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71、敗北

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「最初に気付いたのは・・・〝慧眼”のアヤツだったかもしれぬのうッ・・・ヤツは言った。絶斗の強さとオメガスレイヤーとは、同じ由来なのではないかとな」
 
 もぞもぞと、床に蠢く気配をオメガヴィーナスは察知していた。
 残る4体の六道妖・・・彼らもまた、再び立ち上がろうとしている。一旦倒したとはいえ、トドメまで刺せていないのだから当然だ。六道妖の殲滅よりも、まず郁美の救出を優先したのは天音自身ではないか。
 深手を負った今、6体の妖化屍と闘うことになれば・・・いくらオメガヴィーナスといえども、勝機があるはずもない。
 
「その通りじゃったわいッ!! ・・・気付いてみれば、なんということもない話。ヌシらオメガスレイヤーと・・・儂ら妖化屍は、同じ存在だったんじゃッ!! だから〝オーヴ”も、紫水晶も同様に苦手とする!」

「ウッ・・・ゴオオオオオォォォッ――ッ!!!」

 虎狼。縛姫。啄喰。
 横臥していた妖化屍たちが、突如として、一斉に立ち上がる。中心に佇むオメガヴィーナスに、タイミングを図っていたかのように襲い掛かる。
 六道妖は全てを整えていた。罠を張り、武器を揃えた。プライドの高い〝無双”までもが、いざという時、他の者と協力する覚悟を決めていた。
 全ては、オメガヴィーナスを処刑するために。

「郁美ィィッ――ッ!! 動ける限りッ・・・全力で逃げなさいッ!!」

 最後の勝負に、オメガヴィーナスは打って出た。
 可能ならば。六道妖全員と、差し違えるつもりだった。私ひとりの命で、この恐るべき妖魔を滅ぼせるのなら構わない。それで郁美を、助けられるのならば。
 両腕を真横に広げる。すらりと伸びた両脚を、かかとを揃えて一直線に立つ。
 天音自身が、白銀の十字架となったようだった。背後に祀られた、教会の巨大な十字架と重なる。
 
「儂ら妖化屍の異能力の源泉も・・・ヌシらと同じく、オメガ粒子だったんじゃあッ――ッ!! 妖化屍とはッ!! 要するにオメガスレイヤーの劣化版ッ!! オメガスレイヤーに敵わぬのは、保持するオメガ粒子が少ないがためなのじゃッ!!」

「〝クロス・・・ファイヤー”ァァッ!!」

 その瞬間、セミロングのプラチナブロンドの髪も、白銀のスーツに包まれた肢体も、神々しく輝いた。
 光属性の能力を全開にする、最強の必殺技〝クロス・ファイヤー”。
 聖なる十字架の光で、あらゆる妖魔を殲滅する。敵が6体であっても、いずれ恐るべき怪物であっても、全方向に照射するこの技なら、通用するはずだった。あとはただ、力の限りに白光を放出するのみ。
 
「〝オーヴ”の脅威は儂らにとっても同様であることは、よく理解できたわいッ!! じゃからこそッ・・・ここぞの場面まで、封印したんじゃあッ――ッ!!」

 額の皺を歪ませ、骸頭が絶叫する。皺の隙間に生息するウジ虫がブチブチと潰れた。
 その声が、合図であったのか。
 祭壇中央の巨大十字架に、亀裂が走った。パリンッ、と割れる音がする。次の瞬間、十字架を覆っていた表面が、粉々に砕け飛んだ。
 
 内部から現れたのは、妖しく光る緑の十字架。
 
「オッ・・・〝オーヴ”製のッ・・・十字架ッ・・・!!」

 引き攣る悲鳴とともに、郁美の咽喉の奥から、声が漏れる。
 姉である、光り輝くような美しきヒロインの瞳が、大きく見開かれていた。
 自ら十字架を象った体勢を取る、オメガヴィーナス。その全身は、眩い聖光に包まれている。
 
 だが、四方を焼き尽くす征魔の光線は、発射されることはなかった。
 
「ッ・・・力ッ・・・がァッ・・・!!」

 抜ける。
 激しい虚脱感が、天音を襲っていた。全身の力が、抜けていく。呼吸をするのでさえ、息苦しい。
 
 背後の、巨大〝オーヴ”製十字架の影響であるのは、明らかだった。
 表面が覆われている間は活動できなかったアンチ・オメガ・ウイルスが、じわじわとオメガ粒子を侵食していくのが実感としてわかった。放てない。これではとても、〝クロス・ファイヤー”を作動することなどできない。
 
 〝オーヴ”は妖化屍の異能をもまた、封じていく。脱力を感じているのは、六道妖もまた同じはずだった。
 そう、その通り。骸頭の言葉は当たっていた。妖化屍がバケモノであるのも、オメガ粒子があるからこそだ。〝オーヴ”を過剰に使うのは諸刃の剣・・・六道妖自身も弱体化してしまう。
 
(・・・なんとかッ・・・郁美を連れて、この場を逃げなければッ!!)

