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「第一話  聖少女生誕 ~鋼鉄の槍と鎌~ 」

2章

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 2ヶ月前、それまでの宇宙人はいるかいないか?という論争を嘲笑うかのように、突如として
この地球に降り立った鶏型の宇宙生物は、地球側の動揺を尻目に、侵略を開始した。呆気に
取られる最初の犠牲者数十人が、頭から啄ばまれ、血にまみれた足が怪獣の黄色い嘴から
はみ出るシーンは、人々の警戒心をあおるため、報道規制を乗り越えて、何度も繰り返し放送
された。七菜江の脳裏にも、紅く染まったデニムの右足が、くっきりと刻み込まれている。
 
 核を使用できない人類の防衛力は、この地球外からの敵に対して、果たして無力に等しかっ
た。全長50mはあろうかという、巨大生物は人知を越えた存在だった。たった一匹の侵略者
に、この星は壊滅的ダメージを被るはずだった。・・・・・そう、彼女が現れなければ。
 
 「はッ!!・・・里美さん?!里美さん、どこ?!!」
 五十嵐里美の姿は無かった。いつのまにか、逃げたのだろうか?ならいいが、もしはぐれた
のだとしたら・・・逃げ惑う人々の押し寄せる波に拮抗しながら、七菜江は妖精の姿を探す。華
凛なセーラー服は見つからない。
 
 いつもと同じように、必ず彼女が現れてくれる・・・ハズだ。だけど、その闘いに巻きこまれな
いようにするためには、半径10kmは離れなくてはならない。(対外生物緊急危機対策法案で
決められたことだ)一刻も早く、七菜江も、人波と同じ方向に駆け出さねばならない。でも、里美
がはぐれてしまったのなら・・・そして自分を探そうとしていたなら・・・
 「ダメだ、やっぱ、里美さんをほっといて、逃げるわけにはいかないよ・・・」
 その可能性があるならば。
 流れに逆らって、100m12秒を切る自慢の快足はニ体の宇宙生物のいる方向へ、駆け出
した。
 
 「キシュルリリリリ・・・・」
 「キリリ・・・キリリリリリ・・・・・・」
 鋼鉄の甲冑を着こんだ、小山ほどの大きさはある鎧武者の音声が聞こえる。鳴いているの
だ。
 
 右側の怪獣には緩やかにカーブを描いた、青龍刀の如き角が身体の真正面、頭頂部より天
に向かって伸びていた。先が3つに分かれている。そしてもうひとつの角、こちらは短めだが、
ヤクザ者の匕首に似て、凶凶しい鋭さを見せている。大きな眼が黄色く光り、黒金の殻で守ら
れた手足は、太く固く、城壁のような安定感がある。
 カブトムシにそっくりな宇宙生物であった。
 
 いっぽう、左側は・・・くの字に曲がった巨大な鋏、いや、顎を見れば一目瞭然、クワガタムシ
そのままの姿をしていた。ただ、地球上の虫とは違い、頼りなげな手足は発達しており、二本
足でしっかりと立っている点が異なる。
 理科の担当教師・奥村が、昆虫はそのあまりの生態の違いから、実は宇宙からやってきた
のではないかという説があることを、授業の合間に言っていたのを思い出す。だが、こんなに
巨大なものであるとは、思ってもみなかっただろう。
 
 「はぁ・・・はぁ・・・どこに行ったんだろ?里美さん・・・」
 巨大生物達は、豪華な料理を前に舌なめずりしているかのような佇まいで、逃げ惑う小人の
群れを前に、ジッと動かずにいる。これ以上近付くのは、いくら七菜江がお転婆として名を馳せ
たからといって、あまりに無謀な行為だった。
 「仕方ない・・・もう戻ろう・・・」
 すでにほかの人影は見当たらない。廃墟と化したかのような街を、埃くさい風が舞う。温度が
急速に冷えていってるのがわかる。荒野をすさぶ風の中、七菜江は踵を返す。
  
 「キュルルリリリリリ・・・・・・」
 「ッッ!!!!!」
 
 七菜江は影の中にいた。
 頭上遥かに、陽光を背にした山影。
 そこから伸びた一本の槍。その先端は3つに割けている。
 いつの間に・・・疑問の沸く余裕は、少女の許容メモリ内にはなかった。この現状、事実が冷
たい処刑の刃を、白い首筋に当てる。
 七菜江は生まれて初めて、自分の汗腺が開く音を聞いた。それはドッといった。腋の下と脊
髄を、冷たい分泌物が流れる。
 カブトムシと同じ形をした、宇宙からの侵略者は、その黄色い視界によく締まった17歳の少
女を捕らえていた。
 その眼は、新鮮な食糧を見つけた喜びにむせている。
 複眼に写る獲物は逃げようとしなかった。両親に真っ直ぐにモノを見るよう、躾られた彼女
は、その純粋な瞳で見つめ返す。
 “私を食べるのね”
 生物は本能的に巨大なものを恐れる。七菜江は己が恐怖していることをよく悟っていた。
 冷静に働く左脳が、ひとつの結論を語る。
 “ワタシハココデシヌ”
 絶対の死に見つめられた確信。
 先ほどからの耳障りなカチカチという音が、自らの奥歯が鳴らしているものだとすら気付いて
いない。
 何も考えてなかった。考えられなかった。細胞が恐怖するのを自覚するのみ。カブトムシがニ
ヤリと笑ったような。浮かぶのは、黄色い嘴、血に染まったデニム。
 おかあさん――私・・・・・ごめんね・・・・
 
