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68、オメガヴィーナス
しおりを挟む立てッ!!
祭壇の床に這いつくばりながら、四乃宮郁美は我が肉体を叱咤した。立て。起き上がれ。ブザマに転がっている場合じゃない。
怪老・骸頭が発射した、極太の緑の光線が一直線に走る。我が姉・天音へと。白銀のスーツと紺青のフレアミニ、そしてプラチナブロンドの髪を輝かせた究極戦士に、トドメの一撃が迫っている。
郁美の脳裏に蘇る、残酷な記憶の断片。
そう、藤村絵里奈は・・・蒼碧の水天使オメガセイレーンは、あの〝オーヴ”のレーザーキャノンを喰らって瀕死の姿に追い込まれた。たとえ最強とされる光の女神であっても、効果は変わらないだろう。あれを撃ち込まれたら、さすがのオメガヴィーナスも「終わる」。
そしてもうひとつの記憶。それは、父と母が、惨殺された日のものだった。
(・・・もうッ・・・家族を失いたくないッ!! ・・・たったひとりの・・・お姉ちゃんをッ・・・!!)
なのに何故、私の肉体は思うように動いてくれないのか。
理由はわかっている。六道妖に拉致されて以来・・・性的な拷問で責め抜かれたからだ。足腰が立たなくなるほどに、郁美の精は搾り尽されてしまった。
そして、それ以上に大きな理由。
それは、郁美がただの人間であるためだった。
(私に・・・ッ!! 私にもッ・・・オメガスレイヤーの力があればッ!!)
「いやァッ!! いやッ、イヤッ!! ・・・イヤアアアア”ア”ッ――ッ!!!」
願いは、虚しい。
少しでも、姉の役に立ちたい。できるなら、最強の破妖師である姉の代わりに、盾になりたい。
純粋で、濃厚な、郁美の願いは叶わなかった。
麗しき女子大生は床に倒れて痙攣しながら、惨劇を見詰めることしかできなかった。
緑色の、反オメガ粒子の光線が、直撃する。
オメガヴィーナスに。
オメガヴィーナスの突き出した、右の掌に。
「うああ”ア”ッ!! ・・・ウアアッ、ァアアアア”ア”ッ――ッ!!」
苦痛の叫び。から、気高き咆哮へ。
白銀の光女神から迸る声が、その内容を変える。ビカビカと、理想的なプロポーションの美肢体が、稲妻のように閃光を放つ。
直撃ではない。受け止めたのだ。
闘いに縁のない郁美が見ても、正しい状況が理解できた。姉の天音はギリギリのところで、己の急所に致命的一撃がヒットするのを防いでいた。
「おねえちゃッ・・・!!」
「・・・郁美ッ・・・!! 私は・・・負けないッ!! ・・・オメガヴィーナスは・・・絶対に負けないわッ!!」
右手から凄まじい勢いで黒煙があがるのも構わず、オメガヴィーナスは〝オーヴ”の光線を受け続けた。白魚のようなその手が、ブスブスと焼け爛れていく。
「どんなに恐ろしい妖化屍であっても・・・ッ!! オメガヴィーナスは絶対に倒さなければいけないッ!! たとえこの身が朽ち果てることになってもッ!! 4年半前、この宿命を受け入れた時から・・・私はとっくに覚悟を決めたのッ!!」
双子のようにそっくりな美貌を持つ姉の口から、悲愴な決意は語られた。
