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65、長椅子
しおりを挟むしかし、子供の姿をした妖化屍の愛撫は、天音にダメージのみを与えたわけではなかった。
「・・・なに、をッ・・・しているのッ!!」
『純真』でもある乙女の倫理観が、怒りとなって爆発していた。元々死者である妖魔とはいえ、小学生らしき少年が・・・やっていい行為ではない。
脱出不能と思える態勢で、オメガヴィーナスの右手が床を殴りつける。怒りに任せた、行動のようにも見えた。
だがそのスーパーパワーの一撃で、絶斗を背に負ったまま、うつ伏せた光女神の肢体は浮き上がった。
「え?」
「とあああッ――!」
浮き上がった拍子に、オメガヴィーナスは二本の脚で立ち上がる。首に絡みついた〝覇王”の腕を掴むと、背負い投げの要領で前方に投げ捨てた。
くるりと一回転して、着地する絶斗。おかっぱ頭の下で、その表情が少しだけ驚いたものになる。
「ゲホォッ!! けほっ、けほっ・・・!! ませたことを・・・するもんじゃないわッ!!」
「はは! 面白い女だな、こいつ! センセー気取りでお説教か? 怒るタイミングがおかしいだろ」
生真面目な天音が怒ったのは、自分の胸を揉まれた、といった些細な理由ではない。まさしく教師が生徒を指導するように・・・少年がそんなことをしていけない、と保護者のような視点から叱ったものだった。
ある意味で、愛情の発露にも近い行動。だが、今天音が対峙している相手は、それを素直に受け止めるような生半可な存在ではなかった。
「一応ボク、これでもおまえより年上なんだけどね。まあ、いいや」
薄い唇を吊り上げて、ニンマリと絶斗が笑う。その両脚に力がこもる、と見えた瞬間だった。
ダッシュした〝覇王”は、天音ですら反応できない速度で、オメガヴィーナスの懐に飛び込んでいた。
「ボコって、犯してやれば、生意気な口もきけなくなるよね」
絶斗のアッパーが顎に吸い込まれ、残像を残してオメガヴィーナスは宙を舞った。
続いて少年の姿が消える。凄まじい高速で跳んだのだと、数瞬の後に理解できた。
その後は、なにが起こっているのか、わからなかった。
白銀の光女神と、天妖の〝覇王”の姿が同時に消える。
全力を開放し、猛スピードでふたりは本気の闘いを始めたのだ。
教会のあらゆる場所から、肉を穿つ殴打の音色が響く。たまに閃光のように、白銀と青色が煌めいた。ゴウゴウと風が唸るのは、超高速でふたつの肉体が動いているからだろう。どちらかの身体が叩きつけられるたび、壁や床が、ボコボコとへこんだ。
オメガヴィーナスと〝覇王”絶斗は、肉弾戦を繰り広げていた。まさに光速に迫る闘い。しかし、あまりの速さに六道妖の怪物たちでさえ、その姿を認識できない。〝無双”の虎狼を除いては。
「こ、虎狼ッ! どうなっておる!?」
「そう、慌てるな」
地獄妖・骸頭の問いに、修羅妖・虎狼はゆっくりと言葉を返す。究極の武人をもってしても、集中しなければ闘いの趨勢は判別できないようだ。
やがて大きく、〝無双”は息を吐いた。
「オメガヴィーナスの・・・負けだ」
不意に、白銀のボディス―ツと紺青のケープに包まれた肢体が、空中に出現する。超高速で移動していた身体が、動きを止めたのだ。
オメガヴィーナス=四乃宮天音の視線は虚ろに泳ぎ、その口からは鮮血が糸を引いていた。
力なく、落下していく。コスチュームのあちこちが破れ、そこから覗く素肌は青痣が刻まれていた。
ほとんど一方的に殴られ、K.O.されたのだ。
郁美が見ても、勝敗は明らかだった。無意識のうちに、姉の名を絶叫する。
悲痛な妹の叫びも届かぬように、青のケープを翻した美しきヒロインは脱力したまま、背中から教会の床に激突した。
「あはははっ! やっぱりボクの方が、全部の面で一枚上だったね」
ピクリとも動かず、大の字で横たわるオメガヴィーナス。
その傍らに、絶斗がほぼ無傷の状態で姿を現す。女神の名に相応しい美貌と、プラチナブロンドの髪を、無造作に踏みつける。
「わかる? ボクみたいに生まれ持った天才には、究極戦士とか言われてるおまえらも、敵わないんだよ。オメガヴィーナスがこの程度なら、他の連中にも圧勝だね」
天音の横顔を踏む足に、力がこもる。
〝オーヴ”で強化された床に、視線を彷徨わせた美貌が埋まっていく。メキッ、ミシッ、と頭蓋骨の軋む音色が教会内に響いた。
信じられない光景だった。超人的能力を誇るオメガスレイヤーのなかでも、最強とされる光属性のヴィーナスが・・・真っ向勝負で手も足も出ないなんて。
このままでは、天音は殺される。
人類の守護者、という以上に、ただひとりの肉親である姉を守りたくて、郁美はもがいた。凌辱で疲弊し切った肉体を、懸命に動かそうとする。だが、祭壇の上で芋虫のように這うことくらいしか、精を搾り尽された妹には出来ない。
パシッ、と乾いた音がして、オメガヴィーナスの手が絶斗の足を掴んだのはその時であった。
頭部を踏む足を、振り払う。もはや勝負あったと油断していた天妖は、バランスを崩して危うく転びかけた。
「こ、こいつッ!?」
「・・・まだよッ!」
オメガヴィーナスの戦意は、まだ途絶えてはいなかった。
絶斗の踏みつけから逃れると、弾けるように立ち上がって後方へ跳んだ。少年妖化屍が余裕と自信に満ちた攻撃をしている間に、ダメージは深まったものの、脳震盪がようやく収まりかけたのだ。全身の痛みは酷いが、意識はハッキリしている。
(ここは一旦・・・逃げないとッ! 距離を置いて、休息を・・・!)
