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64、絶斗
しおりを挟む「ねえ、オジサンたち。わかってるとは思うけど、手出ししないでね」
プラチナブロンドの髪を鷲掴み、右手ひとつでオメガヴィーナスの肢体を持ち上げた少年が、他の妖化屍たちを見回しコロコロと笑う。小学生ほどの子供が、164cmある成人女性を軽々と扱うのは、悪い冗談のような光景であった。しかも今の四乃宮天音は、純白のボディスーツと紺青のケープを身に着けた、スーパーヒロインそのものの姿なのだ。
「ボクはね、噂のオメガヴィーナスがどれほどのものか、試したいんだよ。ボクと闘って、何分立っていられるのか、ね」
おかっぱ頭の下で、細長い両目がさらに細くなる。意地の悪い、目つきだった。この少年はあらゆるものを蔑んでいると、その目つきだけで天音は察する。
白銀の光女神に埋まっていた左の拳を、天妖・絶斗は引き抜いた。再び同じ箇所に、ボディブローを放つ。
バヂィッ!! と炸裂音がして、少年の拳は美乙女の掌に受け止められていた。
「・・・あなたも、六道妖のひとりなのねッ・・・!?」
「ん~? なに、その眼。生意気だなァ~、お姉ちゃん」
敵であることを認識した天音の瞳は、鋭いものになっていた。しかもただの敵ではない。ミサイルを直撃されても耐え抜くオメガヴィーナスの肉体が、この少年妖魔の一撃で悲鳴をあげたのだ。〝覇王”と称されるだけの脅威を、天音は身をもって感じていた。
囚われた妹・郁美を救うためには、オメガヴィーナスは絶対に負けることは許されない。六道妖の根拠地にひとり乗り込んだ白銀の光女神は、どんな強敵が出現しようと、己の力で活路を開くしかないのだ。
たとえ子供の姿をしていようと、私は闘う。
そう強く決意した矢先、しかし先手を打って攻撃を仕掛けたのは、絶斗の方だった。
「生意気な女には、やっぱり泣き喚いてもらわないとね」
オメガヴィーナスを見上げる少年の眼が、黒く染まる。と思った時には、絶斗の双眸からは漆黒のレーザーが発射されていた。
「なッ!?」
天音にとっては、予想だにしない攻撃だった。瞳からレーザーを放つ技なら、オメガヴィーナスにも〝ホーリー・ヴィジョン”がある。だが敵が、妖化屍が同様の光線技を使うなど、思ってもみなかったのだ。
聖なる白光〝ホーリー・ヴィジョン”と異なり、絶斗が撃ったのは暗黒のレーザー。
その闇の一撃が、至近距離から光女神の美貌に直撃する。
「うああ”ッ!? うああ”ア”ア”ッ~~ッ!!」
バジュンッ!! と火花が飛び散り、なにかが焼ける音がする。
たまらず両手で、顔を覆うオメガヴィーナス。そのしなやかな指の間から、黒煙が立ち昇る。
「なんだよ、目から光線撃てるのは、自分だけだとでも思ってたの? ボクくらいエネルギーに満ちてると、これくらい簡単なんだけどなぁ」
悶絶しながら天音は悟る。この少年妖化屍は、自分と、すなわちオメガヴィーナスと似たタイプだと。
色こそ白と黒で正反対だが、彼は己の体内にある絶大なエネルギーを武器としているのだ。虎狼のように武術の技量を極めたわけではなく、啄喰のように獣の筋力を得ているわけでもない。少年自身の元々の身体能力は、決して高くはないが・・・妖化屍として存在するためのエネルギー、天音でいえばオメガ粒子にあたるものが、桁外れに与えられているのだ。
生まれついての、天性の、最強妖化屍。それが天妖、〝覇王”絶斗。
このままではマズイ。焦るオメガヴィーナスに、絶斗は反撃を許さず襲いかかる。
光女神の腰に両手を回し、正面から抱き締める。スーパーヒロインに憧れた少年が、抱きついているようにも見える姿。しかし天音の両腕ごと拘束した〝覇王”は、巨大万力のごとき怪力で純白のボディスーツに包まれた肢体を圧迫していく。
ギュウウウウ・・・グググッ・・・!!
「かはぁッ!? うあッ、ああああ”あ”ッ~~ッ!!」
「あはは! いい悲鳴! どう? ボクの力、すごいでしょ?」
背骨と、アバラの骨が軋むのを、天音は自覚した。必死で抵抗しているにも関わらず、絶斗の締め付けはどんどんと強くなっていく。まるで無機質なマシンに、胴体を裁断されているかのようだ。エレベーターや電車のドアで身体を挟まれ、そのまま閉じられる・・・そんな錯覚が脳裏によぎる。
恐ろしいことだった。オメガヴィーナスが内側から腕力で絶斗の拘束を解こうとしているのに、その抵抗を少年妖化屍はまったく無視しているのだ。光女神を嘲笑うように、くびれたウエストをメキメキと搾っていく。
(わ、私よりも・・・パワーが上だというのッ!?)