天音が、妹のためを想って、あるいは人々の安全を祈って、この4年半を闘ってきたことは郁美もわかっている。そんな姉だからこそ、郁美も力になりたいと思ってきたのだ。
だが、天音自身の覚悟は・・・郁美が思うレベルを、遥かに越えていたのかもしれない。
「郁美・・・私はどうしても・・・こんな残酷な闘いには・・・あなたを、巻き込みたくなかった」
血を分けた姉妹だから。世界でもっとも敬愛する、姉だから。
天音の声に含まれた感情を、郁美は理解できてしまった。
「私の・・・オメガヴィーナスの命と引き換えにしても。郁美、あなただけは・・・必ず助けるわ」
四乃宮天音は。オメガヴィーナスは。
この闘いで、すでに死を覚悟していた。
優等生であり、頑固なほどに真面目な姉のことを、郁美はよく知っている。
天音は嘘のつけない性格だった。
妖魔を葬る最強の破妖師となった彼女は、愚直にその使命を果たしてきた。天音が『絶対に倒す』といえば、そうするのだ。『絶対に負けない』というなら、負けないのだ。責任を負わない発言など、天音の口から出たことはない。天音がそう言う以上、きっとオメガヴィーナスは六道妖を倒すだろう。
『オメガヴィーナスの命と引き換えにしても』
同じように、天音はそうも告げた。郁美『だけ』は必ず助けるとも。
六道妖は倒すだろう。負けではないのかもしれない。しかしオメガヴィーナスは・・・自分が助からないことも、同時に『覚悟』している。
美しく、優しく、気高く、女神の名に恥じない、郁美の姉は。
四乃宮天音は・・・嘘のつけない性格なのだ。
「バカッ・・・なぁッ!? こやつ、なぜじゃあアッ!?」
骸頭が抱えたバズーカ砲から、緑色の輝きが消えていく。砲身内に〝オーヴ”の粒子がなくなったのだ。次を放つには、新たな〝オーヴ”を装填しなければならない。
弱点である黄金の紋章に当たらなかったとはいえ・・・なぜエネルギーを消滅させる〝オーヴ”を浴びて、耐え抜けるのか。骸頭にはわからなかった。たとえ掌であっても、白銀の光女神の身体からオメガ粒子が減ったのは確実なのに。
「・・・地獄妖・骸頭ッ・・・!! あなたが郁美を人質に取ったのは・・・失敗だったッ!!」
オメガヴィーナスの全身が、強く、眩しい白光に包まれる。
あれほど痛めつけても。これほど〝オーヴ”を浴びせても、まだこんな力があるのか。妖化屍たちは、ようやく悟る。四乃宮天音に埋蔵されたオメガ粒子の総量が、いかに莫大であるのかを。この女には、身体の奥底からまだ引き出せるオメガ粒子があったのだ。
「郁美をッ!! 妹を助けるためならばッ!! ・・・私は全てをッ!! この命だって捨ててみせるわッ!!」
こやつ、命を燃やす気かッ!?
戦慄が骸頭を襲った瞬間、さらに激しくオメガヴィーナスは発光した。
ギュルギュルと回転する。独楽のように。4体の妖化屍に囲まれた光女神は、その場で煌めくハリケーンとなって超高速で旋回した。
その動きは、オメガヴィーナスの持つパワーとスピードを、もっとも遺憾なく発揮できるものだったかもしれない。弾き飛ばすパワー。回転のスピード。遠心力。超速度によるソニックブーム。
まさにそれは、誰も触れることのできない白銀の旋風。
ギュオオオッ・・・!! グオオオオオッ!!