 天音は諦めなかった。
 苦境にあるのは確かだ。しかし、〝オーヴ”で六道妖も弱まるならば・・・光明はある。逃げに徹すれば、郁美とともにこの教会を脱するくらいは可能なはずだ。
 三方から飛び掛かってくる、虎狼・縛姫・啄喰の動きがスローモーションで見えた。イケる。オメガヴィーナスは、この程度の包囲網は突破できる。たとえ〝クロス・ファイヤー”は不発でも、多少のダメージを覚悟すれば、この場を切り抜け・・・
 
「くう”ぅッ!? なッ・・・!!」

「ゲヒ、ウヒヒヒヒィっ~~っ!! ・・・オレもいることを・・・まさか忘れてないよなぁ~・・・オメガヴィーナスぅ~~っ・・・!」

 白銀の光女神を、突如襲ったのは、灰色の泥の塊だった。
 餓鬼妖・〝流塵”の呪露。一度、粉々に飛び散った汚泥の妖化屍は、時間をかけて復活したのだ。その細かな粒子は、知らぬうちにオメガヴィーナスの顔に、首に、付着していた。チャンスとみるや、一気に積み重なった。
 
 〝クロス・ファイヤー”を放てていれば、今度こそ分子レベルにまで粉砕できていた、はずだった。
 
「私はッ・・・オメガヴィーナスはッ・・・負けないわァッ――ッ!!」

 大量の灰色の泥が、天音の上半身を包み込む。その柔らかな乳房を、揉み潰そうとする。
 〝オーヴ”十字架の影響を受けていても、まだ光女神にスーパーパワーは残っていた。弾き飛ばす。上半身を振って、その勢いで纏わりつく呪露を引き剥がす。
 あれほどのダメージを受けたのに。オメガ粒子も、随分消耗したはずなのに。この美麗な乙女の肉体には、どれほどの力が埋蔵しているというのか。
 
 だが。呪露が狙っていた、オメガヴィーナス抹殺用の策は。
 この時点で、すでに成功を迎えていた。
 
「・・・ッ・・・こ・・・れは・・・ッ・・・!?」

 灰色のヘドロが、キレイさっぱりオメガヴィーナスの上半身から消え飛んだ後。
 天音の首には、呪露から授けられたアクセサリーが提げられていた。
 拳ほどの、緑に光る鉱石が胸元を飾る、ネックレス。
 
「うあああ”ッ・・・きゃあああ”あ”ッ――ッ!!!」

 右乳房を露出した天音の胸が、黄金の『Ω』マークが激しく黒煙を噴き出す。
 掛けられてしまった。オメガフェニックスを地獄に落した〝オーヴ”製のネックレスが、今また光女神の胸をも焦がす。
 
(抜けるッ・・・!! 力が、すごい勢いでッ・・・!! これでは本当にッ、本当に私はッ・・・!!)

 懸命に、天音は走ろうとした。郁美を抱いて、とにかく逃げよう、と。
 焦りが、最強の破妖師と呼ばれた乙女を、掻き乱していた。オメガヴィーナスは、自らが置かれた状況を正確に理解できていなかった。
 
 すでに詰んでいた。
 四乃宮天音は、オメガヴィーナスは、完全なる死地に陥っていた。
 たとえ白銀の光女神といえども、この状況から脱する方法は、すでになかった。
 
 〝骸憑”の啄喰。カラスの怪物。〝オーヴ”の影響を受けようとも、獣の敏捷性は大差なく健在。
 背後から殺到する黄色の嘴に、オメガヴィーナスは気付けなかった。あまりの速さと、呪露に向いた意識のために。
 
 ドジュウウウウッ・・・!!
 
 鋭利で、巨大な嘴が、天音の背中に突き刺さる。
 本能か。きちんと理解していたのか。
 啄喰の嘴が突いたのは、紫に輝く水晶。
 オメガヴィーナスの肉に埋まった紫水晶の底を、さらに巨大カラスは打ち込んでいた。
 
「はぁぐう”ッ!! あはあ”ぁ”ッ・・・!! うあああ”あ”あ”ア”ア”ァ”ッ―――ッ!!!」

 オメガヴィーナスの、右の脇腹。うっすらと浮かんだ腹筋の、わずかに横。
 背中から貫通した紫水晶の尖った先端が、天音の前面から飛び出した。
 ブシュッ、と噴き出す赤い鮮血。絶叫する乙女の咽喉奥から、これも紅の飛沫が溢れ出る。
 