妖化屍の身体能力は、オメガスレイヤーには及ばぬはずなのに。
苦痛に歪む美貌が、さらに蒼白となる。例外中の例外を奇跡の存在と呼ぶが、なぜそんな奇跡が、妖魔のなかで起こってしまったのか。
「・・・へぇ~。すごいね、さすがオメガヴィーナスだ。ボク、真っ二つにしようと思ったのにうまくいかないや。こんなに力あるひと、初めてだよ」
潰したと思った虫が、まだ生きていた。絶斗の天音に対する褒め言葉は、そんな調子だった。
オメガヴィーナスのパワーに驚いてはいるが・・・あくまでそれは『思ったよりもやる』という意味合い。
「くッ、ううぅッ・・・! こ、こんなッ・・・!?」
「でもさ、この状態だとお姉ちゃん、なにもできないよね?」
クスクスと、細い目をさらに細めて少年妖化屍が笑う。
その糸のようになった両目から、再び漆黒のレーザーは発射された。密着して抱きついた態勢で。ちょうど少年の目の前にある、オメガヴィーナスの胸に向かって。
青色で『Ω』が描かれた黄金の紋章に、暗黒の光線が至近距離で直撃する。
「はあう”ッ!? んはあ”ッ、ああああ”ア”ア”ッ――ッ!!」
「きゃあああ”~~ッ!! あ、天音ッ・・・お姉ちゃんッ!?」
祭壇の上で転がった妹・郁美が、たまらず悲鳴をあげていた。
細い、一筋の漆黒のレーザーが、胸の黄金マークを焼いていく。シュウシュウと立ち昇る黒煙。プラチナブロンドの髪を振り乱して、オメガヴィーナスは悶絶した。
「あははは! 骸頭のオジサンに教えてもらったよ。このマークの位置が、お姉ちゃんたちオメガスレイヤーの弱点なんでしょ? 弱いところをわざわざ教えるなんて、バカだよね」
『Ω』の文字をなぞるようにして、レーザーが移動しジリジリと焦がしていく。紋章が位置する胸の中央部は、オメガ粒子の集積地であった。オメガヴィーナスの動力源を攻撃されるのは、命そのものを削られるも同然といっていい。
焼き印を乳房に押し付けられるような激痛に、全身の汗が噴き出す。アーモンド型の魅惑的な瞳が、ヒクヒクと裏返りかかる。
(ダ、ダメッ・・・!! こ、子供だと思って、手加減など考えていたら・・・本当に嬲り殺されてしまうわッ!)
自分のなかで、どこかはびこっている甘さを、天音は戒める。
理性では強敵と認識していても、本能に近い部分がつい遠慮をしてしまう。その常識的な感覚をムリヤリ押し込め、少年の姿をした天妖に反撃しなければならなかった。
だが、そんな天音の心を読み取ったかのように、絶斗はすかさず追い打ちをかける。
ダンッ!! 床を強く踏む音。ベアハッグでオメガヴィーナスを締め付けたまま、おかっぱ頭の少年がジャンプしたのだとわかった。
と、思った瞬間には、凄まじい速度で光女神の脳天は、教会の天井に突き刺さっていた。
ゴキャアアアアッ!!
轟音が、遅れて響く。
絶斗に抱えられたオメガヴィーナスの頭部は、まるまる顎まで埋まっていた。バラバラと、天井に開いた穴から漆喰と木片が落ちてくる。
細長い首から下だけが覗く美乙女の肢体は、ビクビクと激しく痙攣していた。
「ッ!! おねえッ・・・ちゃ・・・ッ!!」
「ああー、ひとつ言うの忘れてた。この建物さあ、〝オーヴ”とかってやつで補強してあるらしいよ? オメガスレイヤーやボクたちの力でも、簡単に壊れないようになってるんだって。よくわかんないけど、要するにお姉ちゃんはここから逃げられないってことだね」
グボリと天音が引き抜かれた天井の穴からは、緑色に光る鉄骨が見えた。
アンチ・オメガ・ウイルス=A.O.V.・・・通称〝オーヴ”は、簡単にいえばオメガ粒子の活動を抑える物質であった。そこに触れれば、オメガスレイヤーの超人的パワーも発揮されなくなってしまう。普通の人間・四乃宮天音の脳天が、天井に激突したのと変わらないだろう。
美しき光女神の瞳は、焦点があっていなかった。金色にも近いセミロングの髪の間から、ツツ、と鮮血の糸が額から眉間へと垂れ流れる。
「・・・ァッ・・・!! ゥァッ・・・ァ”ッ・・・!!」
「なんだよ。せっかく説明してやったのに、ちゃんと聞いてないじゃん」
頭部を強打し、脳震盪を起こした状態のオメガヴィーナスを、絶斗は解放した。高い天井から、青のケープを翻す光女神が落ちていく。
自らも落下しながら、〝覇王”を冠する少年は、組み合わせた両手でプラチナブロンドの後頭部を殴りつける。
ドキャアアアアッ!! ドオオウゥゥッンンンッ!!!
目に見えぬ速さで、天音の肢体はうつ伏せに床に叩き落とされた。バウンドした理想的なプロポーションが、5mは浮く。床にも〝オーヴ”による補強が成されているのは間違いない。
後頭部を鈍器で打ちつけられた衝撃に、オメガヴィーナスのアーモンドアイは完全に白目を剥いていた。
「ほらほら、背中ガラ空きじゃん!」
上空から落ちてくる絶斗が、青のケープ越しに、両足を揃えたキックを天音の腰に突き刺す。
再び凄まじい轟音を伴って、オメガヴィーナスは床に撃墜された。補強されているはずの床に、10cmは埋没する。
うつ伏せに横たわる肢体を踏みつける形で、自慢げに両腕を組んだ少年妖魔が、白銀の光女神の腰の上に乗っていた。
勝者と敗者が一目でわかる、これ以上ない屈辱的姿。
「ごふぅッ!! ・・・ぅあ”ッ・・・!! ぐッ・・・くぅッ!!」
「けっこう効いてるはずなのに、やっぱり生意気だよね」
明らかに天音が受けたダメージは、それまでとは違っていた。絶斗の一撃一撃が、確実に重みを伴って効いている。床に這いつくばった白銀の光女神は、叩きつけられた痛みで小刻みに肢体を震わせていた。
だが。咳き込みながらも。瞳をいまだに虚空に彷徨わせていても。
絶斗に背中を踏みつけられながら、オメガヴィーナスは懸命に身を起こそうとする。歯を食い縛り、両腕を突っ張って上半身を起こす。
表情は見えなくても、〝覇王”には天音が戦意をまるで失っていないことはよくわかった。その勝ち気な反応が、イラッとさせる。
「わかってないの? ・・・おまえのさー、パワーもスピードも、まるでボクには敵わないってことが」
ドスンと、オメガヴィーナスの背中に絶斗は腰を下ろした。鮮やかな紺青のケープを尻に敷く。
左の腕を、天音の白く細い首に回す。子供の腕は、容赦なく咽喉元に食い込んだ。
「ぐううッ!? うう”ッ!!」
「ほーら、今度こそ真っ二つに折ってやるよ」
首を絞めつけながら、絶斗はオメガヴィーナスの上半身を一気に後方に反らす。
メキメキメキッ!! ミシイッ!!
「んああ”あ”あ”ッ―――ァッ!!」
ほとんど直角になるまで、天音の背骨が反り曲がった。
「あははは! ほら、逃げてみろよ? このままだと背骨がボッキリいっちゃうぞ。最強の破妖師とかのパワーで、ボクの技から脱出してみろ!」
(か、返せ・・・ないッ!! こんな小さな身体の・・・どこにこんなッ・・・パワーが・・・ッ!?)
窒息と背骨折り。二重の苦痛が激しさを増す。咽喉に食い込む腕にも、背中を反り上げるパワーにも、天音は対抗できなかった。
認めなければならなかった。少なくとも、腕力の面で〝覇王”絶斗はオメガヴィーナスを確実に凌駕している、と。
「・・・そんッ・・・なッ・・・!? オメガ・・・ヴィーナス、がッ・・・! 負ける・・・はず、ないッ・・・!!」
依然視線を虚ろにし、厚めの唇から苦悶の呻きを漏らす白銀の光女神。
その形のいい右の乳房に、背後から少年妖化屍の掌が迫る。
真っ黒な闇のエネルギーを帯びた5本の指が、盛り上がった丸みをガッチリと鷲掴む。
肉の焦げるような音と、黒い煙がオメガヴィーナスの右乳房を包んだ。
「あぐう”ッ!! んああああ”あ”あ”ッ―――ッ!!!」
「胸のマーク、毟り取ってやるよ。でもそれだけじゃないぜ?」
黄金の『Ω』の紋章が、白銀のボディスーツが、ブチブチと黒い指に引き裂かれていく。
乙女の肢体にピッタリ密着したコスチュームを破りながら、絶斗の右手は柔らかな膨らみを揉み潰した。
グニュグニュと揉みしだく。Dカップのバストを、掌の中で弄んだ。
「おまえらって、犯されると弱くなるらしーじゃん。『純血・純真・純潔』だっけ? レイプしながら殺せるなんてサイコーじゃんね?」
ゴブッ、と天音の口から鮮血が噴き出る。ベギイッ、と嫌な音色が腰の付近で鳴った。
『征門二十七家』の血を守ることは、オメガスレイヤーになるための絶対条件であった。故に血を穢される行為、『二十七家』以外の者との性交渉は、オメガ粒子の乖離に繋がる。即ちオメガスレイヤーの弱体化を招く。
くしくもオメガヴィーナスの肉体に起きたダメージが、『純潔』の重要性を、六道妖全員の眼前で証明してしまっていた。
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