「ゲ、ゲヒィっ!? ぎゅあオオオっ!!」
「ちょッ!? こ、このッ・・・ォオオオッ・・・おぎゃあああッ――ッ!!」
オメガヴィーナスの背中に張り付いていた灰色の汚泥が、回転の勢いに一斉に剥がれ飛ぶ。
縛姫の両腕=二匹の大蛇も、ハリケーンのパワーに成す術もなかった。首に巻き付いているのも構わず、旋回する天音。その勢いを、緑のアナコンダは止めることができない。
ブチブチイッ!! 呆気なく断絶の音がして、人妖・縛姫の両腕の蛇は、胴体の途中で引き千切られた。鮮血と女妖魔の絶叫が聖堂の天井に噴き上がる。
「グギョオオォロロロォッ――ッ!!」
オメガヴィーナスの肢体に埋まっていた虎狼の戟、そして啄喰の嘴も、旋回のパワーに弾き飛ばされる。
あまりの速さで回転しているため、白銀のハリケーンの周囲には真空が生まれていた。いわゆる、かまいたち。近付くだけで、旋風の刃が斬りつける。〝無双”が握る鋼鉄の柄にも、巨大カラスの体毛にも、いくつも切り傷の痕が浮かぶ。
1対5。圧倒的数の優位で、一方的に責めていたはずなのに。
底知れぬオメガヴィーナスの力の前に、攻守は一瞬で逆転していた。六道妖の攻撃は全て跳ね返され、自由を取り戻した白銀の光女神は態勢を整えようとしている。
回転を止めたオメガヴィーナスが、凛とそのアーモンド型の瞳で睨み付ける。視線の先は、つい先程までその魅惑の瞳を覆っていた汚泥。ハリケーンに弾き飛ばされた〝流塵”は、なんの抵抗も出来るはずもなかった。
「〝威吹(いぶき)”ッ!!」
ぷるんとした厚めの唇がすぼまる。女神の美を体現した乙女が、吐息を吹く。
甘いはずの吐息は突風となって、寒気と光を伴い噴射される。宙に泳ぐ、汚泥へ。灰色の泥の塊へ、凍てつく風が浴びせられる。
「ゲヒヒィッ!? ・・・ヴィーナぁッ・・・!! お、おまえ”え”ぇ”っ~~っ!!」
呪露の怨嗟の叫びは、魔を滅する突風が封じ込めた。
灰色の泥の山は、空中でコチコチに凍結していた。〝威吹”がヘドロで出来た〝流塵”の肉体を、急速冷凍して固めてしまったのだ。
パリイィィッ・・・・・・ンンッ!!
一瞬の後、餓鬼妖・〝流塵”の呪露の巨大な身体は、粉々に砕け散っていた。
「調子に乗るんじゃないッ!! 死ねッ、この小娘ぇッ――ッ!!」
千切れた両腕から血を噴きながら、〝妄執”の縛姫は絶叫した。いくらオメガヴィーナスが最強の破妖師といえども、積み重なったダメージは相当なもののはずだった。殺せる。このチャンスに、殺さねばならない。美しかった私の顔を、醜く陥没させた憎き小娘め。
オレンジの髪が伸びる。光女神の背後から、その右腕に絡みつく。
何千、何万という髪が、白銀のスーツに包まれた細い右腕に、幾重にも巻き付いていく。
「くぅッ!!」
「ほら、今だよッ! こいつの胸を潰してやりなァ――ッ!!」
縛姫の声を合図として。
一旦吹っ飛ばされた修羅妖と畜生妖が、同時に襲いかかる。狙うは弱点である胸部。理想的な曲線を描いて盛り上がったバストに、緑の戟と黄色の嘴が殺到する。
肉が潰れる、残酷な音色がふたつ。
オメガヴィーナスの左右の乳房に、〝オーヴ”の穂先と巨大カラスの嘴は根本まで埋まっていた。
「ぐぶう”う”ぅ”ぅ”ッ―――ッ!!! ・・・かはア”ッ!!」
その瞬間、白銀と紺青の肢体はビクリと痙攣した。
魅惑の瞳とピンクの唇が、大きく開かれる。鮮血の飛沫が、咽喉の奥から噴き出した。
決定的な一撃、に見えた。
事実、2種類の凶器を胸に埋めたまま、オメガヴィーナスの動きが止まる。虚ろな美貌は、口の端から吐血の糸を垂らし続けた。白銀の光女神は、乳房を潰される激痛に立ち尽くす。
強靭なオメガスレイヤーの肌は、鋭い戟の刃も、尖った嘴も、その侵入を許してはいない。しかし、皮膚が破れて血が噴き出すことはなくても・・・豊かなバストが痛々しく陥没しているのだ。天音を襲う痛みが尋常ならざることは、疑いようがなかった。
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