5 / 255
「第一話 聖少女生誕 ~鋼鉄の槍と鎌~ 」
5章
しおりを挟む「あ・・・・気がついたみたい」
ゆっくりと覚醒していく意識の中、いつもの朝とは聞きなれぬ声を、五十嵐里美は聞いてい
た。
深い底の水を留めた瞳を開ける。イタリア製の木造ベッド。京都の匠の手による100パーセ
ント羽毛の掛け布団。いつもの朝と同じ場所。
その横の丸椅子に座る、ショートカットの少女だけが、日常とは異なっていた。
「・・・・ナナエ・・・・ちゃん?・・・・・いったい・・・・」
混濁する思考回路がまとまっていく。眠りにつく前の状況が、記憶の棚に並べられていく。
消防隊による瓦礫撤去が始まるころ、ひとりのセーラー服の少女が自らを抱きしめるように、
災害後の街をさまよっていた。
ファントムガールが敗れ、異形の生命体による、人類への降伏勧告のあと―――絶望にひし
がれる街をゆく少女は、メフェレスという宇宙生物に捕らえられ、そしてファントムガールに助け
られた、あの少女であった。
なにかに誘われるように、藤木七菜江は、瓦解したビルの一角に入る。多くのテナントがは
いった雑居ビルの地下一階。駐車場になったその場所に、探し人は、いた。
通路の真中。汚れた黄色の照明の下に、仰向けの五十嵐里美がいた。
はぐれてしまってから2時間を経て再会した生徒会長の姿は、崩れ落ちる瓦礫の下敷きにで
もなったのか、変わり果てたものになっていた。
陶磁器のような白い肌は、ドロと煤にまみれて、黒ずんでいる。カッターで切られたような浅い
傷から血がにじみ、七菜江と同じセーラーを汚している。特に右足と腹部の怪我がひどく、太
股は焼けた鉄の棒でも刺さったのか、火傷した傷跡が、ケロイド状に腫れていた。
満月のように輝いていた先輩の惨状に、思わず七菜江は目を逸らしていた。しかし、死んだ
ように眠る里美が、まだ生きているのを確認して、その華奢な肢体を背負う。
巨大生物に潰されかけた内臓は無事のようだったが・・・アバラにひびが入っていることはわ
かる。決して五体満足とはいえない女子高校生が、50キロに満たないとはいえ、ひとりの人間
を担いで歩くのは、脅威的といえた。それこそが七菜江の潜在能力の高さであった。
フラフラと彷徨う少女が、騒ぎを知って駆けつけた救いの手に会った時、その顔は汗と涙で
グシャグシャになっていた。
「・・・・・というわけで、来てくれた執事の安藤さんの車に乗って、ここまで里美さんを連れてき
たんです」
5mほど離れた部屋の入り口に立つ老紳士・安藤が軽く会釈する。幼い時からの教育係で、
滅多に在宅しない多忙な両親の代わりに里美を育てた彼は、ニュースを知り、現場に里美を
探しに来たのだった。里美を背負う七菜江と遭遇できたのは、運ではなく、彼の必死の捜索に
よる移動範囲の広さゆえだ。
「そう・・・・ありがとう、ふたりとも」
にっこりと里美は微笑む。この、痛々しい包帯姿の美少女に癒されるのを、七菜江は感じ
た。
「七菜江ちゃんには大きな借りが、できちゃったわね」
「そんなこと・・・・」
俯き加減の七菜江の眉根が寄る。
「七菜江ちゃんは大丈夫だったの?休んだほうがいいわ」
「私はいいです、平気。それよりも、里美さん・・・・・」
淡い陽光の射し込む窓の外で、小鳥がさえずる。
「里美さんが・・・・ファントムガールだったんですね」
金細工の仕掛け時計の、針を進める音だけが、落ち着いた雰囲気の里美の部屋を支配する。
再び、小鳥のさえずり。
沈黙の空間に、鼻をすする音が、低く流れ始めた。
「私の・・・・私のせいで、あんなこと・・・・・・ごめんな・・さい・・・・」
「違うわ。七菜江ちゃんのせいなんかじゃない」
嗚咽は号泣に変わりかけていた。
怪我の場所を確認するまでもなく、また、ファントムガールの技が、里美の得意とする新体操
の技に似ている事実を引き合いに出すまでも無く、初めてファントムガールと対面した瞬間。
あの瞬間に、七菜江は全てを悟った気がした。ファントムガールの銀のマスクには、五十嵐里美
の面影が色濃く出ていた。それは実物を間近で見たからこそ、気付けたことでもある。
だが・・・・できればそれは、知りたくはない事実であった。それでいて、知らねばならぬ事実で
もあった。
なぜなら、里美がこのような目に遭ったのは、七菜江があの場所にいたせいなのだから。七
菜江が、メフェレスという侵略者に捕まったりしなければ、ファントムガールは負けなかっただろ
うし、里美も無事だっただろうし、地球が降伏を迫られることもなかっただろう。