 光が錯綜する。
 世界が爆発したような、激しい光。
 いや、それは目の前の巨大生物が横からの衝撃に弾き飛ばされ、隠れていた陽光が、七菜
江を照らしたための眩さ――
 
 「・・・・ファントム・・・ガールッッ!!!」
 
 来てくれたッ!!彼女が来てくれたッ!!!
 2ヶ月前、鶏型の宇宙生物が襲撃して以来、突如として現れ、人類を守ってくれた、巨大な女
神の姿が、今、七菜江の前に立っている。
 
 凛々しさ漂う銀色のボデイーに、紫色の模様がアクセントを付けている。胸の中央と下腹部
に青く輝く水晶体。身体のラインに沿った幾何学的なデザインは、女神のスレンダーな肢体
を、よりグラマラスに強調していた。その身体の色と、怪物達と変わらぬ巨大さを除けば、人類
とほぼ同じ、しかも美少女といっていい容姿をしている。背中までの長い髪は、金色のやや入
った茶色で、化学繊維かと思われるほど、キラキラと昼の光を反射している。
 
 「さあ、もう大丈夫よ。早く逃げて」
 街中に響き渡る大音響ながら、優しい音色で女神は語りかける。脳に直接響くような、不思
議な声。この声で、女神は初めて人類にその姿を現した時(鶏を光の輪で切断し、倒した時)、
自らを「ファントムガール」と名乗り、人々の守護者であることを宣言したのだ。
 
 テレビでは何度も見たが、直接顔を見るのは、七菜江にとって初めての経験だった。覗きこ
んでくる巨大美少女の顔は、優しく、可愛かった。さっきまで巨大なモノにおびえていたのに、
何故だろう?ファントムガールはちっとも恐くない・・・むしろ安心させてくれる何かがある。そし
て、どこかで見たような・・・・・
 
 不意にファントムガールの跳び蹴りを食らい、もんどりうって倒れたカブトムシが戦闘態勢を
取る。クワガタのほうは、呼応するかのようにファントムガールの後ろに回りこみ、挟み撃ちの
陣形をひく。対する女神は左手を軽く前に出し、ファイティングポーズを取った。人類が関与不
可能な闘いが、見守ることしかできない闘いが、また始まろうとしている。
 
 「ファントム・クラブ!!」
 女神がそのスラリとした両の腕を、天に差し上げる。
 銀の艶かしい長い指に、光が収斂され・・・やがてそれは、彼女の肌と同じ、白銀の棍棒とな
って現れた。
 以前、七菜江は近所の子供たちが、ボーリングのピンを使って(どこからみつけたんだか)、
ファントムガールごっこをしていたのを見たことがある。華奢な体つきと言っていいファントムガ
ールが、軽々と扱うその武器は、蟹に似た宇宙生物の装甲(甲羅?)を一撃で打ち破いてい
た。後日、政府の科学研究班が、その装甲の破片を調べたところ、スカッドミサイル10発分の
ダメージを受けても、ヒビひとつ入らなかったそうだ。
 
 二つの棍棒をクロスにして目前に構えるファントムガール。対するカブトムシに似た宇宙生物
は、巨大な少女を中心に、ジリジリと反時計周りに動く。それに合わせたように反対側のクワガ
タも、正義の使者の背後を周る。ニ体の怪物は、ファントムガールを中心にして、常に点対称
の位置をキープし続ける。
 
 「こいつら・・・まるで、コンビみたい・・・」
 ファントムガールに指示され、駆け逃げた七菜江であったが、キョリにして約500mほど離れ
た商社のビル影に隠れていた。
 死に面した恐怖は完全に消え去ったわけではないが、好奇心というか・・・使命感みたいなも
のが、その感情に克っていた。
 命を救ってくれた、ファントムガール。その恩人の闘いを、最後まで見届けねばならな
い・・・・・・
 幸い、七菜江が逃げ込んだビルの方角は、宇宙生物達の死角になっており、彼らが気付く心
配はなさそうだ。
 誰よりも間近なキョリで、七菜江はこの星の命運を握る闘いを凝視する――
 
 “この相手は・・・コンビネーションを使うとでも言うの?”
 キュルリリリリリ・・・・
 キリリリリリリリ・・・・
 弦楽器の高音のような奇声。守護天使を挟む形で、巨大昆虫の姿をした怪物が鳴く。ファン
トムガールには、それが二匹の間で交わされる、会話のように思えてきた。
 “いままでの敵は、動物と同じ、ただ無規則に暴れるだけだったけど・・・・・はッッ!!!”
 
 ジャッッッ!!!
 
