オメガスレイヤーズ ~カウント5~ 【究極の破妖師、最後の闘い】

草宗

文字の大きさ
上 下
65 / 82

65、長椅子

しおりを挟む

 しかし、子供の姿をした妖化屍の愛撫は、天音にダメージのみを与えたわけではなかった。
 
「・・・なに、をッ・・・しているのッ!!」

 『純真』でもある乙女の倫理観が、怒りとなって爆発していた。元々死者である妖魔とはいえ、小学生らしき少年が・・・やっていい行為ではない。
 脱出不能と思える態勢で、オメガヴィーナスの右手が床を殴りつける。怒りに任せた、行動のようにも見えた。
 だがそのスーパーパワーの一撃で、絶斗を背に負ったまま、うつ伏せた光女神の肢体は浮き上がった。
 
「え?」

「とあああッ――!」

 浮き上がった拍子に、オメガヴィーナスは二本の脚で立ち上がる。首に絡みついた〝覇王”の腕を掴むと、背負い投げの要領で前方に投げ捨てた。
 くるりと一回転して、着地する絶斗。おかっぱ頭の下で、その表情が少しだけ驚いたものになる。
 
「ゲホォッ!! けほっ、けほっ・・・!! ませたことを・・・するもんじゃないわッ!!」

「はは! 面白い女だな、こいつ! センセー気取りでお説教か? 怒るタイミングがおかしいだろ」

 生真面目な天音が怒ったのは、自分の胸を揉まれた、といった些細な理由ではない。まさしく教師が生徒を指導するように・・・少年がそんなことをしていけない、と保護者のような視点から叱ったものだった。
 ある意味で、愛情の発露にも近い行動。だが、今天音が対峙している相手は、それを素直に受け止めるような生半可な存在ではなかった。
 
「一応ボク、これでもおまえより年上なんだけどね。まあ、いいや」

 薄い唇を吊り上げて、ニンマリと絶斗が笑う。その両脚に力がこもる、と見えた瞬間だった。
 ダッシュした〝覇王”は、天音ですら反応できない速度で、オメガヴィーナスの懐に飛び込んでいた。
 
「ボコって、犯してやれば、生意気な口もきけなくなるよね」

 絶斗のアッパーが顎に吸い込まれ、残像を残してオメガヴィーナスは宙を舞った。
 続いて少年の姿が消える。凄まじい高速で跳んだのだと、数瞬の後に理解できた。
 その後は、なにが起こっているのか、わからなかった。
 
 白銀の光女神と、天妖の〝覇王”の姿が同時に消える。
 全力を開放し、猛スピードでふたりは本気の闘いを始めたのだ。
 教会のあらゆる場所から、肉を穿つ殴打の音色が響く。たまに閃光のように、白銀と青色が煌めいた。ゴウゴウと風が唸るのは、超高速でふたつの肉体が動いているからだろう。どちらかの身体が叩きつけられるたび、壁や床が、ボコボコとへこんだ。
 オメガヴィーナスと〝覇王”絶斗は、肉弾戦を繰り広げていた。まさに光速に迫る闘い。しかし、あまりの速さに六道妖の怪物たちでさえ、その姿を認識できない。〝無双”の虎狼を除いては。
 
「こ、虎狼ッ! どうなっておる!?」

「そう、慌てるな」

 地獄妖・骸頭の問いに、修羅妖・虎狼はゆっくりと言葉を返す。究極の武人をもってしても、集中しなければ闘いの趨勢は判別できないようだ。
 やがて大きく、〝無双”は息を吐いた。
 
「オメガヴィーナスの・・・負けだ」

 不意に、白銀のボディス―ツと紺青のケープに包まれた肢体が、空中に出現する。超高速で移動していた身体が、動きを止めたのだ。
 オメガヴィーナス=四乃宮天音の視線は虚ろに泳ぎ、その口からは鮮血が糸を引いていた。
 力なく、落下していく。コスチュームのあちこちが破れ、そこから覗く素肌は青痣が刻まれていた。
 
 ほとんど一方的に殴られ、K.O.されたのだ。
 
 郁美が見ても、勝敗は明らかだった。無意識のうちに、姉の名を絶叫する。
 悲痛な妹の叫びも届かぬように、青のケープを翻した美しきヒロインは脱力したまま、背中から教会の床に激突した。
 
「あはははっ! やっぱりボクの方が、全部の面で一枚上だったね」

 ピクリとも動かず、大の字で横たわるオメガヴィーナス。
 その傍らに、絶斗がほぼ無傷の状態で姿を現す。女神の名に相応しい美貌と、プラチナブロンドの髪を、無造作に踏みつける。
 
「わかる? ボクみたいに生まれ持った天才には、究極戦士とか言われてるおまえらも、敵わないんだよ。オメガヴィーナスがこの程度なら、他の連中にも圧勝だね」

 天音の横顔を踏む足に、力がこもる。
 〝オーヴ”で強化された床に、視線を彷徨わせた美貌が埋まっていく。メキッ、ミシッ、と頭蓋骨の軋む音色が教会内に響いた。
 信じられない光景だった。超人的能力を誇るオメガスレイヤーのなかでも、最強とされる光属性のヴィーナスが・・・真っ向勝負で手も足も出ないなんて。
 