「あたしが・・・・・あたしが、ちゃんと逃げてれば・・・・・里美さん、あんなことにならなかったよ
ね?・・・・・・・全部、あたしが悪いんだ・・・」
グスグスと涙に揺れるか細い声が、罪を背負い込んでしまった少女の心を吐露する。膝の上
にギュッと握った小さな拳に、ポタポタと透明な雫が落ちる。
「・・・・・・ナナちゃん、手を貸して」
ベッドの上に上半身だけ起こした里美が、傍らの赤い眼をした少女に、左手を差し出す。細
く、長い手。反射的に七菜江は右手をその上に重ねていた。
「わあッッ!」
急に手を引かれ、思わぬ力に、七菜江はベッドにつんのめっていた。涙で霞む視界を、右手
に向ける。里美は空いた方の手で、自らの淡いブルーのパジャマを、乳房の下のところまで、
たくしあげていた。
「??!!ッ」
同じ女性として惚れ惚れするような・・・肌の白さに、眩しさを覚える。七菜江の右手は、その
シルクの肌に持っていかれた。掌に感じる、優しい体温。七菜江は頬が蒸気するのを隠せな
かった。
「さ、里美さん・・・・・・」
「どう?」
「え?・・・・・??」
「傷跡・・・・・ほとんど無いでしょ」
七菜江の右手が連れられていったのは、里美の腹部・・・ファントムガールがカブトムシ・ラク
レスに串刺しにされた、あの部分だった。包帯の上から、わずかに盛り上がった皮膚の感触は
あったが、穴が開いている感じは、断じてない。
「ファントムガールでのダメージは、実体では何十分の一かに軽減されるの。だから、あれぐ
らいじゃあ参らないわ。それに、実体となってからの回復力も通常の何倍にも飛躍してるから、
すぐに直るわ」
七菜江の脳裏にファントムガールの悲鳴が蘇る。
あれは・・・・魂からの叫びだった。
そして、自ら漏らした白い液体に汚されていく、銀色の戦士。
里美が負った傷は肉体だけではない、むしろそちらのほうが大きいかも・・・・
にも関わらず、この繊細そうな令嬢は、弱さを見せない。その強さが、七菜江には辛かった。
「でも・・・・・」
「ナナちゃん。誰も悪くなんて、ないのよ」
力のこもった声で、里美は言った。それは初めて見る、強さを敢えて晒した里美の姿だった。
「里美さん・・・・・」
「あのメフェレスだって、悪いんじゃないわ。侵略の真意はわからないけど、彼らには彼らの
道理があると思うの。でも、それは私達にとっては、間違いなく敵。正義でも悪でもない・・・敵だ
から、私はファントムガールになって、闘うことに決めたのよ」
鈴のような声に、溢れる力。白鳥に隠された、水面を掻く力強さ。
「誰が悪いとか・・・誰のせいとか・・・そんなことはどうでもいいの。あなたを助けたいから、私
はあなたを助けた。だから、喜んで。こうして、ふたり、生きて再び会えたことに」
月の美しさを持つ少女が微笑む。ホントにこのヒトには・・・敵わない。つられて腫れた目が、
細くなるのを七菜江は感じた。
「じゃあ、里美さん。今度は私が里美さんを・・・・いえ、ファントムガールを助ける」
「!!・・・・だから、ナナちゃん、そんなふうに責任感じなくても・・・」
「ううん、違うよォ。そおゆうんじゃなくて、里美さんを助けたいから、助けるの。ね。お願い、な
んでもするから、手伝わせて!」
自分の発言を逆に利用されて、里美に動揺が走る。なんと答えていいのか、考えあぐねてい
る様子が、その表情からはハッキリ伝わってきた。
「・・・・・お嬢様」
扉の側で、ずっと不動の姿勢を崩さないでいた、執事の安藤が、なにやら意志を乗せた口調
で、主を呼ぶ。当然、この執事もファントムガールの正体に、一枚噛んでいたのは間違い無
い。
「・・・・・・・・・・・・・」
「お嬢様」
「・・・・・・・・・・本当は、こんなことになる前に、話しておきたかったのだけれど・・・・・・ナナちゃん、ファントムガールについて、あなたに話したいことがあるの。付いて来て」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女子バスケットボール部キャプテン同士の威信を賭けた格闘
ヒロワークス
大衆娯楽
女子大同士のバスケットボールの試合後、キャプテンの白井有紀と岡本彩花が激しい口論に。
原因は、試合中に彩花が有紀に対して行ったラフプレーの数々だった。
怒った有紀は、彩花に喧嘩同然の闘いを申し込み、彩花も売り言葉に買い言葉で受ける。
2人は、蒸し暑い柔道場で、服をはぎ取り合いながら、激しい闘いを繰り広げる。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる