歯の浮くような台詞が、恥ずかしげもなく、次々と出てくる。ソフトな感じの品のいいヤサ男、というのは、超肉体派の工藤吼介が最も苦手にするタイプのひとつであることを、七菜江は知っている。先ほどまでの上機嫌に、雲が懸かってきているのは、眼をみればすぐにわかった。
「ごめんなさい、長く休んでしまって。生徒会の運営、すっかり任せてしまったわね」
「気にしないで。会長になにかあった時に、代わりをするのがボクの仕事だから。運営の方は順調にいってる。全く問題ないよ、大丈夫。ただ・・・・」
「ただ?」
「最近、“ナナ狩り”って言われる傷害事件が多発してるんだ」
「“ナナ狩り”ッッ?!!」
里美と七菜江が思わず顔を見合わせる。
「そう。ナナコとか、ナナミとか、ずばりナナとか・・・名前に“ナナ”がつく女のコばかりが狙われて、酷いリンチに遭ってる。地域一帯で被害者が続出してるけど、ウチの高校もかなりやられてるみたい。被害者のコ達が喋りたがらないんで、あまり表面化してないけどね」
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