 このままでは、天音は殺される。
 人類の守護者、という以上に、ただひとりの肉親である姉を守りたくて、郁美はもがいた。凌辱で疲弊し切った肉体を、懸命に動かそうとする。だが、祭壇の上で芋虫のように這うことくらいしか、精を搾り尽された妹には出来ない。
 
 パシッ、と乾いた音がして、オメガヴィーナスの手が絶斗の足を掴んだのはその時であった。
 頭部を踏む足を、振り払う。もはや勝負あったと油断していた天妖は、バランスを崩して危うく転びかけた。
 
「こ、こいつッ!?」

「・・・まだよッ!」

 オメガヴィーナスの戦意は、まだ途絶えてはいなかった。
 絶斗の踏みつけから逃れると、弾けるように立ち上がって後方へ跳んだ。少年妖化屍が余裕と自信に満ちた攻撃をしている間に、ダメージは深まったものの、脳震盪がようやく収まりかけたのだ。全身の痛みは酷いが、意識はハッキリしている。
 
(ここは一旦・・・逃げないとッ! 距離を置いて、休息を・・・!)

 残像すら見えぬ速度で、飛び逃げる。まともな格闘戦では絶斗に敵わないことを、オメガヴィーナスは認めねばならなかった。
 恥も外聞もなく、態勢を立て直すために撤退を選択する光女神。
 しかし――。
 
「おっと、逃がさないよ。ていうか、逃げられないから」

「なッ!?」

 超速度で跳躍した天音の青いブーツを、絶斗の小さな手が掴んでいた。
 本気のスピードで逃げようとしたのに、こんなに簡単に捕まえられるなんて。
 パワーだけではない。スピードの面でも自分は負けている。突きつけられる冷酷な事実を、オメガヴィーナスはまたも受け入れねばならなかった。
 
「この〝覇王”に・・・おまえなんかが、勝てるわけないだろ?」

 ブーツの足首を掴んだまま、白銀の光女神を絶斗は渾身の力で振り回す。
 
「くあッ、ああ”ッ!! ・・・きゃああああ”あ”ッ~~~ッ!!」
 
 絶斗の頭上で円を描き、高速で回される天音の肢体。
 ブンブンと風を切って振り回される肢体は、あまりの速さに原型も見えず、ただ白銀と青とにカラーリングされたプロペラの羽のようだった。
 
「はははっ! これだけの速さで振り回されると、呼吸もろくにできないでしょ? すぐにラクにしてあげるよ」
 
 聖堂に整然と並べられた、長椅子。ミサや結婚式の参列者が利用するそれらが、絶斗の視界に入る。木製の椅子は、手前から奥にまで、ずらりと設置されていた。高い背もたれが、等距離で整列している。
 それらの長椅子にも、〝オーヴ”がたっぷりと浴びせられていることを絶斗は知っていた。
 超人的な頑強さを打ち消す、背もたれの海へ。
 〝覇王”絶斗は、高速で回すオメガヴィーナスの肢体を叩きつけた。
 身体の前面から。乳房から下腹部まで、優雅な曲線を描く柔らかそうな女体が、連なる長椅子に激突する。
 
 グボオッ!! ドボオッ!! ガツッ!!
 
「ゴボオオ”オ”ッ――ッ!! ごぼおッ!! ごふッ・・・!! ん”ア”ッ・・・!! アアア”ッ!!」

 等間隔で並んだ長椅子の背もたれに、オメガヴィーナスの咽喉元と腹部、そして両脚の脛とが食い込む。木製の凶器の山に、天音は叩きつけられたも同然であった。細い首にグボリと背もたれが埋まり、たまらず鮮血が口を割って噴き出した。
 
「ゴボオ”ッ・・・!! うぐう”ッ、うう”ッ・・・!! 咽喉、がぁッ・・・潰れッ・・・!!」

「おっと、まだまだだっての」

 吐血するほどのダメージに、ショックを受けるオメガヴィーナス。咽喉と腹部とを押さえて悶絶する天音を、さらに絶斗は振り回す。
 今度は身体の裏、後頭部から背もたれの剣山へと叩きつけた。
 
 バゴオオオオ”オ”オ”ッ!!
 
「あぐうう”ぅッ――ッ!! ・・・ア”ッ・・・!!」

 衝撃の威力に耐えられず、長椅子が砕け散る。木片の残骸のなか、白銀のスーツを着たヒロインは、ビクビクと痙攣していた。
 口元を赤く濡らした天音は、再び視線を虚空に彷徨わせている。後頭部と背中とを、背もたれに激しく打ちつけられたのだ。意識が朦朧となるのも無理はない。
 
「ほら、これでトドメだ」

 壊れた長椅子の破片のなか、大の字で仰向けに寝るオメガヴィーナスに、絶斗は両手を突き出した。
 漆黒の光線が、太い帯となって胸の『Ω』マークに直撃する。
 
「んはああ”ア”ア”ァ”ッ~~~ッ!!! うあああ”あ”ア”ア”ッ―――ッ!!!」

 オメガ粒子とともに、命を削られていく光女神の絶叫が、陰鬱な教会内に響き渡った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...