残像すら見えぬ速度で、飛び逃げる。まともな格闘戦では絶斗に敵わないことを、オメガヴィーナスは認めねばならなかった。
恥も外聞もなく、態勢を立て直すために撤退を選択する光女神。
しかし――。
「おっと、逃がさないよ。ていうか、逃げられないから」
「なッ!?」
超速度で跳躍した天音の青いブーツを、絶斗の小さな手が掴んでいた。
本気のスピードで逃げようとしたのに、こんなに簡単に捕まえられるなんて。
パワーだけではない。スピードの面でも自分は負けている。突きつけられる冷酷な事実を、オメガヴィーナスはまたも受け入れねばならなかった。
「この〝覇王”に・・・おまえなんかが、勝てるわけないだろ?」
ブーツの足首を掴んだまま、白銀の光女神を絶斗は渾身の力で振り回す。
「くあッ、ああ”ッ!! ・・・きゃああああ”あ”ッ~~~ッ!!」
絶斗の頭上で円を描き、高速で回される天音の肢体。
ブンブンと風を切って振り回される肢体は、あまりの速さに原型も見えず、ただ白銀と青とにカラーリングされたプロペラの羽のようだった。
「はははっ! これだけの速さで振り回されると、呼吸もろくにできないでしょ? すぐにラクにしてあげるよ」
聖堂に整然と並べられた、長椅子。ミサや結婚式の参列者が利用するそれらが、絶斗の視界に入る。木製の椅子は、手前から奥にまで、ずらりと設置されていた。高い背もたれが、等距離で整列している。
それらの長椅子にも、〝オーヴ”がたっぷりと浴びせられていることを絶斗は知っていた。
超人的な頑強さを打ち消す、背もたれの海へ。
〝覇王”絶斗は、高速で回すオメガヴィーナスの肢体を叩きつけた。
身体の前面から。乳房から下腹部まで、優雅な曲線を描く柔らかそうな女体が、連なる長椅子に激突する。
グボオッ!! ドボオッ!! ガツッ!!
「ゴボオオ”オ”ッ――ッ!! ごぼおッ!! ごふッ・・・!! ん”ア”ッ・・・!! アアア”ッ!!」
等間隔で並んだ長椅子の背もたれに、オメガヴィーナスの咽喉元と腹部、そして両脚の脛とが食い込む。木製の凶器の山に、天音は叩きつけられたも同然であった。細い首にグボリと背もたれが埋まり、たまらず鮮血が口を割って噴き出した。
「ゴボオ”ッ・・・!! うぐう”ッ、うう”ッ・・・!! 咽喉、がぁッ・・・潰れッ・・・!!」
「おっと、まだまだだっての」
吐血するほどのダメージに、ショックを受けるオメガヴィーナス。咽喉と腹部とを押さえて悶絶する天音を、さらに絶斗は振り回す。
今度は身体の裏、後頭部から背もたれの剣山へと叩きつけた。
バゴオオオオ”オ”オ”ッ!!
「あぐうう”ぅッ――ッ!! ・・・ア”ッ・・・!!」
衝撃の威力に耐えられず、長椅子が砕け散る。木片の残骸のなか、白銀のスーツを着たヒロインは、ビクビクと痙攣していた。
口元を赤く濡らした天音は、再び視線を虚空に彷徨わせている。後頭部と背中とを、背もたれに激しく打ちつけられたのだ。意識が朦朧となるのも無理はない。
「ほら、これでトドメだ」
壊れた長椅子の破片のなか、大の字で仰向けに寝るオメガヴィーナスに、絶斗は両手を突き出した。
漆黒の光線が、太い帯となって胸の『Ω』マークに直撃する。
「んはああ”ア”ア”ァ”ッ~~~ッ!!! うあああ”あ”ア”ア”ッ―――ッ!!!」
オメガ粒子とともに、命を削られていく光女神の絶叫が、陰鬱な教会内に響き渡った。
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