「終わりじゃああッ~~ッ、オメガヴィーナスッ――ッ!!」

 骸頭の絶叫が響く。ガクガクと震える、プラチナブロンドの女神。
 その頭上から、1mほどの長さはある紫水晶の杭が、串刺しにせんと落下する。オメガヴィーナスの脳天から、股間までを貫く勢いで。
 
 血を吐きながら。〝オーヴ”の苦痛に悶えながらも、天音は動いた。
 天井から迫る凶器に、すかさず反応して後方に跳ぶ。まだ動けるだけでも驚異的であった。この白銀に輝く美女神には、限界というものがないのか。
 剣と見紛うアメジストの塊は、虚しく的を外して床に激突する・・・と思えた。
 
 〝オーヴ”の影響にも関わらず、桁外れの身体能力を持つ者は、啄喰だけではなかった。
 
「・・・あらゆる手を使うと、言っておいたはずだ」

 〝無双”の虎狼が、落下する紫水晶の杭を、その右手に掴んでいた。
 天音の美貌が、絶望に歪む。オメガヴィーナスが見せる、弱々しき表情。一度バックに跳んだ肢体を、さらに遠く跳ぼうとする。
 追撃する虎狼の動きは速く、その射程距離からは、逃れられなかった。
 
 振り下ろす紫水晶の剣が、オメガヴィーナスの右の太ももを串刺しにする。
 
 ズブウウウッ・・・!! ズボボッ、ボオオッ――ッ!!
 
「がああ”ッ!! うぎゃあああ”ア”ア”ァ”ッ―――ッ!!!」

 太ももを貫かれ、脇腹を貫通され、首から〝オーヴ”のネックレスをさげて。
 ヒクヒクと痙攣する天音の肢体が棒立ちとなる。その腕を、脚を、妖化屍たちが次々と拘束していく。
 
 縛姫のオレンジの髪が巻き付き、灰色の泥が四肢に付着した。
 完全に右脚を貫いた紫水晶の剣を、虎狼はグリグリとねじ回す。右の二の腕は、啄喰の嘴が咥えて挟み付ける。
 
「ああああ”あ”ッ・・・!! あがあ”ぁ”ッ・・・!!」

 動けなかった。
 妖化屍などに、負けるはずがない。そう思っていたオメガヴィーナスの四肢が、いくら力を込めようとも拘束から逃れられなかった。
 必死にもがきながら、四乃宮天音は己に迫る運命を悟りつつあった。
 
「・・・儂ら六道妖の・・・勝ちのようじゃなッ、オメガヴィーナスッ~~ッ!!」

 緑の光が充満するレーザーキャノンを、骸頭が構えた。
 砲口が、オメガヴィーナスの胸に照準を合わせる。
 オメガ粒子が集積した、黄金の『Ω』の紋章に。
 
「逃げられるものならばッ・・・避けるがよいわァッ――ッ!!」

 太い、〝オーヴ”の光の帯が、一直線に白銀の光女神目掛けて閃いた。
 4体の妖化屍に身体を抑えられたオメガヴィーナスに、凶撃を避ける手段などあるはずもなかった。
 
「はあう”ッ!! あああ”ア”ッ、ウアアアア”ア”ア”ァ”ッ―――ッ!!!」

 〝オーヴ”のレーザーが、オメガヴィーナスの胸を直撃した。
 黄金の『Ω』マークが、弾け跳ぶ。白銀のスーツから、左の乳房も露わとなる。
 剥き出しとなった天音の胸に、黒い火傷のような『Ω』の焦げ跡が浮かんだ。構うことなく、緑の魔光は浴びせられた。
 
 ビクビクと、壊れたように震え続けるオメガヴィーナスに、〝オーヴ”が尽きるまでレーザーは撃ち込まれた。
 
 ようやく照射が終わった時には、凛とした瞳は白く裏返り、開きっぱなしのピンクの唇からは、だらだらと大量の泡と涎が溢れこぼれた。
 四乃宮天音に、もはや妖化屍と渡り合えるだけのオメガ粒子は残っていなかった。
 無惨に失神した白銀の光女神を、支える六道妖が高々と掲げる。凛々しく、美しかったスーパーヒロインは、乳房を晒し、虚ろな表情を浮かべてただ痙攣していた。
 
 敗北したオメガヴィーナスを包むのは、泣き叫ぶ妹の声と、妖化屍たちの哄笑だけだった。
 
「・・・じゃが・・・こいつらはしぶとい。これほど責め抜いても、オメガ粒子をゼロにするのは容易ではないわ」

 変わり果てた光女神を見上げながら、〝百識”の骸頭は低い声音で呟いた。
 
「『純血・純真・純潔』・・・これらを奪い取って、オメガヴィーナスを完全なる死に追い込まねばならんのう」

 オメガセイレーンで失敗した処刑を、今度こそ成功させねばならぬ。
 四乃宮天音の息の根を止めねば、六道妖に真の勝利は訪れなかった。
 
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