 カブトムシの三叉の角の先から、橙色の光線が発射される!
 交差した銀のクラブで受けとめるファントムガール。
 弾かれたオレンジの帯が、ジュウ・・・という音とともに、車道のアスファルトを溶かしていく。
 同時、背後から、クワガタの顎より放たれた、黄色い稲妻が!
 熱光線を左のクラブ一本で受け、残った右の一本で、高圧電撃を弾く。
 このままでは、どちらも動けない――守護天使の頭によぎった瞬間、敵の第二撃めは襲って
きた。
 クワガタが、ビルを信号を薙ぎ倒し、超低空飛行で銀の少女に殺到する。
 その黒金の顎が、細い少女の足首を切断するのは容易な所作に違いなかった。
 40階建てのビルを、豆腐のようにサプリと裂く巨大な鎌。
 
 しかし、そこにファントムガールの足はなかった。
 間一髪のタイミングで、女神は自身の身長の5倍を跳んで、危機を回避していた。飛行能力
こそないものの、その身体能力は人間レベルでは計り知れないものがある。
 だが、「飛ぶ」のと「跳ぶ」のは違う。
 強力な推進力で「飛ん」だわけではなく、驚異的な跳躍力で「跳ん」だだけの少女は、重力に
逆らえず、無防備な態勢で落ちてくる。
 
 「ウッッ!!」
 
 まるで狙い透かしていたかのような、熱線と電撃の嵐!
 橙と黄色の光線が、次々に巨大な少女戦士に打ちこまれる。
 
 「アアッッ?!!・・・ファントムガールッッ!!!」
 七菜江の悲痛な叫びが、無人の街に響く。
 物体がぶつかる衝撃音と、圧倒的な熱量によって発生した気流の中で、七菜江は白煙と、光
線の向こうの女神を確認しようとする。
 ・・・・・いた。
 巨大な少女は、繭のように、白いヴェールに包まれていた。
 
 「??!ッ」
 七菜江と同じく、二匹の宇宙生物も驚きを隠せない。動揺が伝わる。
 やがて、疑問を解きほどいていくかのように、ゆっくりとヴェールが下の方から、包帯のように
はがれていく。
 「ファントム・・・リボン!」
 繭の正体は、新体操で使うようなリボンであった。
 もちろん、光の技を使うファントムガールのそれは、おおいなる力を秘めているに違いない。
 そのリボンを頭上に掲げ、高速回転させることで、自らの身を包み、破壊光線から逃れたの
だった。
 
 「今度はこちらの番よ!」
 ほどけたリボンが白い蛇となってうねり、矢のスピードでカブトムシへと直進する。攻守の切り
替えに、巨大怪物は反応しきれていない。いともたやすく螺旋に絡み付く、光の帯。
 「キャプチャー・エンド!」
 世界を白で覆う、眩い光の爆発。輝くリボンが、聖なるエネルギーをカブトムシ型宇宙生物に
送りこむ。
 「ギィシィィヤヤヤァァァッッーーーッッッ!!!」
 「きゃあッ!」
 数百メートルの距離を越えて飛びこんでくる、断末魔の叫び。脳が震える感覚に、思わず七
菜江は頭を抱えたまま、その場にしゃがみこんだ。
 「やっぱり。強固な装甲で身を固めていても、この手の攻撃には弱いようね!」
 己の戦術眼が確かであったことを、ファントムガールは確認する。
 
 だが、トドメを刺すだけの余裕は、もう一体の巨大生物が許さない。
 「キリリリリリ!」
 飛来する漆黒のハサミを避け、横に回転する聖なる少女。手放したリボンは、白煙をあげる
カブトムシにからまったまま。
 少女の元いた場所をすり抜け、ハサミがUターンして再度襲来する。
 「ハンド・スラッシュ!」
 中腰姿勢のまま、腋の下に引いた左手と、右手の掌を合わせる。力強く右手が振られ、掌大
の光の破片が散乱する。ミグ戦闘機並の速さで殺到するクワガタに、サクサクと刺さる光の手
裏剣。
 「ぐッッ!」
 勢いの止まらぬ宇宙生物が、間一髪、ファントムガールの右腕を掠めて、通りすぎる。紅い
血が、舞う。ゴロゴロと地面を転がって致命傷を避けた聖少女が、鎌に切り裂かれ赤に染まる
右腕を押さえる。七菜江はファントムガールの血が自分達と同じ色であることを初めて知った。
 “ハンド・スラッシュが効いてない?!・・・あの装甲には普通の攻撃は通用しないようね・・・・・
はッッ?!!”
 
 背後に感じる生物の息吹。
 「ギシャアァァァッッーーーツツッ!!!ギギィィッッ・・・・・ぎギュルリリリ・・・・・」
 壊れたコントラバスの怪音。ゴムの焼ける臭いと、黄色の煙をあげ、カブトムシが吼える。
 怒っている。
 怒り狂っている。
 黄色の眼が赤い。憤怒の感情に猛り狂っている。
 跪いたままの守護天使に、復讐の狂気に操られた巨大昆虫がぶつかっていく。
 合わせるかのように、クワガタが全てを切り裂く顎を開いて、パートナーの反対側から迫る。
 完全な挟み撃ち。
 「危ないッッ!!ファントムガールッッ!」
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